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6.りんごの恋が始まる時

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 天気がよく春らしいぽかぽか陽気の今日は、高校の入学式。

 この1年ですっかりオメガを受け入れ、過保護加速中の母さんの意見が採用されて今日は学校まで両親と共に来た。もう高校生なのに父さんだってわざわざ会社休んでるし。
 だから一樹とは門前で待ち合わせ、同じクラスで良かったよなって笑い合いながら1年2組の教室へと向かっている。

「俺、アルファとかオメガとか初めて見るし、なんか緊張するわ」
「何で一樹が緊張するんだよ」

 そもそもオメガなら3年前から隣りにいるぞ。なんて思っていると、俺が羨む見た目をしたオメガが目の前に現れた。

「わぉ! めっちゃ可愛い子いた」
「……悪い、見逃した」
「あちゃー、残念だったな。男だったし多分オメガ。オメガって本当に可愛い見た目してるんだなぁ」
「へぇ」

 まぁ…これが一般的なベータの意見だわな。

「拗ねんなって。日向も可愛い可愛い」
「は? 別に拗ねてねー」

 可愛くなくてすいませんねって思ったのが顔に出てたのか? もうさ、ドキッとさせんなよ。一瞬オメガだってバレてるのかと思ったじゃん。

 教室に入り、自席に鞄を置いて一樹と喋っていると、教室中が一瞬で静かになった。開いたドアに目を向け、今入ってきた人物は誰かと確認してみると…。


 運命だ。


 俺の運命の番。


 正直、一樹と話しながらも、だんだん強くなる匂いに少しソワソワしていた。


 どうしよう。なにかに囚われたように目が離せない。



 運命とか、想像すら困難だと思っていた。
 会った瞬間に運命が分かるなんて迷信だって思ってた。

 思ってたのに……会った瞬間、分かってしまった。あいつが、運命だ。

 多分あっちも気付いてる。

「日向?」
「っ! なんだ?」

 っ、焦った。今体が勝手に動きそうだった。一樹に声をかけられていなかったら、きっと今頃あいつの胸に飛び込んでたな。

「なんだ? って、見すぎだろ。まぁアルファなんて俺達初めて見たし仕方ないけどさ、あんまジロジロ見るのは失礼だろ」
「そ、そうだよな。気を付ける。俺、そろそろ席戻るわ」
「おう」

 やっぱり俺なんかが運命なのは嫌なのか? 何もしてこないじゃん。声をかけられることもなく、こっちに来ることもなく、割り振られた自分の席に、何事もなく向かっていった運命の相手。

 アルファの強い独占欲を抑えられるほど、嫌がられる俺ってなんなんだろう。

 一瞬で運命が分かるのは本当だったのに、会った瞬間抱きしめられるのは…ドラマや映画の世界だけらしい。




 入学式もつつがなく終わり、今後のスケジュールについて説明を受けるため、教室に戻ってきた。

「朝さ、光琉の事見つめてたよな?」
「えっ?」

 式の間もずっと落ち着かなかったし、とりあえず早く家に帰りたいって思いながら席につくと、後ろのやつに声をかけられた。……運命の番と一緒に教室に入ってきた、なんか…チャラいやつ。

「あー、何か急に静かになったから先生が来たのかと思ってさ。どう見ても違うよなって…そのちょっと見てしまっただけだ」

 自分ながら呆れるほど言い訳がましいな。

「ふっ、お前馬鹿だろ。制服着てるのに教師と間違うとか」

 え? 言い訳成功…? どう見たってアルファなのに信じたのか? とりあえずこのまま話を進めるか。
 
「いや、ちゃんと違うって気付いたから。それにお前じゃなくて岩清水日向」
「日向ね、俺、宇都宮うつのみやだん

 ……運命の番はもちろん、あっちの友達とも距離を起きたかったのに、自ら名乗ってしまった。同じクラスの時点で避けられないこととはいえ、まさか新しい友達第一号が予定外の人物になるとは。

