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第20話 魔族の子
第20-8話 DT、死んで償えば許してやると言う
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○一家心中
「それはないだろう、この子を保護していたんだよな」獣人の男が言った。
「ええ、村の人がどうして良いかわからず困っていて、村の人がかわいそうでしたから」
「え?」
「この子のためではありませんよ。預かった手前ちゃんと世話をしないと世間の風評が悪いですし」
「なんだと」立ち上がりかけるのを隣の獣人が抑える。
「だから、私達に事前の相談もなく勝手に騒ぎに巻き込んでおいて、その尻拭いをさせようと言うんです。その結果誰かが責任をとる。当然のことでしょう?」
「・・・・」
「良いですか?貴方達は、領主に不満があり、勝手に里を出て都合良く死んだふりをして新しい里を作って、そこに移動して幸せに暮らそうとした。しかし、途中で邪魔が入り断念して逃げ出した。そして、何かしらないけど便利な玉で子どもはどこかへ逃がし、自分たちも逃げた。その子を探すことまで人に頼り、その結果その子を保護した私達は迷惑をかけられている。迷惑をかけたことに謝罪はしているけど、子供を保護したことに感謝もせずにね」
「あ・・・」
「あじゃないんだわ、子どもの事をないがしろにしすぎではないのですか?正直ちょっとひきますよ。しかも、村に着いたら盗みをさせて私達に助けさせて、もしかしたらあの時にその子は知らないから勝手に殺して良いですよと私が言わないという保証がどこにあったんですか?
それと、ここまで大がかりな話だと知っていたら、あの子のことを知らぬ存ぜぬで放逐していましたよ。人の善意を何だと思っているんですかね!聞いていますか魔法使いさん、ドラゴンさん」
ミカとエリスがびくっとしている。
「今日は2回目じゃなあ切れるの。しかし、ものすごいオーラじゃな」モーラが笑いながら言った。
「まあ、怒りのぶつける先が違うのにイライラしているんですけどね」そう言ってならない指をパチリと鳴らす。
私の手から糸が垂れていて、その糸を炎が伝って玄関の外に出て行く、しばらくして扉の外からギャアアアアアと人の叫び声がする。扉を開けて炎の続いている先に行くと火だるまになった人がいた。
「意外に近くにいましたねえ。久しぶりですネクロマンサーさん。あなたですよね」
「ああそうじゃ。どうしてわしがいると思ったのじゃ」
「いや、見張っていた獣人さん達をさらに見張っていたじゃないですか。近づいた時にこの糸を絡ませておいたのですよ。どこかに報告に行くのかと思ったらずーっとこちらの様子をうかがっていましたよねえ」
「それが任務じゃからなあ」燃えながら話をしている。
「さて、そろそろ本体に会いたいですねえ」パチリと指を鳴らす真似をすると。
「は?」というゾンビの声の後「うぎゃあ」と言う声が近くの木の上から聞こえて、小さい炎が見えたあとドサリと音がして何かが落ちた。
「パムさんメアさん、連れてきてください」
「はい」パムとメアが扉から出てその男を捕まえに行く。しばらく全員で扉の前で待っていると、小男が連れてこられた。左目を手で押さえている。
「初めましてネクロマンサーさん。なんか新鮮ですねえ、こうしてお顔を拝見できるなんて」
「わしをどうする気なのか」後ろ手に縛られているので、顔だけあげている。
「どうするもこうするも、殺すしかないじゃないですか。あなたをここに送り込んだ黒幕の事も話す気はないんでしょう?」
「だったら早く殺せ」
「取引しましょうよ。私は殺さない。代わりにあなたは魔族の遺体を3体見たことにする。どうです?いい取引でしょう?」
「そういうことか。いいだろう約束しよう」そのネクロマンサーはニタリと笑った。
「じゃあ契約の儀でもしますか。契約書なら用意しますよ」私はその場で契約書を紙に書いて作った。
「いいぞ契約しようじゃないか。契約書を見せてみろ。ああいいぞ、契約終了後もわしを殺さない。間違いないな」ネクロマンサーは、そう言って契約書にサインをした。私もサインをしてからこう言った。
「では、ちょっと頭に触りますね」私はネクロマンサーの頭に手を当てる。
「あ?何をする。あ、ああ、確かに死体を見た。黒焦げの死体じゃ。近くで見たから間違いない」
「いいですか?思い出しましたか。では報告に行ってください」
「そうする。ではな」契約書を持たずにいなくなってしまった。
「これで証人はできましたね」
「催眠か」モーラが怪訝そうな顔で私を見て言いました。
「まあ、そのものまねみたいなものですよ。効果は不明です。でも契約書も作りましたから大丈夫だと思いますよ」
「さて、中に入って続きを話しましょう」
「いや怖いです」ミカさんが怯えている。あなたドラゴンですよね。
「帰りたいですか?別に帰っても良いですけど」
「ああ、いや残ります。何か責任を全部取らされそうなので」震えながら踏みとどまるミカさん。
「残念ですね、帰ったら全部ドラゴンの里のせいにできたのに」私は残念そうに言った。
「いるも地獄、帰るも地獄ですか」そう言ったミカの尻をモーラがポンポンとたたいた。
再びぎゅうぎゅう詰めの居間に全員が揃っている。
「さて、邪魔者は追い返しました。続きを話しましょう」
「まあ、結論は出たのじゃがな」
「結果的に3人が死んだことにして、報告するようにしましたが、やっぱり遺体がないとだめでしょうから、本当に死んでもらいます」
「まだやるのか」
「ええ、あんな物では騙されてくれません。あんなのは子供だましです」
「確かになあ」
「ということで、焼死体を作り、新しい里に運んでいくことになります」
「死体にしたら腐らないか?」
「大丈夫です。焼死体ですから」私はそう言って全員を見回しました。誰も私と目を合わせてくれません。トホホ。
「ということで、新しい里との連絡を取っていただいて、新しい里にその遺体を持ち込めるよう取り計らってください」私は獣人さん達に言った。
「わかったそれは何とかする」
「たぶんさっきのネクロマンサーの報告を信用せず、本当に死んでいるか探しに来ますので、元魔王様達がわざと見つかって攻撃を受けます。そこに住んでいることが判明すると、土のドラゴンの縄張りであっても、侵入してくる訳のわからない敵から何回か攻撃を受けます。あなた達には、それを苦にここから逃亡して焼身自殺をしてもらいます。まあそういういう線でお願いします」
「すぐに死んではだめか」面倒くさげにモーラが言った。
「信憑性が欲しいのと、今死なれては私達に殺人の疑いがかかりますので」私はその事をアンジーに言われていたのです。
