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第23話 アンジー天界から用事を言いつけられる

第23-3話 親書は届くよどこにでも(先着順)2 メア

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○ 魔法使いの里さんにゆーびんでーす
 その次に到着したのはエリスとメアです。
 2人はほうきに乗って空中を移動しています。一人多く乗っているので、かなり速度は遅くなっているようです。
 もちろん魔獣にも盗賊にも会いません。空を飛ぶ魔獣との遭遇率はかなり低く、一応魔獣よけの魔法をかけていたみたいです。
 しばらく飛んで、一度目にどこかの平原の真ん中に降り立ちます。周囲には何もありません。
「どうしたんですか?」メアがエリスに尋ねる。
「後ろ向いていてもらえないかしら」エリスがメアに言った。
「はい」メアが背中を向けている間に、エリスは何か操作をしたようだ。
「では行きましょう」
「はい」
 同じようにどこかの場所に降りて、その作業を行ったようだ。それを繰り返し何回か行っている。メアは、現在位置が特定できなくなり、現在地は不明になってしまった。
「これが最後ね」
「そうですか」メアが振り向いた時に、何が起きたのかはわからないが、少しだけ風景が変わったように見えた。
 そして、再び空に舞い上がると、少し離れたところの森の中央に集落が見えた。
「はー。やっと着いたわ」
 エリスは、メアと共に地上に降り、ほうきをマントの中にしまう。そして、メアを促して森の中に入っていく。
「結構つらいですね」メアは、ほうきにまたがっていたので、振り落とされないように腕や太ももの筋肉の異常な張りを肉体のセンサーが警告している。
「馬がいないからしようが無いとは言え、飛行魔法をこんなに長時間使うことになるとはねえ」エリスも同じように腰と太ももをさすっている。
「ご主人様がきっと見たがったでしょう」メアは周囲を見ながら呟いた。
「これ以上あの人に技術提供する気はないわ」エリスはメアの様子を見ながらそう言った。
「その方がよろしいかと」
「あいつに隷属している割には辛辣ね」
「はい。ご主人様がこれ以上この世界の脅威となっては、いけないと思っております」
「確かにねえ。そういえば空間魔法は使っていないの?」
「はい。封印して使っておりません」
「意外に律儀なのねえ」
「この世界の技術体系を変革しては、この世界が狂ってしまうと考えておられます」
「その割には、レールガンとか出してくるわよね」
「緊急時はやむを得ないと言っておりました。もっともあの件については、生死がかかっているにも関わらず、あのようなことをしてしまい、とても反省しているようです」
「なるほどね。良くも悪くも真面目なのねえ。もっとも自分の興味が優先なのでしょうけど」
「それは否定しません」
「さて。里に着いたわ」
 そこには、周囲を森に囲まれたかなり広い草原のようなところに家がポツポツと点在している場所だった。町というにはあまりにも寂しく、集落ともいえない場所だった。
「随分と寂しげですね」
「そうね。ここは魔法使いの里というよりは、魔女の里だからね。長年研究を続けて長寿を得てもなお研究を続けていて、ある程度落ち着いてしまった者達の居場所だから。まあご隠居の集まりみたいなものよ」
「誰が隠居ですか。私は隠居なんかしてませんよ」
 エリスとメアは後ろからの声に驚いて振り向くと、そこには若い女性が立っていた。
「赤。いや長老様、お久しぶりです」
 慌ててエリスが頭を下げ、それに合わせるようにメアもお辞儀をする。
「今の名前はエリスでよかったのでしたか?お久しぶりですね」しゃべり方の割に若い声です。しかも風貌も若作りだ。
「はい。元魔王の件、いや天使の件以来ですか?」
「ああ。色々と苦労をかけてすまなかったね」
「本当ですよ、割に合わない仕事ばかりです」
「だからあんな最果ての村で暮らさないで、隠居してここに戻ってくれば良いものを」
「ご冗談を。ここに来ても最年少の私が使いっ走りになるのは変わりませんでしょう」
「ああそうか。お前の後、しばらく魔女はいないのだったか」
「だから、早く魔女候補を見つけたいのですよ」
「最近の魔法使いはレベルが低くてねえ。転生者でも無ければ難しいね」
