矢印の方向

うりぼう

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※一也視点


朝、啓介……じゃなかった、矢野と別れた後、俺は図書室で時間を潰していた。
みんなが登校する時間を見計らって教室に行き、今はステージの準備中。
衣装に着替え、舞台袖で出番を待つ。
図書室にいる間も着替えている間もそして今も、ずっと矢野の事を考えてしまっている。

(……傷付いたように見えたなあ)

元に戻ろうと、矢野、と声をかけた時。
矢野の瞳が歪み、まるで泣き出しそうな表情に見えたのだ。

(そんなのありえるはずないけど)

だって矢野はこれでせいせいしたはずだ。
面倒な俺のお守りも終わって、賭けにも勝って、大好きな田辺にも告白されて、元の関係に戻ったところで矢野にはプラスしかない。

(終わったら、返事するよな?返事したら、付き合うよな?)

矢野と田辺が付き合う。
傍目にはきっとすごくお似合いだ。
クラスの人気者とマドンナ。
嫉妬する人はいるだろうが反対する人はいない。

(……っ、まずい、泣きそう)

目が潤むのがわかる。
ダメだ、今はダメ。
堪えろ、男だろ。
次に泣くのは全部が終わった後って決めたじゃないか。

(……よっちゃんにはまた迷惑かけちゃうかもな)

一人で泣くな、何かあったら呼べと言ったよっちゃん。
矢野の言う通り、本当によっちゃんが好きだったらこんなに辛くなかったのかな。

(いや、よっちゃんが好きならそれはそれで色々大変そうだな)

幼馴染の鋭さは半端ではない。
好きな事もすぐバレるだろうし、そもそもよっちゃんもモテるからライバルが多そうだ。
……まあ、それは今でも変わらないけど。

(何でこんなに好きなんだろ)

矢野の好きなところを思い浮かべていく。

あの明るい笑顔が好き。
太陽みたいに眩しくて、見てるだけで元気を貰える。
温かい手が好き。
ずっと触っていたい、触ってて欲しい。
低い声が好き。
名前を呼ばれると胸がぎゅっとなって苦しくなる。
でも嫌な痛さじゃなくて、むしろ嬉しい。
俺みたいなのにも優しくしてくれるところが好き。
褒め上手なところも凄いと思う。
可愛いと言われると嬉しくて、男のくせに気持ち悪いけどもっと言って欲しいと望んでしまっていた。

もっともっと、あげればキリがないくらい好きが溢れている。
矢野の存在そのものが好きなのだ。
もうこれはどうしようもない。

(ほんと、どうしようもない)

あんな事があったばかりなのに、隣に矢野がいないのが寂しくて堪らない。
昨日は離れている時間の方が短かったのに。

「……はああああ」
「ふふ、凄い溜め息だね」
「!田辺さん」

無意識に漏れた溜め息を聞かれてしまった。
昨日と同じく、今日も可愛い。

「……ごめん」
「どうして謝るの?」
「いや、なんとなく?」

昨日告白を聞いてしまった件も含めて謝る。
「緊張してる?」
「うん、昨日からずっと」
「私も。やっぱり目立つのは恥ずかしいよね」
「田辺さんは良いよ、すっごく可愛いじゃん。俺なんて……」

いくら周りに褒められようとも矢野に可愛いと言って貰えたとしても、地味は所詮地味。
外見を変えても中身は伴わない。
地味で暗くて臆病なままだ。

「真壁くんはもっと自分に自信持った方が良いのに」
「自信……持ちたいけど、難しいかな」
「どうして?」
「……どうしてだろ?」

よっちゃんにも言われたが、難しい。
自信の持ち方なんて習ってない。
自信があれば、矢野も少しは俺を見てくれただろうか。

「大丈夫、自信なんてすぐ持てるようになるよ」
「……そうかな?」
「そうだよ!私だって、全然自信なかったもん」

田辺さんは自信を持てたから、だから勇気を出して告白出来たのかな。
だとしたら羨ましい。

それから順番が来て俺達はステージにあがる。
スクリーンにビフォーの写真が映し出される。
それから俺達の変身の過程やクラスでやるヘアメイク、ネイルの紹介や今教室で実際にやっている映像などが流れている間に最後の仕上げがされていく。

「……」
「……」

仕上げをしてくれるのは、矢野だ。
今朝の比でないくらい気まずい。

矢野はこっちを見てはいるけど、視線は合わない。
俺も、矢野の目は見ないようにしてるから当然だ。
昨日は、どうせ音楽で聞こえないんだからとくだらない事を話しながらの仕上げだった。
けど、今日は何も話していない。
話せない。
髪の毛に優しく触れる手。
相変わらず温かいその手に縋りつきたくなってしまう。

もう終わってしまう。
あと、ほんの数分。
矢野の手が離れ、俺達がステージの中央に出てお辞儀をしたら全部が終わる。
「……終わったよ」
「……うん」

これが、最後の会話になるのかな。
嫌だな、終わって欲しくないな。
この瞬間だけは、矢野が俺だけを見ていてくれる。
もう、この瞳に見つめられる事もないんだろうな。
これが矢野に触れられる最後なのだと思うとまた泣きそうになる。

でも時は止まらない。

『では二人に前に出てきてもらいましょー!どうぞー!』

アナウンスの声にゆっくりと立ち上がる。
田辺さんと並んで、ほんの数歩先のステージ中央へ。
スポットライトを浴びながらその場でくるりと回り、揃って頭を下げる。

これで正真正銘の終わりだ。
そう思っていると……

「……一也」
「……っ」

首を傾げている間に、すぐ後ろから声をかけられる。

(え?何で?矢野はもうステージから降りてる予定じゃ……?)

演出では仕上げが終了した後すぐに矢野は袖へと戻る予定だった。
こうして中央にやってくる演出なんて聞いてない。
昨日の演出を知っている在校生がざわめき出す。
そうでなくても矢野の存在は大きいから、次第に騒ぎが広がっていく。

(……まさか、ここで返事するわけじゃないよな?)

昨日の田辺さんへの返事をここでするつもりか?
みんなに祝福される大団円。
そんなまるで少女漫画のような展開を俺に見せるつもり?

重なる視線。
その視線が訴えているのは、気を使いこの場から去ってくれというものだろうか。
せっかく、最後に目を合わせられたのに。

「……っ」

この後の展開を見たくないと、思わず矢野から視線を外しすぐに光の当たらない場所へと移動しようとしたのだが。

「田辺さん、ごめんね」
「……っ」
「え?」

何故か矢野は田辺さんにそう告げ……

「うわ……!?」

俺を抱き上げ、ステージから降りてしまった。



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