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第1話

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『人は金の上に金を造らず金の下に金を造らず』と言えり。

私の名は福沢諭吉。

言わずと知れた、日本の一万円札に描かれた肖像画の人物である。

これまで日本の人々の古い価値観の変革や、慶應義塾、東京学士会院の創設など、教育、学問、経済、思想、様々な分野でこの国の発展に寄与してきた自負はあるが、没後まさか私の肖像がお札に採用されるとは思いもしなかった。

それだけ後世の人々に私の残した功績が評価されたということなのだろうが、本人としては中々面映ゆいものがある。

季節は冬。

現在、三十代後半ほどだろうか、その男のズボンのポケットの中、私は財布にも入れずに裸同然で入れられており、肌寒いやらクシャクシャに折り目は付くわで、そのあまりの無神経さに強い眩暈を覚えているところだった。

無論、私が後世の日本でお札になっているとは青天の霹靂ではあったものの、一応、現在日本で発行されている銀行券の中で、最高額であるという自負はあるのだ。

千円の野口や五千円の樋口などと扱いを一緒にされては困るし、一万円の私には一万円に相応しい扱いというものを、もっと持ち主側が考えてもらわねばならない。

百円のおにぎりであれば百個も腹を満たし、五百円の書籍であれば二十冊もまだ見ぬ世界に誘ってくれるこの福沢諭吉を、このように乱雑に扱っていいはずがないのである。

全く、自分で自分を偉人などと言うつもりは毛頭ないが、それでも先達に対してそれなりの敬意というものがあるだろう、私の没後、この国の国民はこれほど情けない人民に成り下がってしまったのかと、頭を抱えずにはいられない。

しかし、残念ながらお札に私の手は描かれていないため、気持ちはあれど頭を抱えることもできなかった。

男は相変わらずポケットに手を突っ込み(それで一応は私をガードしているつもりなのだろう)、呑気に口笛など吹きながら町の歩道を歩いている。

往来には、マフラーやコートを着込んだ人々が足早に行き交っており、少し言葉はおかしいが、それらの人々の財布の中にもまた『私』がいるのだろうなと私は思った。(無論、中には私を持つ余裕すらない人間もいたかもしれないが)

それにしても、私が生きてきた時代とは何もかも違う日本。

通りには車やバイクが行き交い、町には諸外国から持ち込まれた文化がところ狭しと並んでいる。

札として生を受けてからこの男の手元に流れ着くまで、町の様子や人々の話している内容から、現在の日本のおおよその姿は学ぶことかできた。

私の没後にどのような歴史が刻まれてきたかは知る由もないが、ここ百年ほどの間に、ここまで文明が進歩しているとは本当に驚くべきことだ。

『西洋事情』『文明論之概略』『学問のすすめ』など、私の数々の著書もそれに少しでも寄与できたのであればと思うと、著者として望外の喜びである。

と、男の足が、一件の建物の前で止まった。

それは、私が生きていた時代には当然存在しなかった、『コンビニ』という建物であった。
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