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しおりを挟む「西ー、飯できたー」
キッチンから声を掛けると、返事は居間の方から聞こえた。
「今日はなに?」
「コロッケ」
「コロッケって家で作れるんだ」
最近、西は部屋に籠もらなくなった。
絵もあまり描いてないみたいだ。
そして俺はというと、意味もなく家事に精をだしていた。
「おいしそう」
「だろ。おふくろ直伝」
河原で話してから、俺たちの関係は少しだけ変わった気がする。
たぶん、お互いの痛みや弱いところを知ったからだと思う。
「あ、ついでにソースだして」
「コロッケには醤油でしょ」
それはまるで、やわらかい膜に包まれているような生活だった。
自分たちを取りまく現実が一切遮断された、自分たちだけの空間。
その居心地は悪くなくて、むしろ良すぎて。
だけど本当はわかってたんだ。
こんなに穏やかな時間が、いつまでも続くはずがないって。
「……留学?」
「うん」
晩飯を食った後、いつものようにベランダで煙草を吸っていた。
「いつ?」
「来月の末」
「えらい急だな…」
「本当は、卒業してからって話だったんだけど」
もしかして、村尾のことも関係あるんだろうか。
白く細い煙が、秋の夜空に消えてゆく。
「……どこに?」
「フランス」
「どれくらい?」
「わかんない」
「………」
西には西の、人生があって。
「……そっか、」
単なる同居人の俺には、引きとめる理由もその権利もなくて。
なるだけ明るい顔で、わかったと応えた。
「……ヒロ、」
「でも大丈夫なのか?おまえフランス語とか話せんの?それに飯とか、」
「あのさ、ヒロ」
「……なに、」
「今日、一緒に寝ない?」
「てか背中、痛くね?」
二人とも普段はベットを使ってるので、敷き布団なんて持ってない。
「ソファー、使っていいよ」
「西はどうすんの」
「俺は床でも平気」
慣れてるから、と西。
以前使っていたアトリエでは、いつも床に寝ていたらしい。
「………」
「………」
「……そんなに心配しなくても、何にもしないよ」
「だよな?!そうだよな?!」
正直かなりホッとした俺を見て、西は苦笑いを浮かべる。
「俺、確かに村尾のことは好きだったけど…実際自分がゲイなのかどうかは、よくわかんないし」
「ふぅん…」
「とりあえずヒロをそういう対象には見てないよ、たぶん」
「いやたぶんって、」
「電気消すね」
「なんだか、不思議でさ」
暗闇のなかで天井を見上げたまま、西は言う。
「俺とヒロって、ここで会うまでまったくの他人で、お互いのこととか全く知らなかったわけじゃん」
全然違う場所で、それぞれの想いを抱えて生きてきて。
「だけどこうやって同じ家に住んで、一緒にご飯を食べて、結構どうでもいい話をして、でもたまに本当の話もして」
そうして少しずつ、お互いのことを知っていって。
「……誰かとすごすことが、こんなに心地いいって知らなかった」
「………」
「ヒロが俺に、教えてくれたんだよ」
「……俺は別に、」
でも、と言って西は俺を見た。
「ヒロだって、本当はわかってるだろ?」
「ずっとここにいたら、駄目だって」
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