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第四章

ダンジョンがヤバイ感じです

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「なにっ!? 一旦戻るだと?」

 エミンが納得いかないとグランツに詰め寄る。

「ああ、ここまで来てなぜと思うかもしれないが、ダンジョンだった以上冒険者以外は足手纏いだからだ」

「なんだとっ!!」

 今度はタキアの若い騎士が大声をあげる。

「まあ怒るな。この規模は今日どうこう出来るものじゃないんだよ。それにダンジョンを見つけた事を冒険者ギルドに報告もしなければいけないしな。報告するのは早い方がいいが、まったくダンジョンの内容が分からないでは場所の報告しか出来ない。だから我々冒険者で必要最小限の調査だけしてくる」

「だからといって他の者は戻れなど……」

 エミンもまだ納得いかないようだ。

「プチカ族は同意する。あとは頼む」

 若いプチカ族の戦士は、トナテからグランツの指示で動けと言われているだけありすぐ了承する。
 タキアの騎士達も少し話しあったけど、最終的にはグランツ達の調査結果を戻って待つという事に落ち着いたようだ。タキア側は納得していなくてもエミンが抑えを利かせたのだと思う。
 野猿の討伐を目的として来た為、何の準備も無しに飛び込むよりは良いとして、未知のダンジョンという事で危険度は更に上がってしまった。ここはモンスターとの戦闘に慣れている冒険者に任せてほしい。と、グランツは最後に付け加えた。

「ウル、お前も戻って村で何かあった時は助成してくれるか?」

「いいよ。一部の柵代わりになってるガーディアンでなんとかするから。それでも駄目なら奥の手かな」

「頼む」

「はいはぁ~い」

 おおよその話しは決まり、残った三人で簡易的な調査を始める。周囲を見渡せば、右手の奥から下へ降りれる道が続いているようだ。
 私は一つだけ気になる事があり、歩きながらグランツに質問した。

「このモンスターの気配、いいえ、数といってもいいんだと思うけど、それが村の近くにモンスターが転移してきた原因と関係あるのかな?」

「なぜそう思う?」

「私、時縛りのダンジョンでも同じように転移した場面に遭遇したのよ。正確には転移後だけど、その時の状況にあまりに似ているから……」

「ふむ。俺の考えはこうだ。ずっと見つからなかった為、このダンジョン内で抱えきれなくなったモンスターをダンジョンコアが外に排出しているという可能性だ」

「つまり、この異常なモンスターの気配はやっぱり原因の一つたりえるって事ね?」

「おそらくな。次のモンスター転移を抑える事が出来るかはわからないが、調査しながら可能であればモンスターをある程度狩る事にしよう。ただし、前衛だけで後衛がいない事を考慮し無理はするな!」

『了解』

 崖下に続く道を下りながらも、多くのモンスターの気配が森林内から感じられる。ラタ大森林のモンスターは、だいたいCランク冒険者で相手できるとグランツが言っていたから、ここのダンジョンで感じられる気配と比較すると、Bランク以上の冒険者が相手をするようなモンスターが多く生息しているのが分かる。
 このダンジョンは難易度でいえばかなり上なんだと思うけど、修行を始めてから強くなったとはいえ、私とティアはまだC級冒険者なのだ。それに、素の戦闘力でいえば、私だけがエリーゼとティアから劣っているというのもある。
 冒険者ギルドの定めるランク制限だって無視できない。
 もしこのダンジョンがBランク以上の制限になった場合は、せっかく見つけたというのに入れなくなってしまうのだから。
 考え事をしながらも崖下まで降りきった。感じられる気配から、森林内に入った途端にモンスターが囲むように迫ってきているようだ。そして、おそらく戦闘回避は無理。

「来るぞ! 各自戦闘準備!!」

『了解!!』

 それぞれが武器を構えて戦闘体制に入る。グランツは最初から身体強化スキルを使用し、ティアも深紅の魔気を纏う。
 私は戦闘の補助になるようにガーディアンを数体出して起動し、武器を構え終わったと同時くらいにモンスターが複数体躍りかかって来た。
 どんなモンスターかもわからぬまま回避行動をとる中、唯一グランツだけが大剣を横薙ぎに振るってモンスターを両断した。しかし、モンスターはそんな事などお構いなしにどんどん躍りかかってくる。
 一瞬だけ絶命したモンスターに目をやり確認すると、それは……。

