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一章

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「…………あ」
「お」

翌日、朝っぱらから教室のドアの前で望と鉢合わせた。
朝っぱらも何も同じクラスなのだから会うに決まっている。
下駄箱のところで会った柿崎や吉野とともにぎゃいぎゃい騒ぎながら登校してきた一樹に気付くと、なんともいえない微妙な表情。
お礼を言った方が良いのはわかっているのだが、昨日の態度を考えると素直に言うのは癪。
どうしようかと悩んでいると。

「あーら望ちゃんじゃないのぉ」
「……は?」

にやーと意地の悪ーいいやらしい笑みを浮かべ、カマ言葉で声をかける一樹に望はぽかんと口を開く。
てっきり無視されるか又はそっけなくされると思っていたのでその驚きもある。
というよりも何故カマ言葉だ気持ち悪い。

「昨日あの後襲われなかったー?」
「……おかげさまで」

一樹の脅しらしきものが効いたのか、あの後は当然何もなく、今朝方たまたま奴らを見掛けた時も顔を真っ青にして向こうから逃げられた。

「なあんだ、つまんねえのー」
「……」

少しでも心配してくれたのかと思った自分がバカだった。
望は口元を引きつらせる。

一方一緒にいた佐倉は昨日まで何の接点もなかった望に、日頃から筋肉最高と豪語する一樹から話しかけた事に驚いていた。
それはきっと近くにいた柿崎も吉野も同じ。

「何々、なんかあったん?」
「もしかして橋本襲われた?」
「はー、マジでいるんだな山下みたいな奴」

何かあったのだろうかと興味津々な面々に望に対する遠慮や配慮などは欠片もない。

「あれか、呼び出されたんだろ」
「確かに橋本ならいけるかもって思うよなあ、男にしちゃ可愛いし」

ずばずばと聞いてくるがそれがまた核心をついている。
しかも返事をしていないのに完全肯定。
その通りなんだけど、確かにその通りなんだけど腑に落ちない。

不名誉極まりない事実にむすっと唇を尖らせる望。
何故大して話した事のない奴らにこんな事言われなければならないのか。

「で、山下に助けられたのか。良かったなあ」
「……」

果たしてアレが良かったと言えるのかは甚だ謎である。
むしろ暴言しか吐かれていないような気がするのでプラマイゼロではないだろうか。

「いやあ、でも望ちゃんったら『余計なコトすんな!』とか言っちゃうんだぜ?かわいくねーのー」
「なっ」

一樹のセリフにムカッとくる。

「なー望ちゃん」
「つか、そりゃお前がアイツらに続きどうぞ、とか言いやがるからだろうが!」

わーそんな事言ったのか、と三人は苦笑い。

「そりゃ確かにお礼言いにくいわなあ」
「つーか、多分好みのタイプなら参戦してたんじゃね?」
「いや、山下のコトだから助けた後に一人でおいしくいただくだろ」
「それか襲ってた奴ら逆に襲ったりしてな」

ぶはははは、と爆笑する三人。
的を射すぎている。
付き合いはまだ短いのに一樹の性質を良く理解している。

それはさておき、望だってちゃんと普通に助けてくれたのであれば素直に礼も言えた。
あんなセリフが出てしまったのは望の素直でない性格もあるのだろうが、原因は間違いなく一樹の言動にある。
自覚はないだろうが。

「なによ助けたのにー」
「助ける気なかったっつっただろうが!」
「結果助かったじゃん」
「だとしてもお前自分からキスしてこようとしたくせに気持ち悪がりやがって!気持ち悪いのはこっちだボケ!」
「だって気持ち悪かったんだもん」
「もん、とか言ってんじゃねえよキモイ」
「望ちゃんったらヒドイッあたし貞操守ったのにっ」
「だからそのカマ言葉はさっきっからなんなんだあああ!!!」

最終的にしなまで作って泣き真似をする一樹に望はキレる。

入学してから今まで誰かと話す時は煩わしいからという理由で最小限の言葉で済ませていた望の怒鳴り声にクラス中が驚きを隠せない。

「橋本ってあんな感じだったのか……!?」
「オレ達の美少女が……」
「男子校唯一のオアシスが……」

口々に涙を流さんばかりに嘆いている。
中にはバカらしいことこのうえないが、可愛らしい顔立ちなのだから性格も大人しくて真面目だと仄かな希望を抱いていた輩もいたらしい。
そんなバカな、である。

「あーあー可哀想に、何人か打ちひしがれてんぞ」

オレの理想の望ちゃんがぁぁぁ、とワケのわからない事を叫ぶ声に佐倉が面白そうに言う。

女の理想を勝手に人に押し付けるのが腹立たしい。
男にそんなもの求めないで彼女でも作れと言いたいが、彼女持ちがそんな理想を抱くはずがなかった。
望はそれらを冷めた目で見て鼻で笑う。

「外面しか見てねえバカだろ」
「言うねえ、望ちゃん」

いつの間にか佐倉にまで望ちゃんと呼ばれていた事に眉を寄せる。
一樹のは明らかに揶揄を含んでの言い方だが、佐倉は単に彼に倣っただけだろう。

正直、ちゃん付けで呼ばれるのは好きではない。

「つーか、ちゃん付けんな」
「あれ、嫌?」
「当たり前だろ。何でそんなかんわいらしい呼ばれ方されなきゃなんないんだよ」
「顔可愛いから」

あきらかな不満をその顔に滲ませる望に、はっきりすっぱりと佐倉の一言が突き刺さる。

「オレ、可愛いって言われんの一番嫌い」
「だって可愛いし」
「うん、可愛い」
「だから嫌いだって!」
「あーあ、オレも望ちゃんくらい可愛かったら色んなのが油断して寄ってくんだろうなあ」

「「「「……」」」」

そしたら喰い放題なのに、と。

可愛い可愛いと連呼する佐倉や周りに望が噛み付こうとした時にぽつりと呟く一樹に一同脱力。
望も毒気が抜かれてしまい、呆れたように溜め息を吐いた。

「大丈夫だ山下、お前は色んな意味でおもしれえから」
「人は寄ってくるよな。油断してるかは別として」
「可愛い可愛い。性格がだけど」

フォローしているのかいないのか。
周りの言葉にそれぞれを見て一言。

「じゃあヤらせて」
「「「「それは無理」」」」

一人は満面の笑みで。
一人は嫌そうに。
一人はいつも通りに。
それぞれ表情は違えど声を揃えて即座に拒否され、唇を尖らせる一樹がいた。

そして望が一樹の性癖をちゃんと理解するのに大して時間はかからず。
意外にも性格男前な望を気に入ったのか、なんだかんだと望との付き合いが増える事となった。



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