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*閑話:グェス・ドマ*

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 成程全て理解したぞ!と、ドマ伯爵は納得した。

 通信映像で見た門のやりとり。
 つまり、娘は、アザリアは全てあのハヴェル商会の男を手に入れる為に企んだのかと、我が娘ながら目的のための手段と犠牲の規模の大きさに感心した。

 ドマ家の人間は「欲」に素直な一族だった。

 基本的には「他人の苦しむ様子が大好物だ!」という最低限の欲を共通に持っているが、個人個人は別の生き物である。宝石への収集欲があるものだとしても、他人の持つ宝石だけが欲しい者、誰も所有した事のない物だけが欲しい者と様々で、手に入れる過程をどう楽しむかもまた千差万別だ。

 ドマ伯爵は人によってことなるその対象に優劣の差をつけなかった。ドマ伯爵は「国家反逆は男のロマン」としているが、ドマ家の真祖であるルクレイツィア。悪女、悪の華、魔女と呼ばれたその女性は国を三つほど滅ぼして更地にしたが、目的は「一人の男を手に入れる為」だったと言う。

「さて娘よ、夕食……いや、昼食のために着替えをした方が良いのではないかね?」

 外出着では晩餐(ランチ)には相応しくないだろう。貴族の娘として相応しい装いにすべきでは、と、意訳すれば「この青年と二人きりで話がしたい」という言葉を投げると、賢い娘は頷いて退室した。

 残されたのは平民の男。褐色の肌に、右目は眼帯で覆っている。体格も良く、カタギというより裏社会の人間と言われた方が納得がいく男。ドマの人間として、ハヴェル商会の息子の情報はいくつかあった。こんな外見だが、誠実で真面目。父を尊敬し、妹や従業員を大切にする、今時珍しい好青年だと、そういう評判の男。

 つまり娘は、アザリアは、この男を手に入れる為に、ハヴェル商会を潰し、この男の気質をドマになじませるため、公爵家や王家への憎しみを抱かせたのだ。

 ただ窮地を救うだけでは男の心までは手に入れないのはわかりきったこと。そして、ドマの人間を受け入れる事の出来る「一般人」は少ない。

 共にロークリフォロ家を潰す、夫婦の初めての悪事、初めての共同作業……!!

(素晴らしい!!)

 真面目で気の良い青年を、ドマに染め上げる楽しさ。これまで悪事など想像したこともない常識人が敵意と殺意を持つのを隣で眺め、そっとナイフを渡してやる楽しさ……!

 この青年は、アザリアが立ち上げた(ことにする)商会を上手く運営し、ロークリフォロ家と王家に報復するつもりなのだ。その為に自分の知恵と才能を全て使い切り、血反吐を吐き、もがき、前へ進み、復讐するだろう。

 アザリアは惚れた男のその輝き燃え尽きる姿を隣で眺めるつもりなのだ!!

(我が娘ながら、なんと素晴らしいドマだろうか!!)

「……私のような平民を、本気で御令嬢の夫にすると……お許しになるのですか」

 キラキラと期待に満ちた目をハヴェル商会の長男ガゼルに向けていると、ガゼルが眉間に皺を寄せ、口を開いた。

「……それとも一年間という御令嬢の言葉を聞き、一年間の我がままだと、結婚の事実をなかったことにするつもりでの、容認でしょうか」

 口の利き方は悪くない。
 貴族に対して嫌悪感を抱いていながら、相手が年長者であること、一家の長である事で一定の敬意を抱き接する常識を持ち合わせている。

 とんとん拍子で事が運び、笑顔で全力で、アザリアとガゼルに協力しているドマ伯爵が何を考えているのか、探ろうとしている様子だった。

「不思議なことを聞くな、君は」

 ドマ伯爵はふと、首を傾げる。

「自分のような男、と言われれば、私は私が今君に対してどのような評価をしているのか答えれば、君を納得させることができただろうし、君はこのドマ家での自分の価値を認識することができただろう。だが君は「平民だから」反対するはずではないのか、という確認をしてきた。何故かね?」
「……平民は貴族と婚約することもできないものだと」
「例がないわけではない。知らなかったかね?」
「いえ、一旦別の貴族の家の養子になり、という方法がある事は知っています」
「ではなぜ?」

 理解できない。ドマ伯爵は相手が何を言っているのか、きちんと聞いてやろうと思った。だがガゼルの方は、どう言語化すべきか迷っている様子。あまり言葉で表現するのが苦手なのだろうか。

 だが瞳は雄弁だった。睨むような、憎んでいるような目で訴えてきているのは『お前達は、俺たちのことなど、同じ人間だと思っていないだろう』と、疑問、疑惑、罵倒。

「そういう考えの者もいるだろう」
「……自分は違うと?平民の血が、一族に入ることを良しとすると?」

 平民でも自分たちと同じだと、本気で思えているのかと、嘲笑。

 ドマ伯爵は首を傾げた。

「重要なのはドマであることだ」

 血統重視の貴族もいるだろう。こだわりは悪いことではない。そういう「信条」「家訓」「習慣」があってこそ、一族というのは繁栄するもの。一致団結できるもの。

 だがドマ家においては、そういうものは別に……どうでもいいことだ。

 ドマ家が貴族であるのも、貴族の方が扱える手札が多い事、貴族であると扱える悪事、不正、肥やせる私腹が多いので、爵位を維持しているだけだ。

 一年間、娘と共にこの青年がどんな悪事を積み重ねてくれるのか。ドマとして生きられるのか。重要なのは、そのことだ。
 
 ゆっくりと、ドマ伯爵は足を組み直し、背もたれに体重を預けた。左右の肘掛に肘をつき、指を合わせ、目の前の花婿に微笑みかける。

「ようこそドマへ。ようこそ、悪の一族へ」

 私は君を歓迎するよ、と言祝ぐと、ガゼルは心から、嫌そうな顔をした。

 
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