「キラーウルフ? 数は多いけど動きさえよく見ればどうという事はないわね」

 まず襲ってきたのは私でも相手が出来るモンスターだった。

「楽勝だからって油断するなよ!」

 グランツに注意されてしまった。

「ええ、わかってる」

 群れを成し行動するウルフ系は数により脅威度が変わる。その中でも、フォレストウルフの上位種であるキラーウルフは、魔獣に種別され単体でもなかなか強いのだ。それが群れで襲ってきたのだから、本来ならたった三人の冒険者では手におえない。でも、ここまでの修行での成長と、魔気が使えるティア、S級冒険者であるグランツがいる為対応を可能にしている。
 絶え間なく襲い来るモンスターを斬る、斬る、斬りまくる。暫く三人の周囲では血の演舞が繰り広げられ、いつ終わるかといい加減嫌気が差してきた頃、遠くから聞こえてきた遠吠えに合わせ、キラーウルフ達が逃げ散って行った。
 なんとか最初の脅威は退ける事が出来たらしいけど、これはまだ始まりだ。

「終わり……じゃないよね?」

「今度は何が出るんだかな……」

「アイシャの衝撃波で蹴散らす?」

 それもいいかもしれないけど、そんな暇など与えてもらえずに次のモンスターが姿を現した。
 青みがかった体に筋肉質な体躯、オーガの特徴はそのままに、更なる巨体を誇る彼らはジャイアントオーガと呼ばれるモンスターだ。引き抜いた木の枝や根を払っただけのものを武器に、邪魔な木々をへし折りながら一体、また一体と姿を現す。
 敵が現れるのをただ待っているだけでは後手になってしまう。まず先制攻撃を仕掛けたのはティアだった。
 魔気で強化された攻撃は一撃一撃が必殺の一撃になる。その膂力は足を傷付けるのではなく斬り飛ばし、膝をついた所に跳び上がって首を落とす。
 何の苦もなく最初に姿を現した二体のジャイアントオーガをあっさりと屠ると、ガーディアン達が足止めしているオーガ達も同じように処理する。
 その身体能力にはグランツも舌を巻く程だ。

「何だか私達やる事がないわね」

「まあ、気を抜かず戦闘に集中しろ」

「うん」

 ティアルカは戦闘能力だけなら既にA級冒険者以上、俺でも簡単に打ち負かす事は出来ないだろう。しかし、アイシャもラタ大森林で鍛えられ大幅に向上している。特に近接戦闘の足らない部分として、短剣による戦闘や徒手戦闘を教え始めてからは目を見張るものがある。自信を持て。
 グランツはそう言って私の事を褒めてくれたけど、流石に目の前で繰り広げられているティアの戦闘を見ると、自分はまだまだだって思わざるを得ない。
 ただ、以外にも私は動体視力がいいようで、あらゆる動きについて行ける体が出来上がれば、あとは技術を吸収するだけだってグランツが言っていた。今はその体作りに多くの時間を使っているけど、自分がどのレベルにあるのかはよく分からない。
 私としては次の課題は連携だろうと思う。個としての技術ばかりでは倒せないモンスターだっている。このダンジョンには強いモンスターが多いので、また来るならパーティー戦闘も訓練をしないといけないだろう。

「アイシャ、一体そっちに行った」

「任せて!」

 速歩を覚える前段階として、現在練習中の歩法が力を発揮する。
 素早くオーガの前まで移動すると、やや動きの鈍いジャイアントオーガの股間をくぐり抜けながら、裏モモに二本の短剣を突き立ててやる。

「オオオオオォォォォォッ」

 痛みに吠えるのを無視し、突き立てた短剣を蹴る事で更に深く刺す。
 たまらず片膝を付くオーガの背中に、魔剣化したロングソードで左肩から右わき腹へ抜けるように斬り付けると、力を込めた訳でもないのに巨体がずれながら落ちていく。

「ふぅ………」

 ジャイアントオーガの掃討が終わると、どうやら第一波ともいうべきモンスターの襲撃が終わったようだ。
 周囲に鉄錆のような血臭が濃く漂い、いつ次のモンスター達がここへ押し寄せるかわからない。急いでこの場を離れないと……。
 仕留めたモンスターを報告用に回収し、三人で気配の密度が薄い崖沿いへと移動する。
 ある程度戦闘を避けながら生息するモンスターを調査していくと、その種類は三時間ほど調査しただけでも三十を超えていた。しかも、本来なら森林に生息しない筈のモンスターまでいたりして、なんだかこのダンジョンの生態系は普通じゃない。まだ調査しきれていないし、本格的な調査をすれば更に種類が増えるだろう。
 モンスターだけではなく、崖に剥き出しになっている魔鉱石も報告用に何種類か採取した。ギルドへの報告前に、ウルに聞けば詳しく教えてくれるだろう。

