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第1章 森の魔物と幻の怪鳥(4話)

【3】

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 ムクムクムクムク。

 魔物ケケケムシは見る見る膨らみ、瞬く間に巨大化した。毛に覆われた大蛇の様な身体。頭部に並んだ三つの丸い目玉は、茜が手裏剣の練習に使っていた的にそっくり。

 胴体は大木のように太く、人間をも丸飲み出来てしまいそうな印象だ。三つ目がギョロリと二人の人間を見下ろす。

「ケーッケッケ! 油断したな! これがオレの真の姿だケケ!」

 こんな禍々しい魔物の姿を目にしたら、気絶したり逃げ出したりするものだろう。けれど銀河は全く動じていない。

「けっ!」
(それがどうした? でかくなったところで関係ねぇ。『け』しか言えなくなる毒だって痛くも痒くもねぇし)

「ナニー! オレには何言ってるか分かるケケ。って言うか文字数おかしいだろー!」

 人間を驚かせては楽しんでいた魔物ケケケムシだが、この猫耳少年相手ではどうも調子が狂うようだ。

「ケケー! 悠長に言っていられるのも今の内ケケ。この姿のオレの毒は、さっきまでとは違って強力だケケ。触れたら最後……」

「ぎぃやあぁぁぁぁ!」

 魔物の言葉を遮ったのは、今まで石のように固まっていた忍者少女の茜だった。茜が突然間近で奇声を発したため、銀河はたまらず顔を歪める。毛虫嫌いの少女は最早パニック状態だ。

