逃げるが勝ち

うりぼう

文字の大きさ
上 下
2 / 8

2

しおりを挟む
(春日視点)






また逃げられた。

いつもいつも、この手にしっかりと掴んだはずなのに、満面に笑みを浮かべうまい具合にするりとかわされる。
ちくしょう、何でだ。
むっつりと眉を寄せたところで答えは出ない。

「目先の欲望に走るから逃げられんじゃねえのー?」
「あ?」

言われた瞬間そのセリフを発した男を睨む。

「怖ぇから睨むなよ」

自分でも凶悪だと自覚している顔を更に歪ませているというのに、傍らの男、三木は全く怯む様子はない。
怖いと言っているくせにそんな事微塵も感じていないようだ。
ようだ、というよりも、感じていないのだろう。
現にセリフとは裏腹にけらけらと笑っている。

「オレがいつ欲望に走ったっつんだよ」
「いっつもだっつーの。目ちょーギラギラしてんもん。秋吉クンとヤりてえってオーラだだ漏れ。丸わかり」
「……」

否定出来ない。
確かにオレは秋吉とヤりたい。
ヤりたい盛りの高校生だ、好きな相手がいるのならそれは当然の事だろう。
全てを手に入れたい、奪い去りたいと思って何が悪い。

何か文句でもあるのかと再び一睨み。

「や、別に文句あるとかじゃなくてさあ。つかお前ら付き合ってねえじゃん」
「るせえ、これからだ」

確かに付き合ってはいない。
口説いてる真っ最中だがいずれは奪い去るつもりだ。

胸を張ってそう言うオレに三木は失笑い。
出来るはずがないと言外に語る。
失礼な奴だ。

「つーかさあ、考えてもみろよ秋吉クンだぜ?眼鏡っこもえはわかっけどアレ男だぜ?女の子のやーらかい胸とかのが億倍マシじゃん。なんであんなんが良いの」
「それは……」

聞かれて言葉に詰まってしまった。
正直、自分でもわからない。

確かに秋吉は地味だ。
どこにでもいる、というかクラスに確実に一人はいる中肉中背の地味な眼鏡の男だ。
特に可愛いところなんかこれっぽっちもなくて、それでも最初のうちはびくびくしていてまだ可愛げがあったのに最近じゃあ口からでまかせだのなんだので軽くあしらって余裕の笑みでもって逃げる術を覚えやがったからああもう可愛くない。
本当に可愛くない。
顔も普通なら体も骨と皮と少しの筋肉ばかりで全然柔らかくもないし良い匂いもしないのに、本当に一体全体何が良くてオレはあいつのケツを追いかけ回しているのだろうか。

「……なんでだ」
「オレに聞くな」

頭を抱え、答えを期待して呟いたのではない言葉に三木が律儀に答えた。








そんな疑問を抱えたまま、秋吉の学校が終わる時間が近付いてきたので迎えに行く。
約束など当然していない。
今日は学校まで行ってやろうと、着いた校門前で待つ間もぐるぐると頭は巡る。

(何で、何でか……)

わからない。
わからないけど、何故だかあいつが良いのだ。
可愛くないと思いつつあいつが可愛くて可愛くてたまらない。
それは奴の行動仕草発言全てにおいてそう。

笑った顔も、生意気な言葉遣いも、オレの言動に驚く様も、理不尽な要求に怒りを露わにする様も、全部が全部可愛くてたまらない。

(……くそっ)

