上 下
6 / 11

第六走

しおりを挟む



「殿下。そろそろタイムアウト終了です。」

 ルッツが無情にも静かに告げる。
 テトラは棄権リタイアしない。キスもダメ。でも一人にしたら危ない。ならばすることは一つしかない。

「60秒の逃走時間アドバンテージを設定します。その後に全ハンターリリースです。」
「残り時間は?」
「あと34分と言ったところです。」

 まだ半分も過ぎてないのか。それはキツい。
 機械的に候補地をいくつか思い浮かべひとつを選択する。

 そしてぼんやりと思う。
 何でこんなことしてるんだっけ?死にそうな思いして逃げて。好きな子を抱えて走って必死に守って。でもフラれた。
 もうテトラと一緒にいられるのは今日で最後かもしれない。気のない相手に付き纏われるのも嫌だろう。

 はぁと腹の底からため息が出た。
 切ない。やるせない。告白する前に玉砕したからか。

 振り返ればジルケが立っていた。

「殿下。棄権なさらないテトラ様のお心もお気遣いください。」
「なに?」
「ご令嬢は繊細です。ルッツ様もいけませんね。このような乱暴な企画は本当はよくないのですが‥」

 あのボスキャラと馬群を見てご令嬢は繊細と思えと?テトラを気遣えというならやっている。

「はっきり言え。何か至らないのか?」
「それは殿下ご自身が気がつかなくては。紳士とはそういうことです。」

 答えは教えてくれないのか。
 それと、とジルケが微笑んだ。

「殿下は先程四択全てを捨てて第五の選択をなさいました。為政者は目に前にある選択肢から選ぶのではなく、あらゆる可能性を模索しなければなりません。先程の判断にジルケは感服いたしました。」

 ジルケの先読みと読心術がすごい。どんだけ僕の頭の中を理解してるのか。

「大丈夫です。殿下の選択はいつも正しいですから。自信をお持ちください。」

 そうだろうか。ならばこれからしようとしていることも正しいのだろうか?





 顔を伏せるテトラの前に歩み寄り手を差し出し紳士の礼をする。どうか僕の手を取って。

「テトラ嬢、僕に貴方を守らせてください。」

 テトラは目をまたたかせたが震える手を僕の手に乗せてくれた。
 身を屈めた体勢からテトラを見上げて微笑めばテトラも微笑んでくれた。

 よかった。これで君を守ってあげられる。


 テトラの手を取ってスタートする。猶予は60秒。その間に早く隠れ家まで辿り着かないといけない。
 僕が森の中に作ったいくつかの隠れ家。終わるまでそこに身を顰める。とても残り時間をテトラを連れて逃げ回ることはできない。

 王子が姫と逃げる。それを追うハンター。追われる僕はまるで姫をさらう悪党のようだ。


 うん。それもいいかも。
 君を攫ってずっと一緒に走っていたい。


 今まで会っても手を繋ぐことも出来なかったのに、今日は君を抱き上げて顔を近づけて話も出来た。
 鬼ごっこも悪くなかったかもしれない。いい思い出だ。

 足が遅いテトラを結局抱き上げ、足跡が残らないよう岩の上や草むらを駆け抜ける。途中スタッフの姿が随所に目に入る。少し慌てた様子も見られた。

 僕も一応王族だ。怪我をしないようにだろうが、王宮内なのに人手をかけているな、と若干の違和感を感じた。


 そしてその違和感からある可能性が導かれた。





 テトラを背におぶって森の傾斜を登る。そして隠れ家に使っている横穴についた。
 上からつたがカーテンのように伸びていて横穴があるとは一見わからない。最近見つけた場所だ。
 奥のチェストからブランケットを出して地面に敷いた。

「鬼ごっこが終わるまでここに隠れていよう。」

 ブランケットに腰掛けたテトラが僕を見上げてこくんと頷いた。
 そっと辺りの様子に耳を澄ます。遠くで人の声と気配が感じられた。

 やはりそうか。思わず顔を顰める。


 配置されたスタッフは不測の事態に備えてでもなく、勝利条件立ち合い要員でもない。

 おそらくスパイ。僕の位置情報を流している。

 元締めはルッツ。そして場所を特定して鬼に指示して僕に向かわせる。この鬼ごっこの支配者ゲームマスターはあいつだ。

 当初はテトラとくっつけようと画策したかもしれないが、先程の会話を聞いていたはずだ。その目はなくなったと判断したら次の手を打つだろう。
 もう誰でもいい。誰かを勝者にして僕の婚約者を仕立てる。鬼全員にその資格はあるのだろう。
 陛下からも婚約者を選ぶよう再三言われていた。もう王家として待てなかったんだろうな。

