4 / 78
第一部
第03話
しおりを挟むエルーシア・トレンメル侯爵令嬢の幼少期は他の貴族令嬢たちとは少々異なっていた。
エルーシアはトレンメル侯爵家当主と側妻で子爵令嬢だった母の間に生を受けた。その時にはすでに歳近い異母兄がいた。普通であれば名家の侯爵家の長女として何不自由なく暮らせるはずだった。しかしそこからエルーシアの運命の歯車が狂い出す。
まず生後一週間で母が亡くなった。産後の肥立ちが良くなかったとエルーシアの乳母であるドーラから聞かされた。朝眠る様に息を引き取っていた、と。母の死はドーラが侯爵家に到着して二日しか経っていなかったという。
「若奥様とはもっとお話ししとうございました」
母のようにずっと寄り添ってくれたドーラが寂しそうにぽつりとそう言ったのは随分前の記憶だ。母が残したものはロケットのペンダント。エルーシアの名前が刻まれていた。息を引き取る前日に母がドーラに託したという。エルーシアはこのロケットをお守りがわりに毎日に身につけている。
母を早々に亡くしたがさらにその三週間後、当時侯爵家当主だった父が亡くなった。こちらは自殺とのことだった。本邸の母家から火が出て父の焼死体が見つかった。館には父が火を放ったという。遺書もなく自殺の原因はわからない。だが溺愛していた側妻が亡くなって塞いでいたようだとドーラから聞かされていた。
侯爵家当主が死んだ。突然の訃報の中でさらに事件が起こる。エルーシアの異母兄が何者かに襲われた。異母兄は無事だったが犯人は不明、不幸に続く事件で侯爵家は揺れたが、残された正妻であるヴィルマがその場を収めた。その事件からヴィルマが侯爵家での実権を握るようになる。
その騒ぎの中、エルーシアは乳母ドーラと共に別邸に避難していた。事件も落ち着き本邸に戻ってきたが七歳の時に義母ヴィルマの命でドーラと共に再び別邸へと移り住んだ。
義母に好かれていなかったのは幼いながらに自覚があった。それほど接触はなかったがある夏の日に顔を合わせた際、七歳のエルーシアの顔を見てヴィルマは青ざめていた。それ程に自分は嫌われているのかと子供心に傷つく。だが実際はそうではなかったとのちに知った。
「エルーシア様は若奥様にとてもよく似ておいででしたので‥‥」
ドーラはエルーシアの母を若奥様、異母兄ラルドの母を奥様と呼んでいた。義母は側妻だった母を嫌っていたらしい。母の顔を知らないエルーシアは鏡の中を覗き込んだ。父が死んだ際の火事で母の姿絵も残っていない。義母が青ざめるほどに自分は母に似ているのだろうか。逆に自分は義兄ラルドと全く似ていない。自分は父の血を本当に継いでいるのかと疑問に思えるほどに。父の姿絵もなかったためたまにこっそり別邸に遊びにきてくれるラルドに父の面影を重ねていた。
別邸は本邸から離れており森に囲まれ周りに民家もない。エルーシアはここで乳母ドーラ、ドーラの娘で乳姉妹のドロシー、それに数人の年老いた家人と共にひっそりと暮らしていた。
「シア、迎えにきたよ」
それはエルーシアが十八になった時、ラルドが別邸にやってきた。義兄は十四の時にトレンメル侯爵家を継いで当主となっていた。異母兄とエルーシアは二カ月違い兄妹だ。同じ歳の二人はともすれば二卵性の双子のようだったが体格はラルドの方が大きかった。子供の頃は年上の兄のように甘えたものだった。
領地管理で忙しい中でも別邸に住むエルーシアの元に顔を出してくれていた。正妻ヴィルマと同じ濃い茶髪に凛々しい顔立ち、そしていつも優しい義兄にエルーシアはとても懐いていた。
「迎えにとは?」
「本邸においで。一緒に暮らそう」
「え?でも‥‥」
「母のことなら気にしないでいいよ。もう‥‥」
三ヶ月前に義母ヴィルマは他界した。流行病にかかり息を引き取ったのだ。お見舞いに行こうとしたエルーシアの本邸への帰還を気が強いヴィルマは最期の時まで許さなかった。
徹底的に避けられた。まるで厭わしいと思われるほどに。側妻の子なのだからしょうがないとエルーシアはそれを受け入れたがとても悲しかった。
「母を気遣ってくれてありがとう」
「いえ‥何もできませんでした」
「そんなことないよ。‥‥皆死んでしまった。お前は私の最後の家族だ。ばらばらに暮らすのは寂しすぎる。だからどうか戻ってきて欲しい」
「お義兄さま‥‥」
大好きな異母兄と一緒に暮らせる。それだけでエルーシアの心が高鳴った。
「身支度の応援もよこそう。みんな連れて本邸においで。いや、荷物は後でいい。必要なものは本邸にもある。先にお前だけでもおいで」
「ありがとうお義兄さま、嬉しいです」
そしてエルーシアは十一年ぶりに本邸へ移り住んできた。本邸のある街は大きい。久しぶりの都会にドロシーは興奮気味だ。ドロシーはエルーシアより半年年上で乳母ドーラの娘、本当の姉妹のように一緒に育ってきた。今は膝を痛めたドロシーの代わりにエルーシアの侍女として身の回りの世話をしている。
「すごい!人がたくさんいますね」
ドロシーははしゃいでいたがエルーシアは人混みに気後れしていた。別邸は広大な敷地に囲まれ人は少なかった。今まで住んでいた別邸と全く環境が違う。
「大丈夫ですよ!色々見て回ればここにもすぐ慣れますって」
「そうかしら‥」
「ゆっくり馴染まれればよろしいですよ。これドロシー、はしたない」
母に嗜められドロシーがしぶしぶカーテンを閉めた。
0
お気に入りに追加
367
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
【R18】悪役令嬢は元お兄様に溺愛され甘い檻に閉じこめられる
夕日(夕日凪)
恋愛
※連載中の『悪役令嬢は南国で自給自足したい』のお兄様IFルートになります。
侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは五歳の春。前世の記憶を思い出し、自分がとある乙女ゲームの悪役令嬢である事に気付いた。思い出したのは自分にべた甘な兄のお膝の上。ビアンカは躊躇なく兄に助けを求めた。そして月日は経ち。乙女ゲームは始まらず、兄に押し倒されているわけですが。実の兄じゃない?なんですかそれ!聞いてない!そんな義兄からの溺愛ストーリーです。
※このお話単体で読めるようになっています。
※ひたすら溺愛、基本的には甘口な内容です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる