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理想と現実と
しおりを挟む「あれだ、裸エプロン!」
「朝から?」
「……ないわぁ、それ」
渡された書類を捲りながら言う。
いわゆる男のロマンなのかもしれへんけど、実際そんなんで起こされたら引くわぁ多分。
「風邪ひくでって注意したるわ」
「じゃあ、おはようのチュー」
……チュー、ねぇ…
「それもえぇけど、やっぱ朝は味噌汁の匂いがふぁ―っとこう部屋に漂ってきてやなぁ、トントントンって包丁の音が聞こえてきて…」
「昭和かよ」
「てゆうかそれ、新妻じゃなくてもはやオカンだろ。昭和の」
「昭和の何が悪いん!」
まぁ確かに今時、そんな古風な子はおらへんのかもしらんけどな。
理想は理想や。
「あ、なぁなぁ戸倉は?新妻にどんなふうに起こして欲しい?」
「………」
「………」
「………」
「……さぁて、仕事仕事」
後輩に絶対零度の眼差しを向けられた同僚達は、そそくさと自分のデスクへ戻っていく。
その様子に苦笑いしつつ、俺はコーヒーでも飲もうと立ち上がった。
するとぽつりと戸倉が言った。
「……起こす方がいいですね」
「……へ?」
「というよりむしろ、寝顔をずっと見ていたいです」
真顔でそんなことを言うもんだから、思わず吹きだした。
「ははっ、そうかぁ。確かにそれもええなぁ」
笑いながら言う。
「あいつ寝顔はかわええもんなぁ」
「………」
「……冗談やって、」
殺意すら感じるその視線。
オミのことになるとすぐこれだ。
……愛されとるなぁ、
こいつ、いつもは他人のことなんて本当にどうでもよさそうなのに。
その時ふと、パソコンのデスクトップのメールフォルダが点滅していることに気がついた。
「………」
フォルダを開き、送られてきた短いメールを読む。
そして小さな溜め息を吐くと、俺は席を離れた。
「なんで?」
……なんでって、
「浮気したんは、そっちやろ」
「………」
「俺そういうの、無理なんよ」
煙草に火をつけながら言う。
……あぁ、今日はええ天気やなぁ
「……まぁ、そういう事で」
さっさと終わらせようとすると、何よそれと彼女。
「……自分だって、女と遊びまくってたくせに」
「……だから?」
遊びは遊びやろ、と言うと彼女はキッと俺を睨みつけた。
「……最低、」
あぁもう、面倒くさ…。
「……っ、このヤリ〇ン野郎!」
「……はぁ?!」
「短小!」
「はぁあ?!」
おま、それは言うたらあかんやろ!てゆうか短小やないし!
怒り狂って屋上を出ていった彼女の容赦ない捨てゼリフに衝撃を受けていると、どこからかぶっと吹き出す声が聞こえた。
「……おまえ、笑いすぎやろ」
「……笑ってません」
「嘘つけ、絶対笑ろうとるやろ!」
「だってヤリ〇ンで短小って…ぶっ、」
よほどツボだったのか、神崎はしばらく肩を震わせて笑っていた。
「……すみません、お邪魔しました」
「ほんまやな。……てか、おまえこんなとこで何しとったん?」
「お昼ご飯です」
「ふうん…一人で?」
「その方が落ち着くので」
神崎は薄いサンドイッチを齧りながら言う。
「あ、そうや。おまえさっきの話、誰にも言わんどってな」
「……短小?」
「ちゃうわ!」
いい加減そこから離れろや。
「だから、あいつが…浮気したとかしとらんとか…」
「……あぁ、」
でもいいんですか?と神崎。
「きっと今頃、向こうは言いたい放題ですよ?」
「……ええよ、別に」
今更やし。
「……中沢さんって、変わってますね」
「……おまえに言われとうないわ」
そう言って、彼がかけている眼鏡を取った。
「……なんやこれ、度、入ってないやん」
「……それでも必要なんです」
神崎は俺の手からそれを取り戻しながら言う。
「……ふぅん」
それからしばらくして、神崎は屋上を出ていった。
一人取り残された俺はよく晴れた空を見上げつつ、小さな溜め息をついた。
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