迷子猫 番外編

桜

2.

　
子どもは好きじゃなかった。
頭が悪いし煩いし、生意気だからだ。
だったらなぜこんな仕事をしているのかというと、自分でもよくわからないけど。
多分、大人も好きじゃないからだろう。



《青少年の健全な育成と非行防止》というなんとも馬鹿げたテーマで、会議の時間が長引いていた。
殆どの教員たちがうんざりした顔をしていたが、教頭は気づいているのかいないのか、熱弁を奮い続けている。
定時を大幅に過ぎ、ようやく会議が終わると同僚たちは皆足早に帰っていった。

「河西先生、」

コートを着て帰る支度をしていると、笹原に声をかけられた。

「長かったっすね、今日」
「先月の件で、ピリピリしてんだろ」
「とんだとばっちり、ってやつですねぇ」

笹原が溜め息を吐く。
先月、一応伝統校としての名目を保ってきたこの学校を震撼させる事件が起こった。
それはいわゆる集団万引きというもので、二年の生徒が数人補導されたのだ。
連絡が入ってすぐ現場に赴き、内々で話を納めてもらえるよう対処したものの、こういった噂は怖い。
生徒間やその親を通して、すぐに外に漏れてしまう。
上の人間とPTAは今回の件で進学率が落ちることを何よりも危惧しており、その結果、こうやって大して意味のない会議が開かれる。
そしてただでさえ忙しいこの時期に夜回りまでさせられるのだから、いくら人の良い笹原でもグチの一つや二つは言いたくもなるだろう。

「けどまぁ、クラスを持ってないぶんマシだけどな」

教頭の方をちらりと見ると、まだ若い女性教師が何やら小言を言われているようだった。
俯いている彼女は、どうやら泣いているらしい。

「……いくら担任だからって、林先生だけが悪いわけじゃないのに」

笹原が気の毒そうに言う。

「……運が悪かったんだな」

俺はそう言うと鞄を取った。

「あ、どうですか、今日」
「悪い。先約がある」
「またデートですかー？」

たまには構ってくださいよと渋い顔をする笹原にまた今度なと言い、職員室を出る。
薄暗く、暖房が切ってある廊下は底冷えのする寒さだった。
約束の時間には間に合いそうもない。
俺は腕時計を見て、溜め息を吐いた。