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最終章
16
しおりを挟む一樹が『好き』というのを我慢して、萩野が気持ちに蓋をしてから早数週間。
一樹は相変わらず萩野に可愛いカッコイイ素敵堪らんなど、愛ではないがあからさまな言葉を浴びせているというのに萩野は全く応じようとしない。
そればかりか、むしろそれを諫めたり流すようになっていた。
「先輩!今日の試合も超超超素敵でした!他校の選手よりもやっぱり先輩が一番カッコイイですね!」
「はは、そういうのもう良いから。でもありがとな」
「!」
他校との練習試合を終えた萩野に真っ先に駆け寄る一樹。
いつものように抱き着いてくる一樹の頭をぽんぽんと撫でる萩野。
傍から見ればいちゃついているようにしか見えない。
これはとうとう萩野が一樹に落とされたのか!?
いやそれにしては萩野の様子がおかしい。
好いた腫れたの甘い雰囲気が萩野からは見当たらない。
条攴生であれば言うまでもなく気付くだろうこの二人の微妙な関係。
それに他校生が気付くはずもなく。
「山下くん、ちょっと良い?」
「え?」
なんと、対戦校の応援についてきていた女の子が一樹にそう声を掛けてきた。
ざわりと一瞬で騒めく条攴バスケットボール部の面々及び応援団。
「な……!?や、やま、やまやま山下が女子から呼び出しだと……!?」
「嘘だろ、何で山下が!?」
「あんな変態より俺の方が絶対良いのに!!」
「ああ、しかも結構可愛い……!」
「山下あの野郎!あんちくしょう!!」
「待て、山下はアレだぞ?女子に興味あるのか?」
「いやあ、どうだろう、でもあんだけ可愛けりゃ山下もぐらっと来るんじゃね?」
「生粋の男好きが女の子にぐらっとするかよ!」
「……」
ちょっと行ってきますね、と軽く手を振りその女の子についていく一樹。
萩野はそんな一樹を呆然と見送ってしまった。
「萩野、ハニーの浮気を放っておいて良いのか!?」
「は?」
「そうだぞ!何話してるのか突き止めてこい!」
「え!?」
「あわよくば他校女子との合コンセッティングよろしく!」
「ちょ、待っ……!」
「行け!ほら!」
「えええ!?」
そのまま静観出来るはずもなく。
萩野は部員達に背を押され、一樹と女の子の会話を盗み聞きしなければならないハメになった。
(……何でオレが……)
萩野ががっくりと肩を落とすのも仕方がない。
自覚して間もないが、萩野は一樹が好きなのである。
もしかしたら一樹が告白されるかもしれないその場面を盗み見るなど嫌に決まっている。
とはいえ気になるのも確か。
萩野の性格上、後からさりげなく一樹に問い詰めるというのも至難の業。
(……少しなら)
ほんの少しだけなら様子を窺うくらい良いだろう。
そう思い、一樹と女の子に近付いていった。
二人はコートの外、ちょうど建物の角になる場所にいた。
一樹よりもほんの少し小さな女の子。
長く艶やかな髪の毛に制服の袖から伸びる腕もスカートから覗く足も華奢で萩野とは真逆。
(お似合いだな)
向かい合う二人にそんな事を思う。
ああしていると、普段セクハラ三昧な一樹も普通の高校生なのだなと改めて実感する。
一樹の隣にはああいう可愛らしい女の子が似合う。
そんな事を考えてしまう萩野。
一樹がこれを知ったら発狂するに違いない。
近くまで来たが、二人の会話は聞こえない。
これ以上近付くと気付かれてしまう。
女の子が何かを取り出し一樹に押し付ける。
拒否するような仕草が見えるが、結局は押し付けられてしまっているようだ。
女の子はそのまま笑顔で去っていく。
一樹は困ったように頭を掻き、小さく溜め息を吐いたように見えた。
その『何か』は多分手紙だ。
封筒に小さなハートマークがあるのを見てしまった。
こんな時ばかりは自分の視力の良さが恨めしい。
(ラブレター、だよな)
あんな雰囲気で渡されるものと言えばそれしかない。
ずきりと胸に痛みが走る。
一樹はあの手紙を読むだろうか。
読んだら返事をするだろうか。
付き合って下さいと書いてあったら受け入れてしまうだろうか。
そうなると自分にはもう近付かないだろう。
いや、近付きはするが今までとは関係が変わってしまうのは確実だ。
そんな事をぐるぐると考えてしまう萩野は、一樹がこちらに近付いてきている事に気付いていなかった。
「……先輩?」
「!!!」
真正面から顔を覗き込まれびくりと全身が跳ねる。
「や、山下……!」
「どうしたんですかこんな所で?」
「あ、いや、その……!」
まさか盗み見していたなんて言えない。
しかしこんな場所にこっそりといるのだから察しの良い一樹はそれにさらりと気付いてしまった。
「今の見てたんですか?」
「……悪い」
「え?え?オレの事が気になって?は!もしかして俺が告白されるか心配で……!?」
「いや、えっと、その……」
返事の端切れが悪い。
「え、マジで!?マジで俺が心配で来てくれたんですか!?」
「うお!?」
途端に輝く一樹の瞳。
がばりと抱き着かれさっきよりも大きく身体が跳ねた。
試合が終わった直後に抱き着かれた時も実はどぎまぎしていたが、今回はその比じゃない。
一樹が胸に顔を埋めていて良かったと、顔を真っ赤に染めた萩野はひっそりとそう思っていた。
「……で、さっきの女の子の用事は何だったんだ?」
「……ああ」
聞いた瞬間一樹のテンションが一気に下がる。
声までいつもよりも数段低い。
「どうした?」
「いえ、うーん……」
言いにくそうだ。
やはり告白されたのだろうか。
ちらりと萩野を見上げる一樹。
すぐに下を向いてしまったその視線がどこか不安そうに揺れているのに気付き、萩野は首を傾げた。
「本当にどうしたんだ?」
この様子では告白ではなさそうだ。
何か困った事でも相談されたのだろうか。
酷い事を言うような子には見えなかったし、そんな雰囲気でもなかったと思うのだが。
「山下、何かあったんなら聞くぞ?どうしたんだ?」
「……先輩」
再びちらりと見上げる一樹。
今度は明らかな困り眉である。
「彼女、作る気ありますか?」
「は?」
そして告げられたのは予想外の一言だった。
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