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24.預かりものの着物
しおりを挟む鬼達が完全に屋敷を後にしたのを確認した京は呪詛を解いた。
四人に展開されていた空間の歪の結界は、光の粒になって消えた。
守るように覆いかぶさっていた着物を京は丁寧にたたんだ。
立ち込めていた雲から雨が降り出した。
ヤジリは雨が降り始めたことに気付いていないのか、茫然とその場所に立ち尽くしていた。
心配した助彦がヤジリの肩に手を置いた。
「ヤジリ。雨に濡れるから屋敷に入ろう?」
顔を下にしたヤジリの表情は読み取れない。
ただ、重く唇が動いた。
「……。菊之介様は、鬼の親玉だったのだな」
「ヤジリあの、それは、その」
慌てて言い訳を考える助彦の頭にヤジリは手を置いた。
「助彦。我は貴様を責めるつもりはない。我は、助彦を信じると誓った。頭では倒すべき敵だと判断しているが、心がついていかない」
「ヤジリ」
「帝のお命が危ない。我は陰陽師だ。都に戻らなければ」
歩こうとしたヤジリの身体が傾き、脇腹を抱えて倒れかけた。それを慌てていままで見守っていた烈火が支えた。
「ヤジリ無理するな。そんなボロボロの身体で鬼に戦いを挑んでも返り討ちに会うだけ
だ」
「そうでございます。帝のお命は確かに大事でございますが、ヤジリ様のお体も同じぐらい大切なのでございます」
女性の声にヤジリは顔を上げた。
「貴様が、京か?」
「はい。そうでございます」
「そうか」
それっきり、ヤジリは黙り込んでしまった。
京はおずおずとヤジリに話しかけた。
「お怪我をされていらっしゃるみたいですね。よく効くお薬がございます。どうかしばら
くの間だけでもお体を休ませて下さいまし」
「京さんの言うとおりだよヤジリ。すこし休もう」
三人の心配顔を見渡したヤジリはあきらめのため息をついた。
「わかった。すこしだけ休む」
ヤジリは観念して烈火に背負われた。
京は、三人を屋敷に招き入れた。
烈火は京が調合した薬を丁寧にヤジリの傷口に塗りこんだ。
その間に京は布団と粗茶を用意した。
ヤジリは布団の中に潜ると緊張の糸が切れたように意識を失い寝息を立て始めた。
体力と精神的にかなり消耗していたのだろう。
ヤジリが寝たのを確認した烈火が、京に向き直る。
「再度確認するが、あんたが藤原京なのか?」
「はい。そうでございます」
京は、お茶を啜りながら答えた。
「あなた様は、ヤジリ様のご親友の烈火様で間違いございませんね」
「ああ、そうだ。様付なんていらない。俺は、ヤジリほど身分は高くないからな」
「さようでございますか。では、烈火さん。あなたは、どこまで事情をご存じでいらっしゃいますか?」
「あんたが助彦に話したことは、大体聞いている。だから、俺達は、これから何をして、どう行動するべきかを話し合うべきだと思う」
「近衛の者達には、すでに帝の命が鬼達に狙われている旨を式神で伝え、警護を固めるように伝えてあります。だが、いつまで保てることやら」
「そうだな。とりあえず、ヤジリの体調を整えるのが先決だ。今の状態でヤジリが動けないのはかなりきつい」
「そうですね。多少強引ですが、空間の歪みを利用してヤジリ様の傷を塞ぎましょう。助彦様。お持ちいただいた品々を拝見させていただいても宜しいでしょうか?」
京は、助彦が持ってきた荷物を興味深くちらりと見た。
「えっ。ああ、いいよ」
助彦は、自分が抱えていた荷物を畳の上に広げた。
それを京は丁寧に選別していく。
選別した物の中から一つを選び、京は呪詛を唱えた。
すると、先ほど同じように物が発光しヤジリの傷口を包み込んだ。
「これで、傷の回復は早まるはずです」
「京さんって本当にすごいな」
「いえ私がすごいのではなく、物にやどった空間の歪みがすごいのでございます」
「そう言われれば、哮先生から預かった着物もかなりの効力を持っていたな」
「哮先生?そのお方から、この着物は預かった物なのでございますか?」
京は、しげしげと、腕の中にある着物を眺めた。預かりものと聞いて少し残念そうな顔をしている。
「もしかして、その着物気に入った?」
「は、はい。ですが預かりものでしたら、そのお方に帰さなければなりませぬ」
「そんなに固くならないでよ。それは、哮先生が、おれの母親京子宛てへの贈り物だからさ。京さんがほしいって言うのならば、京さんのものにしてしまってもいいんじゃないの?」
「いえ、確かに京子は、別次元の時間軸の私ですが、これほど高価な着物を京子の許可をえずにいただくなんてできません。すぐに京子に連絡しなければ」
京は、せっせと姿見の鏡にかけられた布を取り払った。
「連絡って、えっ。京子と話が出来るの!」
「はい、この鏡を通じて、いつもあちらの世界と連絡を取り合っておりました」
「て、事は、京子と話が出来るの?勝にも会えるのか?」
「その、この鏡は、私と京子専用でして、他のお方は、使用出来ないのでございます」
その答えを聞いた助彦はしょんぼりとうなだれた。
せっかく勝の姿が久々に見られるかもしれないと期待してしまったからだ。
「でも向こう側が、どんな状態かとか、京子から聞くことは可能なんだろう?」
「ええ。それは、可能でございます」
「だったら、勝がどうなっているのか聞いてくれ。それとおれが無事だということも伝えてほしい」
「わかりました。極力努力致しましょう」
京は準備を終えたのか、姿見の前にちょこんと座った。
鏡に向かって何やら話し始めたが、助彦達には、京が一人で自分に向かって話しかけているようにしか見えない。
京子との話を全て京に任せて、助彦達は話が終わるのを待つことにした。
「なあ、先ほど名前が挙がった、勝って誰だ?」
「ああ。おれの元居た世界の親友」
助彦は、勝を思い出して寂しい気持ちになった。
よく考えたら、こんなに勝と離れ離れになっていたことが、いままでの人生の中であっただろうか?
勝は、助彦にとっては、空気みたいに、いつも傍に居る存在だった。
会えなくなって、何度寂しさを感じたことだろう。
どうかこの連絡で、自分の無事を知った勝が、少しでも安心してくれるといい。
「その、ごめん。悪い事を聞いたな」
目元を烈火に拭かれて初めて、自分が泣いていることに気付いた。
「その勝って親友。助彦にとってすごく大切なやつなんだな」
「ああ、おれの自慢の親友だよ」
助彦は、勝とお揃いの数珠を愛おしげに撫でた。
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