ギゼル

覗見ユニシア

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Soul 7 望

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 陰は、仕事を詰めすぎて疲れていた。
 だから散歩でもして気分転換がしたかった。
 適当に歩いていたつもりなのに、いつの間にか天使の家の近くまで来ていた。日陰は足を止め引き返そうか考えた。

 その時、陶器の割れる音が天使の家から聞こえた。
 何事かと駆け寄ると、天使と向の争う声が聞こえた。
 二人とも怒鳴りあっているので、嫌でも陰の耳に会話が入った。

「離してください。あたしには翁がいます」
「もう一度だけ考えてくれ。オレは向の事が本気で好きなんだ」

―オレは向の事が本気で好きなんだ―

 衝撃が陰の身体に流れた。
 雷に打たれたように目の前が真っ暗になったような気がした。
 だが実際は天使と向の言い争いの声と姿が見えていた。

 陰の目からは無意識に涙がこぼれていた。
 陰は涙を拭こうともせず、その場を離れた。
 はじめのうちは、とぼとぼ歩いていたが、徐々に早足になり、ついに走りだした。

 陰は急いで部屋に入り障子を乱暴に閉めた。
 密室になると同時に日陰の身体は、力を失い、膝をついた。

「ひっく。ひっく」

 陰の口から嗚咽が漏れる。
 一度あふれた涙は自分では止める事が出来なかった。
 陰は肩を震わせて泣き続けた。

 このまま、涙など枯れ果ててしまえばいいと思った。

「また泣いているんだな」

 ラークの寂しそうな声が上から聞こえた。
 見なくてもラークの表情はわかっている。
 眉をだらしなく下げ、涙をうっすらとためた瞳で陰を眺めているのだ。

 翼を動かす音が二回ほどした。
 ラークは、畳に降り立つ音がかすかになった。

「望はある?」
「!」

 陰はラークと向き合えなかった。
 今向き合ったらきっと自分の本音を言ってしまう。

「望あるんでしょ」

 ラークは笑みを含ませない冷たい口調で言う。

「言ってごらんよ。叶えてあげるから」

 陰は返事をしたくなるのを堪える。

「向が憎くない?いつも君が大事だと思う人の心を奪っていく彼女が」

「……」
「素直になっていいんだよ。オレは」

 ラークは磨きあげられた錐を取り出した。

「君の為なら、人を殺すこともためらわないから」

 陰は涙で赤くなった顔のままラークを振り返る。

 ラークの手に握られた錐が異様な光を放っていた。
 陰は錐に釘づけになった。

 鼻で軽く笑った陰は、大声で笑い出す。
 その反応にラークは困惑したのか、眉を上げた。

 一通り笑った陰は真剣な顔でラークをいる。
 ラークは動かない。いや動けないのかもしれない。

「ねえ、ラーク。契約しましょう」

 ラークの顔にわずかに影が差す。

「あたしの望は白銀天使と両想いになること。でもそれは今じゃなくていいの」
「?」

 ラークは陰が何を言いたいのか分からず首をかしげる。
 その時、破壊音がした。
 音に続いて人々が逃げまとう足音や悲鳴が聞こえる。

「キャー。今の何」
「どうやら天使様が暴れているらしいわ」
「どうして?」
「そんなの私に聞かないでくださいまし」

 陰は口を閉じ、しばらく人々の言葉に聞き耳を立てた。

「……。そんなに好きだったの。向の事が」
「陰」

 陰は、ラークの服にしがみついた。
 目からはまだ涙が流れていた。


「ラーク。ラークあたし辛い。もう我慢できない。お願いだからその鋭い錐であたしの胸を刺して」

「……」

「そしてあたしが転生したらあたしの望を叶えて」

 ラークは少女の懐に飛び込んだ。

 手には、錐を持ち飛び込むと同時に心臓に刺していた。

 少女は痛みに悲鳴は上げた後、戸途切れた。
 少女の来ていた巫女装束は血で染まった。
 ラークは錐を少女から引き抜いた。

「次はあいつを止めないと」

 誰に聞かせるわけでもなく呟いた後、漆黒の翼で羽ばたいた。

 まるで自分がおこなってしまった罪から逃げ出すかのように。

「どうして」

 ラークは空を飛びながらつぶやく。行き先は天使の所だ。

「間違った方向でしか、物事を片付けられないのだろう。恋って、過ちばかり増えて行くよ」

 ラークは、錐をきつく握りしめた。


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