逃げるが勝ち

うりぼう

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(春日視点)






また逃げられた。

いつもいつも、この手にしっかりと掴んだはずなのに、満面に笑みを浮かべうまい具合にするりとかわされる。
ちくしょう、何でだ。
むっつりと眉を寄せたところで答えは出ない。

「目先の欲望に走るから逃げられんじゃねえのー?」
「あ?」

言われた瞬間そのセリフを発した男を睨む。

「怖ぇから睨むなよ」

自分でも凶悪だと自覚している顔を更に歪ませているというのに、傍らの男、三木は全く怯む様子はない。
怖いと言っているくせにそんな事微塵も感じていないようだ。
ようだ、というよりも、感じていないのだろう。
現にセリフとは裏腹にけらけらと笑っている。

「オレがいつ欲望に走ったっつんだよ」
「いっつもだっつーの。目ちょーギラギラしてんもん。秋吉クンとヤりてえってオーラだだ漏れ。丸わかり」
「……」

否定出来ない。
確かにオレは秋吉とヤりたい。
ヤりたい盛りの高校生だ、好きな相手がいるのならそれは当然の事だろう。
全てを手に入れたい、奪い去りたいと思って何が悪い。

何か文句でもあるのかと再び一睨み。

「や、別に文句あるとかじゃなくてさあ。つかお前ら付き合ってねえじゃん」
「るせえ、これからだ」

確かに付き合ってはいない。
口説いてる真っ最中だがいずれは奪い去るつもりだ。

胸を張ってそう言うオレに三木は失笑い。
出来るはずがないと言外に語る。
失礼な奴だ。

「つーかさあ、考えてもみろよ秋吉クンだぜ?眼鏡っこもえはわかっけどアレ男だぜ?女の子のやーらかい胸とかのが億倍マシじゃん。なんであんなんが良いの」
「それは……」

聞かれて言葉に詰まってしまった。
正直、自分でもわからない。

確かに秋吉は地味だ。
どこにでもいる、というかクラスに確実に一人はいる中肉中背の地味な眼鏡の男だ。
特に可愛いところなんかこれっぽっちもなくて、それでも最初のうちはびくびくしていてまだ可愛げがあったのに最近じゃあ口からでまかせだのなんだので軽くあしらって余裕の笑みでもって逃げる術を覚えやがったからああもう可愛くない。
本当に可愛くない。
顔も普通なら体も骨と皮と少しの筋肉ばかりで全然柔らかくもないし良い匂いもしないのに、本当に一体全体何が良くてオレはあいつのケツを追いかけ回しているのだろうか。

「……なんでだ」
「オレに聞くな」

頭を抱え、答えを期待して呟いたのではない言葉に三木が律儀に答えた。








そんな疑問を抱えたまま、秋吉の学校が終わる時間が近付いてきたので迎えに行く。
約束など当然していない。
今日は学校まで行ってやろうと、着いた校門前で待つ間もぐるぐると頭は巡る。

(何で、何でか……)

わからない。
わからないけど、何故だかあいつが良いのだ。
可愛くないと思いつつあいつが可愛くて可愛くてたまらない。
それは奴の行動仕草発言全てにおいてそう。

笑った顔も、生意気な言葉遣いも、オレの言動に驚く様も、理不尽な要求に怒りを露わにする様も、全部が全部可愛くてたまらない。

(……くそっ)

考えたらすぐにでもあいつを腕の中に閉じ込めてしまいたくなってきた。

早く出てこい。

そう思いいらいらと片足を踏み鳴らすオレに下校中の他の野郎どもがびくびくしているけれど構っちゃいられない。
あいつらなんてどうだって良い。
早く、早く出てこい。

焦がれる体にせわしなく動き始める胸の鼓動。
待ちきれない。
いっそ校舎の中に潜り込んで攫ってきてしまおうか。

そんな事を思い始めたその時。

「……っ!」
「!」

僅かに息を飲む声に、ジャリと歩を止め後退りする音が聞こえた。
反射的に音のした方を振り向くと、見覚えのある後ろ姿がダッシュで走って逃げているところだった。

「秋吉!」

怒鳴っているつもりはないのに自然とそう聞こえてしまう声で名を叫ぶ。
何度逃げられようが、必ず捕まえてみせる。

周囲が驚くのと同じく、びくりと震える肩を追い掛けた。











「っ、な、なんでっ、んなトコに、いんだよ!?」
「っるせ、迎えに、きたんだ、文句あっか!?」
「あるに、決まってんだろうがッ、バカッ」
「ああ!?」

校舎の周りをぐるっと回り、裏口から出ようとしたところをようやく捕まえ逃がさないように腕を掴む。
ぜえはあぜえはあとお互いに乱れた息を整えながら言われたセリフに言い返す。

