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第18話 氷の世界
第18-2話 DT3度目の逢瀬は恋になりまする
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○入場行進
「であれば行きましょう」そう言って私達は扉に近づました。
扉もかなり大きくて、両手で押して開くのかわからないくらい大きいです。私は少し手前で立ち止まり、私を除く全員が扉の前に立ちました。
「おぬしも準備は良いか?」モーラは振り返りながら言いました。
「はい。ひとりずつお願いします。まずユーリ。扉を開けてください」
「はい」そう言ってユーリが扉を開けて中に入る。中に入ろうとした所で、黒い霧のようなものがユーリの頭から肩までを覆い、すぐ消えていった。
「なるほどな。今の見えたか?」モーラが私を見ながら言った。
「はい見えました。では、他の方達は、並んでゆっくりと順番に入って行ってください」私はそう言ってレイの顔を見た。
「時間を置かなくても良いのか?」モーラは私を見る。
「大丈夫です」そう私が言うと、まずレイが中に入り、パムが入り、メアが入って、最後にモーラとアンジーが入って行く。先ほどのユーリに起きた黒い霧は現れず、やはり何も起きませんでした。
「やっぱりそうなんですねえ」私は頷きながらそう言って、中に入ろうと歩き出しました。
「おぬし良いのか?入ったら呪われてしまうかもしれんのだぞ」モーラが扉の中から慌てて私を止めようとする。
「大丈夫です。これは呪いじゃないんです」そう言いながら私も中に入りました。黒い霧は現れましたが、先ほどとは違い、すぐ霧散してしまいました。
「あら?人間でも現れ方が違うのねえ」私の様子を見てアンジーが不思議そうに言った。
「ぬし様。呪いじゃ無いというのはどういうことですか?」パムが教えて欲しそうです。
「ちゃんと恩恵みたいですよ。色を変えられただけみたいですね」私は目を閉じて魔法を解析しながら言いました。
「なんだそう言うことですか」ユーリがホッと胸をなで下ろす。
「でも、ひとつだけ変えられている点があるみたいです」私は目をつぶったままそう言いました。
「あるじ様どこが変えられているのですか?」ホッとしていたユーリが、今度は不安げに自分の体の周囲を見回している。いや見えませんよ。
「ここでタネ明かしても良いのですが、一度外に出ましょうか。ユーリには悪いのですが検証したいので、下の町に行きませんか?」
「私がですか?」ユーリが自分を指さしてびっくりして言いました。
「噂にあったように、町に戻ると悪いことが起きるという点です。確認させてもらってもいいですかね」
「また、おぬしはユーリを実験台にするのか」いつも通りモーラがあきれている。
「今回は、私も同じように悪いことが起きるかもしれませんので」
「ああ確かに。先ほど黒い霧が少しだけ現れましたね」パムがそう言った。
「大丈夫だとは思うのですが、隠されている魔法があるかもしれませんので、それを確認したいのです」
「うむ。やむを得んな」
「ちょっと、教えていきなさいよ」そう言って氷のドラゴンクリスタ様が姿を現す。
「とりあえず答えられる事は、呪いでは無いと言うことだけです。後はまだわかりません。誰がやったのかとかどうしてそうなったのかとかは、これからですね」私は突然現れたクリスタさんを見ながら言いました。レイが何やら唸り始めました。それをパムが抑えています。
「わかったわ。戻ってくるんでしょうね」クリスタは私を見ながらそう言いました。
「ええ、戻って来てこの魔法を変化させた人の正体を明かさなければなりません」私もクリスタさんを見ながらそう言いました。
「待っているわ」安心したようにクリスタはそう言った。
そして私達は神殿を出て、モーラの手に乗って馬車のところまで降りて、馬車で一気に森を突っ切り、近くの町に急いだ。
「到着は夜になりそうですねえ。ならば、町に入る前に野宿しましょう」
「お風呂~」
「アンジーさんもう一晩だけ待ってくださいね」
「えー」
「もう一晩の我慢ですから」
そして、町の近くで野宿をして3日ぶりに火の通った肉を食べました。
○ 町の入り口
翌朝、全員で町まで歩いて移動します。エルフィだけは馬車を走らせています。
「あの神殿の恩恵を受けた人は、あの神殿を降りて、普通はこの町で一泊するはずなのです。もちろんそのまま別の町に行く人もいるでしょうけど。なのでユーリと私は、この町に一緒に入ります」私はそう言って、ユーリと手をつないで町に入ります。朝とはいえ人の混み合っている町の中心部に歩いて行く。
「あっ」ユーリが声を出して、何も無いところで転びそうになりました。私は、つないでいた手でユーリを支え、空いた手の方でユーリを抱きかかえる。思わず抱きついてしまったユーリの顔が真っ赤です。
「大丈夫ですか?」私はユーリの顔を覗き込みます。
「はい、大丈夫です」ユーリは恥ずかしそうに少しだけ下を向きながら私から離れました。
「それが呪いの正体か」
「そうです正体です。これでユーリには恩恵が付与されました」
「なるほどな。そういう仕掛けか」
「はい、そういう仕掛けです」
「ちょっとどういうことよ。教えなさいよ」アンジー、その言い方は氷のドラゴンさんのようですよ。
「朝食がまだでした。どこかで食べましょうか」馬車を置きに行ったエルフィと合流して、みんなで屋台に行ってラーメンのようなそばを注文して、フォークでそばをつついています。皆さん初めてなのか食べづらそうですねえ。