考えたらすぐにでもあいつを腕の中に閉じ込めてしまいたくなってきた。

早く出てこい。

そう思いいらいらと片足を踏み鳴らすオレに下校中の他の野郎どもがびくびくしているけれど構っちゃいられない。
あいつらなんてどうだって良い。
早く、早く出てこい。

焦がれる体にせわしなく動き始める胸の鼓動。
待ちきれない。
いっそ校舎の中に潜り込んで攫ってきてしまおうか。

そんな事を思い始めたその時。

「……っ!」
「!」

僅かに息を飲む声に、ジャリと歩を止め後退りする音が聞こえた。
反射的に音のした方を振り向くと、見覚えのある後ろ姿がダッシュで走って逃げているところだった。

「秋吉!」

怒鳴っているつもりはないのに自然とそう聞こえてしまう声で名を叫ぶ。
何度逃げられようが、必ず捕まえてみせる。

周囲が驚くのと同じく、びくりと震える肩を追い掛けた。











「っ、な、なんでっ、んなトコに、いんだよ!?」
「っるせ、迎えに、きたんだ、文句あっか!?」
「あるに、決まってんだろうがッ、バカッ」
「ああ!?」

校舎の周りをぐるっと回り、裏口から出ようとしたところをようやく捕まえ逃がさないように腕を掴む。
ぜえはあぜえはあとお互いに乱れた息を整えながら言われたセリフに言い返す。

いつもは電車に逃げ込まれたりしていたためわからなかったが、予想よりも早い足に思った以上に手こずってしまった。
というかこれは偏見なのだが眼鏡を掛けているからてっきり鈍足だと思っていた。
一瞬で捕まえられると思っていたのにやるなこいつ。

「つか、何で追っかけてくんだよ!?」
「お前が逃げるからだろうが!」
「追っかけてくんな!」
「じゃあ逃げんじゃねえよ!」
「誰だって逃げるっつのあんな怖ぇ声出された
ら!」
「お前オレの事見た瞬間に逃げただろうが!声関係ねえだろ!」
「ある!凶悪すぎんだよアンタは全体的に!」
「っ、こんの、ガキ……っ」

ガキも何も同い年なのだが。
全体的に凶悪すぎると言われても意図してそうなっているわけではないので困る。
というかバンバン言い返していて今更怖いだの凶悪だのはないだろう。

それはそうと後ろ姿だけでオレだと判別されたのは少し嬉しいが、逃げられては元も子もない。

「つーか」
「あ?」
「だめだ、疲れた……っ」

そう言うなりぺたりと地面に尻をつく秋吉。
そういえばこっちはとっくに息が整っているのに未だ僅かに息を切らしている。
腕を振り払わなかったのもそのためか。

「体力ねえなあ」
「一緒にすんな体力バカ」
「ばっ」

確かにバカだけれども。
こいつオレの事怖いっつったの絶対嘘だ。
これっぽっちも怖がってねえ。

でも、ちくしょう

(やっぱなんか可愛いなこいつ)

言葉遣いは当然ながら乱暴だし、掴んだ腕など筋張っていて柔らかさなど欠片もないし、胸は平たく豊かな膨らみなどないのに。

額から頬にかけて滲む汗だとか。
荒い息を整えるために開いた唇だとか。
シャツの隙間から覗く綺麗に浮き出た鎖骨だとか。
腕から伝わる熱だとかに、オレの喉はごくりと鳴った。

「……オイ」

上から秋吉を呼ぶ。

「オレの名前はオイじゃありませ……」

じろりと見上げてくる瞳に上体を屈めたオレの影がかかる。
思うままに顔を寄せ、一瞬だけ唇を奪った。

「――…っ!?!?!?」

目を見開き口を金魚のようにパクパクさせ絶句する秋吉。

ああクソ、可愛い。

「なっ、な……っ」

次いでぷるぷると拳を震わせたかと思ったら。

「く」
「く?」
「くたばれ!!!」
「ぶわっ!?いって……!!!」

怯んだ隙に顔面に砂をぶっかけられた。
殴られると思ったらこれまた大誤算。
とっさに腕で覆ったから目には入らなかったがそれ以外のところにはびしびしと小粒が当たり、思わず声をあげてしまった。

