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第20話 魔族の子

第20-4話 馬も増える

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○お馬さんいらっしゃ~い
 モーラが洞窟から戻り、ほどなく馬に乗ったアンジーが到着した。馬も一緒だろうからとみんなで玄関から出て待っていた。馬が到着して、アンジーが馬から下りると、その馬が後ろについてきた。
「なーんか村に行く時につけられているような視線を感じていたのよ」アンジーは自分の後ろを気にしながら言った。
「はあそうなのですか」私は間の抜けた返事をしてしまいました。
「村から出て家に向かって走り出したら、併走する馬が現れて、乗れと合図するのよ。得体が知れないからそのまま走っていたら服の首をくわえられて、あきらめて乗ったわ。あー馬酔いかも」ちょっと頭を振っているアンジー。
「それは大変でしたねえ」私は笑いながらそう言いました。
「で、この馬なに?」アンジーが馬を指さして言いました。
「たぶんアとウンの友達の野良馬です」メアさんがさらっと言った。
「こんなに毛並みが良いのに野良なの」馬が顔を近づけたので、思わず顎をなでているアンジー。
「そうらしいです」
「どこからか逃げ出してきたんじゃないの。もめ事は嫌なんですけど」
「まあまあ、今はとりあえず厩舎に入ってもらいましょう。エルフィ」
「はいはい~おいで~」エルフィの声にその馬は素直に従い厩舎に入っていく。まるでいつもそうしているように見えます。
「メアさん、この馬が例の馬ですか」メアにそれとなく尋ねる。
「たぶん、私が見たのも灰色でしたから」
「アとウンが漆黒と純白、そして灰色ですか。次は栗毛でしょうねえ」
「次がありますでしょうか。ということは家族も増えますか?」メアさんが微笑みながら言った。
「それはまあ、成り行きですね」
 そして家に入り、エルフィが戻るのを待って話を始める。ユーリとその子には客室に入ってもらった。
「アンジー、遠隔では話せない内容なのでしょう。あの子に聞かせられない内容ですか?」
「先にそっちの話を聞いてもらったほうが良いと思うわ。その後にするわ」
「わかりました。ユーリには付き添ってもらっていますので、全員というわけにはいきませんが」
「お茶が入りました」メアが
「そっちは埃だらけね。それにしてもいつ戻ってきたの?」アンジーがそう聞きました。
「さきほど玄関に到着しました」パムがすまなそうにいいました。
「座標精度に不安があったので、転送先を外にしておきましたからね。でも、ほとんど正確な位置に着いていますね」私は実験はしていたものの、長距離なので結果が嬉しかったのです。
「空間転移の魔法でしょう?」エリスさんはため息をついて尋ねた。
「はいその通りです。本来使わないことにしていた魔法です」
「まったくあなたは。でも助かったから文句も言えないわね」エリスさんはあきれている。
「パムには最終手段と言ってありましたから」
「はい。捕まる程度なら使用するつもりもなかったのですが、追い詰められ問答無用で消されるところでしたから」
「空間転移の魔法を見られましたか?」
「一応、3人で崖から落ちて、落下地点ギリギリだったので、見られてはいないと思います」
「あそこに死体がないことは不思議に思うでしょうけどね」エリスさんは言った。
「何とかごまかせそうですね。さっそくですが、ここ数日間の話を聞かせてください」
「エリス様」パムがエリスさんを見ました。
「あなたが話して。ほとんどあなたが情報収集したものじゃない。見聞きした人が話したほうが良いでしょ。私は、その情報が正しいかどうか検証しただけだし」メアが持って来たお茶を飲みながらエリスさんは言った。
「わかりました。ぬし様。今回の事件は最初から仕組まれていたものです」パムが姿勢を正してそう言った。
「背景からお願いします」私も思わず背筋を伸ばしました。