「やはりそこまでのレベルには到達できませんか」
「まあそんな話はよい、例のものを持ってきたのだろう」
「はいこれを」
 エリスさんは、メアが持っていた親書を受け取り、長老に渡す。
「親書は久しぶりですねえ」そう言って、マジマジと親書を見ている。
「さすがに堅い結界が張ってあってすぐ開けるのは無理のようですね」
「やり過ぎると爆発するらしいですよ」エリスがそう付け加える。
「確かにな。でも死ぬのはあなた達だけですよ」
 その言葉にメアが即座に反応して、長老から手紙を奪おうとするが、さっとかわされてしまった。
「メアとかいったか。わたしがそこまでするわけないじゃない」
「赤。やり過ぎないでよ」
 エリスが、長老をたしなめた。
「ごめんね。最近あまりにも暇なのよ。こんなことでも遊んでしまう。許してね」
 そう言って、封蝋が赤から白に変わったことを見せる。
「メア。ちゃんと渡しましたよ」エリスがそう言った。
「では、エリスは残り、長老会議までここに留まってね。でもメアさんは、ここから自分の家に戻って欲しいのよ」
「はあ?また何か約束したのですか?」
「これはねえ。私達の暇つぶしなのよ」長老は笑った。
「メア、ここから帰られるのかしら?」
「この結界の外に出られれば帰ることも可能でしょう」
「ああそれは大丈夫よ。では気をつけて」
 長老が、指を鳴らすと一瞬にしてその場所が違う風景になり、長老とエリスは消えてしまう。もちろん里も消えてしまった。
「あなた達は試されているのよ。わかってね。そして決して死に急いではならない。そういうこと」
 メアは、やれやれと言った表情で周囲を見渡す。方角的には西の方を目指すのがたぶん良いのでしょうか?考えている途中で、思いついたようにメアは、トンと地面を蹴って垂直に飛ぶ。どのくらいの高さまで飛び上がったのだろうか、目のピントを調節して山あいにある集落を発見した。上昇する勢いは止まり、落下を始め、地面にぶつかるように着地する。ものすごい地響きと共に。
 メアは、そこからスカートを少しだけたくし上げて、先ほど見つけた集落に向けて走り出す。とてつもないスピードだ、途中で横の方に道が見えたので、そこに移動して、そこからは少しスピードを落とした。
「ご主人様の作ってくれたこの服は、本当にすごいですね」メアはうれしそうに独り言をつぶやき、その集落に到着した。最初に出会ったのは、立ち話をしている数人の男女だ。その人達の手前で速度を落としてゆっくりと歩いて、その人達の前に立つ。
「ここはどこでしょうか?」
 メイド服のような普段見慣れない怪しい服を着た女が突然現れて道を尋ねてきたら、さすがに困惑をしてしまった集落の人々。それでもこの集落の名前とこの道の先の大きい町などを教えてくれた。
「ありがとうございます」
 メアは、いつも通りスカートの裾をつかんで軽くお辞儀をしてそこを去った。というより走り去ったのだが、きっと消えたように見えたのだろう。集落の人達はポカーンとそこに佇んでいた。
 そこからの帰り道は、魔力の回復と走るペースとを調整しながら走らないとならず、割とゆっくりとしたペースになった。当然、魔獣や獣、盗賊にも遭遇している。
 魔獣が自分を追いかけてきた時に逃げ切ろうとしたが、前を走っていた商隊に追いついてしまい、やむなく助けたこともあった。
「魔獣が来たぞ!」
 商隊の後ろを進んでいた者がメアと魔獣を見て叫ぶ。馬車を停止させて、まだ止まらないうちに何人かが飛び降りて、道を塞ぎはじめた。
「ああこれは失礼。私を追いかけてきた魔獣が貴方たちに襲いかかりそうですね」メアがそこで止まってそう言った。
「え?あんた?そのメイド服の女。どこから来た」驚いた様子でメアに言った。
「そのような些末な話は、今はよろしいです」そう言ってメアは、商隊の最後尾に立って、魔獣を迎える。
「一人では無理だ!どけ」馬車を止めて、男達は、メアのところに走ってきた。
「貴方たちのほうこそ邪魔です」商隊の人たちが武器を手に陣形を組み始めたので、メアは、その陣形の中央から飛び出して、向かってくる魔獣に対し突っ込んでいく。
「無茶だ」
「やめろ」
 その声を聞きながらもメアは魔獣に突っ込んでいく。両手をまるで球を抱えるように胸の前で構え、そこに発生した球体状の雷を手の中で回しながら走っている。
 魔獣は四つ足で突進しながら、間合いに入ったと思ったのか体をさらに丸めるようにして突っ込んでくる。その頭部にメアは、手の中の雷の玉をぶつけるように当てる。
