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一章
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しおりを挟む「なんだよてっきり男に目覚めちゃったのかと思ったぜー」
隣の部屋にまで聞こえるんじゃないかというくらいに豪快に笑う佐倉の手には冷蔵庫から取り出したコーラ。
テーブルの上には先程入り口で言っていた『収穫』がところ狭しと並べられている。
パチンコだかスロットだか知らないが、大勝ちしたので新たに来る同室者にお土産でも、と大量のお菓子を買ってきてくれたらしい。
酒やらジュースやらツマミやらお菓子やらカップラーメンやらが大量にある。
どんだけ勝ったんだ。
というよりも待て未成年、堂々と出入りして良い場所ではないぞ。
「あ、オレ佐倉。よろしくー」
「山下です。よろしくお願いします」
先程萩野にぶん投げられて背中と腰、それに頭をぶつけ、これからってところを邪魔されて一瞬殺意が沸いたのだが、土産物でチャラだ。
にかっ、と擬音のつきそうな笑みも好感が持てる。
それにしてもこの男派手だ。
髪は金に近い茶髪でライオンの鬣のようにあっちへこっちへと広がっている。
覗く耳にはきらりと光るピアス。
指にはゴツイ指輪。
服装は今時の、サイズが合っていないにも程があるんでないかというくらいデカイパーカーにジーパン。
シンプルなデザインなのにド派手に見えるのは目鼻立ちのしっかりした顔立ちのせいだろうか。
一樹の好みで言うのならばもう少しがっちりしていた方が良いのだが、佐倉も十分に射程範囲内。
五階で三人部屋で貧乏クジを引いてしまったと思っていたが、これはとんだ当たりクジだ。
「先輩ですか?」
「いや、一年」
「え、一年?」
萩野とかなり親しい様子だったので、てっきり二年だと思っていた。
一年だとしたら中学の時からの付き合いだったりするのだろうか。
羨ましい。
一樹が疑問を投げかけるよりも早く、萩野が親指で佐倉を指して言う。
「こいつダブリ」
「へえ」
高校でダブった奴初めて見た。
しかも一年で。
だがそんな事一樹にとってはどうでも良い事だった。
頭の中はどうやって佐倉に触れようかという考えでいっぱい。
「とてつもなくおバカちゃんな上に出席日数足りなくて留年したんだよ。バカだよなー」
「うっせえよ!あ、スルメ食う?」
「いただきます」
差し出されたスルメを受け取り、チャンス到来とばかりに佐倉の手をがっしりと掴む。
「?なんだ?」
なんの脈絡もない行動に首を傾げる佐倉を軽く無視してスルメを頬張る一樹。
「うまいですね」
「だろ?つか手放せ」
「佐倉さん」
「だから手……あ、佐倉でいい。敬語もなしな」
同じ学年になるのだし、その方が本人も楽だという。
お言葉に甘えるとしよう。
「じゃあ佐倉」
「ん?」
「手キレイだよな」
「……は?」
突然のセリフに固まる佐倉。
同じく固まる萩野を余所に、両手で掴んだ手をすりすりと頬擦りせんばかりに撫でる。
ぞわぞわ、と佐倉の背筋を冷たいものが一気に走った。
「そんなにゴツゴツしてねえしすらっとしてて良い感じ」
「え、ちょ、何コイツちょっときもいんだけど」
萩野に問うが哀れみの視線を寄越されるばかり。
「しかもこの手触り。たまんねー」
「いや、え?何なのマジで?」
「触られたら気持ち良いんだろうなあ、つーか手でこれなら体もすべすべ?」
佐倉とて健全な高校男子なので下ネタは大歓迎なのだが自分が対象となると話は別だ。
男に対しての下ネタにもこれっぽっちも興味がない。
「佐倉、男に興味ある?」
「巨乳の年上が大好きです」
「ちっ、まあいいや。オレとヤッてみない?」
「え、ホモ?」
「いえーす」
「ごめん遠慮する勘弁してくれごめんなさい手ェ放せッ」
怖いから。
その笑顔が怖いから。
というか初対面の相手に迫らないでくれ。
そんな佐倉の願い虚しくにやにやと迫ってくる一樹にずるずると後ずさる。
「そんな事言わずに一回くらいいいじゃん。案外ハマるかもよ?」
「いやいやいやありえないから!つか慎ちゃん助けてッ!」
「悪い。無理」
助けを求める声に即答。
再び巻き込まれるのが嫌で手も足も出せない。
そして関わりたくない。
だがまあ萩野がいる状態で本当に手を出すとは思えないし、佐倉が本気になれば一樹くらい軽くノせるので、乾いた笑いを浮かべつつ戦利品を漁った。
「じゃあキスだけ!な?」
「な?じゃねえよアホか!」
先程の萩野と同じように、互いに手を掴み押し合いへし合い。
押し倒されていないだけまだマシなのだろうか。
「じゃあ佐倉の触らせてくれるだけで良いから!」
「余計ダメに決まってんだろうがオレは女の子のが良い!」
「オレを女だと思えばオッケー!」
「思えるワケねええ!!!」
「ぐは……っ」
ゴッ!!!
叫ぶと同時に佐倉の頭突きが一樹の額にクリティカルヒット。
一樹の体が床に沈んだ。
シン、と一瞬の静寂が部屋を包む。
「……なんか、お疲れ」
「ひ、久々にマジで鳥肌立った……」
ぜえはあと肩で息をしながら両腕をさする佐倉。
本当に気の毒そうにぽんと肩に置かれる手に、先程出入り端に見た光景の原因がわかってしまった。
喧嘩慣れしていて萩野よりも遥かに経験が多く多少の事ならば動じない自信があったのにこのザマだ。
情けない。
思いの外強くしてしまったのか、床に沈んだまま動かない一樹。
随分と打たれ弱い。
萩野は僅かに赤くなった額の主を指さして問う。
「大丈夫か?アレ」
「あー?まあそのうち目ぇ覚ますだろ。つかなんなんだマジで。男に迫られっと思わんかったぜしかも初で」
「オレもだ。つか、まあ、男漁りにわざわざここ来たらしいからな、コイツ」
「……そりゃまたどえらい理由だな」
そんな理由で高校を決めるやつがいたのか。
そうは思ったが、今の行動をみる限りそんなバカな理由で来たとしても納得出来て思わず笑ってしまった。
「ま、友達としてなら付き合えるかもな」
「え!?」
「別に偏見はねえし」
「そりゃオレもだけどよ」
「それにオレがターゲットじゃなきゃ見てておもしれえし。起きたらこいつ連れてメシ行こうぜ」
「……お前の懐のデカさを見習いたいよオレは」
切り替えの早すぎる佐倉を尊敬しつつ。
とりあえず暫くは一樹に対して身構えてしまいそうな萩野がいた。
床できゅうと意識を失っている一樹が空腹に耐えきれなくなった佐倉に蹴り起こされるまであと二時間とちょっと。
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