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一章

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新学期が始まって早一ヶ月。
学生にとっては待ちに待ったゴールデンウィークがやってきた。
一週間とまではいかないが何日も纏まった休みという事で、寮生の中では実家に帰る人も多く、前日の今日は寮内がばたばたと騒がしい。
一樹も例に漏れず、実家へと帰る準備をしていた。

「あー、山下も帰るんだっけ?」

粗方詰め終わり、一息ついたところで佐倉が問う。

「うん、佐倉は?帰んの?」

聞いてはみたものの、何の準備もせずにのんびりジュースを飲んでいるあたりで答えはわかってしまった。
案の定佐倉はまさか、と首を振る。

「オレはバイト。休みったら稼ぎ時だしな」
「うへえ、バイト三昧?」
「もち。んで遊びまくる」
「イイ男いたら教えてな」
「地元で漁ってこいよ」
「ばっか、地元は地元!こっちはこっち!現地妻はいくらいても困らないもんな!」
「いつか刺されんぞー」
「まだ一人もいないから大丈夫!」
「いねえのかよ!」

えへん、と胸を張って言う一樹に笑って突っ込む。
一樹の年齢で現地妻なんてものが三人も四人もいたら驚きなのだが。

「先輩はどうすんですか?ゴールデンウィーク」
「んー?」

その傍らでいつものようにお気に入りの座椅子で雑誌を読んでいた萩野を振り返る一樹。

「オレは部活だな、今度練習試合あるから」

こちらも想像通りのお答えである。

それにしても練習試合か。
これは是非とも応援しに行かねばならないだろうと一人意気込む一樹。

「先輩、名残惜しいんスけど部活頑張って下さいね!」
「ん?おお、さんきゅ」

何が名残惜しいのかさっぱり理解しないまでも、とりあえず礼を言う。
部活自体は楽しいので、むしろ授業がなくて嬉しいくらいだ。

「おいおいオレには頑張れって一言ないんか」
「あー、うん精々稼げ」
「…………素敵なお兄さま紹介すんのやめようかな」
「佐倉センパイ頑張って!超応援してる!」

投げやりな態度にぼそりと呟いた途端に態度を変え、胸の前で指を組みキラキラとした目で佐倉に跪く一樹。
なんとも早い変わり身である。

「えー、どーうしよっかなあー山下クン可愛くないしーい」
「いやんっ、そんな事言わないで!アタシ可愛いでしょ可愛いわよネ!?」
「うぜーキモいうぜーキモい」
「んだとコラこのぷりてぃフェイスに!しかも二回も言いやがったな!」
「どこがぷりてぃなんだよ鏡見て言え」
「キーッ!!!」

本気なんだが冗談なんだかわからないやりとりで騒ぐ二人に萩野が苦笑い。

「先輩酷くないですか佐倉!?」
「まあどっちもどっちだな」
「せ、先輩酷い!オレの事愛してないんですね!?」
「ははっ、そうだなあ」
「っ、っ」

言われたセリフは酷いが、くしゃりとした笑みに悶えた。
物凄く悶えた。

「先輩!」
「おおッ!?」
「ちょ、ちょっ、今の笑顔をもう一回!写メ撮るんでもう一回!」
「撮らんで良い!」

思わず懐に飛び込み携帯を構えると、レンズのところを押さえられて且つ額を押し返されてしまった。
が、それで諦める一樹ではもちろんない。

「いや、だって何日も会えないんスから寂しさ埋めるために……!」
「いやいやわけわかんねえし!」
「それにほら、夜のおかずに」
「アホかああああ!!!」
「ぐは……!」

本気でそんな事を言われ一気に鳥肌の立った腕に加え、座っていた体勢から足を引っ掛け一樹の体をぶっ飛ばした。
最近拒否の仕方に遠慮のなくなってきた萩野であった。

「ああもうその力強さも最高です先輩!」
「……っ」
「キモイぞ山下」

ぴくぴくと震えながらも携帯片手にグッと親指を立てる一樹。
萩野はずざざと後退り更なる寒気を感じ、佐倉は冷静にざっくりと切って捨てた。











翌日、久しぶりの実家という事もあり浮き足立つ一樹の元に相澤がやってきた。

「かーずーき」
「ああ、どうも」
「実家帰るんでしょ?バス?新幹線?」
「高速バスっすけど……何で?」

こんな事聞く必要があるのだろうかと疑問に思う。

相澤の実家は一樹のところとは隣同士。
新幹線ならば途中まで一緒、というのも出来るが今日からゴールデンウィーク。
指定席でも取らない限り運良く一緒なんてありえない。
一樹は高速バスのチケットを予め買っていたので、それもありえない。
にこにことこちらを見る相澤に眉を寄せる。