「そういうことか」
「死ぬ場所は、ここから出てドラゴンの縄張りを越えそうなギリギリの場所になります。しかも探しにきた人の目の前で焼身自殺してもらいます」
「大丈夫なのか?」
「さあ?」
「さあ?って」
「だってこんなの賭けでしかないですよ。見破られたらおしまいですから」
「一応、魔法使いの里とドラゴンの里に助けを求め、相談したいと言ってその人達を呼んで、直前にその人達から逃げて目の前で焼身自殺を図るという計画でお願いしますね」
「そうですね。ドラゴンの里と魔法使いの里からの使者が見聞するので、信憑性が増すでしょう」
「それまで生かしておく理由は?」
「温情じゃな。それまでの間親子3人仲良く暮らせと」
「余計残酷ですねえ」
「まあ、後ろに控えている敵をおびき出すための餌としておこうか」
「敵は3人とも殺して誰かになすりつけたいのですから。それと私が焼死体を作ります」
「作れるのですか?」
「魔族の体を構成するものを死体をまねて作ってみます」
「人体錬成か?すごいのう」
「そんなことできませんよ。あくまで死体に似ているものですよ」
「では、獣人さん達にはよろしくお願いします。あと、ミカさんとエリスさんもそれぞれが、自分のできることをしてください」
「あと、ご家族にはモーラのいた古い洞窟に滞在してください。元魔王様は、家族とともに非武装非暴力について、もう一度考えてください。その考え方はあくまで理想で、残念ですがこの世界では生きていけません。私のいた世界でも無理だったのです。ですから防衛のための力を行使願います。
いいですか、無抵抗主義は、この世界では何の役にも立たないのです。過剰な攻撃を加えろと言っているのではありませんよ。ただ自分の大切な人や物を守るためには相手を止めるため、相手を傷つけること殺すことをためらってはいけません。なぜなら相手はそれを奪おうと殺意を悪意を持って向かってくるのですから。相手の善性に頼って、自分が守りたい大切な命を無くしてから後悔しても返ってきませんよ」
獣人達は、一人がモーラの洞窟に寄ってから次の町に移動し、それ以外はバラバラに新しい里から連絡が入る予定の場所を目指して散っていった。出来るだけ早く連絡が取れるように。残ったのは、ミカとエリスである。いや残されたのだ。メアの手でお茶が配られたが口にする余裕はなさそうだ。
「さて今回の件、貴方たちにはどう伝わっていてどうするよう言われていたのでしょうか」
「・・・・」
「まずミカさん。そういえばモーラが里の長老に話しておけと言われていましたがどうなりましたか」
「それについては、聞かなかったことにすると言われてですね。そのあとヒメツキさんに伝えたのですけど。ヒメツキさんが長老達に再度お伺いを立てたのですが、それとこれとは状況が違うと言われてしまって。けんか別れのようになったようです」
「で、それをわしに伝えに来なかったと」
「ヒメツキさんにエリスさんへの同行のこともつい話してしまい、不許可となりまして、さらに監禁・謹慎処分になりました。今回はヒメツキさんの申しつけでこちらに参った次第です」
「で、何を申し付けられたのじゃ」
「長老達の言葉として、今回の件、ドラゴンの里はあずかり知らぬ事である。とだけ言ってこいと言われました」
「はっ。ミカに行かせて、この話を聞かせておいてよかったわ。さすがにこちらからその事に言及すれば何も知らぬではすまんじゃろう。結局トラブルから逃げたいだけじゃろうが」
「さてエリス嬢ちゃんや」
「やめてよその呼び方、脅しに聞こえるわ」
「いや脅しているんじゃよ。わかるな」
「話せることなんて何もないわ」
「いいやあるじゃろう?さあ話せ」
「その前になぜわざわざあの隠れ里を調査することになったのですか、パムさんとレイとともに一緒に調査したではないですか」
「それはね。里から命令されたからよ。それだけ。パムさんとレイさんを借りに来たのは、里の長から言われたのよ。パムさんの洞察力とレイさんの鼻が利くことからね。それにこの事を他言しないでしょう?」
「あの時襲われたのはどうしてなのでしょうか」
「あの時襲われたのは、やはり今回の黒幕に近い者でしょうね」
「ふむ、さて・・・話を戻そうか」
「もう、互い直接やり合って欲しいわ。間に立たされているこっちの身にもなってほしいのよね」
「良いのか?こやつが魔法使いの里に直接乗り込むことで何が起きるか。しかもお嬢、お主が連れ込むことになるんじゃぞ、お嬢なら簡単に想像できるじゃろう」
「ええ、想像できるわよ、伝統も格式も全部無くなるわ、不文律もね。だから魔法使いの里としては、この件にもあなたにも関わりたくなかったのよ」
「関わりたくないその里のお使いの人は、今回の件は魔法使いの里には関係ないと言えと言われたのか」
「そうよ、それともう一つだけ。里は、あの玉がどうなったのかをしきりに心配していたわ」
「転移魔法の玉ですねえ。そういえばあれは、誰が作ったのですか」
「それを私が簡単に言うとでも思うの」
「まあ、普通なら言わないわな。だが、こやつはすぐにでも作れるぞ。たぶん解析済みじゃ。じゃから、こやつがたくさん作れば、この世界は混沌に飲み込まれる。それでもよいのかな?」
「まあ、そう言う交渉をしてくると思ったわよ。実際、私はあなた自身が作った転移魔法のおかげで命拾いをしていますからね。ただね、その事は里には話してはいないわ。わたしのとっておきの情報で、あなた達への交渉のカードだもの。こんな事里に言えば、あなたと里で全面戦争になるでしょうからね」
「そうじゃな。じゃが里の話はいいわ。わしが聞きたいのは、魔法使いの里がいつから転移魔法を作れて、なぜその事実を隠し続けていたのかじゃ。自分たちだけがその恩恵に浴しておったのじゃろう?」
「あなたは、ドラゴンの里にほとんどいなかったから知らなかったのでしょうけど、ドラゴンの里も元魔王も魔法使いの里も転移魔法の存在については知っていたのよ」
「なるほど、それほどまで隠すような魔法なのか?」
「そうね、まあ仕方がないから話してしまいましょうか。転移魔法の玉を作った者は、たった10個作って死んだのよ。そして、その作り方も残していない。起動させたときにほんの一瞬だけ最初の起動式のみ見えるのよ。だから解析や複製はできないしろものなの。この世界には10個しかその玉はないのよ」
「なるほど。で、この玉をそれぞれの長に持たせたと」
「正解。さすが辺境の賢者ね。一つずつ各種族の長に持たせ、クーデターとかそれぞれの族長に何かあった場合にはそれを使って逃げられるよう渡していたのよ。死なれるとクーデターの真実が隠蔽されてしまって、制裁ができなくなるからね」
「元魔王が持っていたのは?」
