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Ⅵ ✕✕ンシャ、俺。
070: 死
しおりを挟む世界がきな臭くなる中、俺の日常も少しずつ変化していた。両親と通信アプリで連絡が取れなくなった。連絡はメールのみ。
戦争の影響で両親は避難していて通信はあまり使えないという。じいちゃんも一緒で避難場所は無事だから安心しろと書かれていた。
俺も大丈夫だと返事を書いた。最初は頻繁に届いたメールも次第に返事が来なくなった。
電子書籍の連載は更新されず途中で止まったまま、チャットも停止、ネットの中のニュースもアップデートされなくなってきていた。それがとても嫌な感じだった。
入院して半年、それでも俺のいる国は隔離されたように何こともなく平穏だった。
その日、俺は畑の草むしりをしていた。朝からのぼせたように頭がぼうっとしていた。頻繁に鼻血が出たがいつものことだと思っていた。
草むしりを終え立ち上がろうとしたところで先生が慌てて庭を走ってきた。
「アスカ!」
「あ、先生おはよ———」
俺が手を上げたところでがくんと体から力が抜ける。体の震えが止まらない。なんだこれ、と膝をついた俺に直後、今まで体験したことがない激痛が襲いかかった。そのまま地面に寝転がるも、もうのたうち回ることしかできない。先生の悲鳴が聞こえた。
「アスカ!」
「ああぁぁァアッ」
「アスカ!」
「‥‥痛いッ‥‥いたぃ‥‥せんせ‥たすけ‥‥」
「アスカ!大丈夫、ただの発作だから、すぐに落ち着くわ!」
発作なんて呼べる代物じゃない。もう拷問のような激痛。生きながら体をバラバラに壊され刻まれるようなこんな苦痛がこの世に存在したのか。咳き込んで吐き出したものは血。手を赤く染める吐血が信じられない。
間違いない、病が進行してるんだ。
「せんせ‥‥イヤだ‥‥俺死‥ぬの?死に‥たくない‥‥」
「死なないから!貴方を死なせたりしないわ!」
「死に‥‥たくなぃ‥‥よぅ」
孤独の心細さから先生に血まみれの手を差し出せば汚れるのも気にせず握り返してくれた。
「死なせないわ!絶対ひとりにしないから!」
先生に目元を覆われて俺は目を閉じる。激痛に耐えられなくなった俺の神経がそこで落ちた。
そこから俺は寝たきりになった。
クリーンルームの中、見たこともない機械に囲まれて俺の体中に管が差し込まれている。大量のモニター、たくさんの点滴管に輸血管、酸素を送るマスク、そして両手両足には拘束バンド。
手術もできる部屋のせいか天井にはミラー付き照明、その鏡が俺の全身を映し出していた。そこにはやせ細った俺がいた。
無人の部屋はバイタルを取る音だけが響いていた。ここは集中治療室だ。
点滴からあの薬が流れ込んできた。ひどい眩暈がするからわかる。畑で倒れてから二ヶ月が経過、俺の病は悪化の一途を辿っていた。
「アスカ、気分はどう?痛いところはある?」
白衣にマスク、目元以外全身真っ白い先生が俺の様子を見ている。俺は体も動かせず食事も出来ていない。見える腕は筋肉が落ちて随分細くなっていた。意識はあるのにただ俺は寝ていることしかできない。
先生の問いにどんよりと濁っているであろう目を俺は閉じる。長く閉じればノーの意味。声を出すのも億劫だ。気分は悪くない。目眩はあるがこれはいつものことだ。
父さん、母さん‥‥じいちゃんに会いたい
死を予感して心細くなった俺はまだ喋れる頃にそう先生に頼んだがそれは許されなかった。
あの激痛は何かの罰の様にその後何度も俺を襲った。拘束バンドに縛られ、それでものたうつ俺はその度に地獄を拒絶するように意識を失った。そしてひたすらに眠る。今はもう激痛にのたうつ体力もない。
激痛のたびにいっそ死んでしまえたらと思う。その度に先生が泣いて励ましてくれる。先生を泣かせたくない、ただそれだけで俺は生きていた。
病は人を変える。死を意識した俺は以前のように笑うことが出来なくなっていた。
ガンド‥お前も最期の時はこうだったのか?
モニターを見る先生の表情が最近暗い。それほどに俺の症状は良くないのだろう。
「‥‥痛いよね‥‥ごめんね」
ぽつりと先生がつぶやいた。
「たくさん苦しかったね、辛かったね。本当に‥‥ごめんね」
先生の目から涙がこぼれ落ちた。先生は何を謝っているの?これは先生のせいじゃないのに。
「でも貴方を死なせたくないの。貴方まで失ったら私は‥‥‥ごめんね」
眩暈がひどくなる。いつもの薬?いやちょっと違う、点滴から入ってきている。しかも多い。生理的な嘔吐きがくるも吐くこともできない。
「神が貴方を生かしてくれるから」
この薬は眠りが深くなる。もう俺は目を覚まさないかもしれない。せめて、最後に先生に伝えたい。体力の落ちた体でなんとか声を絞り出した。
「せんせ‥‥」
ひどく掠れた声、俺の声じゃないみたいだ。
「‥‥‥‥なあに?」
「おれ‥‥」
死にたくないと思ったのは恐怖もあったがこの人のそばにいたかったから。好きだと言いたかったから。でも生ける先生に死に逝く俺がそれを口に出していいのだろうか。口を開いて寸前で思いとどまった。俺の右目から涙が流れ落ちた。
「大丈夫よ、そばにいる。貴方をひとりにしないから、だから」
私をひとりにしないで———
先生の囁きを聞いて俺の意識が闇に落ちた。
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