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35.大切な親友
しおりを挟む「いって~」
助彦は、天地がひっくり帰ったかのような衝撃を受けた。
「お帰り。助彦」
「勝」
床に倒れていた助彦に勝は手を差し伸べた。
そのがっしりした手を握り返して助彦は立ち上がった。
「ただいま」
助彦は勝に微笑みかけた。
勝も助彦に微笑み返した。
助彦は、現代に戻って来たのだと自覚した。
「助彦。戻ってきて早々で申し訳ないが、京子さん達が、待っている。行こう」
「重大な報告だな!」
「そうだ。聞いて驚くなよ?」
勝は、助彦の手を握りしめたまま、本堂に入っていく。
そこには、帰って着た助彦を待っていた京子と……。
「哮先生?なんでここにいるんだ?」
助彦の疑問に答えたのは、哮先生では、無く京子だった。
「わたくし、哮先生と結婚することに致しました。助彦許してくれますか?」
よく見ると京子と哮先生は、手をつなぎ合って頬を染めていた。
まるで、京と烈火を見ている気分になり、自然と笑みがこぼれた。
「許すも何も、京子が決めたことに反対なんかしないよ。むしろおめでとう」
助彦が、祝福の言葉を告げると、嬉しさのあまり、京子の目から涙が零れ落ちた。
寄り添う哮先生が、優しく拭う。
微笑ましく眺めていた助彦に勝が控えめに声をかけた。
「助彦。すこし、二人きりで話が出来ないか?」
勝の真剣な表情に、助彦の心臓は、早く鳴った。
「う、うん」
いつまでも、いちゃついている、二人をその場に残して、助彦と勝は本堂を出た。
外は、夕暮れにも関わらず、夏の蒸し暑さが残って居た。
二人は近くの縁側に腰掛けた。
風鈴が風に揺られて涼しげな音を立てた。
「で、話ってなんだ?」
「奈良時代に行って、助彦は、鬼の親玉である、菊之介の心も救ったんだよな?」
「そうだけど、それが何か?」
助彦が問いかけると、勝は珍しく口ごもった。
何か言葉を発するのを躊躇う勝を見るのは、初めてだったので、助彦は困惑した。
よっぽど言いづらいことなのだろうか?
「なあ、オマエなら、鬼の親玉を受け入れたのか?」
「へ?」
「オマエなら、オレを受け入れたのか?」
助彦は、勝の言葉の意味が瞬時に理解出来なかった。
硬直して、動かなくなった助彦の為に、勝は分かりやすい言葉で言い直した。
「オレは、オマエを求めて、この平成時代にやって来た。京子さんには、オレの正体が、奈良時代からやって来た鬼の王だと、ばれていた。それでも、お寺に住んで、鬼を辞めたオレの誠意に免じて、オマエの隣にいることを許してくれた。オレは、そのことにすごく感謝している。だから、京子の事を恨んでいない。オレは、ただ、オマエがオレに笑いかけてくれるだけで幸せだったんだ。今まで、騙していてごめん。助彦」
勝から聞かされた、衝撃な事実に、助彦は、どう対応していいかわからなかった。
勝が鬼の王。つまり、菊之介と同一人物。
よく考えれば、ヤジリを狂ったように愛していた菊之介が、別次元に逃れた位で諦めるはずはなかったのだ。
ヤジリは、菊之介を受け入れた。
だったら、自分は、どうなのだろうか?
自分は、鬼の王であった勝を受け入れられるのだろうか?
自分を親元から遠ざけた勝を。
自分から故郷を奪った勝を。
勝は、助彦が困った時、いつも助けてくれた。
助彦にとって勝は空気みたいにかけがえのない存在で、離れているととても悲しくて。
ああ、もう答えは、出ているじゃないか?
助彦は、勝に向き合った。
勝は黙って助彦の答えを待っている。
勝は助彦のどんな答えにも、応じようと決意していた。
勝と菊之介は、記憶を共有していた。
だから、菊之介の時、助彦だけは何があっても、平成時代に帰したかった。
助彦の笑顔だけは、失いたくなかった。
笑みを失ったヤジリを知っていたから。
助彦だけは、何があっても守りたかった。
ヤジリの事は、守ってあげられなかったから。
助彦の発した言葉が、勝の耳に届く。
「勝。おれは、おまえを受け入れるよ。
さすがに、ヤジリのように愛の言葉を語り合うとかは、出来ないけれど
おまえを受け入れることはできるよ。大切な親友として」
勝は、助彦を抱きしめた。
「今は、それでいい。オレは、オマエの隣にいられるだけでいい。でもいつかは……」
「勝?」
勝の胸に抱きしめられた助彦の顔は、なぜか火照っていた。
お子様な、助彦は、まだその感情には気付けない。
それでも、大切な助彦に受け入れてもらえただけで、勝は幸せだった。
助彦が、この感情を真の意味で理解するのは、もう少し先になるだろう。
それでも、勝は、助彦が大人になるのをちゃんと知っている。
だから、いつまでも、傍で見守って待っていよう。
そう心に誓った。
数日たって、哮先生と京子は、正式に結婚した。
結婚式は、勝がお世話になっているお寺で行った。
今度、四人で京都へ行こうと話したら、京子はとても喜んでくれた。
始まりの場所へ行こう。時代とパラレルワールドの差はあるけれど、
ヤジリ達もきっと幸せに暮らして居るはずだから。
完
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