私、凄いスキルが遺伝しました。

龍夢

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第四章

ハーゲンに着きました

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 肩よりやや長いくらいのゆるふわヘアーは、人種ではあまり見掛けないストロベリーブロンドで、ティアの赤髪ほどではないけど人目を引く。身長は私より少し低くエリーゼと一緒くらい。見た目の年齢より、成長しきっていないと感じられるような細い身体つきから、私より歳下に見てしまう者もいるかもしれない。
 顔は歳相応で美人だけど、言ってしまえば女として主張するべきものが少しだけ足りないのだ。私とティアは同じくらいだからいいとして、エリーゼやウルと比べると負けてしまうし、自分が勝っているというのがちょっとだけうれしい。
 その女は、注目されているというのに辺りには目もくれず、馬車の点検を行っている男に話し掛けた。

「どう? 直りそう?」

「お嬢様、車軸が折れているのですぐ直すのは無理です。先程護衛の者から一人、ハーゲンに部品調達に向かわせましたが、それが戻ってから修理、出発となると夕方までぎりぎり着けるかどうか……」

「なんて事なの! 私も先にその護衛と一緒にハーゲンに行くべきだったわ。そもそも普段の点検を怠るからこんな事に……」

 ここでたまたま周囲に目を向けた女と目が合った。というか、なんだか嫌な予感がする。

「あなた、名前は?」

 私に言ってるのかな? それともウル? これ、面倒くさいやつだ。無視しよう……。

「人に名前を聞く時は自分から名乗るものだよ? 君こそ誰なのさ?」

 ウルは無視しなかった。湖底遺跡でもそうだったけど、礼儀知らずが嫌いなのかもしれない。

「なっ!? わ、私はハーゲン商人ギルドの相談役、ロッシュ・スタークスの娘アリソンよ。こちらは名乗ったんだからそちらも名乗り……ん? えぇっ!? グランツ?」

「やっと気付いたのか? 周りが見えないのは相変わらずだな」

「自分が見たいものだけ見えればいいのよ! あなたこそ、な、なんですぐ挨拶しないのよ。まあ、気付かなかった私も悪いけど」

 アリソンとグランツは知り合いらしい。だけど、なんだかアリソンの様子がおかしい。顔は薄っすらと赤くなり、挙動不審というかモジモジしだしたのだ。これってもしかして……。
 ここで話し始めては他の往来の邪魔になるし、私達はとりあえず街道を少し外れた所へ移動した。

「僕の名前はウルベリィ、みんなからはウルって呼ばれてる」

「アイシャよ」

「ティアルカ」

 グランツを除くもので挨拶が終わると、アリソンが私をビシッと指差して質問してきた。

「アイシャ、グランツとウルベリィはあなたの何なの?」

 最初の反応からグランツは分かるとして、ウルは……もしかしてアリソンもカワイイもの好き?

「グランツとは師弟関係よ。ウルは私の大事な仲間。それがどうかした?」

「そう、ならいいわ」

 『フフンッ』って感じで勝ち誇ったような笑いを浮かべているのが気になるけど、ティアやウルに害がなければ問題ない。
 アリソンは馬車の壊れた車軸を見ているウルの所へ行き、隣りにしゃがみ込んだ。でも、特に話し掛ける訳でもなく、ニコニコしながらずっと横顔を見ている。

