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第一部
第06話
しおりを挟む「なぜハンカチが?」
会話が続くと思っていなかった。ハンカチを飛ばすなど淑女にあるまじき失態。なのに動転した思考でエルーシアは問われるままに答えてしまった。
「‥‥部屋に蝶が‥逃がそうとしたのですが‥‥窓を開けた拍子にハンカチも飛んでいってしまって‥‥」
正直に話してしまった、どうしよう。呆れられる?笑われる?さらなる失態に混乱するエルーシアに酷く優しい声がして驚きから顔を上げてしまった。
「蝶がお好きですか?では蝶がここに飛んでくるように花を置きましょう」
「ここに?」
「日当たりも良いですし鉢植えなら大丈夫でしょう」
エデルと名乗った青年が甘く微笑んだ。エルーシアはその笑顔に思わず見惚れしまった。
警備の人だろうか。そうでないとここまで辿り着けないはずだ。鉄格子の中の自分を憐れんでくれた。優しい人だと思った。鉢植えを持って来ると言っていたが多分もう来ない。あれはその場凌ぎの言葉だろう。立ち去る後ろ姿を鉄格子越しに見やりなぜか寂しいと思ってしまった。
その後義兄とのお茶の時間に出向いたがいつものように心が晴れることはなかった。
そう思っていたからだろうか。部屋に戻り格子窓の外に鉢植えの花が置かれていて驚いてしまった。
「そういえば先程エデル様が外にいらしてました。鉢植えを置いていたのですね」
あの青年は約束を守ってくれたのか。驚きから勝手に頬が赤くなる。その様子を見たドロシーがすぐに何かを察知した。額に手を当てて天井を仰いでいる。
「あー、エデル様もですか?これはファンたちが泣きますよ」
「ドロシーはエデル‥を知ってるの?」
「そりゃあ大人気ですから」
優しくてあんなに素敵なら人気も出るだろう。そういえば少し前に皆が何やら騒いでいた時期があったと思い出す。
「侍女の憧れの的のお二人がお二人ともエルシャ様ゾッコンとか号泣ものでしょう」
「え?え?二人?ぞっこん?」
「旦那様にエデル様ですよ。まあエルシャ様なら仕方ないですね」
ドロシーの言う意味が全くわからない。なぜここに二人の名がでてくるのだろう?
「旦那様は美形で凛々しくて紳士でいらっしゃいます。侯爵家当主で憧れの王子様像ですね。優しいお兄様像もステキですし。エデル様はイケメンですが、とにかく女性対応にそつがないんです。あれは相当遊んでましたね。女たらしという噂でエデル様に遊ばれたい侍女が続出してます」
「女たらし?」
「女性に手が早いという意味ですね。どことなく品もあるもんだから勘当された名家の令息という噂まであります。そんなお二人をエルシャ様があっさり落としてしまわれました」
「え?私が?何か落としたかしら?」
「そういう天然なところも男性には堪らないんでしょうねぇ。流石はエルシャ様!ステキすぎです!」
落としたのならそれはハンカチだ。あの粗相のことを言っているのだろうか。あの場にいなかったのになぜドロシーは知っているの?
ドロシーがはぁと頬に両手を当てて呆けている。恋に恋する乙女といった様子だ。
「お義兄さまがお優しいのは昔からよ。エデル‥は花を持ってきてくれただ」
「そうだ!花!花を調べないと!ちょっと待っててくださいね」
侍女なのに子供のようにすっ飛んでいってしまったドロシーを唖然と見ていたが本を片手にすぐに戻ってきた。
「エデル様が持ってきた花を調べましょう。きっと花言葉もあります」
「花言葉?」
「花言葉にちなんだ花を恋人に贈るのが最近の流行りなんですよ。えーと、あれは‥ゴデチアって書いてありますね。庭師のサムはマメですね。おじいちゃんですが花言葉にも詳しいんですよ」
「へぇ‥」
ドロシーの鼻息がすごい。吐き出す情報量も膨大。こんな秘めた一面もあったのかと驚きっぱなしだ。ちょっと引きながらエルーシアも一緒に本を覗き込んだ。
「えーと、ゴデチア‥ゴデチアの花言葉は‥‥お慕いいたします‥‥‥‥‥‥え?」
「え?」
「え?」
二人で本を覗き込んで絶句した。初対面だったのに?いきなりそれ?エデルの端正な顔を思い浮かべエルーシアの胸がきゅんと鳴ってしまった。人生初めての、義兄以外の異性からの贈り物と求愛に赤面エルーシアがどもりまくる。
「ほほほ他の意味じゃないかしら?!」
「変わらぬ熱愛、静かな喜び。どれでしょうね。どれも捨て難い」
「!!!」
「くぅぅッ流石エデル様!ここまで乙女殺しのテクをお持ちとは!不覚にも私まで痺れてしました!ご馳走様です!流石のエルシャ様もときめいていらっしゃる!」
「とととときめいてないわ!」
思わず否定してしまった。黄色い声を上げていたドロシーがエルーシアをしげしげと見つめた。
「え?ちっとも?ピクリともしませんでした?いやいや、ここはときめきどころですって」
「え?‥えと、まあちょっとは‥」
「ですよね!私も応援します!お二人ならお似合いですよ!」
え?応援って何を?はしゃぐドロシーにエルーシアは唖然としている。
貴族令嬢と家人で仲良くなれるはずがない。
何より義兄がそれを許さないだろう。
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