「単に魔王が入れ替わった段階で一度魔法使いの里に戻すことになっていたのに返さなかったからよ。まあ、元魔王は引退したとしても、まだ狙われる可能性があったからもあるみたいだけど。あと、現魔王が持っているかどうかは知らないわ」
「なるほどな。たった10個しかないのならその行方も気になるわな」
「だとしたら、玉が転移する先はいつもはどこに設定されているのですか」
「知らないわ。今までそういう事態が起きていないから。まあ、それぞれの国境の端あたりじゃないのかしら」
「転移先の変更登録ができるのは誰ですか」
「知らないわ」
「なるほどな。長老クラスか」
「それは本当に知らないわよ」
「そのようじゃな」
「ではだいたい聞けましたので、この辺でおしまいにしましょう。今後も私たちと敵対していきますか?ミカさん」
「帰って、ヒメツキ様と話し合ってからにします。ただ、私の考えが甘かったところもありますので、ほどほどの距離感を持って付き合っていきたいと考えています。あとは、少なくともドラゴンの里とは疎遠にします」
「そこだけはわしも悪かった。貧乏くじを引かせたのう」
「本当にそうですよ。モーラ様」
「さて、エリスさんはどうですか?」
「あんたとは、正直つきあいをやめたいのだけれど、あの薬草のおかげで商売上のつきあいを続けないと他の魔法使い達から突き上げが来るのよ。なので付き合わざるをえないのよね。まあ私が知る魔法使いの里からの情報提供は、できるだけ包み隠さず伝えるわ。話していれば他の者が伝えに来させるようにするし」
「普通の魔法使いがこの結界を越えて玄関まで来られるものか。結局お主が来ることになるじゃろうが」
「いいえ、そんな時は絶対来ないわ魔女の誰かをよこすわよ」
「お話しはお済みでしょうか」メアさんが台所の戸口から声を掛ける。
「そうね、一緒に食べましょうか」アンジーが声を掛ける。
「あんた達のその感覚が理解できないわ。私たちを敵認定しておいて一緒に食事しようとか頭おかしいんじゃない?」
「まあそう言わずに、結構な時間が経っております。おなか空いているでしょう」
「まあそうね、お願いしようかしら」
「ミカさんは」
「久しぶりにおいしい物が食べられそうですので」
「あんたもたいがいね」エリスさんがミカさんを見て言いました
「これは、この家庭のしきたりであり、仲直りの儀式なんですよ。ねえ」ミカさんがそう言った。
「おぬしは相変わらず甘いのう」
「え?」
「これは買収じゃ。わかるな」
「はい。それでも食べていきます」
「ああ買収されておけ。その方が気が楽じゃぞ」
「それでは、これからご用意します」メアさんが台所へひっこむ。ユーリとパムが続く。もちろん手伝いのためだ。
そうして食事の用意が始まった。
「そうそう、玉は所有者である元魔王にお返ししますので、返して欲しいならそちらと交渉願います。モーラお手数ですが、住処に帰る前に所有者の元魔王様に持って行ってください」
「ああ。わしもここには居られないか」
「ここにいては、近付いてくる気配に鈍感になって領地を守れないわよ」アンジーがなだめるように言った
「しばらくは、あそこに居なければならぬか」モーラはため息交じりである。
「よろしくお願いします」
「はあ・・どう報告すれば良いのか。本当の事を話すのか、元魔王がもうじき殺されると話すのか」
「どちらでもかまいませんよ。ただしその時が来たら必ず使者をこちらに連れてきてくださいね」
「わかったわ」
「わかりました」
「ではよろしくお願いします。こちらからの連絡がつくようにしておいてくださいね」
「おや、誰か来たようだぞ」
「もう魔族の襲来ですか?早すぎませんか?」
「ああ、元魔王達じゃな」
「おや、何かありましたかね」
扉をノックする音に応じて扉を開ける。
「実はお願いがありまして。この子が入っていたお風呂についてです。一度だけ見せてもらえませんか」
「それはかまいません。では、さきにお食事をご一緒しませんか、その後お入りになってください。きっとお疲れでしょう。ゆっくりつかってください。メアさん食事は追加できますか」
「ご用意できます。あと、お風呂の用意もすでにしておりますので、お入りになられます」
「どちらが先でもかまいませんよ?どうしますか」
「お父様、先にお風呂が良いです」食卓テーブルの状況を見て気を利かせたようだ。
「では、先にお風呂にお入りください。入り方は、その子が知っていると思いますので」
「すいません、どうしてもお風呂と言われまして、作ってみたのですが違うと泣かれてしまいまして」
「甘えたいのでしょうねえ」
「誠に申し訳ありません」
「ご家族でどうぞ」
「あの~、ここに皆さん全員で入っていたのですよね」奥様の方が怪訝そうな顔で尋ねる。
「ええ、さすがにその子は一人で入っていましたよ」
「ぜひ、皆さんと一緒に入りたいと言っておりまして。実際この子が、女の子なのはすでに皆さんがご承知だと聞いております。ですので、女同士でお入りなられて欲しいのですが」
「ふ、いつもならこやつのハーレム風呂なのだがな。よいよい、女ばかりで入ろうじゃないか」
「いいわよ、でもやみつきになるから注意してね」
そう言って、あの子を含む女性全員でお風呂場に向かった。さすがにミカさんとエリスさんは行かずに残った。2人とも元魔王の子どもが女の子であったことは知らなかったようで壮絶に驚いている。
「まさか、女の子だったとはね」
「今回の事件で最大の驚きです」
「知られて良いのですか?」
「ええ、それぞれの里には、生まれたときにすでに話をしております。それに死んでしまえば単なる噂で終わりましょう」
「なるほど。これからはちゃんと女の子として暮らしていけますね」
「本人は男勝りのところがあってあまり変わらないと言っておりました。ミカさん、エリスさん、いろいろとご迷惑をおかけしましたね」
「私たちが迷惑したのは、その男の怒りが私たちに向いたことだけよ。そうよね」
「そうですね、本当に肝が冷えました」
「はい、申し訳なく思っています」
「この男に関わったことを後悔するわよきっと」
「そうでしょうか」
「きっと、敵に回らなければ大丈夫ですが、本人が敵側についたと判断したときの豹変ぶりがすごいので」
「それはそうでしょう?ちゃんと話せないことでも話してもらわないとびっくりするじゃないですか」
「びっくりねえ。まあ、私も里とのつきあいを少し考え直さないとダメだとは認識できたので、今回の事は良かったかも知れないわね」
「確かに、あの古びた考え方はちょっといただけません。それに盲従してしまったのも反省ですね」
そんな話をしていると、突然、元魔王様がテーブルに手をついて頭を下げる。
「魔法使いさん。本当にありがとうございました」
