上 下
20 / 32
2019年7月

名探偵再登場

しおりを挟む
「忙しいところ、時間を取らせてすまなかったな。俺たちは少し社内を見物させてもらうよ」

 花城由紀恵と松下真一からの聞き取り捜査を終えた山科が言った。

「隠すものなんて何もありませんから、ご自由にご覧ください」

 花城由紀恵がそう応えた。

 山科警部と宮下真奈美のふたりは階段で三階に上った。そこは広いスペースに何かの機材がたくさん置かれているが、誰も居ないし、何も動いていない、ただ閑散とした空間であった。

 ここで山科が真奈美に問いかけた。

「なあ宮下君、やつらふたりの証言に嘘はなかったか?」

「はい、嘘は無いようです」

「やつらが犯人という可能性は」

「ありませんね。あのふたりは犯人ではなさそうです」

「そうか。しかし以前の事件のように、やつらが心で嘘をついている可能性は無いかね」

 真奈美は少し考えながら答えた。

「可能性はゼロではありませんが、それは彼らが私のサトリの能力に気づいている場合です。しかも、かなりの精神力の強さが要求されます。ですのでその可能性はかなり低いと思います」
「するとあのふたりは容疑者から除外するとして、やはり残るは三上、そして山口か」

 真奈美は三階のフロア内を歩きながら、ふとした疑問を口にした。

「ここの社長は秘密主義で、この三階には井土さんと由紀恵さんしか入れないということでしたが、このフロアの入り口も、その研究室の扉も鍵がありませんよね。これなら誰でも自由に出入りできるじゃないですか」

「本当だな。ただ社長がそう命じていただけで、社員はそれに従っていたに過ぎない。実際は誰もが社内を自由に歩き回れたわけだ。つまり屋上だって、誰でも上れたはずだ」

「このビルはすべての出入り口は監視カメラで監視されています。しかし社内にはカメラはありません。いったん社内に入れば、どこへでも自由に動き回れるんですよね」

「だが出入り口が監視されているということは、やはり外部犯の線は消える。そして井土が亡くなり、花城由紀恵と松下真一も容疑者から除外された。つまり犯人は、三上か、それとも山口かのいずれかだ。山口がいちばん怪しいが、次は三上の聞き取り捜査からだな。行こう」

 (ああ、やはり山口君が第一容疑者なんだ・・・)

 真奈美はかなり暗い気持ちになった。

 そのときであった。どこからかボンとなにかが破裂するような音が響いて来た。かなり大きな音である。山科がとっさに姿勢を低くして身構えた。真奈美は耳を押さえて目を瞑っている。

「なんだ、今のは。爆発音みたいだったぞ」

「警部、裏手の方が何か騒がしいです。あ、ここの工場ですよ」

「行ってみよう。急ぐぞ」

 ふたりは慌てて階段を駆け下りた。二階に居たふたりも、後から降りてきているようだが、構っている暇は無い。

「一階には裏口があります。そこから工場の方に出られるはず」

 真奈美の言う通り、裏口を開けるとそこから平屋建ての大きな工場が見えた。開け放したシャッターの入り口から炎と黒い煙が立ち上っている。

「警部、人です・・燃えてる!」

 まさに真奈美の言いう通り、シャッターの入り口から火だるまの人物が飛び出して来た。
 そのとき工場の近くに停まっていた古い型のベントレーの中からひとりの男が飛び出し、自ら着ていたスーツの上着を素早く脱ぐと、火だるまの人物に被せながら叫んだ。

「誰か、早くもっと何かかける物を!消火器も!早く火を消し止めなければ」

 山科と真奈美もスーツの上着を脱いで、その人物に被せた。三人の必死の消化でなんとか燃えていた人物の火は消し止められたが、全身に酷い火傷を負っていて、もはや虫の息である。

「君たちはいったい何をやっていたんだ!」

 最初に火を消しにかかっていたスーツの男が山科と真奈美を怒鳴りつけた。

「ん、あんたは・・」

「あ、金田耕一郎さん?」

 間違いなくその男は、21世紀の金田一耕助こと、名探偵・金田耕一郎その人であった。

「あ、ちょっと待て宮下真奈美君、私に近づくな。君が超能力捜査官であることは分かっている」

 そう言って真奈美から大きく間合いを取るように飛びのいた金田は、胸ポケットからイヤホンを取り出し耳に装着した。宮下のサトリの耳に、リズミカルな声が鳴り響く。

 (これは・・・般若心経?)