 一瞬光が炸裂し、メアはその魔獣の肩の上に乗っかった。勢いがついた獣がそのまま走り続けようとしたが、頭が破裂して、跡形も無くなっていて、数歩進んだところで倒れる。
「今のは魔法なのか?」陣形を組んでいた男達は、呆然とみている。
「申し訳ありません。先を急ぎますのでこの魔獣はこのままにしていきます。お願いできますでしょうか」
「ああかまわない。どうしてそんなに急いでるんだ?」
「用事を終えてご主人様のところに戻る途中です。速やかに報告をして、普段の仕事に戻らなければなりませんので」
「そうか気をつけて」
「こちらの不始末で、魔獣を引き寄せてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、それはあなたが片付けてくれたので問題にもならない。むしろありがとう」
「それでは失礼します」メアは、スカートの裾を待ち上げお辞儀をするとその場から走り去る。
「一体何だったんだ?あれは」
「尋常じゃ無い身体能力と怪しげな魔法を使うメイド服の女なんているのか?」その場にいる者達は、互いに顔を見合わせて首をかしげている。
「そういえば、風の噂で聞いたイギリス風メイド服のホムンクルスではないのか?」
「いやその話は、都市伝説みたいなものだろう?まさか」
「そうだよなあ。噂では8人で行動していると聞いている。単独で行動などするものなのか?」
「でも、ご主人様のところに戻る途中と言っていたよな」
「用事を終えて戻ると言っていたが、まさか本当に噂のマジシャンズセブンの一人だったのか?」
「嫌なものを見たぜ。その一団を見た者は、かならず死ぬらしいからな」
「そうなのか?」
「探そうとするな。見るな。考えるな。と言われている。実際に探しに行った者は行方不明になっていると噂になっているからな」
「今回は大丈夫だろうなあ」
「全員じゃ無いから大丈夫だろう」

「まったく。変な噂がはやっていますねえ」
 メアは、走りながら、その会話を聞いていた。
 そして何個かの集落を抜けて、ある町にさしかかった時に一時意識がとぎれ、その町を通りすぎた後、意識が回復していた。しかしメアはそのことに気付いていない。
 そして、また数個の集落を越えて、見知った街、城塞都市の街に到着した。そこまでで数泊の野宿をしていたメアは、魔力の補給のため宿屋で寝ることにした。野宿では、警戒のためにあまり回復できなかったからだ。
「さて寝ましょうか」
 2つの部屋を借りて、片方には灯りをつけたまま、もう片方は暗くしておき、さらに見つからないように部屋を出て、馬小屋に行って干し草の中で寝た。
「パムさんに教えてもらった方法ですが大丈夫でしょうか」
 翌朝、暗い部屋の方のベッドには、刃物傷のある枕や毛布が散らかっていました。
「なるほど。こういうこともあるのですね」メアは、感心してうなずいてしまいました。
「さて、どうやって私の動向を知ったのかはわかりませんが、ここからはこちらのターンですね」
 その街を出て、今度は周囲を警戒しながらゆっくりと走り始める。しばらくは何も無かったが、街をかなりすぎた頃に自分の周りに数人、気配を殺さず移動しているのを感じました。
 草原を見つけてそこに入って行く。当然周りの人たちも適当な間隔を置いて止まり、しばらくして後ろから現れた。
「なぜ私をつけ回しますか」メアは立ち止まって周囲の人に声を掛ける。
「それはなあ、金品を奪うためだよ」そう言って周囲の木立から男達は現れる。
「残念ながらお金はほとんど持ち合わせてはいませんよ」実際に何も持っていないところを見せる。
「ああ、あんた自身に価値はあるだろう」下卑た笑いをしながら先頭の男が言った。
「どういう意味でしょうか」
「あんたホムンクルスなんだろう?この世界に1体しか無い」
「この世界に1体かどうかはしりませんが、確かにホムンクルスですね」
「ならすごい価値があるじゃないか」
「私の所有者はすでに決まっています。残念ですがお引き取りください」メアは丁寧に頭を下げる。
「所有者が誰だって、盗まれたら終わりだろう?」
「そういうことですか。貴方たちは泥棒なんですね。でも、貴方たちでは私を捕まえるのは役不足ですよ」
「そうだな。だがこの人達ならどうだい?」
 そう言って人を呼ぶ。豹顔の獣人と牛顔の魔族が1人ずつ現れる。