「ええ?お風呂のことですか?」私の言葉にエリスとミカが椅子から崩れ落ちそうになる。
「いえ、これまでのことすべてです」
「ああそのことですか。まだすべて終わったわけではありませんよ。頭を下げるならその時の方が良かったのではありませんか。まあ、頭を下げて欲しいとも思っていませんけど」
「そうですが、その、なんと言って良いのかわかりませんが、目を覚まさせてもらったといいますか」
「まあ、私はいつも言いすぎますので。感情が先にあってそれを口に出している部分もありますし」
「でも、冷たい言い回しの中に実際には真剣に考えていただいているのを感じました」
「はあそうですか?」
「私は魔王を百年ほどやっていました。そして子どもができ、その子が女の子であったため男の子と偽っておりました」
「それが不思議なのです。どうしてですか」
「はい、長らく子どもができていなかったこと。跡取りができたことで、体制派の意気が上がることで反体制派を押さえ込めること。混乱で政情が不安定で明るい話題が欲しかったことがありました」
「国威発揚ですか」
「はい、恥ずかしながら自分の子どもを道具として使ってしまいました」
「性別を偽ることにためらいはありませんでしたか」
「先ほど話したようにうちの子には、男女の区別はあまり感心がありませんでした。あの子も男の子の服を好んでいましたので」
「そうでしたか」
「そのうちにうちの子どもからは、どうして他種族と争うのか、仲良くできないのかと聞かれ、私の魔王としてのアイデンティティはその時に崩されました。そして魔王でいることに疑問を持ち、それに合わせて魔力量も落ちていきました」
「なるほど。精神の疲弊のために能力までが落ちていったんですね」
「そのようです。元々、人族と融和政策を取ろうとしていたところだったのですが、魔族絶対主義派を抑えられる力も無くなり、子どもの言葉ひとつでこんなにも心は弱くなるのかと自身の不甲斐なさに気づき、私は魔王であることを突然やめました。そのために一時期、魔王不在のまま魔王の席の争奪戦になりかけていましたが、そこに現魔王堕天使ルシフェルが現れ。その絶対的な力の前に魔族は再び一本化されましたようなのです」
「そうですか。でも、それはあなたにとっては良かったのですねえ」
「はい、でも今回の事が起きて、子どもの安全を図るといいながら、他人の言葉を過信して子どもを危険にさらすことになりましたから」
「私のように見知らぬ人だけでなく、ドラゴンの里とか魔法使いの里とかまで信用してしまいましたからねえ」
「はい、これまで良好な関係を持っていたとしても、あくまで魔王だった私に対してであって、今は、ただの元魔王だという事を痛感しました。厄介払いしたかったというのが両方の里の意見だったんですね。あと、細かい話ですが、事前準備の段階でちゃんとあの玉にも疑いの目を持っていれば、ここまでの事にはなっていなかったのです」
「次は無いと思いたいですが、これからはどんな小さな事でも慎重に事を進めなければいけませんね」
「そうですね」
「な~にお主ら辛気くさい顔をしているのじゃ。元魔王よ。とりあえず家族で風呂に入ってさっぱりしてこい。妻と娘が風呂場で待っておるぞ」
「そうですか。それでは私も入らせていただきます。本当によろしいのでしょうか」
「お風呂で家族が待っていますから早く入ってあげてください」
「ありがとうございます」
「ゆっくり入ってくださいね。でものぼせないように気をつけてくださいね」
「何から何までありがとうございます」
そう言って元魔王は脱衣所に消えた。
「さて今後じゃが」
「あの家族の護衛はモーラさんにお任せします」
「やっぱりか」
「家族でお風呂に入って、精神が安定して彼の魔力量が増えれば必要ないでしょうけど、当分は襲ってくる者達への対応をお願いします」
「ふむ、心を壊していたか」
「戦わずに生きて行くには無理があり、そのジレンマが影響しているのではないでしょうか。もちろん素人考えですが」
「わかった。しばらくの間は様子を見よう」
「ありがとうございます。ここの結界もレベルを下げて、ここにいても感じられるようにはしますので、少しだけの間、新しい洞窟で暮らしてください」
「ご飯は食べに来ても良いかのう。あと風呂もな」
「エルフィが頑張れば大丈夫じゃないですかねえ」
「問題点があります~元魔王様達が来ていたローブですけど~これが魔族の気配を遮断していて~気配に気付かなかったのですよ~」
「なるほど。侵入を許したのはそういうからくりか」
「はい~たぶんローブを着て動かないでいると気づくことは難しいです~動いていれば少しはわかりますけど、それさえも注意して観測していないと難しいですね~」
「対策が必要か」
「そうですね~」
「そうなると罠を仕掛けるしかないですね」
「この家の周囲に張り巡らした罠みたいなものか」
「それが一番良いですかね。ネズミを駆除するならねずみ取りですから」
「しかし、罠にわしらが引っかかる可能性もあるのだろう?」
「そこは、少しだけ注意が必要ですね。ただ、一朝一夕にはできませんので」
「じゃあ護衛を増やす必要があるな」
「やはり交替で見張ることになりますか」
「とりあえずそうしますね」
「そろそろお風呂から上がってこられるようです。食事の用意ができますので、そのままお食事を」
そうして、家族全員と元魔王一家、ミカ、エリスとの食事が始まる。
続く
「それはないだろう、この子を保護していたんだよな」獣人の男が言った。
「ええ、村の人がどうして良いかわからず困っていて、村の人がかわいそうでしたから」
「え?」
「この子のためではありませんよ。預かった手前ちゃんと世話をしないと世間の風評が悪いですし」
「なんだと」立ち上がりかけるのを隣の獣人が抑える。
「だから、私達に事前の相談もなく勝手に騒ぎに巻き込んでおいて、その尻拭いをさせようと言うんです。その結果誰かが責任をとる。当然のことでしょう?」
「・・・・」
「良いですか?貴方達は、領主に不満があり、勝手に里を出て都合良く死んだふりをして新しい里を作って、そこに移動して幸せに暮らそうとした。しかし、途中で邪魔が入り断念して逃げ出した。そして、何かしらないけど便利な玉で子どもはどこかへ逃がし、自分たちも逃げた。その子を探すことまで人に頼り、その結果その子を保護した私達は迷惑をかけられている。迷惑をかけたことに謝罪はしているけど、子供を保護したことに感謝もせずにね」
「あ・・・」
「あじゃないんだわ、子どもの事をないがしろにしすぎではないのですか?正直ちょっとひきますよ。しかも、村に着いたら盗みをさせて私達に助けさせて、もしかしたらあの時にその子は知らないから勝手に殺して良いですよと私が言わないという保証がどこにあったんですか?
