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第一部

第23話

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 そして一昨日、ついにその想いが溢れ出した。

 馬丁如きに心を悩ますエルーシアにひどい苛立ちを覚えた。せっかく二人きりになれたのにその心には自分以外の者がいる。家人であろうと許せない。そのくせ二人で寄り添い森を歩けば愛らしく甘えてくる。嫉妬と劣情に狂い馬車の中でその想いをぶつけるようにエルーシアに深く口づけた。
 初めて胸にも触れたが癒すためだと言えばラルドのために恥じらいを我慢し身を任せてきた。自分を癒すためならその体も許してくれるのではないか?その愛撫に乱れ喘ぐ義妹に、馬車の中だったが我を忘れ服を脱がせ行為に及びそうになるところをラルドはぐっと堪えた。
 燻る劣情を抱えたままその夜初めて義妹を寝室で押し倒し貪った。流石のエルーシアも抵抗を見せたが力で封じ込める程度。だが泣いて拒絶されラルドの体が怯んだ。

 あれほど甘く悶えてなぜ拒絶する?やはり兄ではダメなのか?

 混乱する頭で部屋を出たが、それは杞憂だったと翌晩理解する。翌晩再びエルーシアの元に通い愛しい義妹を抱き寄せる。拒みつつも自分の手の中で甘くとろけ悶えるエルーシアに理性のタガが外れた。
 暴れる腕は縛りあげればしばらくもがいていたが力尽きたのか大人しくなった。夜着を脱がせ裸で抱き合う悦楽に、エルーシアの甘く柔らかい肢体にラルドは一気に溺れた。

 なんだ、最初からこうすればよかったんだ。
 動きを封じればこんなに可愛らしくなった。
 言い訳が欲しいのならいくらでも与えてやる。
 シア‥愛しい私だけの義妹‥

 自分の愛撫に甘やかに哭くエルーシアに興奮が募り、挙句に滾りを擦り付けてしまった。性に免疫がないエルーシアには恐怖だったろう。秘所には触れさせてもらえなかったのはそれ故だ。だがエルーシアに貞節がきちんとありその行為を理解しているという証拠だ。

 時間をかけてゆっくり快楽に慣らせば大丈夫だ。少なくとも自分は男として嫌悪はされなかった。拒絶されたのも兄妹という関係から。それもどうにでもなる。愛情の前に血など関係ない。ずっと秘めていた焦がれる想いがやっと叶うのだから。今日は暴走しないよう気をつけないと。

 音もなく続き間の扉を開けたラルドは、見えたものに目を瞠った。ゆるくランプが灯された寝室。ベッドには眠るエルーシア、そしてベッドサイドに一人の侍女が腰掛けていた。

「お前は‥」

 深夜にお仕着せを来た背の高い侍女は無言で頭を下げた。見かけない顔の侍女、エルーシアの逢瀬の時間に邪魔者がいる。ラルドの心に怒りが渦巻いた。

「お嬢様が頭痛がするとのことでお薬をお持ちしました」
「そうか、ならば下がれ。ならあとは私が‥」

 ラルドの当主の威圧に侍女は動じなかった。

「いえ、睡眠導入剤もお飲みですのでしばらく様子を見ております。今やっと寝つかれたところです。ひどいものではありませんが初めてでは薬に酔うことがありますので」
「睡眠導入剤?」
「ハーブの一種です。私が調合しました。薬師の心得があります」

 確かに独特のハーブの香りが部屋にしていた。断固とした物言いは言いつけを守る侍女そのものだ。こんな時でなければ良い侍女だと思っただろう。その侍女の顔をじっと見て何かが酷く惹きつけられたが視線をベッドに向ける。

 睡眠導入剤。それはもう朝まで目が覚めないということか。

 ベッドに近寄りエルーシアを見下ろせば安らかな寝息を立てている。

 これは拒絶か?やはり昨日やりすぎたか。
 仕方がない。

「わかった。容態に変化があればすぐ医師を呼ぶように」
「かしこまりました」

 頭を下げる侍女を再び見やる。今初めて目にしたその侍女への謎の衝動を無視できない。動揺しつつもそれを黙殺しラルドは部屋を出てふぅと息を吐いた。義妹に向かう劣情をねじ伏せる。

 焦るな。時間はある。少しずつだ。エルーシアはもう誰の手にも触れられないのだから。の真偽も確かめないといけない。もし真実ならラルドの仮説を裏付けるものだ。

 暗闇の廊下でラルドの口角が上がった。

「シア、お前を必ず手に入れる。何があろうともな」




 ラルドが部屋を離れる足音を聞き、エルーシアが目を開けた。

「お義兄さまは帰られたかしら?」
「はい、大丈夫です」

 ほっと息を吐いてエルーシアは傍のルイーサを見上げた。

「ありがとう、一人ではどうにもならなかったから」
「いえ、お役に立てて何よりです」

 ハスキーボイスで静かに微笑むルイーサに動じた様子はない。エルーシアは寝たふりをしながら二人の会話を聞いていたがヒヤヒヤしていたのだ。言葉こそ丁寧だったがルイーサは断固とした態度を取っていた。その年若さからは考えられない豪胆さだ。義兄の威圧にドロシーでは太刀打ちできなかっただろう。義兄の監視と疑ったこともあったが、やはりこの侍女は只者ではなかった。

 夜に側にいて兄を断ってほしい。ただそうお願いしたけれどどこまで察してくれたのかしら。

「ルイーサにお願いしてよかったわ。お薬も調合できるなんてすごいわね」

 部屋にはラベンダーの香りが漂っている。これは安眠のハーブだとエルーシアも知っていた。好きな香りで本当に安眠できそうだ。だがルイーサは表情を変えず言ってのけた。

「いえ、これはハッタリです」
「は?ハッタリ?」
「旦那様を説得させるためのものです。女性の体調不良と医薬師にはなぜか男は引くものですので」

 ルイーサはしれっと白状した。

「え?じゃあ薬師というのも」
「そんな技術ございません。私はただの侍女です。ラベンダーは私の知る唯一のハーブです」

 エルーシアは唖然とした。自称ただの侍女が当主にハッタリと言って堂々と嘘をついたのだ。侍女にしては肝が据わりすぎだ。やはりこの侍女に頼んでよかった。思わず苦笑が漏れてしまった。

「流石ルイーサね。ありがとう。今日はもう帰っていいわよ」
「いえ、もう少しおります。旦那様がまた様子を見に寄られるかもしれません。お嬢様はお休みください」

 その低めの言葉にエルーシアはどきりとした。ルイーサは察してくれた、自分と義兄の関係を。

「ルイーサは眠くないの?」
「大丈夫です。明日の午前はお休みを頂けるとのことでしたので」
「ええ、休んでね。巻き込んでごめんなさい」
「いえ、お嬢様のお望みのままに」

 側にいてくれればこれほどに心強い。エルーシアは久しぶりの安堵の息をついて目を閉じた。
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