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第二部

第16話

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 トレンメル家の死の呪いにエデルはゾッとした。よくこれまで本家筋の血が絶えず侯爵家が残ったものだと感心する一方で、自分の身の危うさに身震いがする。そして父の淫行の訳を理解した。

 これは側妻を囲って子を多く成す訳だ。

 そうなると祖父母の事故死も気になる。調査報告書には馬車破損による崖からの転落死とあった。侯爵家の馬車が破損というのもおかしい。普通の馬車だってそう簡単には壊れない。この祖父は次男で赤毛ではなかったようだが、赤毛を有した兄は子供の頃に病死、他の兄弟は水死や行方不明。この代から急に病死が減ったが死の影はまとわりついている。書類の保管不備も目立ち、資料庫に見つけられない書類にエデルはため息を吐いた。

 以前オスカーからもたらされた父の死の調査報告書。あれ以上の資料もなく当時侯爵家にいた家人も散り散りだ。残っている家人で父と面識があるのはオスカーのみ。ぎりぎり被ったエルーシアの乳母も父に会えていないと言う。家人に身をやつした自分が親族に当時のことを聞き回ることもできない。新しい資料が出ない限りこれ以上何もわからない。
 父の死もこの呪いのせいなのだろうか。そうとしか説明もできない。

 現時点でエドアルドの三人の異母子は生きている。が、エドゼルは亡きものにされているから死の呪いを受けたことになっている。

 これで呪い落としになっていればいいが。残り二人は父の血を受けていないから死から逃れられているのだろうか?


 思いふけっていたエデルはここでエルーシアの身辺が気になった。

「エルーシアに護衛はついているのか?」
「いえ、特にはおりません」
「ならば誰か腕利きをつけろ。侍女がいい。エルーシアの守護を最優先に命じろ。ラルドに悟られずに手配するんだ」
「早々に手配いたしましょう。騎士隊長経験のある女性がおります」
「強者すぎるだろ。本当に女性なんだろうな?」
「エデル様の護衛にと押さえた者でございます」

 僕の護衛に元騎士隊長?どんだけの人材なんだ?一度襲われた身だから厳重にというこの男の心配りなのか?そこでふとあることを思いついた。

「その侍女に昼間はエルーシアに張り付くようにいっておけ。体調不良でも離れるなと」
「かしこまりました」

 これで昼間の出歩きも控えるだろう。最近頻繁に出歩きすぎだ。新しい侍女を警戒して出歩かなくなるだろう。

「誰か専任の侍女はついてるのか?」
「乳母と乳姉妹ちきょうだいがおります。あれならば必ずお嬢様の味方になりましょう。お嬢様の部屋の件でもラルド様に改善要求を何度も出しておりました」
「当主にか。それは果敢なことだな」

 ドロシーは知っている。エルーシアの全てを理解している協力者だ。それに乳母。エルーシアに味方がいるならそれでいい。

 最近のラルドのエルーシアへの付きまといは目に余る。毎晩義妹の許に通っているらしいがどういう意図だ?そのせいで夜の逢瀬は無くなった。何か良からぬことにならなければいいが。

 だがその予感は悪い方向で的中した。



 厩舎に突然現れたエルーシア。貴婦人の外出服を身につけている。遠乗りに行くのだとウキウキしていた。どうもエデルを御者か何かと勘違いしたらしい。

「え?じゃあエデルは行けないの?」

 びっくりして目を瞠るエルーシアにさらに説明しかけたところでエルーシアを呼ぶ声がした。

 ラルド‥‥またお前か‥‥!

 咄嗟に膝をついて顔を伏せたが腑が煮えくり返る思いだった。ギリリと奥歯を噛み締める。

 遠乗りに一緒に行く約束は僕としたのになぜお前と?!

 当主は本当は自分のものだった。なのに今はただの家人。義弟相手に無様に這いつくばる。
 目の前でエルーシアを掻っ攫われても何も言えない。家人では当然だ。エルーシアの戸惑う視線も胸に刺さった。地面に膝をつく自分の惨めな姿を見られた。吐き気を覚える程にエデルの苛立ちが止まらない。馬がそれとわかり怯えるほどだった。その未知の激昂に仕方なく体調不良を訴え休みをもらう。

 部屋にも戻れずエントランス付近でエルーシアの戻りをずっと待った。二時間ほどで戻った二人は同じ馬車から降りてきた。仲が良い異母兄妹、同乗は良しとしても侍女を乗せていないことに作意を感じる。

 あいつ‥馬車の中で何をしていたんだ?

 ステップがあるのにエルーシアの腰を抱き上げて下車させる様子にさらに苛立ちが募った。顔立ちも似ていない兄妹、何も知らないものが見れば恋人同士のようだ。エルーシアの頬が少し上気しているのも気に入らない。
 執事に呼ばれラルドが離れた隙にエルーシアを物陰に掻っ攫った。エルーシアの体からいつもと違う男物の香りと少し乱れた衣服に馬車の中で何が起こっていたのか妄想が走る。

 あいつ、義兄のくせに僕のエルシャに———

 そして衝動のままにエルーシアを壁に押し付けラルドから奪い返すようなキスをした。ここが外だとか側にラルドがいるとか完全に思考から飛んだ。それほどに怒りがエデルを支配する。手がエルーシアの胸を這いスカートをたくしあげ太ももを愛撫する。

「エデル‥‥ダメ‥義兄が」

 その声でやっと理性が戻り慌ててエルーシアを解放した。これほどに熱くなったのは初めてのことだ。エルーシアが絡むとどうも冷静さを欠いてしまう。
 エルーシアは自分を庇ってラルドの腕の中に飛び込んだのだとわかっている。わかっていても自分の腕の中から逃れラルドの腕の中に入るエルーシアの後ろ姿はエデルの胸を抉った。二人楽しげに寄り添うその様子を見ていられずエデルは目を閉じてその場を後にした。
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