「ねぇ、ウルちゃん?」

「………」

 ウルは何かに夢中になると反応が悪い。そこに無理やり割り込もうものなら……。

「ねぇってば!」

「ちょっと黙っててよ」

「は、はい……ごめんなさい」

 怒られてしまうのだ。アリソン凄くしょんぼりしてる。少しかわいそうな気もするけど、ここは様子を見よう。

「ああ、アリソンちょっとこっちに来い」

 グランツに呼ばれると、アリソンは少し機嫌を持ち直した感じで側に行く。

「ウルの事が気に入ったんだろうけど、今はそっとしとけ。そうすれば良いことがあるぞ」

「良いこと?」

「ああ、馬車が直ったりとかな。それとな……お前相変わらずカワイイのが好きで美人嫌いだろ? だからってアイシャに突っかかるなよ?」

「なんでよ! 私は冒険者なんかに遠慮しないわ!」

「冒険者がどうとか関係ないだろ。それにアイシャは人といっても少し特殊でな。ああ、だから人とは言えないかもしれないが……」

「えっ?」

「お前エルフとか亜神とかの長命だったり不死に憧れてただろ? だからそういうのいろいろ聞けるかもしれないし、仲良くしといたほうがいいぞ」

「えっ? えっ? それってアイシャがそういうの詳しいって事?」

 私にも会話が聞こえているけど、グランツはわざと聞こえるように言ったに違いない。
 アリソンは私とウルの顔を何度か見比べた後、小さな声でボソリと呟いた。

「ア、アイシャ、アナタと仲良くしてもいいわよ?」

「えぇ!? なんで上から目線……まぁ、私も構わないけどウルはあげないから」

 『うぐっ……』っと声を詰まらせてから、アリソンは欲しいものを与えてもらえなかった子供のような表情をする。なんだか子供のまま大きくなったような大人だ。私もイダンセに帰ったらエリーゼに我が儘とか言ってみようかな。
 グランツは私達の事を生暖かい目で見てから大きく溜息を吐き、『仲良くやってくれ』とだけ言いウルの所へ歩いて行った。

「直すつもりなんだろうが、どうだ?」

「直せるよ。一度馬車と馬を分離して、そうだなぁ……五分くらい馬車の後部を上げたままに出来る?」

「ああ、なんとかしよう」

 ガーディアンを使えばいいのではないかと思い、グランツに意見具申してみると、これだけ人目がある所ではやめたほうがいいと言われた。確かに余計な騒ぎの原因は作らない方がいいだろう。
 そんな訳で、私とティアとグランツが、といっても、私以外は身体強化スキルを使用した上で馬車を持ち上げる。
 後部車輪の車軸が折れた問題箇所だけど、ウルは私が出した何種類かの魔鉱石を手に握り、また聞き慣れない呪文を唱えた。

<ブレイクリソース>

 ウルの呪文により、掌の上で魔鉱石が粉状になった。空いている手で折れた車軸部分に触れると、更に次の呪文を唱える。

<リペア>

 折れた車軸が直ったのは良いとして、なんだか曲がったまま繋がってしまった。

<フィギュレーション>

 でも心配はいらない。最後の呪文により、大男でも簡単に曲げる事が出来ないような太い車軸が真っ直ぐに成形される。

「終わり! 降ろしていいよ」

 今回もスリーステップ。ウルは本当に凄い。
 グランツが言うには、アリソンの父親が商人ギルドの重鎮なので、恩を売っておいて損はないらしい。
 予定外のイベントで時間を使ってしまったけど、従者の男が最終チェックをし、直っているのを確認した後はすぐ出発となった。ハーゲンに部品調達の為先行している者には、また護衛から一名追走させ、私達はそのまま同道してハーゲンまで行く事になった。
 アリソンはウルと一緒に馬車に乗りたかったみたいだけど、私の後ろがいいって断られて絶望に染まった顔をしている。同じカワイイもの好きだし、後で少しくらいウルとの時間を作ってあげようと思う。
 既に日は中天近くまで昇り、予定の昼頃まで到着というのは無理として、途中に昼食休憩を挟んだだけで道を急ぐ。二時間ほど馬車を走らせると、やがて前方にハーゲンの外壁が見えだした。
 その外壁は高さもあり、厚さはここからでは分からないけれど、過去何度も領土争いの脅威に晒された為、補強に補強を重ねた為に分厚いらしい。現在のハーゲンは各国の協定により中立都市として認められ、争いの対象からほぼ除外されているのだそうだ。

