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第33話 魔法使いの死後のいくつか

第33-1話 世界の現状とファッションショー

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○魔法使いの死後の現状
 神からの辺境の魔法使いを滅せよとの宣託は無事成就し、本来ならば皆から賞賛されるべき英雄は、いずこへか消えた。
 そして、魔族が各地を襲撃した騒ぎも一段落した。
 この世界は静かになった、あくまで表面上の話だが。襲われた人々は嘆き悲しみ、怒りを魔族へと向ける。それは当たり前のことだ。魔族への憎しみは、すでに街で生活してた魔族に対しても向けられるようになった。町に暮らしていた魔族にとっては、災難としか言えないが、それでもまだ暮らし続けられていて、迫害までは至っていない。さらには、人間にとって異種族であるエルフやドワーフや獣人も同様で、魔族と同じような状況に追い込まれている。

 今回、なぜ魔族達がこのように各地で襲撃をしたのか、人族にその顛末を知る者はほとんどいない。しかしこれを利用しようとする者達もでてくる。
 それは、3国の国王達を中心とした各国の代表者達である。人間の権力者は、魔族への敵意をさらに増大させるために、その事実を過大に喧伝した。
 特に今回の魔族の襲撃は、魔族領に隣接していない国でも発生したため、魔族領に隣接していない国の住民にも恐怖を与え、それらの国にも魔族討伐への気運が高まっていった。
 各国の王たちは、辺境の魔法使いが英雄に滅された事で、自国が他国に侵略される不安要素が消え、魔族に対して集中できるようになったからだ。
 もちろん、侵略の可能性はあるにしても、彼が生きていたら、どこかの国が手に入れた段階で、他国をたやすく占領する事ができる強力なカードとなり得るため、非常に危険な存在だったからだ。
 それを受けて各国は、ようやく次の目的のために動き始める。魔族を根絶やしにして、他種族を奴隷にして、人間優位の世界を作ろうと考え始めたのだ。
 勇者を擁する3国に対し、勇者を魔族に向かわようと提案し、魔族の本拠地を探し始めた。密偵達が魔王城のありかを探し始めるが、簡単に辿り着けるところにあるわけもなく、多方面に探索の範囲を広げていった。
 探索を進めると、人間の住む土地の境界線の先に、他の種族が生活していて、人間は、他の種族に囲まれて生活している事を改めて認識した。種族の存在は知っていても居住地を知らなかったのだ。
 エルフやドワーフなどの種族は、人間に対して危害を加えるわけではなくお互いの境界を守って生活している。魔族は、人間の境界を越えて攻撃してくる。明確な違いがそこにはある。
 人間は狡猾だから、改めて他種族と交流を持ち、魔族の情報を探ろうとする。しかし、人間よりも長命な種族は、これまで人族が行ってきた裏切りや侵略を覚えていて、頑なに交流を拒んでいる。もっとも魔族の情報を持っているかといえば、他種族と交流をしない種族ばかりなのだから、当然魔族とも交流はない。魔族の情報を持っているわけがないのだった。
 さらに各国は、魔法使いの里に依頼をして、探知魔法に優れた者を借り受けて魔族との境界から探す。それも魔族から気付かれないように極秘に探した。しかし、魔族の生活している魔族領との境界線を明確に出来ただけで、そこに到達するためにどれだけの戦力を投入する必要があるのかわからず、その段階で多国籍軍の編成は断念された。とりあえずは、徐々に魔族の領土を削っていく方向に動きは変わっていこうとしていた。
 それでも魔族の集中している地域は判明して、頻繁に魔族が出没していたロスティアの西方にあるのだろうとわかった。魔族領に侵入すれば、魔族側の執拗な攻撃のため防戦一方になるだろうし、空からも攻撃されるため、厳しい戦いになる。匂いもすぐ勘づかれるため、侵入を察知されるため、深く潜入も出来ない。
 魔族領に接する国は、攻撃をするにも、戦費が必要になるため、他国に協力要請する。しかし、他国は、その費用が、自国を攻撃するために使われる可能性もある事から費用の供出も渋った。そこで魔族領への侵攻を断念した。
 魔族もあれ以降、人の領域に侵攻してこなくなった。前回の奇襲攻撃が人間の警戒心を呼び起こし、森などには随時見張りが立てられ、さらに奇襲を行うだけの戦力を森に配置できなくなっていた。
 さらに魔族は、その襲撃で失った兵力は意外に多く、人族が魔族領に侵攻してきても全滅させることもできず、敗走させるのが精一杯になっている。
 さらに魔族側は、魔族領の中心となる地帯が判明したため、本拠地の位置を知られないよう防衛に徹していて、魔法使いが上空から偵察に来てもそれらを確実に排除している。
 そして、膠着の要因になっているもう一つの理由は、本拠地がわかるまで、3勇者達を戦線に出さずに温存しているからでもある。