「はい。まず、そこを縄張りとする魔族の領主の元に、魔族と獣人、人族の里があったのは事実です。領地内にいくつか里があるのですが、そのうちのひとつの里は元魔王のために特例的に作った里で、製作した農作物や木工品を人族などに売って、収益もそれなりにあり、暮らすには問題なかったようです。
 しかし、ここ最近里の者達が不審な動きを始めたのです。そして頻繁に出入りをするようになり、何かと外と接触しているようだったのです。
 その原因は、突然領主が交代して、その里への待遇を変えたようです。いいえ、冷遇するようになったようで、里の者としては、これまでと同じ待遇を求めているだけなのに認められないことから不信感が募り、里を放棄して外に出るつもりになったようなのです」
「なるほど、今回里に出ることを決意したわけですね」
「はい。そして、里の住人の中に間者がいることもわかったようです。これは推測ですが」
「死んでいたのは間者だったのですね?」
「はい、あくまでもそう推測できるだけですが。たぶん」
「どうしてそう思えるのですか?」
「はい、まず手引きした者が獣人で、その者も殺されています。あと、又聞きになりますが、殺された者達はみんな眠っていたのです」
「眠っている者を殺したということですか?」
「争った形跡がないので、そうだと思います」
「間者は、どの種族の者だったんですか?」
「魔族、獣人、人族すべてです」
「おやまあ」アンジーが思わず声を出した。
「なるほど。でも間者を殺す必要はないのではないですか。それが外からでわかりますか」
「それですが、実は実際の里を見せてもらったのです」
「魔族の領地に入ったのですか?」
「里の場所を漏らさないという条件で、魔族と獣人と魔法使いが合同で領地に立ち入り調査をすることになったそうで、その調査団に参加しました。魔法使いの里の関係者という扱いらしいです」
「なるほど。今回死亡した種族間で何らかの協定があるのかもしれませんね」
「現場の家を見て回ったのですが、幸いなことに死体は片付けられておらず、ほとんどすべてがテーブルで眠った状態で殺されていました」
「やはり人族に殺されていたのですか?」
「そう説明されましたが、傷がどうにも人間の力とは思えない傷でした」
「ほう?じゃあ誰がやったのか」モーラが尋ねます。
「たぶん魔族ではないかと」
「獣人の線はないのですか?」
「かなり上の方から振り下ろしています。少なくとも人間の腕の高さではありません。魔族は獣人が獣人は魔族が、人族はどちらかもしくは人族が殺したのではないでしょうか」
「人は、獣人や魔族を殺してはいないと言う事ですか」
「切断された頭部の傷の大きさとその下のテーブルにあった深い傷を見ましたが、人間の力とは思えません」
 そこで一度静かになった。
「それでは、時系列に沿って話をします。まず、少し前に元魔王は、年貢の話についてこれまでの約束が違うことを領主に抗議しています。しかし、新しい領主に却下されました。そして今回、急に人族が領地の中の里に入ってきます」
「魔族の許可を取らないと中には入れないんですよね、それはどうなったのですか」
「領主の許可は必要ですが、結界の解除は魔族か獣人がやっていたらしく、里に入るのはわりと簡単にできるそうです。ただし、その時作業をしたのは誰か不明です。領主からの許可を受けた魔族と獣人は、現在行方不明です。誰が入ってきたのかは、もちろんわかりません」
「つまり人族が侵入したかどうかは不明なのですか」
「それぞれの種族が何人かずつ入ったことはわかっていますが、誰かまでは特定できていません。そもそも確認しませんので」
「穴だらけの管理ですねえ」私はあきれてしまいました。
「まあ最初から元領主と元魔王との信頼関係でできた里のようですから、そんなものだったらしいのです」
「それくらいでは、元魔王が殺されることにはならないですよねえ」
「里の者は、生活基盤を変えようとしたのですが、里の中に間者がいることを知ってそれを切り捨てて新天地に新しい里を作り、そこに向かうつもりでいたみたいです。移動するにあたって、ここに里を作った時には必要だった元魔王の家族がネックになったようです。ならば、間者と元魔王の家族には死んでもらって後腐れを残さないようにしようとなったのではないでしょうか」
