上 下
44 / 115
海賊編 第三章 ノリ―ア姫

44

しおりを挟む
「まあ、今は、王国所属の闇の霧対策部隊の海賊船に同行していらっしゃるの?」

 ラセの説明に、いちいちノーリア姫は、嬉しそうに返事を返す。
 何がそんなに嬉しいのだろうか?ただ現状説明をしているだけだ。

「はあ。まあ」

「素敵ですわ。平和の為に海を駆け巡るだなんて」

 ノーリア姫は、うっとりとした表情をした。
 前に会ったときは、もう少し、賢い人の印象があったのだが、今ラセの目の前に居るのは、年頃の少女にしか見えない。

「ノーリア姫が、楽しそうで何よりでございます」

 年配の老人執事が、ノーリア姫の紅茶を注ぎ足した。

「だって、とても楽しいのですもの」

 ノーリア姫の顔は先ほどから、にやけてばかりいる。
 引き締まった表情の彼女は、どこに行ってしまったのだろうか?

「ラセの事を、客人として迎え入れることが出来て、嬉しいわ。だって客人ならば、
わたくしと対等の立場ですもの」

 対等の立場との言葉を聞いてようやく、ノーリア姫の対応の仕方が異なっていることを理解出来た。
 ノーリア姫は、家臣達に対しては、未来を期待させる跡継ぎではなくてはならない。
 けれど、客人の前では、ありのままでいられる。
 ノーリア姫が言いたいことは、そういうことなのだろう。
 ならば、ラセも。

「そうだな」

 礼儀を抜かしたぶっきらぼうな本来の口調に戻してみる。
 ノーリアは、目を大きく見開き驚いた。
 そして、大粒の涙を瞳に溜めた。

「えっと、ノーリア姫。その失礼を致しました。申し訳ありません!」

 泣き出した、ノーリア姫に対して、ラセは慌てて口調を正して謝る。
 ノーリア姫は、首を横に振り、レースのハンカチで目じりを抑えた。

「違いますの。ラセが悪いわけではありませんの。ただ、昔を思い出してしまいまして」

 泣き出してしまった、ノーリア姫の身体をラセは支えてあげた。
 背中に腕を回して、ノーリア姫は、子供のように泣きじゃくる。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 何度も、何度も謝る。
 ラセは、何も告げられずに、ただあやすように、ノーリア姫の背中をさすり続けた。
 しばらくして、泣き疲れたノーリア姫は、眠り込んでしまった。
 ノーリア姫の家臣に、身柄を託して、屋敷を後にする。

「ラセ様」

 ノーリア姫の老人執事が、ラセを引き留めた。

「闇の霧の事を捜索していると伺いました。
 私の生まれ故郷は、エレメンタル大陸とは、隣国の島国で、闇の霧に領土を奪われており、困っております。
 そこに、李祝と呼ばれる領地があります。
 李祝には、私の孫娘がおり、領主を務めているはずでございます。
 身勝手な願いとは承知しておりますが、どうか
 今も、闇の帝国と戦う、我が孫娘をお助け願えないでしょうか?」
「申し訳ありません。私の独断では、決められません。
 船長やクレイさんに、話を通してみないと」
「それでも、かまいません。
 どうか、これをお持ち下さい。きっと、これを見せれば、貴方達を歓迎するでしょう」

 ラセは、強引に、老人執事から、服を渡された。
 この国の服装とは明らかにことなる形をしている。
 足元に切り込みが入った服は、ふんわりとしたドレスよりは動きやすそうだ。
 胸元には、何かの獣の絵が刺繍され、周りには、花が服一面に描かれている。
 なによりも、色が派手で、光沢のある赤い色をしている。

「その服は、私の村の民族衣装でチャイナ服と言います。
 孫娘の名前は、チャナと申します。
 どうか、よろしくお願い致します」

 黙々と頭を下げられて、仕方がなくラセは、服を受け取った。

「おい。ラセどこに行っていたんだよ」

 大通りに出たラセは、走ってくるルイを見つけた。

「ごめん。ちょっと昔の知り合いに会って」
「知り合い?」
「そう」

 ラセが、そっけなく答えると、ルイは、それ以上追及してこなかった。
 言いたくないことを暗黙の了解で気付いてくれたルイの気遣いが、すこしだけ嬉しかった。

「よ!お前らまだ遊び歩いていたのか。日も暮れるし帰るぞ」

しおりを挟む

処理中です...