「うるさいケケ! くらえっ毒毛針!」

 巨大毛虫の全身の毛が、気味悪く波立つ。直後、無数の毛針が発射された。狙われたのは、ジタバタとわめく少女。長く固い針だ、刺さったらただでは済まない事は想像出来る。

 少女が犠牲になるかと思われたその時。何かが煌めいた。金属同士がぶつかり合う様な、甲高い音が連続で響く。

 真っ直ぐ飛んで来た無数の毛針が、パラパラと地面に落ちた。まるで旋風が通り過ぎたかの様に。

 円を描くように散らばった毛針。その真ん中には愛刀『猫徹』を抜き放ったサムライ銀河の姿。

「ナニー?! 毛針が一本も当たってないケケ?!」

「動け物を叩け落とすのは得意だぜけ。……け? 普通に喋れた!」

 まだ若干「け」は残っているが……。

 銀河の背後に庇われて無事だった茜。ところが未だパニックは治まらず。助けてくれた英雄の勇姿は目に入っていない。落ち着くどころか更に暴れだした。

「げ~む~じ~! こっちぐるな~!」

「げ……おい、やめろっけ! 俺に当たるだろうが!」

 手当たり次第に手裏剣を投げ始めた茜。手裏剣の一つが、銀河の三角耳をかすめる。

「ケケケ! もっとやれ! オレの毒毛針も一緒にばら蒔いてやるケケ」

 四方八方から飛んで来る手裏剣と毒毛針をかわす銀河。これでは、かわすばかりで攻撃も出来ない。

「わっ……とと。あっぶね」

 有り得ない体勢になりながらも、決して倒れない絶妙なバランス。

「体幹良すぎだケケ!」

「おい見習い忍者! 的だ、的をちゃんと狙え! いや俺じゃなくて、ま・と! だーっ、くそっ聞こえてねぇ」

 魔物のつっこみは無視して、パニック状態の少女を何とかなだめようとしたその時。

「ゲゲー!」

 ケケケムシが悲鳴を上げた。何と魔物の三つの目玉それぞれに、手裏剣が見事的中しているではないか。

「おおーっ! 命中してるー?! 何だ、出来るじゃねぇか」

 銀河は、その隙を見逃さない。のたうち回る魔物を軽い身のこなしで避け、『猫徹』の切っ先を向けた。

「行くぜ」

 高く跳躍したかと思えば、今度は身を横に回転させながら刀を一閃させる。大蛇の様な魔物の身体に添って、刀を振りながら華麗に駆け抜けた。

 まさに一瞬の出来事。ケケケムシの身体を覆っていた毛針が、ことごとく削ぎ落とされていた。何事も無かったかのように、銀河は刀を鞘に収める。そして得意気な笑顔で一言。

「毛づくろい終わったぜ」

「ケケー!? 目が!目がぁ……ケ? 毛がぁぁぁ!」

 全身の毛を失ったケケケムシが、今度は見る見るしぼんで行く。元の通り、普通の毛虫と同じサイズに戻った。

「ほえ? おおお! さすが英雄様っス。お化け毛虫やっつけてくれたッス!」

 ふと我に返った茜が、キラキラ顔で銀河に抱きつこうとする。だがヒョイと避けられワタワタ。

「お前もやれば出来るじゃねぇか。アイツの目玉に手裏剣命中! まぁ、それが無くても何とかなったけどな」

「え? 目玉? 何言ってるッスか? それ茜じゃないッスよ。あれ? 茜の星手裏剣、何で全部落ちてるッスか?」

「いやだから、それお前が……って記憶ねぇのかよ!? ……あ、落ちてる針には毒が有るっつうから触んじゃねぇぞ」

 練習では的を外してばかりだったのが、魔物の目には命中した。普通なら喜ぶ所だろうに……。銀河は呆れつつ、足元に落ちている手裏剣を拾ってやる。

 茜が不意に、目の前の猫耳頭に手を伸ばした。身を屈めた銀河の頭に、何かが付いている。

「頭に鳥の羽根が付いてるッスよ」

 そこで「ビクッ」と反応したのは、地面をウニウニと這っていた生き物。魔物ケケケムシ……今は毛も無い弱りきったただの虫。

 逃げようとしていた虫に気付き、銀河は捕獲任務を思い出す。ケケケムシはおそらく『鳥』と言う言葉に反応したのだろう。なるほど鳥は虫の天敵である。そこで銀河は閃き、ニヤリと笑う。

「逃げられないぜケムケムケムシン。ここにいる忍者、何と幻の怪鳥コケコッコムシを召還出来るんだぜ」

 いろいろ間違っているが、全てにつっこみが出来る者はこの場に居ない。

「こ、こけっ? 急に何言い出すッスか! 召還? 茜そんな高等忍術使えないッスよ!」

「まぁ良いから。ちょっと煙玉投げてくれよ。持ってるだろ?」

 目をぱちくりと、今一状況が飲み込めていない茜。帽子の中に隠し持っている煙玉を取り出すと、とりあえず地面に叩きつけた。

 ボワン!

 辺りにもうもうと煙が広がる。次の瞬間、ケケケムシが目にしたのは大きな鳥の影。

「コーコケピヨ」

 煙の中からニュっと現れた鳥の顔。ケケケムシは恐怖の叫び声を上げると、気絶したのかビーンと硬直したまま動かなくなった。

「なんてな。コレ、殿が作ったカラクリおもちゃなんだけどな。まさかこんなに効果があるとは……」

 だが猫耳少年も、忍者少女も気付いていなかった。実は二人の背後で、本物の怪鳥コケコリスが大きな翼を広げていた事を。

 頭は鶏に似ているが、体はかなり大きい。そしてリスの様にくるりと巻かれた立派な尾。不思議なその姿は神々しくもある。

 ケケケムシが気絶したのは本物の怪鳥を目にしたからであった。だが直ぐに姿を消したため、銀河達二人がその存在に気付く事はなかった。

「さてと。後はこの魔物を連れて帰れば、依頼完了っと。ん? じゃあ、このカラクリおもちゃは要らねぇんじゃ? ……ま、両方届けてやっか」

 銀河は小さな虫の姿の魔物を、動けないように紐で固定した。そして帰ろうと歩き出したその時。

「ん? 何だ? クラクラす……」

 自分の異変に気付いたものの、その言葉は途切れた。ゆっくりと、その場に倒れ込む。胸の鈴飾りがコロリと鳴った。

「どどど、どうしたッスか? 気を失ってる!? あ! オケツ! オケツに針が刺さってるッス! コレは、どどど毒の針?」

 全て避けたと思われた毒毛針が、一本だけ銀河の尻に刺さってしまっていた。倒れた英雄に駆け寄ったものの、少女にはなす術無し。揺すっても叩いても気を失ったまま。

 茜はうつ伏せに倒れた銀河の足を掴み、懸命に引きずる。目に涙を浮かべて叫ぶ。

「うう、茜どうしたらいいッスかぁぁ!」

 ガサガサ。

 物音に気付き、振り向いた茜の目に映ったモノは……。


つづく
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