君の名はベヒーモス

ユリーカ

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第一章: ベヒーモス

第二話: ホームラン

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 環が運命に悶絶しているその時、店の奥から人の気配がした。エプロンをつけた青年が顔を出した。

「お?お客さんだ。」

 そう言って出てきた青年を環は目を瞠り見上げた。

 背の高いみやびな感じのその青年はとてつもなく顔が整っていた。恐らく環が出会った中で一番美形。シャツにエプロン姿なのにしっくり着こなしている。
 少し長めで明るめの黒髪を後ろで束ねていた。その表情は怜悧で凛々しかった。

 猫同様、こっちも環のストライクゾーンだった。カキーンとフルスイングの金属バット音が環の脳内に響く。
 なんなんだこの店は?!どストライクばっかり!!夏の高校野球なの?!幻聴でブラバンの演奏まで聴こえてきそうだよ!!

 青年は人懐っこそうな表情で笑みを浮かべる。

「いらっしゃいませ。気に入った子がいましたか?」

 そうして青年は環の前のゲージを覗き込んで嬉しそうな声をあげる。

「ああ、こいつですか。へぇ、ずいぶん古参を選びましたね。」

 ゲージの中ではいつの間にか起き上がった仔猫が透明なゲージ越しにその青年を見ていた。環を見つめて青年が問いかけた。

「どうです?抱いてみますか?」

 誰を?という煩悩を払い除け、環が慌てて頷いた。青年はゲージを開けて仔猫を抱き上げる。大人しくされるがままだ。差し出された猫を環は恐る恐る抱き上げる。

 手に仔猫の早い鼓動が感じられる。もぶもふが暖かい。環から感嘆のため息が漏れた。口が少し開いてピンク色の舌が覗いている。その舌が環の手をぺろりと舐めた。ざらりとした感じが猫のそれだ。

 うーん、なんてういやつめ!!環は身悶える。

「かわいい‥」
「かわいい?こいつ、どんな風に見えます?」

 何を言ってるんだろう?環は見えたまんまに答える。

「え?ノルヴェージャンフォレストキャットですよね?こんなに可愛かったら血統書ついていますよね。」
「ノルヴェー?なんですそれ?」

 あれ?猫の種類も知らないの?そうえいばゲージには何も書いていない。大概猫の種類やら血統やら書いてあるのに。そこで環はざーっと血の気が引いた。値段が書いていなかったのだ。

 この猫は死ぬほど人気がある。そしてとってもお高い。美人さんならなおさらだ。きっと十万は下らない。下手したらその倍はする。さらに仔猫だから‥‥ 
 環の脳内計算が限界を迎えた。

 環は残念そうに手の中の仔猫を撫でた。

「かわいいですね。でも私には無理かな。」
「え?なぜですか?とっても懐いているのに?」

 環は目を瞬いた。

「懐く?」
「気に入らない相手には噛み付いたり引っ掻いたりします。僕なんて散々ですよ。」

 ははは、と笑顔で答えられた。そんな凶暴な子にも見えないけど。ちょっと興味を惹かれて聞いてみた。

「えっと、ちなみにおいくらですか?」
「値段?ありません。差し上げます。」
「差し上げる???!!」

 その言葉に環はぎょっとする。

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