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二章

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あの日から、少し萩野を避ける日が続いた。

自分でも理由はわからないが、まともに顔が見れないのだ。
そして話せない。
声を出そうとしても喉の奥で引っ掛かって出てこない。
やっとで出てきたと思ったら、用事なんてないのに用事があるだの行ったばかりなのにトイレに行ってくるだのそんなのばかり。

あからさまに避けているつもりはない、というのは本人談。
周りから見れば、あんなにベタベタと纏わりついていたのにそれがぱったりと止み、あからさまもあからさまである。

気付いていないのは一樹本人と、頭に超の付く鈍感男萩野の二人だけである。

そしてこの日も体育祭の練習があり、いつもより少し遅く帰ると、ちょうど萩野も部活を終え帰ってきたところだった。
玄関先でばったりと会い、一樹はぎくりと固まった。

「おう、今帰りか?」
「せ、せんぱい」

にこりと言われ、ぶんぶんと首を縦に振る。

「随分遅くまで練習してんだなあ」
「せせせ先輩こそ」

どもってしまった。
今までこんな事なかったのに。

「オレはいっつもこの時間」
「あ、そっか、そうですよね」

ああ、でもここ数日の中では一番きちんと会話が出来ていてほっとする。
最近はうまく話せなくてイライラしていたから尚更。

「……」

横目に萩野を見つめる。
こうしてじっくり見るのも久しぶりで、凄く癒されるけどでもやはりどきどきする。
というか、息苦しさまで感じるようになってしまった。
どうしてくれるんだ。

無意識に胸元をぎゅっと握り締めるが、服の上から掴んだくらいでは当然変わらない。

「山下?」

いつの間にか既に部屋の前まで来ていて、ドアを開いたのに入らないばかりか眉を寄せ呼吸を僅かに乱す様に、どうかしたかと萩野が心配そうに一樹を伺う。
その声に顔を上げると、思った以上の至近距離で目が合った。
す、と伸ばされる手。

萩野のそれが、頭に触れるか触れないか、あと少しのところで、

「―――‥っ」

思わず。
つい。
うっかり。

どんな代名詞を付ければ良いかわからないけれど、その手を避けてしまった。

「え?」
「あ……!」

一瞬止まる空気。
萩野は手を宙に留めたまま固まったが、すぐさましゅんと下がる眉に、やっちまったと焦った。
ここ最近の自分は本当に一体何をしてくれてんだ。

「っ、いや、あのっ、これは、違っ、えっと、」
「……」
「えっとあの!あの……っ」

しどろもどろになりながらもやっとのことで出てきた言葉はというと。

「っ、あ、お、オレ、あの、お、弟達にラブコールしなきゃいけないんで!」
「え?」
「じゃ!!」

言ってさっさと走って逃げた。
せっかく上ってきた階段を駆け下りる。
再び玄関まで辿り着き、公衆電話に体当たり。
何故今時公衆電話かというと、山の中という事で電波が悪く携帯はほとんど使えないため、各階に設置されているのだ。

財布からテレフォンカードを取り出しガンガンと番号を押す。
何度目かの呼び出し音の後、受話器の向こう側から聞こえた可愛い弟の声を遮り叫ぶ。

『はい、山、』
「二葉あああああああ!?どうしよう兄ちゃんもう自分がわかんない!!!」
『……うるさ』
「うるさくない!」
『うるさいよ。何か用?』
「用がなきゃかけちゃいけませんかー!?可愛い可愛い弟の声が聞きたいだけじゃダメですかー!?」
『だから叫ぶなようるさいってばただでさえ声でかいのに』
「ふ、ふ、二葉のばかああああ!!」
『うるさい』

本日、というかこの短時間で一体何回目になるのか、うるさいと言われた時に受話器の奥から電話の主を問う声が聞こえた。

『兄ちゃん。なんかわめいてる』

どうやら遠く聞こえたのは母のよう。
二葉は、うるさいんだよね、とまた言いやがった。

「二葉あああ?兄ちゃんお前から優しい言葉が聞きたい……っ」
『なんて?』
「兄ちゃんカッコイイとか、兄ちゃん大好きとか、兄ちゃんオレが付いてるから元気出してとか!」
『キモイ。つか十分元気じゃん』

酷い。
我が弟ながら酷い。

なんて打ちひしがれる一樹だったが、普通に考えて高校生男子が中学生の弟に望むセリフではない。

『ん?代わる?』

と、そこで二葉が再び受話器の向こう側で会話する。

『兄ちゃん、三月が代わりたいって』
「お!うん代わって代わって!」

早く早くと催促する高い声に、その様子が目に見えて頬が緩んだのも束の間。

『あ、そうだ』
「ん?」
『オレ彼女出来た』
「…………は」

いきなりの報告にピシリと体が固まった。

『じゃあそういうことで。ほら、三月』
「……」
『兄ちゃん兄ちゃん、オレね、オレね』

きゃっきゃと一生懸命に話す三月は可愛い。
それはもう可愛くて可愛くて仕方がないのだがちょっと待て。

「彼女ってどういう事だ二葉あああああ!?どこの馬の骨!?兄ちゃんそんなこに育てた覚えはありませんよ!?」
『育てられた覚えないって、ちい兄ちゃんが言ってるよ』
「ぐあっ、み、三月、ちょおおっとだけもう一回二葉に代わってくれるかな……!?」
『ちい兄ちゃん、代わってだって』
『うるさいから切って良いよ』
『うるさいから切って良いだって』
「ちょっ」

それをそのまま伝えてしまいあっさりと従ってしまう三月。
素直なのは良いけど、悪気がない分ぐさりと深く突き刺さる。

『じゃあね、兄ちゃん。またねー、ばいばい』
「ちょっと待っ、三月!」

ガチャッ
ツー、ツー、ツー

無情にも響く機械音。

「ふ、二葉あのやろおおおお!!!」

受話器をこれでもかというくらい握りしめわなわなと震える一樹がいた。















一樹が下の公衆電話でふるふると受話器を握りしめているのとほぼ同時刻。
部屋の前で取り残された萩野は、弾かれた手をそのままに固まっていた。

「……」

今まで日常的にセクハラを受けてはきたが、それでも先輩先輩と懐かれるのは嬉しくて。
そういえば最近あまり話していないような気がしたけれど、もしかして避けられていたのだろうか。

でも何故。

(オレ、なんかしたか?)

ここ数日の行動を思い出す。

朝起きてご飯を食べ朝練して学校行ってくっちゃべって昼飯食ってくっちゃべって部活やって寮に戻り晩飯食って風呂に入って。

と、とりあえず大雑把に思い浮かべ、はたと気付く。

(……そういえば、全然触ってこねえな)

いや別に触って欲しい訳ではないのだが、あんなに毎日毎日あったスキンシップがなくなるというのはおかしい。
そもそも何で今まで気付かなかった。

(さっきもなんかどもってたし……どうしたんだ?)

考えてはみるものの、普段使い慣れない頭はなかなか働いてくれず全然わからない。
そもそもが一樹が一人でぐるぐるしているだけなので萩野がわからなくてもそれは仕方がない。

(……あれ、やべえ、ちょっとヘコむ)

一樹に避けられているというのが思った以上にショックを受ける萩野がいた。



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