 街道は幅をそのままに、途中から三本に分岐して外壁方向へ伸びている。徒歩の者は一番右、商隊の列は一番左を、そして、貴族や限られた特権を持つ者は中央の道を進むらしい。アリソンに同道している私達は、ほぼ待ち時間のない空いている中央の道へ進む。両側の道は長蛇の列になっているので、待ち時間なく進む私達は待ち行列の羨ましそうな目に晒されてしまう。これだけは少し嫌な感じがするけど我慢するしかない。
 グランツは堂々としてろなんて言うけど、そんなの簡単に出来るはずない。
 馬車はやがてハーゲン北通用門に着き、御者と衛兵が短いやり取りをした後は、たいしたチェックもされずに通された。街の中に入った私は、まず人の数に驚くことになった。
 人、人、人、とにかく人の数が凄いのだ。あらゆる種族がいるのは言うに及ばず、働く人々の顔は活き活きとして活気がまた凄い。イダンセの商業区域しか知らない私には、南北に真っ直ぐ伸びる大通り以外が人で埋め尽くされているように錯覚してしまう。

「凄い……」

「今俺たちが入ったのは特権持ち専用の通用門だからいいが、左右の通用門から入った奴らは、俺達以上に活気の洗礼を受けてる筈だ」

 後ろに乗るウルや、ティアの様子をチラリと見てみると、ウルは人の多さにげんなりし、ティアも少し居心地が悪そうにしているようだ。そんな人の群れも、歩道から馬車や商隊のいる大通りには入ってこない。そのカラクリは街の中心部に向い進んでいる途中でわかった。要所要所ではあるけれど、反対側の歩道へ渡れるように高い所を道が通っているのだ。グランツがその道の事を『歩道橋って言うんだ。凄いだろう?』と教えてくれた。商業で栄えているハーゲンならではの工夫で、荷馬車の通行を妨げない為の工夫なのだとか。
 あらゆる物資が安くてにはいるハーゲンには発明家も多く集まり、その中でも建築技術が物凄いスピードで進歩しているらしい。

「ハーゲンでは装備も整えるぞ。今まではあまりいい装備は使わせなかった。なるべく自分の実力だけで戦闘出来るようにそうしたんだが、せっかくハーゲンに来たんだから整えるとしよう」

 ハーゲン産の武器や防具は、冒険者御用達といっていいほど質の高いものが多い。というか、イダンセに入ってくるハーゲン産の装備は高価でなかなか手が出せなかったけど、ここ現地では質が高く安くなければ売れないという事で、イダンセで購入する半額くらいの値段で購入できるらしい。さらに、海底ダンジョン産のマジックアイテムも入手可能だという事で、なんだか今から買い物が楽しみです。そうそう、ウルの服とかも買ってあげなくちゃ。いえ、もし冒険者になりたいなんていったら装備になるかもだけど。

 私達はひたすら大通りを南へと進んで行く。すると、やがて前方に横に長い三階建ての建物が見えてきた。この建物の中にはハーゲン冒険者ギルドと商人ギルドが一緒に入っているらしく、冒険者ギルドだけでも規模はイダンセの三倍あり、一階部分は中央から半分ずつそれぞれのギルドブース。冒険者ギルド側は二階部分でパーティー募集専用ブースと直営酒場、大規模な素材買い取りブースがあるらしい。
 馬車はそのまま商人ギルドの厩舎へ直行し、私達の馬も同じ厩舎に預ける。アリソンとはそれぞれの用が終わった後、商人ギルド側の直営酒場で待ち合わせる事になり、私達はグランツとともに冒険者ギルドへ入った。
 ギルドの中は入ってみるとかなり奥行きがあり、イダンセなら空いている時間帯だというのにすごく混雑している。ギルドカウンターと依頼掲示板も数は五倍以上、特に少し高い位置にある掲示板前には人の壁が出来ていて、依頼を案内する専門の職員が何人も忙しなく動いている。
 イダンセだと入ってすぐ注目されてしまう私達だけど、ここではそんな事もなく、殆どの者はこちらを一瞥しただけで何もアクションを起こさない。