「そんな理由で殺しますか。それならその人達に黙ってそこを去ればいいだけではないですか」
「そうですよね。ですので、違う仮説が必要になります。はい、元魔王一家が死亡したという事実をでっちあげ、新天地で元魔王一家も一緒に生活してめでたし、めでたしと言うシナリオです」パムがそう言いました。
「それならしっくりきますね。でも死体が必要になりませんか?」
「ひどい惨殺死体か、焼死体でもあれば説得力も増すでしょう。たぶん、その方向で話は進んでいたのではないでしょうか。でも、何らかのトラブルがあって、死体も残せずにそこを去ることになったのではないかと思います」
「なるほど。トラブルにより当初の計画通りに行かなくなったということですか」
「そう考えるのが自然かと思います」
「それは、間者が殺されていたこととは関係ありますか?」
「あくまで推測ですが、発案者は間者を殺すつもりだったが、元魔王にはその事は、話していなかったのではないでしょうか。元魔王様には一家で死んだふりをしてもらい、里は解散、それぞれが新天地まで逃げて行くということにしていたけれど、間者を殺すという事実を知った元魔王が軌道修正をさせようとして何かが起きたのではないでしょうか。例えば、言い争いになって元魔王夫婦を殺したとか」
「死体はなかったのに?」
「ええ、混乱させるには死体が無いのが一番ですから。たぶんどの種族も血眼になって探すでしょう。今のこの状況がまさにそれです」
「行方不明で終わらせられないと」
「はい。事実がはっきりするまでは」
「あの子のことはどう説明しますか」
「元魔王様は、あの子に転送できる物を持たせていたのではないのでしょうか。もしくは、あの子には潜在的にその能力があり、何かの術式を組んでおいて、あの時に発動させたのかもしれません。あの時、村に入り露天で果物を手に取るなど、食事のマナーまでしつけされているその子がやるとは思えません。たぶん催眠術に近い何かで操ったとしか思えません」
「後催眠ですかねえ」
「元魔王様ですから、それなりの知見、見識があるとすれば様々な事を想定していると思われます。もっと何かありそうですが、凡人の私にはこれくらいしか思いつきません」
「アンジーどうですか」
「私が聞いた話より詳細に聞けているわね。補足する点は何点かあるわ。その騒動は、初めから仕組まれてものであるけど、里の人達は自分で計画を立てたつもりでいたかもしれないけど、誰か別な人達にうまいこと乗せられたということかしらね」アンジーも嫌な事を話す感じで話し始めました。
「そうなのですか?」
「最初に動き出したのは、もちろん里の人達となるのでしょうけど、領主は共存派から絶対主義派に交代となったのが発端なのでしょう?」
「その時からこの騒動は仕組まれていたと」
「その時は時限装置みたいな気長なものだったらしいけど、意外に早く動き出したのは、間者の存在が明らかになったせいみたいね。でも、これもわざとリークされたものかもしれないのよ。黒幕はけっこうなやり手ね、今でも手のひらの上で踊らされているとは里の者達はわかっていないと思うしね」
「なるほど」
「それと元魔王の家族がその里にいることを現魔王であるルシフェル様はこの事件まで知らなかったそうよ。共存派だったのは知っていたけど、子どもがいたことさえも知らなかったみたいよ」
「現魔王にとって、今回の件は寝耳に水だと?」モーラが思わず声に出した。
「私が聞いたところ、そう話してくれたわ。前回は事情確認に奔走していて連絡がつかなかったらしいのよ」
「どちらかの派閥が今回の件を仕組んだのでしょうか」パムが尋ねる。
「違うわ。どちらかではなくて、たぶん元魔王派ね。とりあえず今回の里の者の殺害を計画したのは元魔王派、それを逆手にとって里を離れる事にしたのは里の者の判断。間者を殺害したのはどちらか不明。元魔王夫婦は、死んだふりするつもりが失敗して、失踪して行方不明。里の者もほとんど全員が行方不明というところかしらね」
「里の中に人族を手引きした者はどっちなんですか?」