 そこまで理解して俯いてしまった。
 目を閉じてふぅと息を吐く。

 もう腹を括れ。テトラとの婚約はない。王子として誰かを選ばなければならない。
 ならば最後まで僕に肉薄した誰かにそれを与えよう。恐らくあのボスキャラの誰か。だが簡単には与えるもんか。最後まで足掻いてやる。

 ゲーム形式にしたのもこうすれば僕が割り切ると思ったんだろう。長い付き合いだ。そこまで察して手配する。ルッツも怖い側近になったもんだ。


 近づいてくる足音が聞こえる。多分ボスキャラ三人。
 行かなければ。できればその瞬間はテトラに見せたくない。

「ちょっと外の様子を見てくるから。貴方はここにいて。ここは安全だから。」

 蔦のおかげでここに横穴があるなんてわからないだろう。鬼ごっこが終わったら誰かを迎えによこそう。だが立ち上がろうとする僕の手をテトラが取った。

「‥‥私も行きます。」

 ずきんと胸が痛む。一緒にいようとしてくれる。
 でも。

 口を開きかけてそこでふと気がついた。
 こんな暗い横穴に一人でいては怖いんじゃないか?僕は平気だがテトラには気持ち悪いだろう。しまった。うっかり失念していた。

「えっと、ここは怖い?すぐ戻るので我慢はできないかな?」

 テトラは毅然と首を振る。いつものテトラと違う表情だ。強い意志を感じる。

「怖くはありません。でも殿下のお側にいたいです。」

 鼓動が跳ねる。そんなこと言われたら期待してしまう。僕に気持ちがあると誤解してしまう。僕はそんなに強くないんだよ。

 だからどうかそんなむごいことを言わないで。

 心は傷だらけなのに顔は微笑んでしまった。

「ダメだよ。ここにいて。」

 目を瞠るテトラを残し横穴から静かに出た。







 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺れかけた筆頭魔術師様をお助けしましたが、堅実な人魚姫なんです、私は。

氷雨そら
恋愛
転生したら人魚姫だったので、海の泡になるのを全力で避けます。 それなのに、成人の日、海面に浮かんだ私は、明らかに高貴な王子様っぽい人を助けてしまいました。 「恋になんて落ちてない。関わらなければ大丈夫!」 それなのに、筆頭魔術師と名乗るその人が、海の中まで追いかけてきて溺愛してくるのですが? 人魚姫と筆頭魔術師の必然の出会いから始まるファンタジーラブストーリー。 小説家になろうにも投稿しています。

【完結】もふもふ好きの前向き人魚姫は獣人王子をもふもふしたいっ!

水都 ミナト
恋愛
 魚人の国の姫マリアンヌには夢があった。  それは、獣人と結婚して毎日大好きなもふもふに囲まれて幸せに暮らすこと。  マリアンヌが生まれた魚人の国では、16歳になったら国外へ出ることが許される。そして念願の16歳の誕生日を迎えたマリアンヌはもちろん即日地上へ向かう。目指すは獣人の国!  魚人と獣人は、ほとんど交流を持たない種族で、婚姻の前例もないのだが、そんなことマリアンヌには関係なかった。  夢にまで見た獣人の国に降り立ち、滾る欲情と涎を抑えつつ、第一村人ならぬ第一獣人発見ーー!?  ちょっぴり世間知らずな箱入り人魚姫が、憧れの獣人の国で出会ったのは、獣人の王子様??!  愛らしい王女に獣人の国の王、可愛い学園の子供達などなど、マリアンヌは交友関係を広げていく。  常に前向きにもふもふを求めるマリアンヌと、彼女に巻き込まれながらも、交友を深める中で獣人と魚人の在り方を考え直す獣人の王子ラルフ。そして本人の自覚はなしにマリアンヌに次第に惹かれていく。  二人の関係が、長きに渡り距離を保ってきた魚人と獣人の関係までも変えてしまう?!…かもしれない。 ※2/2タイトル変えてみました(旧タイトル:もふもふ好きの変態人魚姫と獣人王子の交友録)

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

転生人魚姫はごはんが食べたい!