○英雄探し
- 話は、魔法使いの死後に戻る -
 ロスティア城の謁見の間で、イオンが自分の妹である国王の前に跪いて、英雄により辺境の魔法使いが滅された時の事を報告していた。
「国王よ、以上が辺境の魔法使いの殲滅に係る一部始終でございます」
「そうですか。そしてその英雄は、いつの間にか消えたというのですね」
「はい。役目を終えたようにすっきりとした顔をしておりました」
「その子を知っているのですか?」
「いいえ、存じません」
「でも、イオン姉様よりも強いのですね」
「はい、3勇者が倒された後、辺境の魔法使いと戦って、降参させた後に胸に剣を刺しましたから」
「でも、それは勇者達が魔法使いを疲弊させたからなのでしょう?」
「残念ですが、我々勇者とその魔法使いと戦った時と英雄と魔法使いが戦った時とでは、速度も魔法の強さも、明らかに違いました」
「そうですか。その「英雄」とはいったい何なのですか」
「辺境の賢者様は、「英雄というのは、なろうと思ってなれるものではなく、なろうと思わなくてもならざるを得ないもの」だとおっしゃっておられました。そして、なってしまい、結果を出してしまえば、そこで終わりで、後には何も残らないものなのだと言っておりました」
「お役御免となったら能力もなくなるものなのですか?」
「わかりません。ですが存在があいまいになるといっておりました」
「そうなのかしら。でも生きてはいるのですよね」
「たぶん。私達が兵士達と平原を去った時には、まだいましたから」
「その事を知っているのは、勇者だけなのかしら」
「間近にいたのは3勇者のパーティーだけでした。しかも顔を隠しておりました。兵士で見た者はおそらく十数人程度でしょう」
「では早い者勝ちね。見つけたら早々に確保しましょうかしら」
「王よ。何を言っているのです」
「英雄ならば、この先も英雄として活躍してもらうということです。勇者にはできなくても英雄なら人を殺せるのでしょう?」
「それは確かにそうです。私達の目の前で魔法使いは殺されました」
「お姉様、あなたは勇者なのだから私たちを守っていて欲しいの。でも、他国まで手に入れるには英雄も必要だと思ってね」
「何をおっしゃいます」
「お姉様冗談よ。本気にしないでね。でも、私たちが悪者に仕立て上げられて、英雄を差し向けられたら困ると思いませんか?」
「・・・」
「しかもこの国は前国王が色々とやらかしていますからね。注意が必要なのですよ」
「そのために英雄を手に入れようとするのですか」
「その方は名前を名乗りましたか?」
「聞かされていないのです。そして風貌は、今となっては曖昧で」
「記憶からも消え去るというのですか」
「おそらくは」
「それでも探すことになりますね」
 国王は、不敵な笑いをした。イオンはあきれていた。

○マクレスタ・チェイス公国
 隻眼のジャガーが国王に謁見している。当然心配してフェイもレティシアもバーナビーも同行している。
「さて、勇者ジャガー。お主は英雄と共にあの魔法使いを倒したのだな」
「残念ながら私は倒しておりません」
「では誰が倒したのか」
「英雄でございます」
「どこに住んでいるのか知っておるか?」
「残念ながら存じません。旅をしていたとは聞いていますがその程度です」
「ジャガーさん。話しすぎです」フェイが釘を刺す。
「だが、ここまでは言っても良いと言われていたが」
「だから。そういう事をここで言わないでください」フェイもバーナビーも頭を抱えている。
「まったく~使えない~」レティがマジ顔で怒りながらそう言った。
「しかし、知っている事を話さないというのは」
「言わない事も大事ですよ」
「確かにな。沈黙は金、雄弁は銀だった」
「ごほん。ではその英雄がどこへ行ったかは知らんというのだな」
「はい。それは本当に知りません」
「間者を使って探したいので風貌を教えてくれぬか」
「ところが、英雄の風貌は覚えていないのです」
「覚えていないと?だが旅をしているのは知っているというのか」
「平原に行く時にたまたま一緒になり、世間話をしている時に聞いたのです。残念ながら風貌については、魔法で顔を隠していたようですし、記憶が消えていっています」
「嘘を言っているのではないか?」
「私は嘘を言いません」ジャガーが王を見つめて言いました。
「国王様。私も同様なのです。一緒にいたのですが、記憶が曖昧になりつつあります」
 フェイに代わってバーナビーが言った。
「私も~そうで~す」
 レティもそう言った。事実思い出せなくなっているらしい。
「嘘ではあるまいな」
「はい。神に誓って」
 ジャガーはあえて神という名を使った。
「わかった。さがってよい」
「はい。差し支えなければ、私達は旅に出ようと思いますがよろしいでしょうか」
「急ぐのでなければ、しばらくはこの国に滞在していて欲しいが、どうかな?」
「わかりました。しばらくは滞在させていただきます」
「すまんな」
 国王はジャガー達を謁見の間から下がらせて、側近の者と話をする。
「ふむ。ジャガーの様子から記憶が曖昧になっているのは本当のようだな」
「兵士達も記憶にないそうです。これでは探すのは無理ですね」
「そうかもしれぬが、念のため他国に送り込んだ間者の報告を待つとしよう。それからじゃ」
「わかりました」