「たぶん里の者ね。入ってきた人間は、荷物などを運び出す役目だったらしいから。でも少しは荷物を運び出したみたいでけど、危険を感じて途中で放棄したみたい。あと、里の間者は獣人か魔族が殺したと思うわ」
「人間が運び屋ですか」
「たぶん新天地が人間の領地を通らざるを得ないんでしょうねえ」
「当日の時系列がよくわかりませんね」
「誰かが手引きをして、里に人族が来る。しかし、荷物が運べず混乱する。間者はすでに眠らされている。しかたがないので人族がなにもせず里を出る。誰かに間者が殺される。何かトラブルがあって元魔王夫婦が死ぬ真似をして、息子を転送した後逃げる」
「人族が入ってきた時に元魔王夫婦は、死んでいないとまずくないですか?」
「それにそもそもそんなに荷物を搬出したら目立ちますよね。やはり人族は殺しに来たのではありませんか。全員殺すつもりがほとんどいなくなっていた。あーでも、間者の家族が殺されていないんですよね」パムも混乱している。
「そろそろ他の証言も聞きましょうか。聞こえていましたでしょう」私は奥の部屋につながる廊下の方に声を掛ける。
「はい」そう言って出てきたのはユーリとその子だった。
「聞かせていたの?」エリスさんが私を睨んだ。
「気付いたのはさっきですけどねえ、両親が生きているという内容だったのでそのまま聞いてもらっていました」
「両親は生きていますか」その子は私に尋ねた。しかしパムがそれに答える。
「あの床の血の量では魔族は死にません。少なくともあの館の中では死んではいません」パムはそう告げた。
「そうですか。よかった」その子は胸をなで下ろした。
「もっとうれしそうにしなさいよ」
「はい」
「死んでいなくて残念だった?」アンジーは冷たく尋ねる。
「そんなことはありません。うれしいですよ」そう言いながらもその子の表情はあまり変わらない。
「というか知っていたのですか?」パムはその様子にその子に質問する。
「申し訳ありません。そこまで暗示をかけられていたようです。両親は死んでいません」その子はすまなさそうにそう言った。
「なるほど。催眠なり暗示ですねえ。どこまで真相を知っているのですか?」
「これから話す事は、父母から聞いたものです。父母が思い込まされていなければですが」
「話してみませんか」
「はいお話しします。私の父母の話では、里を逃げ出す計画は、そもそも誰かがその里の者を元魔王家族ごと全員殺すつもりだったことが発端だそうです」
「そうなんですか」
「はい。人族を連れ込み、事前に眠らせていた里の者を全員殺させる。ただし、間者はその事を事前に知っているので睡眠薬を飲まずに逃れるというのが最初のシナリオだったらしいのです」
「なるほど」
「それが逆になったのは、殺される側である里の者が事前にその情報を手に入れたからです。そして、それを逆手にとって以前から考えていた里の脱出を計画し始めたのです」
「逆ですか」
「はい。移転する先もかなり強引ですが、何とか決めて、逃げ方もかなり強硬なものでしたが、何とか決まったそうです。でも、問題は私たち家族と間者の家族でした。
 間者の世帯は9世帯あり、いずれも夫婦と子どものいる世帯でした。間者の家族は、自分の家族が間者であることを知らないでここに移り住んでいますので、その者達まで巻き込むのかと。
 間者の子ども達は私と懇意にしてくれていました。ええ、かけがえのない友達でした。こんな私と一緒に遊んでくれてありがたかったのです。元魔王の子という事で敬遠する子達もいるなかで、親に言われたからかもしれませんが、分け隔て無く遊んでくれました。たぶん元魔王の子だからといって仲間はずれにしてはいけないとまで言われていたのでしょう。逆に親しくさせていただきました。
 ですから里を離れる時にどうするのかが問題となりました。間者の家族に事情を話して間者に知られては元の木阿弥ですし、結局間者の家族には話さず黙って逃げることになりました。
 当日の朝、私は父から逃げることを告げられ、用意をするようにと言われました。そして友達はあきらめろと。
 私は怒りで父母を殺そうとしました。どうしたらいいかわからず、食卓にあったナイフで父の腹を刺しました。ナイフを抜くと血が噴き出し床一面に血が飛び散りました。