いつもは電車に逃げ込まれたりしていたためわからなかったが、予想よりも早い足に思った以上に手こずってしまった。
というかこれは偏見なのだが眼鏡を掛けているからてっきり鈍足だと思っていた。
一瞬で捕まえられると思っていたのにやるなこいつ。

「つか、何で追っかけてくんだよ!?」
「お前が逃げるからだろうが!」
「追っかけてくんな!」
「じゃあ逃げんじゃねえよ!」
「誰だって逃げるっつのあんな怖ぇ声出された
ら!」
「お前オレの事見た瞬間に逃げただろうが!声関係ねえだろ!」
「ある!凶悪すぎんだよアンタは全体的に!」
「っ、こんの、ガキ……っ」

ガキも何も同い年なのだが。
全体的に凶悪すぎると言われても意図してそうなっているわけではないので困る。
というかバンバン言い返していて今更怖いだの凶悪だのはないだろう。

それはそうと後ろ姿だけでオレだと判別されたのは少し嬉しいが、逃げられては元も子もない。

「つーか」
「あ?」
「だめだ、疲れた……っ」

そう言うなりぺたりと地面に尻をつく秋吉。
そういえばこっちはとっくに息が整っているのに未だ僅かに息を切らしている。
腕を振り払わなかったのもそのためか。

「体力ねえなあ」
「一緒にすんな体力バカ」
「ばっ」

確かにバカだけれども。
こいつオレの事怖いっつったの絶対嘘だ。
これっぽっちも怖がってねえ。

でも、ちくしょう

(やっぱなんか可愛いなこいつ)

言葉遣いは当然ながら乱暴だし、掴んだ腕など筋張っていて柔らかさなど欠片もないし、胸は平たく豊かな膨らみなどないのに。

額から頬にかけて滲む汗だとか。
荒い息を整えるために開いた唇だとか。
シャツの隙間から覗く綺麗に浮き出た鎖骨だとか。
腕から伝わる熱だとかに、オレの喉はごくりと鳴った。

「……オイ」

上から秋吉を呼ぶ。

「オレの名前はオイじゃありませ……」

じろりと見上げてくる瞳に上体を屈めたオレの影がかかる。
思うままに顔を寄せ、一瞬だけ唇を奪った。

「――…っ!?!?!?」

目を見開き口を金魚のようにパクパクさせ絶句する秋吉。

ああクソ、可愛い。

「なっ、な……っ」

次いでぷるぷると拳を震わせたかと思ったら。

「く」
「く?」
「くたばれ!!!」
「ぶわっ!?いって……!!!」

怯んだ隙に顔面に砂をぶっかけられた。
殴られると思ったらこれまた大誤算。
とっさに腕で覆ったから目には入らなかったがそれ以外のところにはびしびしと小粒が当たり、思わず声をあげてしまった。

「何すんだよ!?」
「そりゃこっちのセリフだバカッ!ふざけんな!」

言いながらごしごしと口を拭う。
さすがのオレでもそれは傷つくぞオイ。

「バカ!アホ!最悪!くたばれ!手も離せバカ!」
「やだ。離したら逃げんだろ」
「あたりまえ、うわッ!?」

ぶんぶんと振り回す腕を力任せに引き上げる。
コイツが軽いのかオレが怪力なのか、面白いくらいにあっさりと持ち上がった。
そのまま腰を抱き腕の中へ。

「ちょっ、何すんだよ!?」
「逃げんな」
「逃げたくても逃げらんないじゃん!こ、こんなん誰かに見られたらどうすんだよ!?」
「いいんじゃね?見せつければ」
「バカかあああああ!!!」
「お前ばかばか言いすぎ」
「うるさいバカ!アンタはいいかもしんないけどオレここ通ってんだぞ!?もし万が一見られてホモのレッテル貼られて後ろ指さされたらどうすんだよただでさえ友達少ねえのに!」

少ないのか。
なんにせよ孤立してくれれば奪いやすくなるからこちらとしては好都合だ。

「じゃあもっかいキスでもすっか」
「じゃあってなんだよバカ!」
「い……!?」

再度唇を寄せたところでスネを蹴られ面のど真ん中に平手を見舞われた。
オレが怯んだ拍子に秋吉は腕の中から逃れ即座に距離を取る。

「ざまあみろ!くたばれ変態!」
「っ、のやろ……ッ」

かくして秋吉はダッシュをかまし。

「待ちやがれそこのメガネ!」
「ついてくんなバカああああッ!!」

再び鬼ごっこが繰り広げられることとなった。

捕まえたら今度は逃がさないよう、しっかりとその身を捕らえようと心に決めたのは言うまでもない。








end.


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