 ロスティア、マクレスタ以外の国も、辺境の魔法使いを探すのをやめて、今度は英雄の行方を捜すようになった。さすがに雲をつかむような話で、3勇者でさえ記憶が曖昧になっていて、その場にいたマクレスタの兵士でさえ、覚えている者がほとんどいない。金髪で小柄な少年だとか、とても大きな剣を持っていたとか、色々な噂だけが広がっていて、どれが真実かわからなくなっていた。

 余談
 あの平原に各国の兵士が集結する事によって、兵士の装備に差が出たことから、装備のレベルの高い方への均一化が図られていくことになる。胸当て、盾、槍、軍靴などの需要が増え、ビギナギルが輸送を担い、ファーンの皮、木製品。そしてベリアルの上質な布や鉄製品の需要も増加し、輸出する物資の値段が高騰していった。


- 追記 魔法使いは死に、里の魔族達が土のドラゴンの里に移住する -
○ エーネついに魔族である事を町の人に話す
 エーネはアンジーとメアと共にファーンに到着した。
「先に服屋に寄るわ」
 アンジーがエーネを見てそう言った。
「どうしてですか?」
「あなたは、これからここに住もうとしている魔族の里の代表として町長に会うのよ」
「それに服が必要ですか?」
「あなたは町長と対等に渡り合う里の代表なのだから、ちゃんとしないとダメなのよ。残念ながら身だしなみを整えなければいけないの。それにはまず服装を整えないと。服は交渉に必要なアイテムなのよ。これからもそういう機会ができるから慣れておきなさい」
「服を着替えるだけでそんなに変わりますか」
「納得できないでしょうけど。身なりがボロボロな人は、交渉の時に見下されるのよ。かといって値段の高い服を着ていても着慣れた服でないと、虚勢を張って無理をしていると思われてしまうの。あなたもビギナギルでキャロルと一緒にメイドをしていた時に見ていたはずよ」
 アンジーはエーネをジッと見据えて言った。
「それは・・・そうですが」
 エーネは少しだけ納得できていない。服装で相手の心が変わるとは思いたくない。でも、実際にそういう場面も見てきている。
「まあ今は理解できなくても良いの。でも憶えておいてね」
 アンジーはそう言うと先に歩いて行く。
「はい」
 エーネは、渋々返事をしたが、納得はできていなかった。
 服屋にはナナミさんしかいなかった。普段着よりは多少見栄えのする服になったが、それで何かが変わるのか?と考えているエーネだった。