「このダンジョンの全容はすぐ解明出来ないが、モンスター共は既に共存出来ていないようだ。その証拠に砂漠や氷河に居るモンスターが淘汰された痕跡もある」

「つまり、このダンジョンにはまだ他の階層がある可能性だってあるわけよね?」

「そうだ。そして、各階層で抱えきれなくなったモンスターは、俺が言った予想通りであれば、ダンジョンコアが別階層に転移させてるんだろう」

「じゃあ、時縛りのダンジョンも?」

「あそこも各階層で未踏エリアが多く見つかっているし、仕組みは一緒かもしれないな。俺たちはほんの見えてる一部分にしか足を踏み入れていないという可能性だってあるんだ」

「そっかそっか、楽しみが増えた感じがするわね。帰ったらまた行かなくちゃ」

「よし、アイシャのスキル頼みになったが、ここを第一層と仮定し、報告用のサンプルもいろいろ集め終わった。そろそろ戻るとしようか」

 ダンジョンは何が目的で誰が創りだしているのか?
 知っているかはわからないが、今度クロノスにでも聞いてみようと思う。
 疑問はまだまだ尽きないけど、グランツが調査の終わりを告げ、私達はダンジョンを後にしヴィラ・ププリへと戻った。

◇      ◇      ◇

 ヴィラ・ププリに戻ると、主だった者達が大広場に集まり調査結果の報告となった。その際、プチカ族からは長であるトナテと戦士頭が、タキアからはエミンと老騎士の二人のみが出席し、こちら復旧作業を手伝うウルを除く三人が出席した。
 まず報告の中で全員が注目したのはモンスターの生態系だった。本来暖かい気候や森林に棲息する筈がないモンスターまで居るとなれば、それだけで異常だからだ。そして、モンスターが転移してきた理由について、別な気候の階層があり、棲息数の飽和状態が関係する可能性をあげると更に騒ぎとなる。

「モンスター数を減らせば改善されるのか?」

「原因がコレと決まった訳ではないが、当初の対策としては試す価値があるだろう。まあ、調査がてら数百匹を超えるモンスターを駆逐してきたが、効果があるかはまだわからない」

「この短時間で数百ものモンスターを?」

 エミンから驚きというよりは羨望の眼差しを向けられ、グランツは鼻の頭をポリポリと掻く。

「まあ、俺一人ではなくアイシャとティアルカ、それにガーディアンの力があっての事だ」

 グランツは褒められるのが好きではないのか、すごく居心地が悪そうだ。

「まあ、後はギルドから派遣される調査団が調べる事になると思うが、それについては……」

 ここでグランツが語ったのはヴィラ・ププリの今後についてだった。
 ダンジョンに最も近い中継地として、これからここは大きく発展する事になるだろう事。ギルドから支部を置く提案があればどうするか今から考えてほしいという提案。
 その場合のメリットとしては、御神体の守護の力が失われた今、その代替手段として、ここを冒険者に守ってもらえるだろう事。デメリットとしては、今まではプチカ族だけで営まれてきた生活がガラリと変わってしまうだろうという事が語られた。
 グランツの話しが終わった後、隣りにいるトナテが『これも時代の流れであれば仕方なしか』と、小さな声で言うのが私に聞こえた。

「俺達四人は南にあるハーゲンに今日のうちに立とうと思う。ギルドへの報告が目的の一つだが、それとあわせて何人か先遣隊を連れて来る事になるだろう。タキアにはハーゲンに行くのに馬をかりたい」

「馬をかせだと? タキアの騎士にとって馬は家族同然の……隊長?」

 噛み付く老騎士を制し、続きをエミンが話す。

「確かにタキアの騎士にとって馬は家族だ。しかし、プチカ族を助けに来たというのに、その目的を果たす事も出来ないでは本末転倒だろう。貸す馬は四頭でよいか?」

「助かる。借りるのは三頭でいい。ウルはアイシャの後ろに乗せる。老騎士殿、大事な家族を借りて申し訳ないが、堪えてもらえるか?」

「バギンだ。隊長が決めたのであれば我々に否はない」

 老騎士バギンはまだ何か文句を言いたそうにしているけど、エミンが決めたので渋々了承したようだ。
 この後はこれからの大まかな流れをグランツが説明し、それに対して特にトナテが質問するという形で話しが進んだ。
 とりあえずそれで決まったのは以上の二点のみだ。

 ・野猿以外のモンスターにも襲撃される恐れがある為、外柵の強化や補強を実施する。
 ・ハーゲンから戻ってくるまでに今後のプチカ族の体制を決めておく。

 特にプチカ族が自分達の今後の事を決めるのは簡単ではない筈だ。それでもあまり先延ばしにする事は出来ない為、トナテが『決めておく』とだけ短くグランツに言った。
 そして、私達は昼食後に急いで旅支度をし、ハーゲンへ向け旅立った。
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