「魔族や獣人が人と結託しているのですか。確かにありそうなことですね。皆さん悪いことをして食い詰めてさらに悪い事をしようとしていますが、こんな事をして大丈夫ですか?」
「かまわないさ。ある人から依頼されてね。お前を手に入れて研究したいと言っているんだ。高い報酬を払ってもいいそうだよ」
「なるほど。私を捕まえて手に入る報酬がどれだけかは知りませんが、報酬に見合うだけの価値が私にあると思いますか?」メアはそう言ってため息をついた。
「そりゃあ相手がそう思っているんだろう」薄笑いをして牛顔の魔族が言った。
「貴方たちは、私を捕まえて連れて行くことが、その報酬に見合うだけの価値があると思いますか?」
「捕まえて連れて行くだけなのにかなりの報酬だからなあ、得だとしか言えないな」豹顔の獣人が笑って言った。
「では、割に合わない報酬だったとしたらどうですか」
「さあなあ、それなりに抵抗するかもしれないが、割に合わないかどうかは、あんた次第だろう」
「そうですか。どうしても私を捕まえますか?」
「静かに捕まってくれるとありがたいがね」
「それは無理です。私は急いでご主人様のところに帰りたいので」
 メアは人間の方に向き、その男に向かって走り出そうとする。
「おっとそれは出来ないぜ」
 移動の途中。獣人に手を捕まれてメアの動きがとまる。
「離しなさい」メアは捕まれた腕を軸にして獣人を簡単に投げ落とす。しかし、獣人は腕を離していない。
「体術か何かかい?さすがだな。でも甘い」
 そこから逆にメアの腕を決めようとした獣人の腕が折れる音がする。そして、腕があらぬ方向に向いている。
「あ?」
 獣人は、何が起こったかわからないまま倒れている。メアは、獣人の握っている手を振りほどく。
「さてどうしますか」周囲を見渡すメア。
「いや、まだだ」
 倒れている獣人が折れていない手を軸にして頭部を狙って蹴りを繰り出す。しかしメアは、その脚を捕まえて、その勢いのまま地面にたたきつける。
「殺すなとのご主人様の命でしたので手加減していますが、次は首をへし折りますよ」
 獣人は、泡を吹いて体を痙攣させている。
「・・・」
 息継ぎの音が聞こえた瞬間、魔族がメアの頭を鷲づかみにして持ち上げる。
「この野郎!ダチに何しやがった」その叫び声と同時にメアの頭がメキメキと悲鳴を上げている。
「あなたのような粗野な者がダチというなら、この獣人もたいしたことありませんね」
 そう言うとメアは、頭をつかんでいる手首をつかみ、一瞬で握りつぶす。
「うがあ」
 魔族は、メアを掴んでいた手が緩み、メアは地上に降り、その魔族は反対の手で握りつぶされた腕を抱えている。
「再度お尋ねします。貴方たちが貰える報酬は、私を捕まえるのに見合った報酬だと思いますか?」
「それはな、これで終わるからだ」
 背後から近づいた人間の男は、持っていたロープをメアに投げつけ、ロープは自動的にメアを縛り付ける。
「捕まえてしまえばそれまでさ。そのロープは魔法で強化されていて力を入れれば入れるほど強く縛り付ける。無理するとどんどん体に食い込んでいく。無理しない方が身のためだぞ」
「魔法を使っているのですか。わざわざ教えてくれてありがとうございます」そうしてメアは少しだけ体を動かす。
「だから無理するなと言っているだろう。もがけば体に食い込むぞ。無理するな」
 魔族が潰された腕が回復してきたのか立ち上がってこちらに近づいてくる。同じように獣人も立ち上がってくる。
「よくもやってくれたな。礼をしなければな!」
「おや、縄に縛られた者に暴力を振るいますか。本当にクズですね」
「抜かせ」そう言って殴ろうとする魔族だったが、メアは紙一重でかわす。
「おい!抑えていろ」魔族は獣人にそう告げる。
「次、俺な」そう言って、獣人はメアの両肩を後ろから押さえつける。メアはため息をついてこう言った。
「ご主人様は、人間は度しがたいと言っておりましたが、魔族や獣人も腐っている者は腐っていますね」
「抜かせ」さっきと同じセリフを吐いて魔族は殴りかかった。メアは、獣人に押さえられているはずなのに、抑えられていない風に肩を回してそれを避ける。
「お前!ちゃんと抑えておけ」
「いや、そのつもりだが・・・」
「魔族も獣人も考える知能が足りていませんね」
 そう言ってメアは、縛られたまま魔族のすねに蹴りを入れる。鈍い音と共に脚が折れる。さすがに体を支えられず膝をつく。その様子を見た獣人は、とっさにメアの軸足を蹴るが、びくともしない。