○町長に会う
 エーネは、町の中に入る時から角や羽や尻尾を隠していない。着替えてからもそうだ。やはり、驚いて二度見する人、遠巻きにしてヒソヒソ話している人、チラ見をして通り過ぎる人などに出会っている。
 服屋のナナミさんは、魔族である事を知っているので、いつもどおり接してくれた。いや、きっと後から知ったとしてもこの人なら変わらないだろうと家族の皆さんは言っていた。
 私は、町の人に魔族である事をいつ話そうかと思っていて、踏ん切りがつかないまま、この時が来てしまったとも思っている。
 そう考えながら歩いていたが、いつの間にかメアさんの手を握っていた。ああ、やっぱり自分は不安なんだと。
 メアさんは、優しく握ってくれている。私は、それだけで安心してしまった。
 町の中を歩いて町長さんの事務所に着いた。
 アンジー様が、入ってすぐの受付の女の子に声をかけ、そのまま3人で町長室に向かう。途中でざわめいていた部屋の中が静かになっていく。アンジー様に視線が集まっていたが、私の姿を見て一瞬表情がこわばり、そして下を向いてしまう。ああやっぱりそういう反応になるのか。
 もっと早くに正体を明かしていれば、こんな表情をされなくてすんだのだろうか?それとも今知られて町の人の気持ちの変化に悲しいと思っているのか?自分の気持ちがどちらなのかさえわからない、複雑な気分になっていた。そこで浮かんできたキャロルの顔。その顔は怒っている。「しっかりしなさい!あんたの今の立場は里の代表なのよ!」そう心の中で怒られた。
 アンジー様が私を町長に紹介した。
「こちらは、魔族の隠れ里の代表をしているエーネウスさんです」
「エーネウスです。よろしくお願いします」
「そうか、やはりなあ」町長は優しい声でそう言った。当然表情は見えない。
「なにが「そうか」なのですか?」
「いやなあ、あんたが居酒屋にいる時とか、ボンヤリ道を歩いている時に、結構、角出したり尻尾出したり羽を出したりしていたじゃろう?やっぱり魔族だったのだなあと思ってな」
「そうですか。でも先ほど町の中に入って歩いていた時には、皆さん私を見てヒソヒソと話していたり、視線をそらしたりしていましたよ」
「まあ、そうじゃな。その姿で堂々と歩いてくればそうなるであろうな」町長は笑い声で言った。
「その姿ですか?」私は自分の服がおかしいのかと服を見回す。
「スカートの裾がまくれて・・・その・・・下着が見えているのじゃ。尻尾があると、奇抜な服の着方をすることになるのかな?」
 町長は本当に笑い出しそうだ。
「ええええ」
 私は思わずお尻を見た。確かに尻尾がスカートの裾をまくっている。冷静になって、スカートから尻尾が出るように意識を変える。ちゃんとスカートは元に戻った。
「ああ、それが正しいのか。羽はちゃんと服から生えとるのになあ。変だと思ったよ」
 それでみんな見ていたのか。自分が魔族だから見ていたわけではなくて。今思うと本当に恥ずかしい。
「町の方達は、みんな私が魔族だと知っていたのですか?」
「だろうなあとは思っていたよ。隠したがっているのだろうから、そのままそっとしていただけじゃよ」
「ええー。私がこれまで悩んでいた時間はいったい・・・」
 私はちょっとションボリして、そこでようやく気付いた。
「アンジー様、メアさん。もしかしてスカートの裾がまくれていたのを気付いていましたか!」
 私はちょっと怒りながら二人を見る。
「あんたのファッションなのかと思っていたわよ」
 アンジー様が笑っている。
「私もです」
 メアさんも笑っている。
「そんなわけないじゃないですかー」
 私は、泣きながらアンジー様をポカポカと殴ってしまいました。
「ごめんね。心配ないって言いたかったんだけど、緊張しているエーネが可愛くてねえ」
「はい。右手と右足が一緒に出ているのはなかなか素敵でした」
「お二人とも悪趣味で失礼です」
「それについては謝るわ。でもね、本当に魔族だと知っていたのは町長と居酒屋の女将さんくらいよ」
「え?」
「あとは噂が流れていただけよ。しかも好意的な噂だけ。ここの人は魔族に対してそんなに否定的ではないの。もっともここの人達は、魔族自体を見たことがないし、会ったこともないからだけどね」
 アンジー様が笑って言って、メアさんが頷いています。
「そうじゃな。ここは魔獣は出ても魔族は襲ってこない。そういう辺境じゃからな」
「そうなんですか」
「エーネ。今回お願いする事を最初から順序立てて説明しなさい。代表としての初仕事よ」
「はい」
 そうして私は、これまでのいきさつを話した。
「ファーンの近くに暮らしたいというのじゃな」
「あまり遠くないところに里を作って交流したいと思っています」
「そうか。アンジー様どうお考えですか?」
「私?私の意見はないわ。ここを縄張りとするドラゴンは認めると言っているけど、ドラゴンは、干渉もしないという事だからね。実際に住んでいる人達の意見が尊重されるべきでしょう?住む事は自由だけど、追い払うのも自由なのよ」
「そうですか。すぐには答えは出せません。3日ほど待って貰えませんか」
「それで結論が出るのかしら?」
「わかりませんが、これまでもエルフ族や獣人達、ドワーフに長命な人族などが周辺に生活しています。ただ、魔族となれば、「良いですよ」とすんなり言えるものではありません。お時間をいただきたい」
「エーネそれでいいのかしら」
「私は考えて貰えるだけ良いと思っています。ただ、できれば土のドラゴンの縄張りの中に住ませて欲しいのです。できるだけ離れて欲しいとか、どれくらいの距離を離せば良いとかでもかまいません。よろしくお願いします」
 私は立ち上がって何度も何度もお辞儀をする。
「エーネさんおやめなさい。里を代表する者がそんなに卑屈ではいけませんよ」
 町長さんからそう言われました。でも、お願いはお願いです。
「こちらはお願いする立場ですから」
「エーネもう良いわ。町長もわかってくれているから。あんまり何回も頭を下げると価値も下がるのよ」
「そうなのですか?」
「偉い人が頭を下げるという事は、そういう事なのよ」
「エーネさんの気持ちは十分伝わりました。検討させてください。それと返事はどうすればよろしいですかな」
「3日後にここに来るわ。これからベリアルにも行くつもりなので」
 アンジー様がそう言ってくれた。
「そちらの返事は、あまり期待しない方が良いかと思います」
「ありがとうございます。さあエーネ行くわよ」
「はい」
 私は町長にお辞儀をして町長の事務所を出ました。そして、すぐに馬車でベリアルに向かいます。
「これはベリアルは駄目そうね。まあ、位置はファーンと魔族領の境界近くになるわねえ」
「どうしてわかるのですか?それに場所までも」
「町長があえて、そう助言したのだからそうなのでしょう?場所はベリアルが断れば当然その場所になるわよ」
「そこまで考えられないと里の代表は務まらないかもしれないのでしょうか」
 私は代表という肩書きに押しつぶされそうです。
「大丈夫よ。レイでさえ頑張っているのだから」
「はあ」

