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ドマの魔女、求婚する

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「お願いします!!どうか……どうか!父を、父を助けてください!!お願いします!!」

 ドマ家の門の方が騒がしい。

 父と兄の「我々の想像もつかない悪だくみ……さすがはドマの娘!」という絶賛と勘違いの嵐から解放されたい私は、気晴らしに買い物にでも行こうと外出の用意をしていた。

 真面目に聖女をやっていたころは買い物なんて、必要最低限の物でやりくりしていた。

 だけどもう、質素に!倹約的に!生きる必要はない!!

 ドマ家に商人を呼びつけてもいいけれど、父と兄があれこれ言ってきそうな気がして、折角なので馬車であちこち街を周りながらお買い物もいいだろう。

 お菓子も沢山買おう、砂糖は贅沢品だと控えていたが……お金のある人間がしっかり消費して経済を回していくべきだ。

 うきうきとしていた私の耳に、少女の必死な訴えが聞こえてくる。

「……あれは何?誰?何をしているの?」
「お嬢さま!申し訳ありません……すぐに追い払いますので……!」
「どうしてそんなことをするの?」
「っ!ひっ……!」

 なぜ怯えるのか???

 ドマ家の門番。屈強な体躯の男が、私のような小娘に見つめられて、まるで怪物に睨まれたかのように震え上がる。どうして???

「お、お許しくださいお嬢さま……!けして、お嬢さまに逆らうつもりは……」

 プルプルと震え、命乞いをするように膝をつく門番。

 ……あれか?
 私が知りたいのは「誰」で、「なにが目的か」なのに、門番が「追い返す」と返したので、私が「どうしてそんなことをするの(死にたいのか)」と……。

 ……ドマ家のよく訓練(教育)された使用人ッ!!

「私は何もしませんよ」
「ひっ、は、はい!!そりゃあ、もちろん!!はい!!」

 私が安心させるように微笑んだのに、門番さんは血の気のひいた顔で何度も頷く。

 ……あれか?
 私が直接手を下すまでもない、とか、そういう……。証拠を残すと思うのか?とか……そういう……。

 なぜだろう。

 私の顔は今、かつての人生のようにぐちゃぐちゃになっていない。完全完璧な美女。天使の微笑み。聖女の眼差しと、見る者に安心感を与えていた筈のプリティフェイスのはず……。

 くっ……ドマ家の娘、という肩書きの所為で、胡散臭くなってしまっているのか!!?

「……あの娘を私の前に連れて来てください」

 今後もこの門番さんと良い感じのお付き合いをしたいので、私は「怖くないよー」「優しいよー」と、自分の寛大さをアピールしようと試みた。

 門前払いされるのが当然の、アポもツテもなしに夕方に喧しく人の家の前で叫んでいる女の子。

「こらっ、大人しく、大人しくしろ!!死にたいのか!!」
「っ、放して!!あたしは……あたしは父を……!お願い追い返さないで!!」

 門番さんが少女を連れてこようと腕を掴むと、少女は強制的に追い払われる、どこかへ捨てられると思っているのか必死に抵抗。門番さんも必死だ。連れてこないとドマの娘に殺される。らしいので。

「そんなに怯えないで」
「っ……!!」

 大の男も、少女が必死にもがくと手こずるものだ。あんまり外聞もよろしくない。ので、私は直々に門の方へ歩いて、少女に声をかける。

 安心して、と微笑み。

 夕暮れに赤く染まる空の下、お母さまゆずりの赤い髪の美女が優しく微笑んでいる様子はとっても美しく安心してくれるはず!

「ドマの……魔女……っ!!」

 どうして???

 ここは聖女さま、ですよね??

 今日の……アルフレッド様の前でループ覚醒するまで、朝からせっせと聖女活動してましたよね??皆「聖女さま」「聖女さま」って涙を流して喜んでくれた私のままなのに、なぜ……???

 背景か。
 背景がよくなかったのか??
 いかにも「悪の一族が私腹を肥やして建てました!」というような、豪華絢爛、でも全体的に黒いお屋敷がバックあるからか??

 そういえば、お買い物なので御着替えもしたのでした。
 私の仕立てたドレスというのはドマ家にはないので、亡きお母さまが着ていらした外出用のドレスを着用。
 ……悪の貴族、ドマ伯爵夫人に相応しい装いだからか??