「何すんだよ!?」
「そりゃこっちのセリフだバカッ!ふざけんな!」

言いながらごしごしと口を拭う。
さすがのオレでもそれは傷つくぞオイ。

「バカ!アホ!最悪!くたばれ!手も離せバカ!」
「やだ。離したら逃げんだろ」
「あたりまえ、うわッ!?」

ぶんぶんと振り回す腕を力任せに引き上げる。
コイツが軽いのかオレが怪力なのか、面白いくらいにあっさりと持ち上がった。
そのまま腰を抱き腕の中へ。

「ちょっ、何すんだよ!?」
「逃げんな」
「逃げたくても逃げらんないじゃん!こ、こんなん誰かに見られたらどうすんだよ!?」
「いいんじゃね?見せつければ」
「バカかあああああ!!!」
「お前ばかばか言いすぎ」
「うるさいバカ!アンタはいいかもしんないけどオレここ通ってんだぞ!?もし万が一見られてホモのレッテル貼られて後ろ指さされたらどうすんだよただでさえ友達少ねえのに!」

少ないのか。
なんにせよ孤立してくれれば奪いやすくなるからこちらとしては好都合だ。

「じゃあもっかいキスでもすっか」
「じゃあってなんだよバカ!」
「い……!?」

再度唇を寄せたところでスネを蹴られ面のど真ん中に平手を見舞われた。
オレが怯んだ拍子に秋吉は腕の中から逃れ即座に距離を取る。

「ざまあみろ!くたばれ変態!」
「っ、のやろ……ッ」

かくして秋吉はダッシュをかまし。

「待ちやがれそこのメガネ!」
「ついてくんなバカああああッ!!」

再び鬼ごっこが繰り広げられることとなった。

捕まえたら今度は逃がさないよう、しっかりとその身を捕らえようと心に決めたのは言うまでもない。








end.


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

眠りに落ちると、俺にキスをする男がいる

ぽぽ
BL
就寝後、毎日のように自分にキスをする男がいる事に気付いた男。容疑者は同室の相手である三人。誰が犯人なのか。平凡な男は悩むのだった。 総受けです。

泡沫でも

カミヤルイ
BL
BL小説サイト「BLove」さんのYouTube公式サイト「BLoveチャンネル」にて朗読動画配信中。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

推しを擁護したくて何が悪い!

人生1919回血迷った人
BL
所謂王道学園と呼ばれる東雲学園で風紀委員副委員長として活動している彩凪知晴には学園内に推しがいる。 その推しである鈴谷凛は我儘でぶりっ子な性格の悪いお坊ちゃんだという噂が流れており、実際の性格はともかく学園中の嫌われ者だ。 理不尽な悪意を受ける凛を知晴は陰ながら支えたいと思っており、バレないように後をつけたり知らない所で凛への悪意を排除していたりしてした。 そんな中、学園の人気者たちに何故か好かれる転校生が転入してきて学園は荒れに荒れる。ある日、転校生に嫉妬した生徒会長親衛隊員である生徒が転校生を呼び出して──────────。 「凛に危害を加えるやつは許さない。」 ※王道学園モノですがBLかと言われるとL要素が少なすぎます。BLよりも王道学園の設定が好きなだけの腐った奴による小説です。 ※簡潔にこの話を書くと嫌われからの総愛され系親衛隊隊長のことが推しとして大好きなクールビューティで寡黙な主人公が制裁現場を上手く推しを擁護して解決する話です。

【完結・短編】game

七瀬おむ
BL
仕事に忙殺される社会人がゲーム実況で救われる話。 美形×平凡/ヤンデレ感あり/社会人 <あらすじ> 社会人の高井 直樹(たかい なおき)は、仕事に忙殺され、疲れ切った日々を過ごしていた。そんなとき、ハイスペックイケメンの友人である篠原 大和(しのはら やまと)に2人組のゲーム実況者として一緒にやらないかと誘われる。直樹は仕事のかたわら、ゲーム実況を大和と共にやっていくことに楽しさを見出していくが……。

知らないうちに実ってた

キトー
BL
※BLです。 専門学生の蓮は同級生の翔に告白をするが快い返事はもらえなかった。 振られたショックで逃げて裏路地で泣いていたら追いかけてきた人物がいて── fujossyや小説家になろうにも掲載中。 感想など反応もらえると嬉しいです!  

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

処理中です...