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第7話

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スターターの合図によりゲートが開くと、各馬が一斉にスタートした。

一気に先頭を取ったのは3番人気の馬で、そこに連なる形で各馬が続々とその後を追っていく。

最初のカーブを曲がり、犯人が賭けた馬は、現在2番手の非常に良い位置取り。

競馬というレースは、やはり『逃げ』『先行』といった試合運びが圧倒的に有利らしく、『差し』や『追込』に比べ単勝の回収率も高くなりやすいらしい。

それもそのはず、逃げや先行であれば、基本的には最後に『脚を残してしまう』ということがなく、本来持っている実力をほぼ全て発揮出来るが、差しや追込のタイミングが悪いと、展開によって届かなかったり、馬群に飲まれたりと、本来の実力を発揮出来ずに終わってしまうということがあるからだ。

その点に於いては、確かに犯人の取っている戦略は正しく、このレースもそのまま非常に高い確率で、犯人が勝利を収められるものと思われた。

が、好事魔多し。

人間、上手く行っている時ほど落とし穴も多いものだ。

3回目のカーブまで二番手をキープし、最後のカーブでついに先頭に踊り出て、そのまま逃げ切るかと思われた犯人の馬。

確かに予想としては非常に固い、本来の実力なら他を圧倒してそのまま勝っていたであろう。

が、なんと、最後のカーブを曲がりきる前に、馬の実力とは関係のないところで、騎手の方が落馬してしまったのである!!

このような展開は、どんなにデータに精通した海千山千の予想屋であったとしても、さすがに予想できるはずはない。

一番人気の馬であったため、場内から一気に悲鳴とも怒声ともつかぬ声が響き渡り、捨てられた大量の外れ馬券が宙に舞い踊った。

犯人はというと、正に茫然自失といった感じで口を半開きにしながら、ただただ後続の馬が次々にゴールになだれ込んでいく様を眺めていた。

いや、眺めているとはいっても、その目から得られる映像は全く脳には伝達されていなかったであろう。

とてつもないショックを受けたであろうことは想像に難くない。

何故なら、コンビニに強盗してまで手に入れた金を、本来は非常に固い目前まで掴みかけた勝利を、本人の努力などでは回避できない、絶対に予期できるはずもないようなアクシデントにより、一瞬にして失ってしまったのだから。

犯人は、しばらくその場から動くことができなかった。

そうして、まるで真っ白な灰になったかのような、犯人のあまりの様子を心配した客に肩を叩かれ、ようやく犯人は時を取り戻した。

犯人を現実に呼び戻したのは、キャップ帽を被り手には競馬新聞に赤ペン、如何にも競馬好きでここに入り浸っていそうな老年男性である。

「あんちゃんいくら負けたんだ?その様子はただごとじゃねえな」

「嘘だ……9割9分は勝てる勝負だったんだ……まさかこんなことが……」

「俺もな、見事にやられちまったよ。一番人気でそのままイケると思ったんだけどな~。まあ、これも競馬の奥深さってやつさね」

犯人は老年男性を無視して、そのままフラフラと歩き出した。

「お~い、あんちゃん、ほんとに大丈夫か~?」

フラフラした足取りのまま競馬場を出ると、犯人はスマホを取り出しどこかへ電話を掛けた。

コンビニに強盗に入るほど金銭的に切迫しているにも関わらず、なくなると自分が困るような電話代はしっかりと払っているらしい。

「ああ……おお……負けちまったよ……。信じられるか?十中八九勝てる勝負だったのによ、落馬だぜ落馬?そんなもんまで予想できるかっての……」

スマホからは相手方の女の声が聴こえており、どうやら犯人は女に電話を掛けているようだった。とすると、相手は昨日の中年女店員だろうか。

「今めちゃくちゃ辛いんだよ……。正直何も考えられねぇ……。うん、ああ、それじゃ、待ってるわ……」

犯人は女と家で待ち合わせの約束をして、電話を切った。

待ち合わせまでまだ時間があるからか、何とか一万円の私だけは死守しておきたいのか、行きは電車だった犯人は、節約のつもりか帰りをトボトボと歩き出した。

おそらく、犯人の頭の中には自分が勝つビジョンしか見えていなかったため、負けた時にどうするかなど全く考えてもみなかったのだろう。

道中喉が渇いたのか、自販機で小銭を使って飲み物を購入したり、行きはパンパンの財布で意気揚々だったものの、家に辿り着く頃には財布の中身は私と数枚の小銭だけという、非常に寂しいものに変わり果てていた。

「ああ~、クソッ!!疲れた!!」

またぞろゴミ屋敷の居間に根を下ろし、冷えたビールを一気に流し込む犯人。

昨日と何も変わらず、変わったのは犯人の財布の中身だけ、呼び鈴などという便利なものは存在しないこのあばら家。

人が来るとしたらまた戸口から音がするのだろうなぁと考えていたら、案の定、ほどなくして戸口を叩く音が響いた。

今度は財布がほとんど空であるため、それほど警戒することもなく戸口を開ける犯人。

そこに立っていたのはまたしても、私が予想だにしていない、あまりにも意外すぎる人物だった。
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