迷子猫(BL)

第1章

10.

　
「なー、海斗ー」

化学の授業中。
一心不乱にビーカーの中身をかき混ぜていた俺の隣りに、裕太が座った。

「……おまえ班違うだろ」
「まあ、気にすんな」

化学の教師である山下は、生徒が真面目にやってようとそうでなかろうとどうでもいいらしい。
いつも指示と説明だけして、あとは放置だ。
まぁ、レポート出せば点数くれるから楽だけど。

「……なあ」
「なんだよ」
「……最近おまえ変じゃねえ？」
「は？」
「いっつもボーっとしてるしさ。付き合いわりいし。なんかあった？」

童顔の裕太は、くりっとした眼でじっと俺を見上げている。

「……別に、」



あの日から、一週間が経とうとしていた。
ミケとは話をするどころか、顔を合わせてすらなかった。
もう以前のように、目で追ったりもしない。

「……海斗？」
「寺嶋、それもうよくね？」
「……あぁ、わり」

同じ班の奴に、ビーカーを渡す。

「なんの実験してんの？」
「知らねー」
「まあいっか、あとで良ちゃんに訊けば」

たまに思うけど、俺もこいつも良平に頼りすぎてる。

「……でさー。おまえ今度の土曜ヒマ？」
「パス」
「せめて内容聞いてからにしろよ！」
「……なんだよ」
「ほらー、前言ってたミサキちゃんと…」
「パス」
「……なんでだよ！」



授業が終わっても、裕太はしつこく付きまとってくる。

「……マジ今それどころじゃねーんだって…」
「だから、なーんーでー？別に仲悪いわけじゃねーんだろ？いいじゃん、久しぶりにさぁ」
「ヤダ」

冗談じゃない。

「何、またウザがられてんの？裕太」
「良ちゃあん、聞いてよー海斗が冷たいぃぃ」
「まあ、海斗の気持ちはわかるなー」
「ひっでえ」

ふと、廊下の向こうから歩いてくるミケの姿が見えた。

「てゆうかさー、そんなに会いたくないって、なんか理由でもあるわけー？」
「あ、もしかしてつきあってたとか？」
「……は？ばぁか、ちげぇよ」
「なに急に焦ってんだよ」

良平がニヤリと笑う。

「怪しいな」
「マジかよ…」

ショックを受けている裕太。

「だからそんなんじゃ、」
「なになになに、海斗の元カノー？」

タイミング悪く、同じクラスの奴らが話に加わってくる。
俺の心境としてはそれどころじゃなかったけど、話は勝手に盛りあがっていた。

「おまえ何気にモテるよなー」
「背ぇ高いしな」
「てゆうかその元カノ、かわいーの？」

ミケは表情ひとつ変えることなく、すれ違う。

「すげーカワイイ！」
「おまえに聞いてねーよ。なー海斗…海斗？」

思わず立ち止まり、振り返っていた。

「………」
「？どうしたんだよ」
「あ、ミケじゃん」

クラスの奴の一人が、そういやさぁと言った。

「あいつ教師ともヤりまくってるって」
「げっ、まじかよ」
「ウワサだけどさー」

うえええ、と裕太が呻く。

「何それマジで？」
「すげーよなぁ。俺も一回ヤらしてほしーわ」
「げっ、まじキモ！！」

笑い声の中で、俺はぎゅっと拳を握りしめた。