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しおりを挟む赤いセーフライトが灯された暗室のなかは静かだった。
透明な現像液に浸された印画紙に、ぼんやりと浮かびあがってくるのは見慣れた景色ばかりだ。
西の食生活を心配しながら飯を作ったキッチン。
近所の古道具屋の主人に、格安で譲ってもらったソファー。
時には村尾も一緒に鍋を囲んだコタツ。
並んで煙草を吸ったベランダ。
そして、西の部屋。
「何してんの、」
部屋の前に突っ立ってた俺が振り返ると、そこには西が立っていた。
「……なんも残ってないなって、思って」
「ああ、昨日全部送ったから」
荷物が運びだされてがらんどうになったその部屋には、絵の具の匂いが染み付いていた。
「部屋、見つかりそう?」
リビングに戻ると、西は言った。
「てゆうか、ほんとにいいの?引っ越し代とか…」
「いいって、ここの家賃も多めに払ってもらってたし」
インスタントのコーヒーを淹れながら言う。
「それより、手続きとか大丈夫なのか?」
「そういう面倒な事は、全部学校がやってくれるって」
ごろんとソファーに転がって、西は答える。
「パスポートさえあれば、着のみ着のまま身一つでいいからってさ」
「いい待遇だな…。けど、もうその格好で外をうろついたりすんなよ?」
「えー、なんで?」
これが一番落ち着くのに、と西。
「パリの街並みに上下スウェットのサンダル男って、」
「いいじゃん別に」
「シュールすぎんだろ…」
まぁ、少し面白そうではあるけど。
「……なぁ、西」
「んー?」
「俺さ、やれるだけやってみようと思って」
西が顔をあげた。
「どうなるか、自分でもわかんねーけど」
それが俺のだした答えだった。
普通に就活することも、一度実家に戻ることも考えた。
どこにいても、写真を続けることは出来るわけだし。
「けど、今はやりたいことを全力でやろうって」
うまくいかなかったらその時にまた考えればいい、というのはちょっと楽観的すぎるかもしれないけど。
今の自分の気持ちに、言い訳も後悔もしたくない。
「……そっか、」
「うん」
忘れられない過去がある。
思い通りにはいかない現実がある。
そのなかで悩んで、迷って、苦しんで。
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