 案の定、ベリアルは難色を示した。牧畜の規模が大きくて、魔族が来る事で、飼っている牛や豚の成育と乳牛の乳量に影響がでそうだからと言われた。最終的にベリアルは、魔族のいる里を作るならできるだけ離して欲しいと言われた。
 ファーンは3日後を待つこともなく、ベリアルから帰ってきた時に町に寄った時に了解すると言われている。
「さて。エーネはモーラと一緒に帰りなさい。こちらの調整は通信で連絡してくれれば何とかするから」
「お願いします」
 エーネが魔族である事を町の人達に公にした。知られたからといって、町の人全員に認められたわけではないが、エーネの気持ちは少しだけ前進した。

○ファッションショー
 さて、辺境の魔法使いの件で、各国は結構な緊張状態にあったのだが、常にマイペースな人達もいる。ファーンでいえば、あの服屋である。
 エーネが里からの移住を終えて、生活になじんだ頃、家族全員で町に出てきていた。 
「服が完成したのよー」
 服屋のダヴィ店長が、近くを通った家族に手を振ってそう言った。
「あれから何年たっておるのじゃ」
 モーラが言った。
「そうよねえ、メイド喫茶をやってからだから、かなりの年数たっているわよねえ」
 アンジーはあきれている。
「ファッションショーをやるのよ」
 ダヴィ店長はそう言った。相変わらずマイペースな人だ。会話になっていない。
「ようやく服が潤沢に行き渡るようになったとは言え、この世界の人たちにはまだ早いと思うけど」
 ファッションショーを知っているアンジーがそう返す。
「流行らせるのよ」
 店長は胸を張ってそう言った。
「それでは、店長代理の私から説明させていただきます」
 いつの間にか横に立っているナナミさんが言った。
「あやつでは、支離滅裂じゃからなあ」
「なによ、文句あるっていうの」
 店長がモーラに言った。
「モーラ。長くなるから余計なことを言わないで。で、どういうことなの」
「今の時代。流行はファーンで作られて、他の国に伝わっているのです。この方の斬新なデザインのおかげで」
 ナナミさんがモーラと目でケンカしている店長に手を向けてそう言った。
「そうかしら。今のところこの地方にファッションが根付いたという風には見えないけどね」
 アンジーがそんなもの流行ってないでしょうという感じでいった
「はい、まず上着やズボンですが、そもそも着るようになったのは、この方のおかげです」
「こんな田舎で開発して普及させたって言うの?」
「この方は、もともとマクレスタ・チェイス公国の服飾デザイナーでした」
「そうなの、どうしてそんなところからこんなど田舎に」
 アンジーさん自分の住むところをど田舎とか言わないように。事実そうでしたが、最近は随分と文化レベルは上がってきましたよ。
「注文が多くて嫌になったそうです。こちらの意図した作品が作れないからと。で、たまに作ったデザインを他のデザイナーに定期的に販売しているのです」
「でも、宮廷デザイナーよねえ」
「一般に使える服のデザインもしているのです」
「なるほどね。それならここの名産の布地もこの人のデザインで売れば良いのではないかしら。ファーンブランドとして」
「それは水面下で動き出しています」
「町長やるわねえ」
「はい、ガッポガッポです」
 そこでナナミ店長代理とメアさんが親指立てているのはどういう意味なのでしょうか。
「そこで、各国でデザイン発表会をやることにしたのです。で」
 そこでナナミ店長代理はアンジーに顔を近づける。
「で?何?」
「おぬしは、自分の事となると鈍感じゃな」
「何よ、あいつみたいだって言うのかしら・・・ああそういうこと?嫌よ」
「即答じゃのう」
「条件は、孤児院の・・・」