「体が動いているじゃねえか」
 そう言いながら魔族はメアをにらみつける。メアは体勢を変えて魔族と獣人と距離を取り、2人を視界に入る位置に立つ。
「これが魔法ですか?」
 メアはそう言うと、腕に力を込めてロープを引きちぎる。
「魔法が効いてない?」
「最初は効いていましたけど、私が吸い取りました」
「そんなことが出来るのか」
 魔族は立ち上がりながら言った。
「私では無く、私の愛しいご主人様が作ってくれたこの服が。ですが」
 そうしてメアは、ちょっとうれしそうにしている。
「さて、殺すなとの命令ですから殺しませんが、このまま続けますか」
「ああもちろんさ。ここまでも想定内だからな」
 魔族はニヤリと口の端を上げ、手を上げて合図をする。説く禅魔法使いが周囲を囲んで詠唱を始め、メアの回りに電気の檻のようなものが作られる。メアはそれに触ろうとする。
「おっと!触って黒焦げになられてもこっちが困る。触るなよ。だがそれは、徐々に狭まりお前の周囲ギリギリまで取り囲む。俺たちは、それをそのまま持って行くって寸法さ」
 術者達は、詠唱を終えて近づいてくる。魔法使いの人数は5人。
「この魔法を維持するのに魔力は供給されなければならないと思いますが」確認するようにメアが魔法使い達に言った。
「大丈夫だ、詠唱の段階で魔力量は十分蓄積されている」魔法使いではない男が言った。
「そうですか。安心しました。術者に影響は出ないのですね」
「どういうことだ?」
「こういうことです」
 メアは、スカートから取り出したナイフを自分の周囲に5本打ち込み魔法を詠唱する。すると電撃の檻は一瞬にしてかき消える。
「さて。それではあなたか、あなたに残ってもらいましょう」メアは、魔族と獣人をそれぞれ指名した。そして最初に声を掛けてきた人間に向かって、
「人間はちょっと拷問しただけですぐ死んでしまいますので、手を出さないようにします」
「な、何をする気だ」
「貴方たちを雇った者の正体を知りたいのです」
「いや、何も知らねえ」
 魔族の声に獣人もその男も頷いている。
「ではまず」
 メアはそう言って、周囲にいた魔法使い達を昏倒させる。その間に逃げようとする魔族や獣人にナイフを投げ、足の甲や、手のひらを刺して牽制している。
「さて、あと3人」動こうとしても動けずにいる3人に近づく。
「ひえええ」
 人間の男が耐えられず動いた。メアは一瞬で人間の男に近づいて蹴り飛ばし、その隙に逃げようとした獣人の足を狙って、今度はナイフを投げ、見事にアキレス腱を切り裂き、すでに距離の開いた魔族には雷撃を打ち込む。
 獣人は、それでも這って逃げようとしている。
「逃がしませんよ」メアは倒れている獣人のところに駆けつけて、その男の肩をつかんで起こした。
「本当に知らないんだ」
「誰が知っているんですか」
「あの人間が話を持ってきた」獣人がその男だと目線を移動させる。
「嘘だったら容赦しませんよ」メアはそう言って、もう片方の足のアキレス腱を切る。
「本当だ。信じてくれ」獣人は怯えて動きを止める。
「しばらくそうしていなさい」メアはそう言って、今度は魔族に近づく。倒れていて肌の焦げる匂いはするものの生きている。
「いっそ殺してくれ」
「殺すのは簡単ですが、情報を手に入れるまでは死んで欲しくないのですよ」
 打ち込んだ雷撃の跡が回復しかけている両肩の焦げた皮膚を手で握り潰す。
「ぐあああああああああ」さすがに魔族も痛いらしい。
「さて、依頼主は誰ですか。教えてください」
「知らない」
「誰が知っていますか?」
「たぶんあの男も知らない」
「どうしてそう思うのですか?」
「話を持ってきた時の様子が変だった。ただ、前金で報酬の半分はもらっていたから仕事は受けた」
「そうですか。半金ですか」
「もうわかった。もう手は出さない。これで勘弁してくれ」
「本当は殺したいのですが、ご主人様の命令ですので残念ですが殺せません。でも、死にたいと思わせるくらい何度も痛い目に遭わせたいのですがそれもやめておきます」
「頼む、お願いだ」
「そう思うなら、心を改めて普通に働きなさい。人間と獣人と魔族が仲良く暮らしているところもあるのですから。おとなしく生活していれば、きっと良いことがありますよ」
「ああ、わかった心を入れ替える。だから」
「だから殺さないと言っているでしょう。聞いていましたか。そこの草の影に潜んでいる人」
