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海賊編 第七章 昔の名前

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 いっそのこと赤の他人だったのならば、ラセは、辛いとは思わなかった。
 ラセにも、家族は居た。
 でも、嘘吐きと認識されたから、居場所はなかった。

 師匠だったロティーラは、ラセをどんな困難にも負けないように鍛えてくれた。

 王だったセイハは、ラセの居場所が水の国に無い事を知ると、他国との婚姻を結んでくれた。

 闇の霧の者との烙印を押され、重い鎖を両手と両足につけて引きずって歩いた。
 目の前には、大きな湖。
 周りには、大勢の観客。
 浴びせられる罵声。
 飛び込み台から押される身体。
 水に沈む身体。
 目を瞑る。
 水の精霊の加護を得るラセは、この程度の事では、死ねないのに。
 大勢の観客は、死んだと思い込む。
 愚かだと思った。

 もう、昔の名は名乗れない。
 ラセは、ラセと名付けた。

 嘘を付くことにもなれたはずなのに、優しくされるのには慣れなくて、辛い。

「……ごめんなさい」

 ラセは、トタプとアンナに頭を下げた。

「ごめんなさい!」

 ラセは、部屋を飛び出した。

「ラセちゃん!」

 トタプの呼び止める声を振り払う。
 ドン。

「あぶねーな。気を付けろよな」

 ぶつかったルイが愚痴を零す。

「ごめんなさい」

 ラセは、ルイと視線を合わせないまま、通り過ぎようとした。
 その手をルイに掴まれる。

「どうした?様子が変だけど?」
「ルイには、関係ない」
「関係なくないだろ?こっち向けよ」

 ルイに強引に顔を向けさせられた。
 どんな表情をしていいのかわからない。

「とりあえず、落ち着け」

 ルイは、ラセを引き寄せて抱きしめた。
 子供をあやすように、背中を叩く。

「「ルイ」」

 ラセを追ってきたトタプとアンナがやって来た。
 ラセは、ルイの拘束から逃れようと身体を動かす。

「だから、落ち着けよ」
「嫌。優しくしないで!」
「どうした?」

 騒ぎを聞きつけて、クレイがチャナと海賊を引き連れてやってきた。
 ラセは、恐怖で、身体を硬直させた。

「それが、ラセの様子がおかしくて」
「たっく、海に突き落とすぞ」
「クレイ何を言って!」
「迷惑かける人間は、この船にはいらねーんだよ!」

 クレイが苛立ちながら、ルイからラセを奪い取る。

「クレイ?冗談だろ?海から突き落としたら、死んじまう」
「冗談じゃねーよ。前から怪しいやつだって思っていたからな」

 クレイは、乱暴に海賊達へラセを投げた。
 ラセは、海賊達に両側を拘束された。
 クレイに隠れて、チャナが微笑む。

「これで、もし生きていたら、こいつは、化け物だ」

 連れて行けとクレイが告げると、ラセは海賊達に連れて行かれた。

「ラセを離せ!」

 ラセを取り戻そうとしたルイは、あっけなく残った海賊達に取り押さえられた。
 トタプとアンナも、海賊達に抑え込まれた。

「ラセ!ラセ!」

 海賊達の拘束を外そうともがくルイ。

「ラセちゃん」
「家族だって言っていただろう!なのに、どうして!」

「……あいつは、俺の家族を殺したんだ」

「え?ラセが人殺しをするわけ」
「ラセか。どうして、もっと早くに嘘がわからなかったんだろうな。
 フォーチューン国元第一王子ウェイルの婚約者。
 十分証拠が揃っていたのに、信じたくなくて、でも、パール王子が、国家の宝を得て、海の加護を得たと知った時、確信した。タイミングが良すぎるってな。
 おそらく、ラセが所持していたウェイルとの婚約指輪が国家の宝だったのだろうな」

 クレイの言葉に、ルイは、ラセがウェイルからもらった婚約指輪の話を思い出した。
 ラセは、先日必要な人に婚約指輪を譲ったとルイに語っていた。
 でも、あれが、国家の宝だったなんて。

「ラセ。逆から読んだら、セラ。
 エレメンタル大陸。水の国。末姫セラ。
 それが、あいつだ。
 公開処刑で、重りを付けられて、水に落されても死んでいないのならば、化け物以外の何者でもない。今度こそ、あいつは死ぬんだ。海の藻屑となるのだ!」

 クレイが壊れたように笑いだす。

「ラセちゃんが、セラ姫。だから王妃の名を出した時、あんなに拒絶をしたんだ」
「どうしよう。わたし、ラセに酷い事を」

 アンナは泣き崩れた。泣き崩れたアンナをトタプは支える。
  

 ―約束だからね―


 ラセの嬉しそうな表情が頭をよぎった。

「ちくしょう!」

 ルイは、自分の無力さに叫ぶことしか出来なかった。





 夜の甲板に立っている。
 目の前には、暗い海。
 ラセは、虚ろな瞳で海を見つめる。

「チャナは、ずっとラセが憎かったである。
 これでようやく、邪魔者が居なくなるである」

 チャナが「やれ」と命令すると、ラセは、海賊達によって海に落された。
 水しぶきを上げて、ラセの身体は、海の中へと落ちる。
 一瞬息苦しさを感じたものの、直ぐに水の精霊達が、ラセの周りに空気の結界を張る。
 ラセは、そのまま沈んだふりをして、海流の流れに乗る。
 もう、海賊船には、居たくなかった。
 それよりも、早く使命を終えて、楽になりたかった。



 ラセが、海から上がってこないのを確認したチャナは、高笑いをした。
 狂った笑い声が、夜の海に不気味に響いた。

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