 しかしそんなことでは魔族は死なないのです。私が刺したのに生きているんですよ。ナイフをそっと私の手から優しく取り上げて手を拭いてくれました。
 これからは誰であろうと殺してはいけない。誓いなさい。たとえ自分が殺されることになっても魔族も人族もすべての人たちを誰も殺さないことを誓いなさいと言われました。
 さらに父は、この後死体が3体運ばれてきて、この館は燃え落ち、私たちは死んだことになる。お前にはわかるだろう?元魔王一族の存在がどれだけ世間に影響を与えるのか。魔王として生きてきた私としてはどうにもならないことではある。だが越えなければならないことなのだと。なのですまないがお前も死んだことにしてこの地を離れることになる。そう言って自分の部屋で待機するように言われました。しかし、玄関から人が入ってくる気配がして、母が私の部屋に来てこれを渡してスイッチを入れたのです」そう言ってその子はポケットからペンダントを出しました。
「あとは皆さんの知ってのとおり、私は村に現れて、意識が無いのに果物を盗みました。その後目が覚めたのです。さらにさきほどパム様が話の順を追って聞いていると記憶が戻ってきました」
「じゃあ、記憶が戻った今でも両親のことは知らないのですね」パムが聞きました。
「はい。私も刺してしまいましたし、両親は死んだことにするとは言っていましたので。ただ死体がなかったと聞いてどうなったのか不安でした」
「たぶん記憶のすり替えですねえ、自分でやったのか他からの影響なのか」私は考えながらそう言いました。
「床にあった血の量は多くないにしても、ご夫婦の死体も身代わりの死体もありませんでした」
「焼かれる前に何者かが死体を運び出したという事はありますか?」
「そもそも焼けた後はありませんでした」パムが断言しています。
「思い込まされているとか?」モーラが言いました。
「夫婦で逃げ出したというところですかねえ」
「子どもを連れずにですか?」
「そうだよなあ。一緒につれて逃げても良いよなあ」
「ニセの死体が発見されるところがそうならなかったのでしょうか」
「いや、ニセの死体が届かなかったとかはないか?」
「どちらにしろこの子がなあ。双方から狙われるのじゃろう?」モーラも頭をかしげています。
「死体が届き、火をつけ、家族3人でどこかに転移するつもりが、死体が届かなかったのか、だれかの邪魔が入ったのか、何かトラブルが発生した。でも、家族三人でその装置を使って転移するつもりだったが、できなくなったため、子どもだけ暗示を掛けて転移させた。というところですか?」メアが考え考え言った。
「そうですね。まず元魔王夫婦を探しましょう。といってもどこから探せば良いのか。なかなか無理そうですねえ」私は迷宮に入ったような気がしてきました。仮に転移できるならどこにでもいけますよねえ。
「一応、魔法使いのネットワークで各街に手配をかけたのだけれど、里の者のうち特徴的な獣人や魔族は、何カ所かで見かけているようなのよ。でもね、逃げている方向がバラバラなのよ。そんなわけで新しい里の特定ができていないわ。たぶん何ヶ月かいろいろなところで潜伏してからその場所へ集合するつもりじゃないのかしら」エリスさんがそう言った。
「急にできたプランなのに緻密ですね」
「たぶんそうしないと場所が特定されかねないのでしょう」パムが言った。
「一度潜伏されるとなあ、見つけるのがやっかいじゃなあ」
「用意したはずの死体がないし、家も焼けていない。何か焼くための準備はありましたか?」私はパムに尋ねる。
「いえ、ありませんでした」
「まあ、魔族なら魔法で燃やせばすぐでしょう?」
「このタイミングで、自殺で焼死は少し無理がありますねえ。苦しみそうですし」
「確かに」
「ところで、殺された間者の家族はどうなっていましたか」
「とりあえず里に残っています」
 そこで沈黙が訪れる。結局は仮定の話ばかりで先に進まないのです。メアがお茶を入れ替えに台所に消えた。
「ではパムさん。あなたが襲われた経過を教えてください」
