上 下
7 / 78
第一部

第06話

しおりを挟む



「なぜハンカチが?」

 会話が続くと思っていなかった。ハンカチを飛ばすなど淑女にあるまじき失態。なのに動転した思考でエルーシアは問われるままに答えてしまった。

「‥‥部屋に蝶が‥逃がそうとしたのですが‥‥窓を開けた拍子にハンカチも飛んでいってしまって‥‥」

 正直に話してしまった、どうしよう。呆れられる?笑われる?さらなる失態に混乱するエルーシアに酷く優しい声がして驚きから顔を上げてしまった。

「蝶がお好きですか?では蝶がここに飛んでくるように花を置きましょう」
「ここに?」
「日当たりも良いですし鉢植えなら大丈夫でしょう」

 エデルと名乗った青年が甘く微笑んだ。エルーシアはその笑顔に思わず見惚れしまった。
 警備の人だろうか。そうでないとここまで辿り着けないはずだ。鉄格子の中の自分を憐れんでくれた。優しい人だと思った。鉢植えを持って来ると言っていたが多分もう来ない。あれはその場凌ぎの言葉だろう。立ち去る後ろ姿を鉄格子越しに見やりなぜか寂しいと思ってしまった。
 その後義兄とのお茶の時間に出向いたがいつものように心が晴れることはなかった。

 そう思っていたからだろうか。部屋に戻り格子窓の外に鉢植えの花が置かれていて驚いてしまった。

「そういえば先程エデル様が外にいらしてました。鉢植えを置いていたのですね」

 あの青年は約束を守ってくれたのか。驚きから勝手に頬が赤くなる。その様子を見たドロシーがすぐに何かを察知した。額に手を当てて天井を仰いでいる。

「あー、エデル様もですか?これはファンたちが泣きますよ」
「ドロシーはエデル‥を知ってるの?」
「そりゃあ大人気ですから」

 優しくてあんなに素敵なら人気も出るだろう。そういえば少し前に皆が何やら騒いでいた時期があったと思い出す。

「侍女の憧れの的のお二人がお二人ともエルシャ様ゾッコンとか号泣ものでしょう」
「え?え?二人?ぞっこん?」
「旦那様にエデル様ですよ。まあエルシャ様なら仕方ないですね」

 ドロシーの言う意味が全くわからない。なぜここに二人の名がでてくるのだろう?

「旦那様は美形で凛々しくて紳士でいらっしゃいます。侯爵家当主で憧れの王子様像ですね。優しいお兄様像もステキですし。エデル様はイケメンですが、とにかく女性対応にそつがないんです。あれは相当遊んでましたね。女たらしという噂でエデル様に遊ばれたい侍女が続出してます」
「女たらし?」
「女性に手が早いという意味ですね。どことなく品もあるもんだから勘当された名家の令息という噂まであります。そんなお二人をエルシャ様があっさり落としてしまわれました」
「え?私が?何か落としたかしら?」
「そういう天然なところも男性には堪らないんでしょうねぇ。流石はエルシャ様!ステキすぎです!」

 落としたのならそれはハンカチだ。あの粗相のことを言っているのだろうか。あの場にいなかったのになぜドロシーは知っているの?
 ドロシーがはぁと頬に両手を当てて呆けている。恋に恋する乙女といった様子だ。

「お義兄さまがお優しいのは昔からよ。エデル‥は花を持ってきてくれただ」
「そうだ!花!花を調べないと!ちょっと待っててくださいね」

 侍女なのに子供のようにすっ飛んでいってしまったドロシーを唖然と見ていたが本を片手にすぐに戻ってきた。

「エデル様が持ってきた花を調べましょう。きっと花言葉もあります」
「花言葉?」
「花言葉にちなんだ花を恋人に贈るのが最近の流行りなんですよ。えーと、あれは‥ゴデチアって書いてありますね。庭師のサムはマメですね。おじいちゃんですが花言葉にも詳しいんですよ」
「へぇ‥」

 ドロシーの鼻息がすごい。吐き出す情報量も膨大。こんな秘めた一面もあったのかと驚きっぱなしだ。ちょっと引きながらエルーシアも一緒に本を覗き込んだ。

「えーと、ゴデチア‥ゴデチアの花言葉は‥‥お慕いいたします‥‥‥‥‥‥え?」
「え?」
「え?」

 二人で本を覗き込んで絶句した。初対面だったのに?いきなりそれ?エデルの端正な顔を思い浮かべエルーシアの胸がきゅんと鳴ってしまった。人生初めての、義兄以外の異性からの贈り物と求愛に赤面エルーシアがどもりまくる。

「ほほほ他の意味じゃないかしら?!」
「変わらぬ熱愛、静かな喜び。どれでしょうね。どれも捨て難い」
「!!!」
「くぅぅッ流石エデル様!ここまで乙女殺しのテクをお持ちとは!不覚にも私まで痺れてしました!ご馳走様です!流石のエルシャ様もときめいていらっしゃる!」
「とととときめいてないわ!」

 思わず否定してしまった。黄色い声を上げていたドロシーがエルーシアをしげしげと見つめた。

「え?ちっとも?ピクリともしませんでした?いやいや、ここはときめきどころですって」
「え?‥えと、まあちょっとは‥」
「ですよね!私も応援します!お二人ならお似合いですよ!」

 え?応援って何を?はしゃぐドロシーにエルーシアは唖然としている。

 貴族令嬢と家人で仲良くなれるはずがない。
 何より義兄がそれを許さないだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】

臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!? ※毎日更新予定です ※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください ※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています

【R18】悪役令嬢は元お兄様に溺愛され甘い檻に閉じこめられる

夕日(夕日凪)
恋愛
※連載中の『悪役令嬢は南国で自給自足したい』のお兄様IFルートになります。 侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは五歳の春。前世の記憶を思い出し、自分がとある乙女ゲームの悪役令嬢である事に気付いた。思い出したのは自分にべた甘な兄のお膝の上。ビアンカは躊躇なく兄に助けを求めた。そして月日は経ち。乙女ゲームは始まらず、兄に押し倒されているわけですが。実の兄じゃない?なんですかそれ!聞いてない!そんな義兄からの溺愛ストーリーです。 ※このお話単体で読めるようになっています。 ※ひたすら溺愛、基本的には甘口な内容です。

処理中です...