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サトリ

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 取調室で御影純一と二人きりになった宮下真奈美は、もちろん表情には出さないが内心はかなり緊張している。
 なにしろ相手は思考するだけで殺人も可能な、稀代のサイキックなのだ。

 ・・・何を考えているんだろう?意識のファイアーウォールが堅固すぎて片鱗すら見えない。

 やはり意識を閉じている田村ですら、うっすらとした心の流れのようなものは感じ取ることができる。
 しかし東心悟と御影純一のふたりからは何も感じとることができなかった。

 ・・・私は今日、続けざまに2人のモンスターに出会ったんだ。

 御影はただ無言で真奈美の顔を見つめている。

「何か言ってください。私の何が知りたいのですか?」

 御影は少し柔和な笑みを浮かべて話し始めた。

「ああ悪かったね。少しあれこれ気に障ることを言うかもしれないけど許してくれ」

「・・・・?」

「君はいつもそうやって変装しているのかい?」

「え・・・?どういう意味ですか?」

「君の姿は君の実体を反映していない。その地味なスーツも髪形もだ。それ伊達メガネなんだろ?視力は悪くないはずだ」

 ・・・まさか・・この男は私を読んでいるのか?そんなはずはない。私は意識を閉じている。

「なるほど君の能力は『サトリ』か。思春期のころは苦労しただろうね」

 真奈美の能力が開花したのは14歳のころ、やや遅めの初潮を向かえたときだった。
 突然、他人の思考が頭の中に飛び込んでくるようになったのだ。

 クラスで人気のスポーツマンで憧れの先輩が、真奈美に爽やかな笑顔で話しかけてきたとき、彼の思考は真奈美の制服を透かして裸体を想像していた。
 彼だけではなくクラスの男子の多くが、真奈美を見るときに性的好奇心を抱いていることが嫌でも分かってしまう。
 男子生徒だけではない。ほがらかで熱心な指導をする男性教員ですら、心の中ではクラスの女子生徒たちを蹂躙していた。

「男という生き物は女性を見るとき、多かれ少なかれ性的な目で見るのは自然の事なんだ。しかしそれがいちいち分かってしまうというのは苦痛でしかなかったろう。だからそういう風に性を意識させない変装をするようになったのか」

 男だけではなかった。
 親友だと思っていたクラスメイトの女子が、真奈美に激しい憎悪の感情を持っていたことも、まだ少女だった真奈美には酷いショックであった。

「人間不信になったろうね。しかしやがて君は『サトリ』をコントロールする方法を身に着けた。心の耳を塞ぎ、目を瞑ることができるようになったね」

 コントロールできるようになったのは、高校生になってからだ。
 その技術を身に着けてようやく真奈美の精神は安定し、受験勉強にも集中できるようになったのだ。

「それでも君の人間不信は収まらなかった。特に男性に対してはとても心を開くことはできなかっただろう。悲しいことだね」

 だから真奈美には恋愛などというものはあり得なかった。
 相手の心がすべて分かってしまう『サトリ』にどうして恋ができるだろうか?

「サイキックの悲しみはサイキックにしか分からない。僕もこの能力のせいで酷い思春期を送ったからね。まあもっとも今はこの能力で食っているんだけど」

 驚異の超能力少年としてマスコミの寵児となり、その後にインチキの烙印を押された御影純一がどれほどの辛酸を舐めたのか?
 それは真奈美が想像する以上のものであったろう。

「御影さんは私の心が読めるのですか?それならあなたも『サトリ』なんじゃないですか?」

 御影は再び人懐っこそうな笑みを浮かべた。
 しかしこの笑みも額面通りには受け取れないことは、真奈美にはよく分かっていた。

「僕には君ほど強い『サトリ』の能力は無いよ。これはコールドリーディングだ」

「コールドリーディングですって?観察と推理で私の事を読んだというのですか?」

「そうだよ。しかし君の能力の強さは感じている。僕の心の扉をこじ開けようとする力が凄いからね。なんとか耐えてはいるものの、正直驚いたよ」

 真奈美は少し、腹が立ってきた。
 ・・・やられっぱなしで済ませるものか。一矢報いてやる。

「御影さん、私にはあなたの心がまったく読めません。でも、あなたが何を考えているのかは分かります」

 真奈美の発言に御影は興味深そうな顔をした。

「ほう・・僕が何を考えているか分かるって?言ってごらん」

「いやらしいことを考えています。男の人はみんなそうなんです」

 御影は意表を突かれたように、一瞬ポカンとした顔をした。
 しかしすぐに柔和な表情に戻す。

「もちろん考えているさ。君のような若くて魅力的な女性を前にして、それを考えなくなったら僕も男として終わりさ」

 そう言うと御影は初めて声を上げて愉快そうに笑った。
 真奈美もつられて笑った。

 ・・・さっきの一瞬の表情は、御影さんが隠しきれなかったものだわ。

 心の見えない相手との会話がこれほど楽しいものだということを、真奈美は初めて知った気がした。
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