「里の中で、生き残っていた間者の家族と話をしました。先程のその子の話では、間者の家族は間者である事を知らなかったと言っていましたが、間者の家族であることは自覚していたそうです。しかも殺されることもやむなしと思っていたと言っていました」
「つまり、里を抜け出すことは知っていたのですか」これはまたさらにややこしい話になりますねえ。
「少なくとも話が聞けた人は知っていました。直前ですが知らされて、どうするか決めろと言われたと言います。さらに後から合流しないかとまで言われているそうです」
「いいんですかそこまで言って」
「その方は断ったそうですから話してくれました。ですので、9世帯のうち4世帯が里を出ています。内訳は人族3世帯獣人族1世帯です。私達に話した直後に里を出ています。残りの5世帯は、このまま残るそうです」
「なるほど。もしかしたら残って情報収集かのう」モーラが目をつぶって言いました。
「そうですね。緊急時の連絡手段は、何か持っているかも知れません」パムが言いました。
「それでも口は堅いでしょうねえ」私の言葉にパムは、
「念のため後から合流する時の連絡手段があるのか尋ねましたが、相手から連絡が来るのを待つだけだと言っていますから、聞き出すこともできません」
「なるほど」
「本当に周到に計画してあるわねえ。元魔王様が計画したとしたら切れ者ねえ」
「里に逗留していた時に、他の里を見てきましたが、結構な人数の集落が森や林をへだてて住んでいました。それらの里にも行きましたが、集落間はあまり交流がなく、距離も離れているので、騒ぎがあってもわからなかったそうです」
「そうですか。意外に独立しているのですね」
「はい、外と交流を持つ集落は元魔王の集落くらいで、その集落に入ってきた物品を他の集落が譲り受けているような状況みたいです」
「輸入拠点がなくなったら生活が不便になりそうよね」アンジーが何かを考えながら言った。
「それでも何世帯かは残っていますので」
「残った人達が他の部落に引き継ぎを行ってから合流するのかも知れませんねえ」
「話がそれておるぞ」モーラが言った。
「すいません。私たちが襲われた時の様子ですが、その里を出て、近隣の街に向かうための道を歩いていると囲まれているような気配がありました。気付かないふりをしながら崖地へと向かいました」
「なぜ崖へ?」
「はい。襲わせて捕らえるのが一番早いので、私たちの退路が無い場所へわざと誘導したのです」
「無謀ですねえ」
「こちらとしては、何か情報を引き出すためには、相手が有利な状況で口を滑らせる条件を作ってやらなければなりません」
「なるほど」
「しかし、対峙した者達はまるで何かにとりつかれているかのように殺意しかありませんでした。こちらから話しかけても返事はなく、会話に応じようとはしませんでした。そしてジリジリと包囲を縮めてきました」
「あれは恐かったわ。言葉が通じないってこういうことかとね」エリスさんが言った。
「そうですね。あれは匂いでもよくわかりませんでした。獣というよりゾンビに出会ったような感じでしたね」レイがそう言いました。
「ネクロマンサーですかねえ」
「たぶん違いますね。包囲を突破しようとしましたが、ゾンビならば簡単だったのでしょうが、手練れの者達だったので、がけの縁まで追い込まれて。やむなく崖から飛び降りました」
「相手にケガは負わせましたか?」
「いえ、操られているようだったので、ケガをさせるのをためらいました」
「そうでしたか。賢明な判断です」
「私の魔法も効かなかったのよ」
「え?」
「電撃を弱めて気絶させようとしたのだけれど。動きをが止まった後ビクリと反応してすぐ復活したわ。思い出しただけでも気持ち悪い」エリスさんがまるで寒気がするように両腕をさすっている。本当に気持ち悪かったのだろう。
「ミカさんはどうしました」
「残念ながら里に来られず合流できませんでした。その後は連絡が取れていません」
「そうか。そうなってしまったか」モーラは残念そうだ。
「ぬし様そんなところです」
「そういえばパムさん。私たちとお会いした獣人さん達はどうなっていたのでしょうか」