「やるわ」
「即決じゃのう。おぬし良いのか?中身を聞かなくても」
「最近、冒険者組合にある喫茶店が経営不振なのよ。というか孤児が減って人手も足りないし、この付近の魔獣も減って、冒険者もお金がなくて、店の収益が落ちて、孤児院の資金が厳しいのよ」
「孤児も減っているなら問題なかろう」
「ここの生活レベルが上がってきてて、各家庭でも子どもが増えて、孤児を預かってもらえる家庭が無くなってきたの。当然、少なくなったとはいえ孤児達は、働いて出て行けるようになるまで孤児院で生活するようになったのよ」
「これまでの運用形態と変わってきたということか」
「そうなの。孤児院の方の運営方針を変更しないと維持できないのよ」
「なるほどねえ」
「ちなみに他の都市にある孤児院は、運営資金をチャリティーで賄っていて、徐々に各都市に孤児院が作られています。孤児院「アンジー館」ですね」
 どうしてナナミさんがそれを知っているのでしょうか。
「私の名前を使わないでほしいのだけれど。各国の孤児院まで運営できないわよ」
 すでにアンジーは頭を抱えている。
「アンジー教の信徒様方がすでに各国に布教に行かれていますよ」
 ナナミさん。お詳しすぎます。あなたここの店員ですよね?
「はあああ?布教ですって?いったい教義は何にして活動しているのかしら」
「人を殺すべからず。と聞いていましたが?変ですねえ、教祖様が教義を知らないなんて」
 ナナミさんが顎に手を当てて不思議そうにしています。
「私の名前をかたっただけの教会だもの。でも孤児院の運営も任せているから、それは、説教しておかないとならないわね」
 どこの誰に説教をするのでしょうか。他国に遠征ですか?
「面倒な話じゃ」
「それで、私が衣装を着て、みんなの前に立てば良いのかしら」
「そうなります。ですが他の方々にもお願いしたいのです」
「アンジーだけで良かろう」
「ショーなので、ひとりでは時間が持ちません。それに今回は種族を越えた様々な方に見てもらう予定です」
 すると横にいた店長が、
「最後に謎の美少女アンジー登場でフィナーレ~」
 そう言って店長がクルクル回っています。一緒にエルフィとレイとエーネが回っています。ノリが良いですねえ。
「それは無理ねえ」
「ダメでしょうか」
 ナナミさんがガッカリしています。
「各国に顔出しするのはちょっと。どこで誰に見られているかわからないし」
「では、プレファッションショーをファーンとベリアルそしてビギナギルで開くというのはどうでしょう。見知った方々ばかりですし」
 ナナミさんが交渉を始めました。
「まあ、メイド喫茶をやっていたし、それくらないなら良いけど、他の家族まで巻き込むのはちょっとねえ。あと、私の知っているファッションショーなら一般人が着るような服では無いわよ。まるで裸で歩いているような服なのよ。そう言うのではないのね?」
 アンジーが念のためそう聞いた。
「今回のは、ファッションショーというよりは普通の服の宣伝になりますね。同じデザインですがちょっとお高めの服を着て、皆さんの前を歩いていただきます」
「チャリティーなら良いわよ。孤児院に寄付してもらえるなら」
「わかりました」
「条件としては、事前に着る服を確認させてほしいの。それと当日の突然の衣装変更はなしで。その場合は出演を断るわよ。それで良いなら」
「他の皆さんはどうなさいますか」
「話を持ち帰るわ。私は、孤児院の事となると冷静でいられなくなるし、みんなの意見も聞きたいのよ。全員出るか、全員でないかどちらかに決める事になるのだから」
「良い返事をお待ちしています」
 そして、店長代理が家族にもう一度説明をし終えたところで私達は家に戻った。