奏白いずも
恋愛
人魚姫のエスティーナ(転生者)には深刻な悩みがあった。 「肉が食べたい。野菜が食べたい。魚が食べたーい!!」 転生人魚姫はごはんが食べたかったのである。そんな想いを拗らせること十七年、エスティーナは海の平和を守るため人間相手に取引を迫る。ところが交渉相手のラージェスにはいきなり抱きしめられて大混乱。昔助けた人間らしいのだが、よくあることなので覚えてはおらず……。王子でもあるラージェスは取引の見届け人としてエスティーナに妻にならないかと提案。仲間たちは大反対するが、元人間のエスティーナは大喜びで即答するのだった。 「美味しい物、たくさん食べさせて下さいね。旦那様」 ごはんが食べたい人魚姫、初恋相手に忘れられてもめげない王子様。優しいお城での暮らし、美味しい物を食べる日々、そして二人の恋と事件のお話。

婚約者はメイドに一目惚れしたようです~悪役になる決意をしたら幼馴染に異変アリ~

たんぽぽ
恋愛
両家の話し合いは円満に終わり、酒を交わし互いの家の繁栄を祈ろうとしていた矢先の出来事。 酒を運んできたメイドを見て小さく息を飲んだのは、たった今婚約が決まった男。 不運なことに、婚約者が一目惚れする瞬間を見てしまったカーテルチアはある日、幼馴染に「わたくし、立派な悪役になります」と宣言した。     

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

シナリオではヒロインと第一王子が引っ付くことになっているので、脇役の私はーー。

ちょこ
恋愛
婚約者はヒロインさんであるアリスを溺愛しているようです。 そもそもなぜゲームの悪役令嬢である私を婚約破棄したかというと、その原因はヒロインさんにあるようです。 詳しくは知りませんが、殿下たちの会話を盗み聞きした結果、そのように解釈できました。 では私がヒロインさんへ嫌がらせをしなければいいのではないでしょうか? ですが、彼女は事あるごとに私に噛みついてきています。 出会いがしらに「ちょっと顔がいいからって調子に乗るな」と怒鳴ったり、私への悪口を書いた紙をばら撒いていたりします。 当然ながらすべて回収、処分しております。 しかも彼女は自分が嫌がらせを受けていると吹聴して回っているようで、私への悪評はとどまるところを知りません。 まったく……困ったものですわ。 「アリス様っ」 私が登校していると、ヒロインさんが駆け寄ってきます。 「おはようございます」と私は挨拶をしましたが、彼女は私に恨みがましい視線を向けます。 「何の用ですか?」 「あんたって本当に性格悪いのね」 「意味が分かりませんわ」 何を根拠に私が性格が悪いと言っているのでしょうか。 「あんた、殿下たちに色目を使っているって本当なの?」 「色目も何も、私は王太子妃を目指しています。王太子殿下と親しくなるのは当然のことですわ」 「そんなものは愛じゃないわ! 男の愛っていうのはね、もっと情熱的なものなのよ!」 彼女の言葉に対して私は心の底から思います。 ……何を言っているのでしょう? 「それはあなたの妄想でしょう?」 「違うわ! 本当はあんただって分かっているんでしょ!? 好きな人に振り向いて欲しくて意地悪をする。それが女の子なの! それを愛っていうのよ!」 「違いますわ」 「っ……!」 私は彼女を見つめます。 「あなたは人を愛するという言葉の意味をはき違えていますわ」 「……違うもん……あたしは間違ってないもん……」 ヒロインさんは涙を流し、走り去っていきました。 まったく……面倒な人だこと。 そんな面倒な人とは反対に、もう一人の攻略対象であるフレッド殿下は私にとても優しくしてくれます。 今日も学園への通学路を歩いていると、フレッド殿下が私を見つけて駆け寄ってきます。 「おはようアリス」 「おはようございます殿下」 フレッド殿下は私に手を伸ばします。 「学園までエスコートするよ」 「ありがとうございますわ」 私は彼の手を取り歩き出します。 こんな普通の女の子の日常を疑似体験できるなんて夢にも思いませんでしたわ。 このままずっと続けばいいのですが……どうやらそうはいかないみたいですわ。 私はある女子生徒を見ました。 彼女は私と目が合うと、逃げるように走り去ってしまいました。

処理中です...