迷子猫(BL)

kotori

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第1章

15.ミケside

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寺嶋の体温は高い。

「………んっ」

熱い手のひらが直に触れて、まるで何かを確かめるように身体の線をなぞっていく。
寺嶋は、まるで壊れ物を扱うみたいに俺に触れた。

やめたほうがいい事はわかっていた。
面倒くさい奴だし、客でもないし。
こんな事したって、なんの得にもならない。

……それはわかってるのに

何度も降ってくる口づけは不器用だけど優しかった。

「………」

……俺は何を、戸惑ってるんだろう

そのままゆっくりとベットに寝かされる。
そして俺の服を脱がせると、寺嶋は目を見開いた。

「……萎えた?」

その顔をぼんやりと眺めながら、尋ねた。
俺の身体には、至る所に昨夜の痕跡が残っていた。
河西は、いつもはここまで跡を残したりはしなかった。
俺のバイトの事は知ってるけど別にそれを配慮してくれてるわけじゃなくて、単なる趣向の問題だ。
彼は身体より、精神的な部分を責めるやり方を好む。

「……おまえ、もうちょっと自分を大切にしろよ…頼むから…」
「………」

……なんでおまえが、そんな顔するんだよ

抱きしめられながら、思った。





「……何やってんの、あんたは」

ユカリさんが呆れた顔で言うのを、テーブルにつっ伏したまま聞いていた。

「誘拐されるわよ?」
「……補導じゃなくて?」
「最近、物騒なんだから」
「……ごめんなさい」

素直に謝ると、ユカリさんは溜め息を吐いてメンソールの煙草に火をつけた。
軒先で雨宿りしつつ店が開くのを待ってたら、知らない男に絡まれてユカリさんに助けられた。

「……何かあったの?」
「………」

ユカリさんが作ってくれたホットミルクは、甘くて優しい味がする。

「……変な奴がいてさ、」
「変って……まさか、ストーカーじゃないでしょうね」

半分、当たり。

「……隣りのクラスの奴が、毎日家にくんの」
「……なんだ、それなら追い出せばいいじゃない」
「……そうなんだけど、」

なんで俺はそうしないんだろう。

「……ミケ?」

その時バタンと店のドアが開き、パンツスーツ姿の女が入ってきた。

「ちょっと聞いてよ、ユカ姉!!」
「可奈…あのさ、まだ開店前…」
「隆弘、やっぱあの女と切れてなかった…」

彼女はスツールに座った途端、号泣を始める。

「ちょっと、落ち着きなさいって」
「ビールっ!ビールちょうだい!!」

ユカリさんはまた溜め息を吐き、俺を見てゴメンと口パクで言った。
苦笑いで首を振り、立ち上がる。

「ちょっ、ちょっとミケ!あんた帰れないんじゃ…」

慌てて引き止めたユカリさんの言葉に、泣いていた女は反応した。

「なに?あんた帰れないの?じゃあちょっとお姉さんに付き合って」
「は?」
「待って可奈、その子まだ高校生…」
「いいじゃん、コーラでも飲んどけば。ねえお願い!!」

彼女は俺の腕を掴んだまま、放す気はなさそうだった。



「じゃあその隆弘って人、もともと別の人とつきあってたんだ」
「そうだけどっ、でも別れるって約束したんだよ?!」

可奈さんは広告代理店で働いているらしい。
現在二十八歳独身。
同じ部署で同期の男とつきあって三年、最近結婚の話は出てたものの、実は元カノ(二十三歳秘書課)と切れてなかった事が発覚したらしい。

「ねえっ、あんまりじゃない?確かにその子は若くて可愛いよ?でもさぁ、もう関係ないって言ったんだよ?」

ハイピッチでビールを飲んだ可奈さんは、その後焼酎をロックでがぶ飲みしだした。
俺はなんだかおもしろくなってきて、黙って話を聞いていた。
可奈さんと隆弘と元カノの話は昼ドラにでもでてきそうな、よくありがちな展開だったけど、俺が興味を持ったのはそこじゃなかった。

「ねえ、可奈さん。どうしてその隆弘って人の事を、信じられたの?」
「はぁ?」
「だからさ、その元カノと別れるとか結婚とか、どうして信じられたの?」
「どうしてって、好きだからに決まってるじゃん」

可奈さんは相当酒に強そうだったけど、目が据わってきていた。
ユカリさんが他のお客さんの相手をしながらも、心配そうにこっちを見ている。

「……スキだから、信じるの?」
「あたりまえじゃない。信じられない男を、どうやったら好きになるのよ」
「……怖くないの、」
「何が」
「嘘つかれたり、裏切られたりすること」

それまでひっきりなしに煙草を吸っていた彼女が、まじまじと俺を見た。

「……そりゃ怖くなる時もあるよ。でも、それが恋愛じゃん」
「……レンアイ…」
「そりゃあ、傷ついた事だっていっぱいあるよ?二股だって初めてじゃないし、お金騙し取られた事もあるし、年齢とか嘘つかれたことも、犯罪の片棒を担がされそうになったこともあるけど」

……どんだけ男運ないんだよ、この女…

言葉をなくしていると、でもねと彼女は言った。

「やっぱり信じるよ。確かに色々ヒドい目にはあったけど、後悔はしてない」

そう言い切った可奈さんの表情は、凛としていた。

「……騙されてたのに?」

俺には、まったく理解出来ない。

「そうだよ、好きだからね。ムカつく事に!」

最後の言葉を強調して、可奈さんはグラスの酒を飲み干す。

「……なに?あんたもしかして、恋してんの?」

一気に酔いがまわったのか、呂律が怪しい。
そんなんじゃないけどと答えて、頬杖をついた。

「……なんか変な奴がいて、俺のことが好きなんだって、そいつ」
「いいじゃん。で?あんたはその子のこと、どう思ってんの?」
「……どうって、別に、」

ふうん、と可奈さん。

「………」

身体じゅうに、キスされた。
好きだって何度も言われて、抱きしめられた。

「……けどなんか俺、そういうの無理ってゆうか」
「………」
「一緒にいたいとかなんでそんな事、マジな顔して言えんのって、」

寺嶋の言葉はいつも真っ直ぐで、迷いがなくて、それが俺を息苦しくさせる。
逃げ場がなくなる、感じ。

「……あいつといると、自分がよくわかんなくなる」
「………。あんた今まで、本気で誰かを好きになったこと、ある?」
「………」
「最近の子って、そういうの早いって聞くのにね。あんたモテそうだし」
「……どうだろ」

知ってる奴とも知らない奴とも、数え切れないくらいヤッたけど。

「……でもそういうのって、めんどくさい。結局やることは一緒なのにさ」


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