短編集(1)(BL)

kotori

文字の大きさ
上 下
18 / 22
Happiness

7.カズ

しおりを挟む
 
「……他にチョイスはなかったのか?」
「まぁいいじゃん。なる、楽しそうだし」

イチが冷蔵庫から缶ビールを出しながら言う。
振り返るとさっきまでぐったりしていたはずのなるが、ベットの上でぴょんぴょん飛び跳ねていた。

「見てくださいっ、回りますぅぅぅ!」
「………」

本日何度目かの溜め息を吐き、煙草に火をつける。

「……俺はこういう俗物的な場所は嫌いだ」
「遊園地だって充分そうだろ」
「……ゾクブツテキって、なんですか?」

ベットの上に転がったまま、なるが言った。

「さぁなー」

そう言うと缶をテーブルに置き、イチもベットに飛びのってなると戯れ始める。
はしゃいでいる二人は、まるで幼い子どものようだった。

「………」

いつの間に、あんなふうに笑えるようになったのか。
一緒に住み始めた頃のイチは、いつも不機嫌そうな顔をしていた。
笑顔なんて見たこともなかった。
今でも仲が良いとは言い難いが、まともに会話をするようになったのはなるが家にやってきてからだ。





二年前。

――……なんだ、ソレは

――………

部屋に女を連れ込むな、とは常々言ってあったけれど。

――……あ、あの、なる、です…

――………

まさか、おまえまで男を連れこむとは。
しかも相手は明らかに未成年。

――……犯罪だぞ

――違うっつの!



――あんた医者だろ、人を助けるのが仕事なんだろ?

――それはあくまで仕事のうえでだ。なんで見ず知らずのガキの面倒なんかみなきゃならないんだ

俺は基本的に、子どもが嫌いだ。
うるさいし、何を考えてるのかわからないし。

――ガキっつっても、十六だぜ?自分のことくらい自分で出来るだろ

――………

歳にしては、小柄で幼い顔立ちをしている。
俺を見上げる大きな瞳には怯えの色が伺えた。

――それにあんた、完全に無関係ってわけじゃないだろ

――………

――……あ、あの…

――とりあえず、二年。十八になるまでってことで

――………

イチがあまりにしつこいので、俺とは一切関わらない、干渉しないという条件で渋々承諾した。





――あ、あのう…

なるが家に来てから一週間、俺は一度も口をきかなかった。
その存在すら目に入れないようにしていた。
なるも俺に煙たがられていることはわかっていたようで、敢えて接触してこようとはしなかった、のだが。
ある朝、おずおずと話しかけられた。

――……なんだ

――あの、よかったら、ごはん…作ったん、ですけど…

――いらない

――あ、そっ、そうですよね…

今にも泣きだしそうな顔をしていた事を、今でもよく覚えている。
それを見て、心底うんざりしたことも。

――………くさい

――……え?

――焦げ臭い

――えっ…あっ!!お魚…!!



キッチンは凄まじいことになっていた。
ちゃんとグリルはあるのに、何を思ったか網をガス台に乗せて魚を焼いていたらしい。

――あ、ああっ!どうしよ、

煙が充満する室内でわたわた慌てるなるを黙らせ、火を止めて換気扇をつけ、窓を開ける。

――すっ、すいません…

網の上で真っ黒に焦げた魚を見て溜め息を吐き、しょぼんとするなるを無視して部屋に戻った。





それから数日後。
仕事から帰ると、またしてもカオスな状況が待ちわびていた。
洗濯に失敗したらしい。
とゆうか全自動洗濯機で一体何に失敗するのかはわからないが、今度は洗面所が水浸しになっていた。

――……いい加減にしろ!

夜勤明けで疲れていたこともあってそう怒鳴りつけると、なるはビクッとした。
そして大粒の涙を零しながら何度も、ごめんなさい、と言った。


    
しおりを挟む

処理中です...