○家族会議
「みんな話は聞いたかしら」
「はい、本当に私のような者でもよろしいのでしょうか」とパム
「そうですよ。もっと可愛い子の方が良いのではありませんか」とユーリ
「私も~みんなの前は~ちょっと~」
「はい。みんなにジロジロ見られるのはちょっと嫌です。個別にモフモフされるのは良いのですが」
 レイの言葉に全員が、「モフモフされるのは良いのか・・・」とレイにツッコミの視線を送る。
「ご主人様ならなんとおっしゃいますでしょうか」とメア
「そうじゃなあ。あやつなら微妙な顔をするじゃろう。みんなの可愛い姿は見たい。でも他の人には見せたくはない。とか言いそうじゃなあ。今回はメイド服でもないし」
「やはりダー様ならばそう言いますよね」
「わかります。家族の意向をお考えになられるのでしょうきっと」エーネが頷く。
「でもこれまでは、最終的に嘆願書に押し切られていますね」
 ユーリが嫌な顔でそう言った。まあ、ユーリにとっては、あまり良い思い出ではないですからねえ。
「今回はさすがにそういうのではないであろう」
「そうなのよ。でも私としては、孤児院の運営経費の捻出も課題なのよねえ」
「アンジー様よろしいでしょうか」
「どうしたのメア」
「はい、アンジー様本来のお姿でお出になられてはどうでしょうか」
「おおそうじゃな。誰も知らぬであろう。わしらもほとんど見た事が無いぞ」
「良い案かもしれないわねえ。ちなみにモーラは体を大きくできるの?」
「やれない事も無いなあ。この姿はあやつの妄想の具現化じゃし」
 モーラの言葉に勝手にDT様の妄想にしないで欲しいとキャロルは思った。
「そのまま成長できるのかしら」
「後でやってみようか。パムは、体型を小さくすれば良いのではないか。まあ他の者達は無理かもしれんが」
「ウィッグと化粧で何とかなると思いますよ」メアが言った。
「ウィッグと化粧じゃと?なんじゃそれは」
 モーラが新しい言葉に微妙な顔をする。
「ああ、そういえば都会の方で今流行しているらしいですね」パムが言った
「ウィッグはカツラよ。化粧は肌の色を少し明るくしたり目元をシャープにしたりするのよ。キャロルは知っているわよね」
「知っています。確かにかなり印象は変わりますね」
「ふむ、ユーリとキャロルはその線で行くか。あとはメアとエーネとレイだが」
「私は、ナナミ様から依頼されておりますので、裏方に回ります。皆様のお着替えをお手伝いしようと思います」
「ふむ、その方がハプニングが起きた時に何かと都合が良さそうじゃ」
「エーネは、面白そうと興味がわいているな」
「はい、興味がありますので参加したいと思います」
「レイは・・・当面保留でどうじゃ。出たくなるかもしれないからなあ」
「はい」
「じゃあ、レイは保留で、他の人が出るのは了解と話しても良いかしら」
「孤児院のためになるのならやりましょう」

