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第一部

第26話

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「お義兄さま‥なんでここに‥」

 エデルと一緒のところを見られてしまった。ここは厩舎の裏。偶然通りかかる場所ではない。そうとわかって来なければ辿り着けない。なのになぜ義兄がここに立っている?そして背後にオスカーと数人の男。警備の者だ。さらに背後に遅れて駆けてきたのか心配げな顔のドロシーと侍女たちがいる。
 目の前で起きていることが信じられない。怒りを露わにする義兄にエルーシアがガクガクと震える。その体をエデルがぐっと抱きしめた。

「エルシャ様、大丈夫です。どうか何も心配しないで」
「エデルでも」
「怖がらないでください。酷いことにはなりません」

 おそらく優しい義兄はエルーシアには酷いことはしない。だが裏を返せばエデルが酷い目に遭うということだ。エデルの囁きにエルーシアの体がますます震え出す。
 ラルドはエデルを睨みつけていた。ラルドを睨み返すエデルに顔を顰める。

「シア、こちらに来なさい。その男から離れるんだ」
「でもお義兄さま‥」
「言うことを聞いて」

 エデルにそう囁かれ背中を優しく押される。エデルから離れたところをドロシーや侍女たちに抱き込まれてさらに離された。

「待って!エデルが‥」
「ダメです!旦那様の機嫌を損ねてはエデル様が酷いことになります」

 ドロシーの囁きにはっとする。家人に抑え込まれ膝をつくエデルの目の前にラルドが近づいていた。エデルの背後にオスカーもいる。あの家令がいてはもう逃げられない。
 拘束されたエデルをじっと見下ろしていたラルドがエデルの顔をいきなり殴った。ガツンという大きな音にエルーシアが目を瞑る。もう見ていられない。侍女たちからも悲鳴が出る。エデルの前髪がぐいと掴まれた。

「家人ごときが‥よくも大事なエルーシアに手を出したな。身の程を知れ!」

 エデルの髪を掴みラルドが低い声を出す。あの優しい義兄が初めて見せた怒りにエルーシアは恐れ息をのんだ。
 エデルがうっすらと目を開けてラルドを見上げた。エデルがラルドに何か囁いた。それを聞いたラルドがさらにエデルを殴った。エデルの口元が切れて血が流れ落ちる。さらにラルドの拳が上がる。

「お義兄さまもうやめて!エデルは抵抗できないのに!」

 エルーシアの悲鳴にラルドが振り上げた拳をぴたりと止めた。ラルドがエデルの背後に立つオスカーを見やる。

「鞭打ちの上牢に入れておけ」
「ダメ!お義兄さま!やめて!」

 悲痛な声を上げるもラルドの反応は冷淡だ。

「お前は部屋に戻りなさい。あの部屋はダメだ。二階に行きなさい」
「イヤ!エデルに酷いことしないで!」
「言うことを聞きなさい」
「でも!」
「言うことを聞かないならばこの男にさらに罰を与えよう」

 エルーシアが言葉をのみ込んだ。ドロシーが必須にエルーシアの体を抱きしめて部屋に連れて行こうとしている。自分がここにいれば事態がもっとひどくなる。自分を見るエデルがうっすらとエルーシアに微笑んだ。大丈夫だと言う意味だろうか。殴られた顔が赤く痛々しい。

「エデルに酷いことはしないと約束して。そうすれば言うことを聞きます。悪いのは私です‥‥」
「シア‥」
「これ以上お義兄さまの怖いところを見たくないです‥」

 その言葉でラルドがふぅとため息を吐いた。それで少し義兄の気配が和らいだように思われた。

「約束しよう。行きなさい」
「ありがとうございます‥」

 母家に入る瞬間に振り返ればオスカーに連れていかれるエデルの後ろ姿が見えた。オスカーは何か恐ろしい。この家令には自己裁量が許されていると聞いていた。勝手にエデルに酷いことをしないか心配だった。

「エルシャ様‥ごめんなさい‥」
「ドロシーのせいじゃないわ。私が悪いの」

 涙するドロシーから事情を聞いてエルーシアは目を伏せた。

 いつもは執務室にいる時間にラルドが突然エルーシアの部屋に現れた。侍女たち総出で体調不良を言い訳になんとか誤魔化そうとしたが寝室まで入られエルーシアの不在がラルドにバレてしまった。ラルドはこの家の当主、問い詰められれば隠しきれない。隠し扉の存在も知られてしまった。

 悪いのは自分だ。昼間なのにエデルに会いに行っていた。昼間に来てはいけないとあんなにエデルに嗜められていたのに軽率な自分が悪い。その行いでエデルは今牢の中にいる。悔やんでも悔やみきれない。家人の命など当主の判断ひとつでいつでも奪える。理由などどうとでもなるのだ。なんとしても助けないと。殴られたエデルを思いエルーシアはぎゅっと目を瞑る。

 
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