それと、ここまで大がかりな話だと知っていたら、あの子のことを知らぬ存ぜぬで放逐していましたよ。人の善意を何だと思っているんですかね!聞いていますか魔法使いさん、ドラゴンさん」
ミカとエリスがびくっとしている。
「今日は2回目じゃなあ切れるの。しかし、ものすごいオーラじゃな」モーラが笑いながら言った。
「まあ、怒りのぶつける先が違うのにイライラしているんですけどね」そう言ってならない指をパチリと鳴らす。
私の手から糸が垂れていて、その糸を炎が伝って玄関の外に出て行く、しばらくして扉の外からギャアアアアアと人の叫び声がする。扉を開けて炎の続いている先に行くと火だるまになった人がいた。
「意外に近くにいましたねえ。久しぶりですネクロマンサーさん。あなたですよね」
「ああそうじゃ。どうしてわしがいると思ったのじゃ」
「いや、見張っていた獣人さん達をさらに見張っていたじゃないですか。近づいた時にこの糸を絡ませておいたのですよ。どこかに報告に行くのかと思ったらずーっとこちらの様子をうかがっていましたよねえ」
「それが任務じゃからなあ」燃えながら話をしている。
「さて、そろそろ本体に会いたいですねえ」パチリと指を鳴らす真似をすると。
「は?」というゾンビの声の後「うぎゃあ」と言う声が近くの木の上から聞こえて、小さい炎が見えたあとドサリと音がして何かが落ちた。
「パムさんメアさん、連れてきてください」
「はい」パムとメアが扉から出てその男を捕まえに行く。しばらく全員で扉の前で待っていると、小男が連れてこられた。左目を手で押さえている。
「初めましてネクロマンサーさん。なんか新鮮ですねえ、こうしてお顔を拝見できるなんて」
「わしをどうする気なのか」後ろ手に縛られているので、顔だけあげている。
「どうするもこうするも、殺すしかないじゃないですか。あなたをここに送り込んだ黒幕の事も話す気はないんでしょう?」
「だったら早く殺せ」
「取引しましょうよ。私は殺さない。代わりにあなたは魔族の遺体を3体見たことにする。どうです?いい取引でしょう?」
「そういうことか。いいだろう約束しよう」そのネクロマンサーはニタリと笑った。
「じゃあ契約の儀でもしますか。契約書なら用意しますよ」私はその場で契約書を紙に書いて作った。
「いいぞ契約しようじゃないか。契約書を見せてみろ。ああいいぞ、契約終了後もわしを殺さない。間違いないな」ネクロマンサーは、そう言って契約書にサインをした。私もサインをしてからこう言った。
「では、ちょっと頭に触りますね」私はネクロマンサーの頭に手を当てる。
「あ?何をする。あ、ああ、確かに死体を見た。黒焦げの死体じゃ。近くで見たから間違いない」
「いいですか?思い出しましたか。では報告に行ってください」
「そうする。ではな」契約書を持たずにいなくなってしまった。
「これで証人はできましたね」
「催眠か」モーラが怪訝そうな顔で私を見て言いました。
「まあ、そのものまねみたいなものですよ。効果は不明です。でも契約書も作りましたから大丈夫だと思いますよ」
「さて、中に入って続きを話しましょう」
「いや怖いです」ミカさんが怯えている。あなたドラゴンですよね。
「帰りたいですか?別に帰っても良いですけど」
「ああ、いや残ります。何か責任を全部取らされそうなので」震えながら踏みとどまるミカさん。
「残念ですね、帰ったら全部ドラゴンの里のせいにできたのに」私は残念そうに言った。
「いるも地獄、帰るも地獄ですか」そう言ったミカの尻をモーラがポンポンとたたいた。
再びぎゅうぎゅう詰めの居間に全員が揃っている。
「さて、邪魔者は追い返しました。続きを話しましょう」
「まあ、結論は出たのじゃがな」
「結果的に3人が死んだことにして、報告するようにしましたが、やっぱり遺体がないとだめでしょうから、本当に死んでもらいます」
「まだやるのか」
「ええ、あんな物では騙されてくれません。あんなのは子供だましです」
「確かになあ」
「ということで、焼死体を作り、新しい里に運んでいくことになります」
「死体にしたら腐らないか?」
「大丈夫です。焼死体ですから」私はそう言って全員を見回しました。誰も私と目を合わせてくれません。トホホ。
「ということで、新しい里との連絡を取っていただいて、新しい里にその遺体を持ち込めるよう取り計らってください」私は獣人さん達に言った。
「わかったそれは何とかする」
「たぶんさっきのネクロマンサーの報告を信用せず、本当に死んでいるか探しに来ますので、元魔王様達がわざと見つかって攻撃を受けます。そこに住んでいることが判明すると、土のドラゴンの縄張りであっても、侵入してくる訳のわからない敵から何回か攻撃を受けます。あなた達には、それを苦にここから逃亡して焼身自殺をしてもらいます。まあそういういう線でお願いします」
「すぐに死んではだめか」面倒くさげにモーラが言った。
「信憑性が欲しいのと、今死なれては私達に殺人の疑いがかかりますので」私はその事をアンジーに言われていたのです。
「そういうことか」
「死ぬ場所は、ここから出てドラゴンの縄張りを越えそうなギリギリの場所になります。しかも探しにきた人の目の前で焼身自殺してもらいます」
「大丈夫なのか?」
「さあ?」
「さあ?って」
「だってこんなの賭けでしかないですよ。見破られたらおしまいですから」
「一応、魔法使いの里とドラゴンの里に助けを求め、相談したいと言ってその人達を呼んで、直前にその人達から逃げて目の前で焼身自殺を図るという計画でお願いしますね」
「そうですね。ドラゴンの里と魔法使いの里からの使者が見聞するので、信憑性が増すでしょう」
「それまで生かしておく理由は?」
「温情じゃな。それまでの間親子3人仲良く暮らせと」
「余計残酷ですねえ」
「まあ、後ろに控えている敵をおびき出すための餌としておこうか」
「敵は3人とも殺して誰かになすりつけたいのですから。それと私が焼死体を作ります」
「作れるのですか?」