「これで君にも私の心は読めまい。山科さん、宮下君。あなたたちが居てなんという失態だ。新たな犠牲者を出してしまったじゃないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日月神示を読み解く

あつしじゅん
ミステリー
 神からの預言書、日月神示を読み解く

世界の不思議な扉

naomikoryo
ミステリー
『世界の不思議な扉』へようこそ 目の前の現実とは異なる、少しだけ不思議で謎めいた世界を旅してみませんか? このオムニバスでは、地球上に実在するミステリアスなスポット、歴史が隠した奇妙な出来事、そして科学で説明しきれない現象を集め、お届けします。 荒涼とした砂漠に潜む「サハラ砂漠の目」、 静寂の中に響く音楽が漂う「歌う道路」、 氷の大地で赤く染まる「南極の血の滝」、 宇宙からでも見える奇跡の地形や、伝説と科学が交差する神秘的な現象。 などなど ただし、これらは全てAI(ChatGPT)にて提示された物であり、信憑性についてはあなた自身で解明する必要があるかもしれません!!(^^) 便利でありながら、時には滑稽な回答を導き出すAIと共に、冒険に出てみませんか? ※勿論、ネットで(^^) これらの不思議な話を一つ一つ紐解いていく中で、あなたはきっと、「この世界にはまだ知らないことがたくさんある」と感じることでしょう。 この本があなたの「謎への好奇心」を刺激し、世界をもう一度見直すきっかけとなりますように。 —— あなたの知らない世界が、ここにあります。

無実の罪で婚約破棄された公爵令嬢の私は、義弟と婚約することになりました。

木山楽斗
恋愛
アネス・フォルドラは、オルバルト王国に暮らす公爵家の令嬢である。 彼女は、王国の第三王子デルケル・オルバルトと婚約関係にあった。 ある日、デルケルに呼び出されたアネスは、彼から婚約破棄を言い渡される。それは、アネスが彼の使用人を刺したからだという。 当然、アネスにそのような覚えはない。しかし、デルケルは目撃者まで連れてきており、アネスは窮地に立たされることになってしまった。 そんな彼女を救ってくれたのは、義弟であるアルスだった。 アルスは、デルケルに対して堂々と証言し、その場はなんとか収まった。 その後、屋敷に戻ったアネスに、アルスは衝撃的なことを言ってくる。 「姉さんは今を持って、僕の婚約者になる」 「は?」 衝撃的なことを告げられたアネスだったが、そこからアルスの真意を知ることになる。 無実の罪で婚約破棄されたアネス。彼女と婚約を結んだアルス。義理の姉弟は、事件を解決していく。

真理の扉を開き、真実を知る 

鏡子 (きょうこ)
ミステリー
隠し事は、もう出来ません。

【完結】心打つ雨音、恋してもなお

crazy’s7@体調不良不定期更新中
ミステリー
 主人公【高坂 戀】は秋のある夜、叔母が経営する珈琲店の軒下で【姫宮 陽菜】という女性に出逢う。その日はあいにくの雨。薄着で寒そうにしている様子が気になった戀は、彼女に声をかけ一緒にここ(珈琲店)で休んでいかないかと提案した。  数日後、珈琲店で二人は再会する。話をするうちに次第に打ち解け、陽菜があの日ここにいた理由を知った戀は……。 *読み 高坂戀:たかさかれん 姫宮陽菜:ひめみやはるな *ある失踪事件を通し、主人公がヒロインと結ばれる物語 *この物語はフィクションです。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

雨降る朔日

ゆきか
キャラ文芸
母が云いました。祭礼の後に降る雨は、子供たちを憐れむ蛇神様の涙だと。 せめて一夜の話し相手となりましょう。 御物語り候へ。 --------- 珠白は、たおやかなる峰々の慈愛に恵まれ豊かな雨の降りそそぐ、農業と医学の国。 薬師の少年、霜辻朔夜は、ひと雨ごとに冬が近付く季節の薬草園の六畳間で、蛇神の悲しい物語に耳を傾けます。 白の霊峰、氷室の祭礼、身代わりの少年たち。 心優しい少年が人ならざるものたちの抱えた思いに寄り添い慰撫する中で成長してゆく物語です。 創作「Galleria60.08」のシリーズ作品となります。 2024.11.25〜12.8 この物語の世界を体験する展示を、箱の中のお店(名古屋)で開催します。 絵:ゆきか 題字:渡邊野乃香

底なしの穴

沖方菊野
ホラー
私の名は、山葉凛子にございます。最近、私のお部屋に面したお庭に 妙な穴ができましたの……。あれは一体何かしら?

処理中です...