 メアは、立ち上がり高い灌木の側に視線を向ける。
「いつから知っていたんですか?人が悪いですねえ」
 そう言って茂みの中から人間の男が立ち上がる。この世界では珍しいスリーピースのスーツを着ている。顔はいわゆるイケメンだ。
「遠くから見ていて、私が魔法使い達を倒して手が離せない時にそこに移動しましたよね」
「そこまで気付かれていましたか。私もまだまだですね」
「この者達を痛めつければ出てくると思いましたが、出てきませんでしたね。もしかして私の誘拐を依頼した方ですか」
「残念ながら私ではありません。強いて言えば仲介者と言うところですか」
「ならば、依頼主を知っていると言うことですね」
「ここで戦うのは意味の無いことです。やめておきませんか?私を殺したりすると、あなたの立場が危なくなりますよ。一応私も人間ですし、名の知れた者です。死んだことを知ればどこかが動き出しますから」
「なるほど。どこかの国が私を欲しがっていると言うのですね」
「違いますよ。あくまで依頼主は個人です。でも無理そうなので諦めます」
「やはりあなたが依頼主ですか」
「ああ、誤解をさせる言い方ですね。依頼主を説得して諦めさせるということです」
「やはり依頼主を知っていますね」
「だから、私は死んでも答えません。拷問を始めたら私は死を選びます。だから諦めてください。と言っています」
「わかりました。ご主人様に報告します」
「残念ですが、この顔に意味はありませんよ。探しても無理です」
 そう言って違う顔に変化させた。
「ならば、先ほどの名の知れた者というのに信憑性が無くなりますね」
「うまく説明しづらいですが、顔と名前は一致しなくてもいいのですよ。その名前の者がここに来ている事実。そして、死体が見つかると言う事実があれば、それが真実です」
「わかりました。ご主人様にそう伝えます。敵が正体を現したと」
「敵では無いんですがねえ。むしろ貴方たちの協力者なのですが。ここで説明したら余計混乱するでしょうからあえてしませんが」
「わかりました。それでは失礼します」
「そこで引いてくれるとは。やはり優秀なメイドは、雰囲気を読みますねえ」
「では」
「また」
 そして、メアはその場から去った。
「今の見たろう?皆さんでは、到底太刀打ちできないことを」
 そう言ってその男はその場からかき消えた。

「気配が一瞬で消えた?」
 メアは、少し離れたところで立ち止まって気配を伺っていた。追ってくるかもしれないと思ったからだ。しかし、不意に気配が消えた。とりあえず用心しながら、でもできるだけ急いで我が家に向かった。
「この服の魔法吸収能力はさらに向上されている。今に空中にある魔力まで吸い取るのではないのでしょうか」
 メアは、そう考えながら走っている。

 途中、できるだけ休憩を取らないように走りたいのだが、どうしても眠らないではいられなくなる。私の体は、そういう仕組みになっているらしく自分ではどうにもならない。本来は、ホムンクルスだから不眠不休で動けるはずなのに休憩するようスイッチが入り、その間は意識がなくなる。意識がなくなると隙が出来ることになるため、どうしてもその前に睡眠を取るようにしなければならない。どうやら私の製作者がそうプログラムしたらしい。
 そんなことを改めて考えながら、見覚えのある道に近づく。ああもうすぐだ。と思った瞬間、地響きと少し遅れて轟音がした。見上げると空に光の柱が一瞬見えて小さくなっていった。これはまずいと判断し、いきなりトップスピードで駆け出し、魔力切れを気にする余裕も無く家に向かってメアは走り続けた。

Appendix
 私は、走りながら考えていた。あの男の発言、態度を思い出すとなぜか気持ち悪いと思った。ジャガーと会った時の気持ち悪さではなく。何か異様なそして邪悪なものを感じていた。そう多分嫌悪を感じていたのだと思う。またひとつの感情を知ったような気がする。そして心の中でカチリと音がした。

Appendix
ありゃあダメだ化け物と言った方がいいかもしれない。
そうだな、我々よりよほど魔族に近い。あんなものがポンポン作られたらまずいのではないのか。
報告するのか?
俺らは逃亡者だからな。それはできないが誰かに伝えよう。


続く
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