「高速バスか。じゃあ駅までデートしよ」
「嫌っス」

誘われ即拒否。
冗談じゃない。

「なんで?」
「え、なんとなく?デートすんなら先輩が良いしデカイ荷物持ってとか冗談じゃない」
「オレも先輩だよ?」
「は、ぎ、の、先輩が良いんです」

わざわざ一文字ずつ区切って言う一樹。
この時体育館で既に体を動かしていた萩野が突然くしゃみをしたことを彼は知らない。

そしてこちらも諦めの悪い相澤。
笑みは崩さずに続ける。

「駅までだって言ってんじゃん。オレも実家帰るからさ、一緒に行こうよ」
「えー……」

渋る一樹に相澤は徐に携帯を取り出した。

「じゃあこれでどうだ」
「行かせていただきます!」

見せられた画面には、皆さんお忘れだろうが一樹が早々に目をつけていた、サッカー部田口の姿。
まだ涼しいのに水遊びでもしていたのか、上半身裸で悪戯に笑っている写メである。
当然のように一も二もなく食らいつく一樹。
本来なら萩野の写メがベストなのだが、田口でも十分。

ちなみに何故相澤がこんな写メを撮っているのかというと、理由は単純明快。
今日のような日に一樹を釣るためである。
どういう理由をつけて撮ったのかは甚だ謎ではあるが、うまい具合に釣られてくれたことにこっそりとほくそ笑む相澤がいた。

相手が相手なだけあって、その後駅に着くまでに一悶着あるのだが、一樹は無事に実家へと帰っていった。












昼前の高速バスで出発し、約二時間半をかけて地元へ到着。
駅のターミナルでバスを降りた。
条攴学校のある某県とは違い、人並みもまばらなら車の通りも余りない。
信号など歩行者にとってはあってないもので、赤信号でも車が通ってなければそこは青信号なのである。
よい子は真似しないように。

一樹の家は駅から歩いてほんの数分のところにある。
広い道幅の歩道をてくてくと。
ほんの一月前までは毎日のように歩いていたのに妙な懐かしさがあるのは、それだけ向こうに馴染んできたという事だろうか。
それが少し嬉しい。

途中近所のおばさんに会って、あら一樹ちゃん久しぶりね、なんて話して家の前に着いた。
今日帰るというのは伝えてある。
仕事が休みの父も専業主婦の母も、一樹にとって可愛い可愛い二人の弟も待っていてくれているはずだ。
……多分。

久しぶりの我が家に変にどきどきする。
常に開け放たれているドアを開く。
物騒だと思われるかもしれないが、こんな田舎のこんなおんぼろな家に泥棒に入るバカはいない。

「ただいまー」

声をかけると、ドアの開く音で気付いたのか二階からバタバタと階段を降りてくる音がした。

「兄ちゃん!」

真っ先に飛び出してきたのは今年小学校に上がったばかりの末っ子。

「おー三月、ただいま」
「おかえり!」

まだまだ甘えん坊で、抱き付いてきたのをぎゅうっと返すと、満面に笑みを浮かべた。
兄ちゃん兄ちゃん、とこの一月余りの出来事を話す三月に、うんうんと相槌を打つ。
ほんと可愛いなあ。
昔からの友達連中は弟を溺愛してやまない一樹の事をブラコンだのと言うが、こんなに懐かれたら可愛くないわけがないだろう。

ブラコンが何だ。
何とでも良いやがれ。

居間に入ると父がどっかりと腰を据えていて。
台所からお茶を出してきた母ともども、おかえりと告げ、三月の甘えん坊は相変わらずだと笑った。

「あれ、二葉は?」

一人足りなくて首を傾げる。

二葉とは一樹の一つ下の弟。
悔しい事にこの春身長が追い付かれてしまった。
まだ1センチ自分の方が高いと言い張るのは兄の意地。

「二葉なら部活行ったわよ」
「なぬっ!?」

お兄様が久々に帰ってきたってのにお出迎えもなしかあんにゃろう。

「部活に負けたのねアタシ悔しい……っ」
「バカ言ってないでさっさと部屋に荷物置いてきなさい」
「あでっ」

よよよと泣き真似をしてそんな事を言うのだが、流石は一樹ママ、動じる事なくぺしりと頭を叩きそう促した。


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