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しおりを挟む――母さんね、再婚しようと思うの
ある日、仕事から帰ってきた母さんが言った。
俺はおみやげのケーキを食べながら、あぁそういうことかと思った。
最近帰りが遅い日が続いてたけど、やたらと機嫌が良かったし。
家に帰ってからも、ずっと電話を気にしてたし。
――とてもいい人なの。真面目で、優しくて…
その人の話をする時の母さんは、まるで少女のように頬を染めていた。
――今度、祐希にも会いたいって
俺は反対なんてしなかった。
母さんには、幸せになって欲しかったから。
それから二週間後、有楽町の洋食屋でその人と会った。
母さんが言ってた通り、真面目で誠実そうな人だった。
――初めまして
緊張しながら挨拶をすると、スーツを着たその人は穏やかに笑った。
――初めまして
それから三人でご飯を食べた。
母さんはよく喋り、よく笑った。
深夜、仕事から帰ってきた時とはまるで別人のように明るかった。
それを見て、もう大丈夫だと思った。
――母を、よろしくお願いします
母さんが席を外した時に、頭を下げた。
するとこちらこそ、とその人も頭を下げた。
そして、笑顔で言った。
――いい家族になろう
どのくらいそうしていたのかは、よく覚えてない。
ようやく窓が開いた時には、意識が朦朧としていた。
――祐希っ
母さんの声に、うっすらと目を開ける。
ベランダの柵に寄り掛かるようにして座っていた俺を抱きしめながら、母さんはごめんねと何度も繰り返した。
――………
懐かしい、母さんの匂い。
――……母さん、俺…
――わかってる。わかってるから…
母さんは、泣いていた。
その後、高熱がでた。
肺炎になりかけていたらしい。
養父と兄がいない昼間、母さんは付きっきりで看病してくれた。
久しぶりの親子二人の時間。
それは度重なるショックで疲弊した心に、僅かな安らぎを与えてくれた。
――……ごめんね、祐希…
母さんは何度も俺に謝った。
――……母さんのせいじゃないよ
久しぶりに食べた母さんのお粥は、昔と変わらない味がした。
――……それに父さんだって、ちゃんと話をしたらわかってくれると思う
だからもう、泣かないで?
悲しそうな顔をしている母さんを見るのは辛かった。
――俺は平気だから、
――祐希…
けれど状況は少しもよくならなかった。
養父とは口を聞くことはおろか、一緒に食事をすることすら出来なくなった。
何を言おうとしても、その前に殴られるので話にならない。
溝は深まる一方だった。
――私が話をするから
そう言っていた母も、養父の剣幕に怯えきっていた。
――もう少しだけ、我慢してほしいの
母さんは俺の傷の手当てをしながら言った。
――進学のこともあるし
学校のことなんて、正直もうどうでもよかった。
だけど母さんは、それだけは譲らなかった。
――あなたのお父さんも、そのことでずっと苦労してたの。だから…
日々エスカレートしていく暴力と、母さんの切実な願い。
俺は、どうすればよかったんだろう?
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