「魔族の体を構成するものを死体をまねて作ってみます」
「人体錬成か?すごいのう」
「そんなことできませんよ。あくまで死体に似ているものですよ」
「では、獣人さん達にはよろしくお願いします。あと、ミカさんとエリスさんもそれぞれが、自分のできることをしてください」
「あと、ご家族にはモーラのいた古い洞窟に滞在してください。元魔王様は、家族とともに非武装非暴力について、もう一度考えてください。その考え方はあくまで理想で、残念ですがこの世界では生きていけません。私のいた世界でも無理だったのです。ですから防衛のための力を行使願います。
いいですか、無抵抗主義は、この世界では何の役にも立たないのです。過剰な攻撃を加えろと言っているのではありませんよ。ただ自分の大切な人や物を守るためには相手を止めるため、相手を傷つけること殺すことをためらってはいけません。なぜなら相手はそれを奪おうと殺意を悪意を持って向かってくるのですから。相手の善性に頼って、自分が守りたい大切な命を無くしてから後悔しても返ってきませんよ」
獣人達は、一人がモーラの洞窟に寄ってから次の町に移動し、それ以外はバラバラに新しい里から連絡が入る予定の場所を目指して散っていった。出来るだけ早く連絡が取れるように。残ったのは、ミカとエリスである。いや残されたのだ。メアの手でお茶が配られたが口にする余裕はなさそうだ。
「さて今回の件、貴方たちにはどう伝わっていてどうするよう言われていたのでしょうか」
「・・・・」
「まずミカさん。そういえばモーラが里の長老に話しておけと言われていましたがどうなりましたか」
「それについては、聞かなかったことにすると言われてですね。そのあとヒメツキさんに伝えたのですけど。ヒメツキさんが長老達に再度お伺いを立てたのですが、それとこれとは状況が違うと言われてしまって。けんか別れのようになったようです」
「で、それをわしに伝えに来なかったと」
「ヒメツキさんにエリスさんへの同行のこともつい話してしまい、不許可となりまして、さらに監禁・謹慎処分になりました。今回はヒメツキさんの申しつけでこちらに参った次第です」
「で、何を申し付けられたのじゃ」
「長老達の言葉として、今回の件、ドラゴンの里はあずかり知らぬ事である。とだけ言ってこいと言われました」
「はっ。ミカに行かせて、この話を聞かせておいてよかったわ。さすがにこちらからその事に言及すれば何も知らぬではすまんじゃろう。結局トラブルから逃げたいだけじゃろうが」
「さてエリス嬢ちゃんや」
「やめてよその呼び方、脅しに聞こえるわ」
「いや脅しているんじゃよ。わかるな」
「話せることなんて何もないわ」
「いいやあるじゃろう?さあ話せ」
「その前になぜわざわざあの隠れ里を調査することになったのですか、パムさんとレイとともに一緒に調査したではないですか」
「それはね。里から命令されたからよ。それだけ。パムさんとレイさんを借りに来たのは、里の長から言われたのよ。パムさんの洞察力とレイさんの鼻が利くことからね。それにこの事を他言しないでしょう?」
「あの時襲われたのはどうしてなのでしょうか」
「あの時襲われたのは、やはり今回の黒幕に近い者でしょうね」
「ふむ、さて・・・話を戻そうか」
「もう、互い直接やり合って欲しいわ。間に立たされているこっちの身にもなってほしいのよね」
「良いのか?こやつが魔法使いの里に直接乗り込むことで何が起きるか。しかもお嬢、お主が連れ込むことになるんじゃぞ、お嬢なら簡単に想像できるじゃろう」
「ええ、想像できるわよ、伝統も格式も全部無くなるわ、不文律もね。だから魔法使いの里としては、この件にもあなたにも関わりたくなかったのよ」
「関わりたくないその里のお使いの人は、今回の件は魔法使いの里には関係ないと言えと言われたのか」
「そうよ、それともう一つだけ。里は、あの玉がどうなったのかをしきりに心配していたわ」
「転移魔法の玉ですねえ。そういえばあれは、誰が作ったのですか」
「それを私が簡単に言うとでも思うの」
「まあ、普通なら言わないわな。だが、こやつはすぐにでも作れるぞ。たぶん解析済みじゃ。じゃから、こやつがたくさん作れば、この世界は混沌に飲み込まれる。それでもよいのかな?」
「まあ、そう言う交渉をしてくると思ったわよ。実際、私はあなた自身が作った転移魔法のおかげで命拾いをしていますからね。ただね、その事は里には話してはいないわ。わたしのとっておきの情報で、あなた達への交渉のカードだもの。こんな事里に言えば、あなたと里で全面戦争になるでしょうからね」
「そうじゃな。じゃが里の話はいいわ。わしが聞きたいのは、魔法使いの里がいつから転移魔法を作れて、なぜその事実を隠し続けていたのかじゃ。自分たちだけがその恩恵に浴しておったのじゃろう?」
「あなたは、ドラゴンの里にほとんどいなかったから知らなかったのでしょうけど、ドラゴンの里も元魔王も魔法使いの里も転移魔法の存在については知っていたのよ」
「なるほど、それほどまで隠すような魔法なのか?」
「そうね、まあ仕方がないから話してしまいましょうか。転移魔法の玉を作った者は、たった10個作って死んだのよ。そして、その作り方も残していない。起動させたときにほんの一瞬だけ最初の起動式のみ見えるのよ。だから解析や複製はできないしろものなの。この世界には10個しかその玉はないのよ」
「なるほど。で、この玉をそれぞれの長に持たせたと」
「正解。さすが辺境の賢者ね。一つずつ各種族の長に持たせ、クーデターとかそれぞれの族長に何かあった場合にはそれを使って逃げられるよう渡していたのよ。死なれるとクーデターの真実が隠蔽されてしまって、制裁ができなくなるからね」
「元魔王が持っていたのは?」
「単に魔王が入れ替わった段階で一度魔法使いの里に戻すことになっていたのに返さなかったからよ。まあ、元魔王は引退したとしても、まだ狙われる可能性があったからもあるみたいだけど。あと、現魔王が持っているかどうかは知らないわ」