「私は顔を知らないのですが、殺されていた獣人さんは、聞いていた風貌とは違いましたので、たぶん無事逃げられたのだと思います」
「良かったような悪かったような。安否が確認できないのは不安ですねえ」私は心配が増えたような気がしました。
「今度は違う場所に行ってみようと思いますが」パムは私に向かってそう言いました。
「エリスさんから依頼もされていないのに勝手に動き回るのはやめましょう。しばらくはこのまま静かにしているしかありませんね」
「こちらで各地の魔法使いから情報をもらうことにしているわ、それに期待しましょう。じゃあ私は自分の店に戻るわ」そう言ってエリスさんは席を立った。
「気をつけてくださいね。こんなに急にこちらに戻って来ているとは誰も思いませんが、顔は知られているでしょうから。用心はしてくださいね」
「そうするわ」

○馬が増えたので、荷馬車も改造です
 そしてもう「一頭」家族が増えた。
「名はクウとします」
「馬車を3頭立てにしますか?」エルフィがやる気です。
「今のところはそうなりますねえ」
「一回り大きい馬車を作りますね~。4頭立てがいいでしょうか~」
「それともう一両2頭立ての馬車を作っておきましょうか」
「今の馬車は2頭立てなので、もう1両作るなら、小さい方が良いかもしれませんね。その方がいろいろと役に立ちそうです」メアがそう言った。
「荷台とかはエルフィに任せますので、足回りは私が担当します」
「前回から何回か仕様を変えておるじゃろう。まだやるのか」モーラがあきれています。
「ええ、皆さんには快適な旅をして欲しいですからね」
「とりあえずクウはどうするのじゃ」
「パムさんと協力して専用の鞍を作りますので、しばらくはユーリに乗ってもらいましょう」
「ほう。白馬の王子様ならぬ王女様か」モーラの言葉にユーリは少しだけ反応したが、何も言わなかった。
「緊急の案件のときに移動する方法が必要になるかもしれませんから。本当はそんなことが起きて欲しくないのですがねえ」
「レイとメア、それにパムも移動速度は速いからなあ。剣士は装備も重いし迅速とはいかないのう」モーラが頷いて言いました。
「ユーリは先陣を切りたい方です。あまり先行させたくはないのですが、間に合わないと落ち込みますからねえ」
「しばらくは、この方向で行きましょう」パムがそう閉めてくれました。
 ユーリは、傭兵時代に訓練していたことがあったらしく、簡単にクウになじんだ。
「クウは良い馬ですね。素直で気持ちよく走れました」上気した顔でユーリは嬉しそうに言った。
「手放した馬主さんは、あまり上手ではなかったみたいですよ?」ええ、馬の文句を言いながら、私に買わせましたから。その割には、お金はしっかりぼったくりましたねえ。
「ああそうかもしれません。無理矢理に方向を変えようとすると嫌がりますね。馬自身に理由が理解できれば瞬時に反応するのですが、こちらの都合で旋回する場合には、その前から誘導しないとダメかもしれません」
「そうですか」
「クウは、立ち上がり加速や、トップスピードも速く、巡航スピードも速いから、そんなに急に方向を変えることはできないのです。なのに前の馬主さんは無理に方向を変えようとしたんでしょう。でも、これだけの大剣を背負ってあのスピードまでもっていけるのはたいしたものです」

○馬の会話
「あの姫さん、からだがしなやかやねん」
「なんで姫さん呼びや」
「ああ、ご主人様がわしにささやきよったんや、お姫様やから丁重に扱うようにってな」
「あの人は、わしらと会話できるんかい」
「会話はできんが、わしらに触って話しているときは、わしらが何となく理解できるんや」
「そうやな、馬具の調整の時も言いたいことが伝わっている気がするし、具合を聞いているのもわかったなあ」
「ああ、で、あの姫さん馬の扱いうまいんや」
「なんやダジャレかいな」
「いや、ダジャレでなくほんまにうまいで」
「それやったらわしにも一度乗って欲しいなあ」
「せやなあ。人馬一体ってやつを体験してみたいなあ」
「今度頼んでみよか」
「そうやな」

続く
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