○服屋にて
「店長、アンジーさんからアンジーとモーラについては、代役を立てたいという連絡が来ました。年齢的には成人女性2人で彼女たちの知り合いだそうです」
「ナナミー。違うのよ今回のコンセプトはねえ、家族なのよー」
「ああそうでしたか」いや、事前にちゃんとコンセプト話しておけよ。と思いながらも冷静に対応するナナミさん(店長代理)。
「そうでしたかでは無いわよー。まあ、アンジーちゃんに最後を締めてもらおうとは思っていたけど、いつものパーッ、キラキラ~フワフワ~なやつじゃなくて、地味な服を宣伝するのよ。だからあの家族とアンジーちゃんとモーラちゃんは、出てもらわないとダメなのよ。大人の女の子じゃだめなの。きっとアンジーちゃんとモーラちゃんの親戚とかだから超絶可愛い子が来てくれるのでしょうけど、彼女たちじゃなきゃだめなの」
「わかりました。再度交渉して参ります」
「いや、直接来たわよ」とアンジー
「あらーアンジーちゃん。いらっしゃい。早速試着室にー」
「今は無理よ。今の話聞こえていたわ。条件があるのだけれど良いかしら」
「なにを条件にするのかしら」
「私もモーラもねえ。あまり顔を広めたくないのよ。コンセプトが家族で子ども役が欲しいのでしょう?なら、カツラと化粧くらいは妥協して欲しいのだけれど」
「他の人も同じようにするのねー」
「そうよ。今は静かにしていたい時なの。でも、孤児院の費用もバカにならないのよ。だからお金は欲しいの。わかってもらえるかしら」
「条件を整理しましょうか」おやダヴィ店長さん、微妙に真面目な顔です。
「こちらの条件は、孤児院の経費の捻出。そして私達家族の顔が広まらない事。その2点よ」
「わかった。その代わり、アンジーちゃんには、私の作った衣装を着てフィナーレを飾ってもらう。ショーが終わった後で私の作った全員分のオリジナル衣装を着てもらう。これでどうかしら」
「だから、私が素顔を出すのはいやだと言っているの」
「じゃあ、ベールをつけて顔を隠す。その代わり羽を広げて欲しいの。どう」
「羽はダメ。絶対ダメ」
「ウーン。絶対ダメ?」
「ダメよ。見ている人全員があなたのように何の偏見も無く羽を見る訳では無いのよ。あなたもその自由な考え方で散々痛い目に遭ってきたからわかるでしょ」
「じゃあ、作り物の羽では駄目かしら。ワイヤーで吊るすつもりなので、それでも良いかな」
「ワイヤーで吊るす?」
「ええ、最後は、アンジーが羽を広げて天に昇って照明を切るつもりなの。きっときれいよねー」想像してうっとりしている店長さんです。
「はぁ・・・そんなことするつもりだったのね。いいわよ。妥協します」
「ホント!!よかったー」そう言って手を握って上下に手をブンブン振り回す。
「あと家族には了解を取らないといけないので全員は保障できないし、服を事前に見せてもらって露出の多いのはダメよ」
「え~。せっかく広い場所が確保できたから、思う存分見回せると思ったのに。あくまで私の個人的な趣味なんだし、誰も見ていないんだから何とかして~」
「なるほど、今回のファッションショーは、あんたのその個人的な趣味のために開催されるわけね。納得したわ」
「あはは。バレたかーそうなのよー。広い場所を借りようとしたらスポンサーから何に使うとかしつこく聞かれてね~苦労したのよー」
「苦労したのはナナミさんでしょう。お察しします」
 アンジーがナナミさんを見てそう言った。
「ありがとうございます。でも、自分も見てみたかったので頑張りました」
「あなたとメアの友情もその辺にあるのね」
「メアさんは戦友です。親友です。心の友と書いて心友です」
「ハイハイ。ではこの話はその方向でお願いします。ショー自体はウィッグと化粧でごまかす。最後の私は顔をベールで隠して羽は出さない。他の家族には了解を取る。いいですね」
「ハーイ」店長が手を上げて言った。子どもか!
「念のため当日に何かトラブルがあったら出演をキャンセルするからね。例えば、羽が壊れたとかベールが裂けたとか。正体が明かされるような事になったら、わかっているでしょうねえ」
「チッ先回りされたか」
 店長は失敗したという感じに横を見る。
「やっぱり考えていたのね。さすが抜け目がないわね」
 アンジーがため息をついた。
「まあ、あの衣装を着てもらえるなら何でも良いわ。ナナミーあとよろしく」
 そう言って店長は、奥の部屋に入っていく。
「皆さんの採寸とかどうするんですか」
「町で見かけた時に大体わかっているわ。あとは微調整だけよ」
 奥の部屋から店長の声だけ聞こえる。ドタバタした後、トランクを持って店を出て行く。
「いつ見てもすごいバイタリティね。あなたも大変ね」
 アンジーが言った。
「でも、楽しいですよ」
「そうね、あれだけ生き生きと仕事をしていたら楽しいでしょうねえ」
「では、念のため皆さんのボディサイズは確認したいので一度お越しください」
「いや、メアからデータもらっているんでしょ。必要ないんじゃないの。ああ、あんたもあっち側なのね」
「メアさんの名誉のために言いますけど。彼女は可愛い服を着る女の子が好きなだけですから」
「どう違うの?」
「私は、女の子同士が・・・」
 ナナミさんがゲヘゲへと笑いはじめる。
「それ以上は言わないで。わかったから。あなたはどっちかというと腐っていると思っていたけど、そっちもイケる人なのね。残念だわ」
「ええ、服飾業に就いている人なんかそういうものでしょう」
「変な偏見を常識のように言わないでちょうだい。誤解を招くから」
「でも、アンジーさんとモーラちゃんがうちの店長の服を着て手をつないでいるのを想像するだけでグヘヘヘヘ。ジュルリ」
「本人の前でやらないで欲しいわね。まったく。では採寸はいらないということで良いわね」
「えーーーーーーー。そんな殺生なーーーーー」
 ナナミさんがその場に崩れ落ち、アンジーに手を伸ばしている。しかし、アンジーはバタンと扉を閉める。

○ファッションショー
「バレたわー」
 準備は滞りなく進み、仮縫いまで済んで、リハーサルの手前まで来たところで、スポンサーに店長の思惑がバレて、今回の話は流れた。
「悔しー」
「でも、規模を縮小して作った衣装を着て貰える事になりましたから、それで我慢してくださいねー」
 ナナミさんが店長をなだめながらそう言った。
「ビギナギルとファーンでやれるの?」
「はい、町長さんと領主様が孤児院のチャリティーショーとしてやって欲しいと言っていますよ」
「それなら良いかなー」そう言って機嫌を直すダヴィ店長でした。
 ちなみにナナミさんの目の下にはクマができていました。


Appendix
だんながいなくなって、ここにおられんようになるらしいわ
バラバラになるんやろか
ああ、そうなるやろな。でもしゃーない
それはそうやな。でもそうなったら、たまに遊びに来いや
そうしますわ
ねえ、また揃うんでしょうねえ
当然や。だんなが戻った時には、また揃うわ
せやからみんな元気でな。
自分も姫さん達もでしょう?
そうや。そのとおりや

続く
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