「なるほどな。たった10個しかないのならその行方も気になるわな」
「だとしたら、玉が転移する先はいつもはどこに設定されているのですか」
「知らないわ。今までそういう事態が起きていないから。まあ、それぞれの国境の端あたりじゃないのかしら」
「転移先の変更登録ができるのは誰ですか」
「知らないわ」
「なるほどな。長老クラスか」
「それは本当に知らないわよ」
「そのようじゃな」
「ではだいたい聞けましたので、この辺でおしまいにしましょう。今後も私たちと敵対していきますか?ミカさん」
「帰って、ヒメツキ様と話し合ってからにします。ただ、私の考えが甘かったところもありますので、ほどほどの距離感を持って付き合っていきたいと考えています。あとは、少なくともドラゴンの里とは疎遠にします」
「そこだけはわしも悪かった。貧乏くじを引かせたのう」
「本当にそうですよ。モーラ様」
「さて、エリスさんはどうですか?」
「あんたとは、正直つきあいをやめたいのだけれど、あの薬草のおかげで商売上のつきあいを続けないと他の魔法使い達から突き上げが来るのよ。なので付き合わざるをえないのよね。まあ私が知る魔法使いの里からの情報提供は、できるだけ包み隠さず伝えるわ。話していれば他の者が伝えに来させるようにするし」
「普通の魔法使いがこの結界を越えて玄関まで来られるものか。結局お主が来ることになるじゃろうが」
「いいえ、そんな時は絶対来ないわ魔女の誰かをよこすわよ」
「お話しはお済みでしょうか」メアさんが台所の戸口から声を掛ける。
「そうね、一緒に食べましょうか」アンジーが声を掛ける。
「あんた達のその感覚が理解できないわ。私たちを敵認定しておいて一緒に食事しようとか頭おかしいんじゃない?」
「まあそう言わずに、結構な時間が経っております。おなか空いているでしょう」
「まあそうね、お願いしようかしら」
「ミカさんは」
「久しぶりにおいしい物が食べられそうですので」
「あんたもたいがいね」エリスさんがミカさんを見て言いました
「これは、この家庭のしきたりであり、仲直りの儀式なんですよ。ねえ」ミカさんがそう言った。
「おぬしは相変わらず甘いのう」
「え?」
「これは買収じゃ。わかるな」
「はい。それでも食べていきます」
「ああ買収されておけ。その方が気が楽じゃぞ」
「それでは、これからご用意します」メアさんが台所へひっこむ。ユーリとパムが続く。もちろん手伝いのためだ。
そうして食事の用意が始まった。
「そうそう、玉は所有者である元魔王にお返ししますので、返して欲しいならそちらと交渉願います。モーラお手数ですが、住処に帰る前に所有者の元魔王様に持って行ってください」
「ああ。わしもここには居られないか」
「ここにいては、近付いてくる気配に鈍感になって領地を守れないわよ」アンジーがなだめるように言った
「しばらくは、あそこに居なければならぬか」モーラはため息交じりである。
「よろしくお願いします」
「はあ・・どう報告すれば良いのか。本当の事を話すのか、元魔王がもうじき殺されると話すのか」
「どちらでもかまいませんよ。ただしその時が来たら必ず使者をこちらに連れてきてくださいね」
「わかったわ」
「わかりました」
「ではよろしくお願いします。こちらからの連絡がつくようにしておいてくださいね」
「おや、誰か来たようだぞ」
「もう魔族の襲来ですか?早すぎませんか?」
「ああ、元魔王達じゃな」
「おや、何かありましたかね」
扉をノックする音に応じて扉を開ける。
「実はお願いがありまして。この子が入っていたお風呂についてです。一度だけ見せてもらえませんか」
「それはかまいません。では、さきにお食事をご一緒しませんか、その後お入りになってください。きっとお疲れでしょう。ゆっくりつかってください。メアさん食事は追加できますか」
「ご用意できます。あと、お風呂の用意もすでにしておりますので、お入りになられます」
「どちらが先でもかまいませんよ?どうしますか」
「お父様、先にお風呂が良いです」食卓テーブルの状況を見て気を利かせたようだ。
「では、先にお風呂にお入りください。入り方は、その子が知っていると思いますので」
「すいません、どうしてもお風呂と言われまして、作ってみたのですが違うと泣かれてしまいまして」
「甘えたいのでしょうねえ」
「誠に申し訳ありません」
「ご家族でどうぞ」
「あの~、ここに皆さん全員で入っていたのですよね」奥様の方が怪訝そうな顔で尋ねる。
「ええ、さすがにその子は一人で入っていましたよ」
「ぜひ、皆さんと一緒に入りたいと言っておりまして。実際この子が、女の子なのはすでに皆さんがご承知だと聞いております。ですので、女同士でお入りなられて欲しいのですが」
「ふ、いつもならこやつのハーレム風呂なのだがな。よいよい、女ばかりで入ろうじゃないか」
「いいわよ、でもやみつきになるから注意してね」
そう言って、あの子を含む女性全員でお風呂場に向かった。さすがにミカさんとエリスさんは行かずに残った。2人とも元魔王の子どもが女の子であったことは知らなかったようで壮絶に驚いている。
「まさか、女の子だったとはね」
「今回の事件で最大の驚きです」
「知られて良いのですか?」
「ええ、それぞれの里には、生まれたときにすでに話をしております。それに死んでしまえば単なる噂で終わりましょう」
「なるほど。これからはちゃんと女の子として暮らしていけますね」
「本人は男勝りのところがあってあまり変わらないと言っておりました。ミカさん、エリスさん、いろいろとご迷惑をおかけしましたね」
「私たちが迷惑したのは、その男の怒りが私たちに向いたことだけよ。そうよね」
「そうですね、本当に肝が冷えました」
「はい、申し訳なく思っています」
「この男に関わったことを後悔するわよきっと」
「そうでしょうか」
「きっと、敵に回らなければ大丈夫ですが、本人が敵側についたと判断したときの豹変ぶりがすごいので」