「あまり注目されたりしないし、なんだかイダンセと違って面倒くさくなくていいわね」

「ああ、多分それは俺といるからだろうな」

 あ、なるほど……。グランツと一緒にいるからか。S級冒険者として顔が売れているグランツと一緒にいれば、それが女なら失礼な事出来ないものね。ただ、ティアを見た何人かの魔族らしき冒険者が驚いた表情をするのだけは私も見逃さなかった。それはティアも一緒だったようで……。

「グランツ、ティアは何か変なの?」

 反応が気になり早速グランツに質問してる。

「変じゃないが、確かに周囲の反応が気になるな。ちょっと待ってろ」

 グランツは近くにいる魔族の冒険者を捕まえると、なぜティアを見て驚くのか理由を聞いてみる。

「この大陸で魔族を束ねている幹部の中に赤髪の女魔族がいる。名前はエシリカといって、血のような赤髪で相当強いらしい。そして、刃向かう者には容赦ないのだ。俺も大陸北東にある魔族の都ガルシアで見た事があるが、纏う雰囲気といい相当ヤバイ。おそらく我々と違い魔界出身の魔族だろう。赤髪とお前の雰囲気が少し似ているからか、エシリカを知っている者は驚いているのだよ」

 聞かれた魔族が丁寧に教えてくれた。

「エシリカ……カカ様かと思ったけど名前が違う」

「そうか。まあ存在は俺も知っていたが会ったことがないしな。偽名の可能性もあるし、今は無理だがそのうち調べてみるのもいいだろう」

 グランツは私達にここで待っているように言い、ギルドカウンターではなく直接受付以外の職員に声を掛ける。短めに何かを話すと、職員と一緒に戻ってきて個室に案内され、次に職員が戻って来ると今度はギルドマスターが直接話しを聞くという事で執務室に通された。
 ハーゲン冒険者ギルドのマスターはイダンセと違い人種の男だった。でも普通かといえばそうではない。修行前の私ならわからなかったけど、今なら分かる。このギルドマスターはとてつもなく強い。
 歳は五十前後くらいで、だいぶラフで動きやすそうな服を着ている。それもあってかただでも大きな体躯が更に大きく見える。
 顔はすごく優しそうなのに、服から覗く腕は丸太のように太く、かなり鍛えあげている事がわかるし、ギルドマスターをしているからには実力も兼ね備えているはずだ。そんな見掛けから出来上がった私の第一印象は優マッチョさんです。

「私はハーゲン冒険者ギルドマスターのロソス・ボーデンだ。そちらの可愛らしいお嬢さん方ははじめましてですね」

「アイシャです」

「ティアルカ」

「ウルベリィだよ」

 ロソスは優しい目で私達三人を順番に見回し、その後はグランツに視線を固定した。

「グランツ。私に直接ではないと話せない内容とは一体どんな事だね?」

「話すと長いから途中の話しをすっ飛ばすが、プチカ族の集落から数キロの場所に未踏のダンジョンを見つけた」

「なにっ!! それで中はどんな感じだったのかね?」

 グランツはヴィラ・ププリが転移してきたモンスターに襲撃された事から話しはじめ、追跡して見つけた野猿のねぐらが入ってみたらダンジョンであった事までを話す。そして、サンプルとしてダンジョン内のモンスターを収集してきた事を話すと、早速幾つかある訓練施設の一つを封鎖しての検分となった。

「では早速収集したサンプルを見せてもらいましょう」

 私を見てグランツが頷いたのを合図に、次々と『時に忘れられた世界』からモンスターを出しては並べていく。収集した全てのモンスターを出し終わった頃には、床が大小様々なモンスターで埋め尽くされていた。『これで全部です』とロソスに報告した後、立ち会った何人かのギルド職員の方へ顔を向けてみると、全員驚きを通り越して言葉なく立ち尽くしていた。
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