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海賊編 第十一章 黒煙竜
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しおりを挟む深夜。
月と星の光だけが頼りの甲板に、二人の男女が寄り添っていた。
騒がしい海賊達が寝ているためか、静まり返った甲板の上は、波音しか聞こえない。
柱に寄り掛かった男女の位置は、息が掛かるほど近い。
「クレイ近いである」
「……いいだろ。今夜でお別れだから」
「……」
クレイに抱きしめられる形で座り込んだ、チャナは無言になる。
ラセへの復讐心で、協力体制を取ることを決めた二人だが、ラセの地位が確定したことにより、うかつに手を出せなくなってしまった。
悔しさは、胸の底に今も疼いている。
一人だったら、抑えられなかった怒りも、クレイも耐えているだと思えば、耐えられた。
「俺、両親を闇の霧に殺されて、じっちゃんも死んで、ずっと家族が欲しかった。
海賊船の皆が、家族みたいに接してくれて、ようやく居場所を見つけられたと思っていた。でも、ラセが現れて、俺の居場所を奪った元凶だと知って許せなかった」
「チャナも、ラセが李祝に現れて、闇の霧に李祝と民が飲み込まれた時、許せなかったである」
クレイは、チャナを抱きしめる腕に力を入れた。
チャナは、クレイの腕に手を添える。
「チャナ。その」
言いづらそうに、どよむクレイ。
いつも物事をはっきりと言うクレイの態度にチャナは困惑する。
「俺、李祝に住んでもいいか?」
「え?」
チャナの頭の中が、一瞬真白になった。
「俺、李祝でチャナと一緒に暮らしたいんだ。チャナと家族になりたいんだ」
「クレイ」
「駄目か?」
耳元で、甘く囁かれる。
くすぐったくて、チャナは身を動かす。
「……駄目じゃない…あるよ?」
「そうか。よかった」
クレイが嬉しそうに、チャナに抱き着く。
「重いであるよ」
愚痴を零しながらも、チャナの表情は笑顔だ。
静寂だった夜空に、クレイとチャナの楽しそうな笑い声が響いた。
翌日。
久しぶりに、李祝の土地を踏んだチャナは、民の迎えに歓迎した。
闇の霧が晴れた李祝の街並みは、笑顔で満ちている。
民に導かれて、チャナは領主の屋敷前までやって来た。
闇の霧に呑まれ、居なくなってしまった家臣を思い出すと胸が痛い。
チャナが俯いていると、優しく頭を撫でられた。
見上げると、逞しい顔つきのクレイが、チャナを見つめている。
チャナは、クレイの指に手を絡める。
朱色に染まったクレイの顔に安堵して、扉の前に立つ。
開け放たれる扉から、目を反らさないと決めて、チャナは、領主へと戻る一歩を踏み出した。
チャナが民に囲まれて、屋敷へと向かうのを、船の上からラセとルイは見送っていた。
ラセは李祝の土地を踏むのを許されないと思い、船に留まったのだ。
チャナとクレイの仲の良い姿に、安堵を覚えた。
二人とも、ラセのせいで、闇の霧の犠牲者となった。
二人の憎しみは、痛いほどラセに伝わったけれども、ラセでは二人に笑みを取り戻してあげることは出来なかった。
闇の霧と戦うことが、ラセに出来るせめてもの罪滅ぼしだ。
眠たそうな声を上げながら、ロンが甲板へと上がって来た。
「ロン。行こうか」
『もう、見送りはよいのか?』
「うん、いつまでもいても、仕方がないから」
ラセはセントミアの宿るペンダントを握りしめる。
「おれも行くからな」
「うん」
ロンの身体が、空中に浮きあがり、黒い竜の姿へと変わる。
李祝の民達は、暗くなった空を見上げて驚愕した。
一度見ているはずの、海賊達も驚いて固まっている。
黒煙竜は、黒い結界を作り、ラセ達に浮遊魔法をかける。
浮かび上がった身体を支える為に、目の前にいるルイと手を繋ぐ。
慌てて、甲板から出てきたトタプとアンナが叫んでいる。
「ルイ。ラセちゃん。元気でね!」
「無事に戻ってきなさいよ。あんたらの家は、ここなんだからね!」
見送ってくれる人達に、手を振り、黒煙竜へと飛び乗る。
固い黒曜石のような鱗にまたがると、黒煙竜が動き出す。
離れて行く、海賊船と李祝に寂しさを覚えながらも、ラセは正面を向いた。
目指すは、闇の霧に覆われた帝国。
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