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雨は また 巡り
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雨が降ると思い出す。
まだ学生の頃、僕は小さな書店でアルバイトをしていた。
何でも無い、いつも通りの日。ただ、雨が静かに降っていた。
天気が悪いと、お客さんもまばらで退屈な時間も多い。棚に並んだ本の整頓をしてはみるが、大した時間つぶしにはならない。
いっそ店長に言って帰らせてもらおうか……。そんなことを考えながら狭い店内をウロウロしていたが、ふと視線を感じて外に目をやる。
そこには五・六歳くらいの少女が一人たたずんでいた。雨だと言うのに傘もささずに……。彼女はこちらに笑いかけると、パシャパシャと楽しそうに跳び跳ねて遊び始めた。
付近に保護者が居る様子は無い。迷子だろうか。心配になったので、とりあえず声をかけようと足を踏み出した。
パサリ
急に背後で整頓中の本が崩れ落ち、驚いて振り向く。そしてまた視線を外に戻すと、そこに居たはずの少女は居なくなっていた。
目を反らした時に、保護者が来て帰ったのかもしれない。
良く良く思い出してみると、雨の中に居たはずの彼女は、少しも濡れていなかったような気がする。
「まさか……な」
*
次の日もまた雨だった。
昨日と同じように彼女は現れた。やはり、どこも濡れていないようだ。僕と目が会うと、ただニッコリ微笑む。そしてまた少し目を離した間に、居なくなってしまった。
最初は幽霊じゃないかとも疑った。だが全く恐ろしさは感じない。あの柔らかな笑顔は、とても幽霊とは思えなかった。優しく暖かな印象で、どちらかと言うと『天使』の様な……。いずれにしても、不思議な感じの少女だった。
*
次の日は晴れだった。
太陽が眩しくて、濡れた地面も直ぐに乾きそうだ。
店の中には、お客が数人。週間少年誌を立ち読みする高校生。難しそうな本を手にしているスーツ姿の男性。幼い子とその母親は絵本をあれこれと選び中。
そこでまた、ふと外を見ると彼女が居た。足元には小さな小さな水溜り。だが可笑しなことに気が付いた。
少女の体が透けて、背後の景色が見えているではないか。
僕はただ茫然と見詰めていた。すると少女はまた僕に微笑みかけると、ヒラヒラと手を振った。
そして、まるで水が蒸発するかのように忽然と姿を消した。
地面もいつの間にやら、すっかり乾いていた。
「……これ下さい」
不意に声がして我に帰る。幼い女の子が背伸びをしながら、1冊の絵本をカウンターの上に乗せた。
『雨の妖精のおはなし』
その絵本は僕自身も昔見た記憶が有る。
雨の日に現れた雨の妖精と、子供たちが出会い仲良くなる。だが晴れた日に、妖精は別れを惜しみつつ消えて行くのだ。
一言こう言い残して……。
「また会おうね」
あるいは彼女も、雨の妖精だったのかもしれない。蒸発して天に昇った雨は、また巡り巡って新たな大地に降り注ぐ。
彼女もまた、どこかの地に降り立つのだろう。そんな気がしてならなかった。
雨上がりの空に、そっと手を振る。
おしまい
まだ学生の頃、僕は小さな書店でアルバイトをしていた。
何でも無い、いつも通りの日。ただ、雨が静かに降っていた。
天気が悪いと、お客さんもまばらで退屈な時間も多い。棚に並んだ本の整頓をしてはみるが、大した時間つぶしにはならない。
いっそ店長に言って帰らせてもらおうか……。そんなことを考えながら狭い店内をウロウロしていたが、ふと視線を感じて外に目をやる。
そこには五・六歳くらいの少女が一人たたずんでいた。雨だと言うのに傘もささずに……。彼女はこちらに笑いかけると、パシャパシャと楽しそうに跳び跳ねて遊び始めた。
付近に保護者が居る様子は無い。迷子だろうか。心配になったので、とりあえず声をかけようと足を踏み出した。
パサリ
急に背後で整頓中の本が崩れ落ち、驚いて振り向く。そしてまた視線を外に戻すと、そこに居たはずの少女は居なくなっていた。
目を反らした時に、保護者が来て帰ったのかもしれない。
良く良く思い出してみると、雨の中に居たはずの彼女は、少しも濡れていなかったような気がする。
「まさか……な」
*
次の日もまた雨だった。
昨日と同じように彼女は現れた。やはり、どこも濡れていないようだ。僕と目が会うと、ただニッコリ微笑む。そしてまた少し目を離した間に、居なくなってしまった。
最初は幽霊じゃないかとも疑った。だが全く恐ろしさは感じない。あの柔らかな笑顔は、とても幽霊とは思えなかった。優しく暖かな印象で、どちらかと言うと『天使』の様な……。いずれにしても、不思議な感じの少女だった。
*
次の日は晴れだった。
太陽が眩しくて、濡れた地面も直ぐに乾きそうだ。
店の中には、お客が数人。週間少年誌を立ち読みする高校生。難しそうな本を手にしているスーツ姿の男性。幼い子とその母親は絵本をあれこれと選び中。
そこでまた、ふと外を見ると彼女が居た。足元には小さな小さな水溜り。だが可笑しなことに気が付いた。
少女の体が透けて、背後の景色が見えているではないか。
僕はただ茫然と見詰めていた。すると少女はまた僕に微笑みかけると、ヒラヒラと手を振った。
そして、まるで水が蒸発するかのように忽然と姿を消した。
地面もいつの間にやら、すっかり乾いていた。
「……これ下さい」
不意に声がして我に帰る。幼い女の子が背伸びをしながら、1冊の絵本をカウンターの上に乗せた。
『雨の妖精のおはなし』
その絵本は僕自身も昔見た記憶が有る。
雨の日に現れた雨の妖精と、子供たちが出会い仲良くなる。だが晴れた日に、妖精は別れを惜しみつつ消えて行くのだ。
一言こう言い残して……。
「また会おうね」
あるいは彼女も、雨の妖精だったのかもしれない。蒸発して天に昇った雨は、また巡り巡って新たな大地に降り注ぐ。
彼女もまた、どこかの地に降り立つのだろう。そんな気がしてならなかった。
雨上がりの空に、そっと手を振る。
おしまい
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