「よろしくな、宇都宮」
「お~」

 苗字呼びにしたのはただの気まぐれ。呼び捨てられるのを嫌うアルファもいるらしいけど、何も言われなかったし気にしないタイプなんだろう。

 早々にホームルームが終わり、帰る準備を済まし一樹の席へ行こうとしたら、宇都宮に腕をとられてしまった。

「っ! 急にビックリするだろ」
「悪い悪い。俺の友達に紹介するからこっちきて」

 と言われ連れて来られた場所は、案の定、運命の番の席で。

「こいつさ、光琉のこと教師と間違えてたぞ」
「だから間違えてないって言ってるだろ! それにこいつじゃない」

 …光琉って名前なのか。

「はいはい、日向くん」
「宇都宮に下の名前で呼ばれるのなんか嫌だ」
「おいっ、失礼なやつだなぁ」

 本当は運命にすら見向きもされなかったくせに、番の前で他のアルファに馴れ馴れしくされたくない、なんて思ってしまう自分が嫌だ。

「俺も嫌だ」
「「えっ?」」

 今、嫌って言ったのって何に対して?

「俺も暖が日向って呼ぶの嫌だわ」
「何で光琉が嫌がるんだよ」

 ほんと、何で嫌がるんだよ。朝は俺のこと無視したくせに。

「なんでも。ねぇ日向? もう呼んでるけど、俺は日向って呼んでいいよね?」
「お、おう。もちろん」

 な、なんなんだよっ!

「俺は香坂こうさか光琉ひかる。光琉って呼んでほしい」
「っ/// 分かった」

 何だこの笑顔。俺の後ろにいた女子から悲鳴が聞こえるってどんだけだよ。俺……光琉って呼んで良いんだ…。べ、別に嬉しくないしっ。

「……なるほど。私は稜里りょうざと伊織いおり。名前で分かると思いますが親がこの学園の理事です」
「まじかっ! すげぇ! 稜里って呼ぶのはなんか変な感じがするから…なんて呼べばいい?」

 やばっ、今のはちょっとテンション高すぎたな。ふぅ。落ち着け、俺。

「光琉、どうしますか?」

 ん? なんで光琉に聞くんだ?

「稜ちゃんでいいだろ。中学の時はそう呼ばれてたんだから」
「だそうですよ」
「?? おっけ、稜ちゃんね」

 稜ちゃんは小さい頃から敬語で話すよう育てられ、それが当たり前になってしまったそう。

「一応聞きますが…光琉、私は日向と呼んでいいのですか?」

 俺は別にいいけど。

「だめに決まってるだろ」
「でしょうね。岩清水、よろしくお願いします」

 稜ちゃんになら下の名前で呼ばれてもいいって思ったのは、一定の距離を守ってくれているからかもしれないな。

「こちらこそよろしく、です」

 俺もつられて敬語になっちゃった。敬語なのに呼び捨てで、稜ちゃんってチグハグでちょっと面白い。

「はいはいっ! 俺は日比野一樹。日向には一樹って呼ばれてる」

 っ! いたのか一樹! でもなんか落ち着くわぁ。と一樹のそばに寄ったら、光琉に離されたんだが。

「…仲良いの?」

 って俺の顔を覗き込みながら尋ねてくるし。

「一樹と? 親友だけど…」
「そう」
「ねぇ日向、日比野は仕方ないけど、暖と伊織とは仲良くなりすぎないようにね?」
「………」

 独占欲…? なわけないか。運命だからなんとなーく嫌な気持ちになっただけとかだな。きっと。

「ね?」
「えっと…」
「約束して?」
「お、俺の基準で気を付ける」

 勘違いしてしまうからそういうのはやめてくれ。それに心配しなくたって、オメガバレを避けるためにアルファとは近付きすぎないようにするつもりだったから。

「うん。約束ね」

 そう言って頭を撫でられた。なっ、なんで撫でるんだ!

 同じアルファだと思われる宇都宮と稜ちゃんからは一切匂いを感じないから、薬はちゃんと効いている。にも関わらず光琉が近くに来てより強くなった、ほんのりとシナモンが混じったバニラの香り。

 これが光琉、番のアルファの匂いなのか。




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