「それはそうでしょう?ちゃんと話せないことでも話してもらわないとびっくりするじゃないですか」
「びっくりねえ。まあ、私も里とのつきあいを少し考え直さないとダメだとは認識できたので、今回の事は良かったかも知れないわね」
「確かに、あの古びた考え方はちょっといただけません。それに盲従してしまったのも反省ですね」
そんな話をしていると、突然、元魔王様がテーブルに手をついて頭を下げる。
「魔法使いさん。本当にありがとうございました」
「ええ?お風呂のことですか?」私の言葉にエリスとミカが椅子から崩れ落ちそうになる。
「いえ、これまでのことすべてです」
「ああそのことですか。まだすべて終わったわけではありませんよ。頭を下げるならその時の方が良かったのではありませんか。まあ、頭を下げて欲しいとも思っていませんけど」
「そうですが、その、なんと言って良いのかわかりませんが、目を覚まさせてもらったといいますか」
「まあ、私はいつも言いすぎますので。感情が先にあってそれを口に出している部分もありますし」
「でも、冷たい言い回しの中に実際には真剣に考えていただいているのを感じました」
「はあそうですか?」
「私は魔王を百年ほどやっていました。そして子どもができ、その子が女の子であったため男の子と偽っておりました」
「それが不思議なのです。どうしてですか」
「はい、長らく子どもができていなかったこと。跡取りができたことで、体制派の意気が上がることで反体制派を押さえ込めること。混乱で政情が不安定で明るい話題が欲しかったことがありました」
「国威発揚ですか」
「はい、恥ずかしながら自分の子どもを道具として使ってしまいました」
「性別を偽ることにためらいはありませんでしたか」
「先ほど話したようにうちの子には、男女の区別はあまり感心がありませんでした。あの子も男の子の服を好んでいましたので」
「そうでしたか」
「そのうちにうちの子どもからは、どうして他種族と争うのか、仲良くできないのかと聞かれ、私の魔王としてのアイデンティティはその時に崩されました。そして魔王でいることに疑問を持ち、それに合わせて魔力量も落ちていきました」
「なるほど。精神の疲弊のために能力までが落ちていったんですね」
「そのようです。元々、人族と融和政策を取ろうとしていたところだったのですが、魔族絶対主義派を抑えられる力も無くなり、子どもの言葉ひとつでこんなにも心は弱くなるのかと自身の不甲斐なさに気づき、私は魔王であることを突然やめました。そのために一時期、魔王不在のまま魔王の席の争奪戦になりかけていましたが、そこに現魔王堕天使ルシフェルが現れ。その絶対的な力の前に魔族は再び一本化されましたようなのです」
「そうですか。でも、それはあなたにとっては良かったのですねえ」
「はい、でも今回の事が起きて、子どもの安全を図るといいながら、他人の言葉を過信して子どもを危険にさらすことになりましたから」
「私のように見知らぬ人だけでなく、ドラゴンの里とか魔法使いの里とかまで信用してしまいましたからねえ」
「はい、これまで良好な関係を持っていたとしても、あくまで魔王だった私に対してであって、今は、ただの元魔王だという事を痛感しました。厄介払いしたかったというのが両方の里の意見だったんですね。あと、細かい話ですが、事前準備の段階でちゃんとあの玉にも疑いの目を持っていれば、ここまでの事にはなっていなかったのです」
「次は無いと思いたいですが、これからはどんな小さな事でも慎重に事を進めなければいけませんね」
「そうですね」
「な~にお主ら辛気くさい顔をしているのじゃ。元魔王よ。とりあえず家族で風呂に入ってさっぱりしてこい。妻と娘が風呂場で待っておるぞ」
「そうですか。それでは私も入らせていただきます。本当によろしいのでしょうか」
「お風呂で家族が待っていますから早く入ってあげてください」
「ありがとうございます」
「ゆっくり入ってくださいね。でものぼせないように気をつけてくださいね」
「何から何までありがとうございます」
そう言って元魔王は脱衣所に消えた。
「さて今後じゃが」
「あの家族の護衛はモーラさんにお任せします」
「やっぱりか」
「家族でお風呂に入って、精神が安定して彼の魔力量が増えれば必要ないでしょうけど、当分は襲ってくる者達への対応をお願いします」
「ふむ、心を壊していたか」
「戦わずに生きて行くには無理があり、そのジレンマが影響しているのではないでしょうか。もちろん素人考えですが」
「わかった。しばらくの間は様子を見よう」
「ありがとうございます。ここの結界もレベルを下げて、ここにいても感じられるようにはしますので、少しだけの間、新しい洞窟で暮らしてください」
「ご飯は食べに来ても良いかのう。あと風呂もな」
「エルフィが頑張れば大丈夫じゃないですかねえ」
「問題点があります~元魔王様達が来ていたローブですけど~これが魔族の気配を遮断していて~気配に気付かなかったのですよ~」
「なるほど。侵入を許したのはそういうからくりか」
「はい~たぶんローブを着て動かないでいると気づくことは難しいです~動いていれば少しはわかりますけど、それさえも注意して観測していないと難しいですね~」
「対策が必要か」
「そうですね~」
「そうなると罠を仕掛けるしかないですね」
「この家の周囲に張り巡らした罠みたいなものか」
「それが一番良いですかね。ネズミを駆除するならねずみ取りですから」
「しかし、罠にわしらが引っかかる可能性もあるのだろう?」
「そこは、少しだけ注意が必要ですね。ただ、一朝一夕にはできませんので」
「じゃあ護衛を増やす必要があるな」
「やはり交替で見張ることになりますか」
「とりあえずそうしますね」
「そろそろお風呂から上がってこられるようです。食事の用意ができますので、そのままお食事を」
そうして、家族全員と元魔王一家、ミカ、エリスとの食事が始まる。
続く
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