 それでも私のような美女が着れば天使に見えるはずなのに……。どうして……。黒いからか。

「し、失礼しました……!!あたし……私は、ハヴェル商会の娘……ルーリエと申します!!」

 落ちこんで黙った私をどう感じたのか、ばっ、と少女、ルーリエさんが頭を下げる。

 ハヴェル商会。

「そう」

 目下お取り潰し秒読み。一族郎党処刑、あるいは島流し。はたまた奴隷落ち待ったなしの、話題の商会の娘さん。

 ここへ来た目的もわかる。

 レイチェルやアルフレッド、その背後にいる公爵家と王家がハヴェル商会を「潰す」と決めたら、これはもう覆らない。

 だけれど一縷の望み。

 ドマ家。
 悪の一族。

 父曰く「ドマ家に生まれたからには、一度は企みたい国家転覆!」と、そういうクレイジー一族。

 なるほど、私が悪女に見えたのはその所為か、と納得する。
 人は自分が見たいものを見るのだ。

 私がどんなに可憐に美しく降臨したとて、ルーリエさんが会いたいのは「公爵家を相手に出来るだけの力を持った一族」なので、聖女の私は魔女に見える、うん、仕方ないね。

 ただ、ドマ家にはハヴェル家を助ける理由もメリットも無い。

 確かにハヴェル家は大商人だ。
 その財力は無視できず、影響力もある。

 だけれど、ドマ家ほどではない。

 そして、一度目の人生では、公爵家がハヴェル商会を吸収したけれど、元々才覚なく借金を膨れ上がらせた一族が、いかに優れたおもちゃを手に入れても上手く扱えるわけがなくあっという間に潰れた。

 どちらかといえば、ドマ家として考えるに、ハヴェル商会は無能な公爵家に乗っ取って頂いた方が、勝手にライバルが潰れてくれて助かるのである。

 なので父は私があえて、ハヴェル商会を消すために公爵家に近付けたのだろう、と予想したらしい。

 放っておけば勝手に消えてくれるドマ家の商売上のライバルを、どうして助ける必要があるのか??

 すでに慰謝料と賠償金の支払いは命じられて、財産の殆どが公爵家のものになっている。残るは王家の取り分に、商会としてのノウハウ、従業員くらいだが……「不正、改竄、水増しは当り前」のドマ家の方針と、ハヴェル商会は合わないだろうから、貰っても……。

「……どうか、お力を……貸して頂けないでしょうか……!」
「なぜ助けなければならないの?」
 
 沈黙を続ける私に、ルーリエさんが震えながらも、決意したように顔を上げて訴える。

「ハヴェル商会が、ドマ家の傘下に入ります!」
「それは貴族の後ろ盾を得られるという、そちらの都合と得しか考えていない提案ね。そもそも、既に非公式ではあるけれど……ハヴェル商会は公爵家の傘下に入る予定ではなくて?それを邪魔する……公爵家と……それに、王家をこちらが敵に回す必要があって?」
「……ドマ家の方は……きっかけがあれば公爵家にちょっかいをかけたいんじゃ……」

 あれ、おかしいな?とでもいうような反応。ボソっと呟かれた独り言なので、私に言っているわけではないだろうが、聞こえていますよお嬢さん。

「ルーリエ!!!!」

 門の前で談笑する私たちの方へ、誰か駆けつけて来た。

「に、兄さん!」

 お兄さん。

 必死に、妹を探し回ったのか。馬車や馬ではなく、走り回ったらしい。必死に息をして、呼吸を整えながら、ぐいっと、ルーリエさんを抱きしめる。

「お前が……攫われたのかと……!」
「ち、違うわよ兄さん!あたしは……あたしだって、ハヴェル商会のために何か……」
「お前はそんなことを考える必要はない!親父のことも……俺がなんとかする。だからお前は、」

 感動的な兄妹の会話である。

 私は黙って聞いていたけれど、不意にルーリエさんのお兄さん、ハヴェル商会の息子さんがこちらに気付いて、さっと、妹を背中に庇った。

「……伯爵令嬢」

 すっと、自然に頭を下げる、かと思ったら、睨まれた。

 貴族に対しての嫌悪が見て取れる。それも当然、貴族が「平民だから」とハヴェル商会をハメたのだ。それがわからない男ではないらしい。

「……」

 けれど私はその失礼な態度も、門番が「無礼な!」と喚くのも、一切気にならなかった。

 リゴーン、と、頭の中で何か音がする。

 目の前にいる、背の高い、黒い髪に褐色の肌の男性をじぃっと見つめてしまう。

「……?」
「…………恋愛を前提に結婚してください!」

 ばっ、と私は片手を差し出し、頭を下げた。
 


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