「話しなさいよ」そう言ったアンジーの声に合わせるように、丸いテーブルを囲むように全員が顔を近づける。もちろん食べながらですが。
「祝福の箱っておぼえていますか?」
「ああ、ビギナギルで最初に起きたトラブルね」アンジーが言いました。
「エリスさんの依頼で、あのネクロマンサーの子の箱を回収しましたよ」メアが答える。
「あの時には、エリスさんが、悪い事が起きても軽減してしまう願いの箱の話をしていました。もっともその時の箱は真っ赤な偽物で、単なる魔法検知器だったのですが」
「その箱と同じ魔法だというの?」
「似たようなものだと言うことです。つまり」
「つまり?」
「普通は、願いを持って森を抜けて、あの神殿に到着するという苦難の対価を先に払って、願いを叶えるための恩恵を受けるのですが、あの黒い霧のようなものは、願いを先に聞いて、この町に来て最初にうける災いを対価にするように書き換えられていたようなのです」
「たかだか転んだだけのことを対価にして?」
「今回のは、転んでもいませんでしたので、微々たる恩恵ですけどね」
「つまり、願いを持ってあの神殿を訪れ、その願いを持ってあの黒い霧を浴びると、恩恵の対価として、相応の悪いことが起きると言うことで良いのかしら」
「つまり、願いが大きければ大きい程ひどいことが起きる。と言うことですか?」メアさんが言いました。
「そうです」
「ということは、まさかと思いますが、その書き換えを行ったのは」
「あの恩恵の魔法を紐解いて、さらに改良を加えていますから、たぶん魔法使いだと思われます。魔族なのか人族なのかはわかりませんが」
「どうしてですか?人族のために恩恵を与えているのに、あの神殿までの苦労が対価になるはずなのにそれを魔法使いがなぜ」
「おおかた逆恨みでは無いのか?」
「そうねえ。自分はあそこまで苦労もせずに登ったために対価をほとんど支払わず恩恵を求めたけど、ほとんど何も恩恵は無くて、魔法を調べたら苦労に応じて恩恵が付与されていたのを知ったのね。そこで、知らない人たちが願いを持って神殿を訪れたら、それを逆手に意地悪をする。でも、ちゃんと恩恵は与えられている。もっとも願いの大きさによっては、大けがをしているかもしれない。というところかしらね」アンジーが目を閉じて上を見ながらそう言いました。
「じゃあ、誰がやったのですか」パムが聞きました。
「さすがにわかりませんねえ」
「解析改良の得意なおぬしならできそうじゃが」
「それはまあできますよ」
「もしかしておぬしを罠にはめる為にこんな事をしたのかもしれないとは思わぬか」
「あまり意味がありませんよね。そもそもここに来たことありませんし」
「おぬしのフリをしてここに誰か来たとすれば」
「私にはアリバイがありますよね?」
「おぬしが使える空間魔法ではどうじゃ」
「マーカーでも置いてあれば来られますけど、ありませんよ」
「ぬし様。できないことの証明はできません」パムが言いました。
「確かに。空間魔法が使えると思われていますから、当然できるだろうと思われているかもしれませんねえ」
「また誰かに先手を取られたか?」
「この件の目的は何ですか?」
「さあな、氷のドラゴンとの関係を悪化させるとか、逆に親密にさせるとか、氷のドラゴンと人間の関係を悪化させる。くらいかのう」そう言いながらも納得をしていないモーラです。
「でもなぜ魔法使いさん達がこんなことをしますか?」パムがそう言った。
「ほら今の発言。魔法使いの里がやったように思っていないかしら?」アンジーがそう言った。
「ああ、疑心暗鬼にさせるところですか。なるほど」パムが頷いています。
「ですが、氷のドラゴン様からの依頼では、誰なのか特定しなければいけないのではないですか?」メアさん相変わらずするどいです。
「そうですねえ。でも復讐とかはさせたくないですねえ。不干渉のままではダメですかね?」
「それでは氷のドラゴン様が納得しないのではありませんか?」パムが言った。
「祝福の箱などの恩恵を与える魔法の作り方について、知識がある人がいます」
「ああエリスか。確かに氷のドラゴンと知り合いで、祝福の箱のことを知っているのはエリスくらいか」
「はい。祝福の箱と今回の恩恵の魔法の関連について、教えてもらわなければなりません」
私はそう言った後に皆さんに何点か話しました。レイが頷いています。やはりレイは気付いていたのですね。
「とりあえず神殿に戻りましょう。氷のドラゴンさんにエリスさんを呼んでもらいましょうか」
「そうするか」
○神殿再び
そして再び氷の神殿に戻りました。そこの広間にクリスタ様は立って待っていました。私ひとりが彼女のそばに行って、呪いでは無いことを簡単に説明しました。皆さんは扉の方に少し離れて立っています。
「なるほどね。それで犯人はわかったのかしら」クリスタ様はそう言いながらも、笑っています。
「残念ながら特定まではできていません」
「そうなの」クリスタ様はそう言って残念そうにしている。
「お願いなんですが、エリスさんを呼んでもらえませんか」
「私に連れてこいと言うのかしら?」氷のドラゴンさんの雰囲気が変わりました。相変わらずレイは唸っていて、それをパムに止められています。
「ならばわしが行ってこよう」モーラが気を利かせて迎えに行ってくれました。
「私は、ここで扉のところに仕掛けられた魔法を調べます」
「直せるのかしら」
「ええたぶん」私は扉に近づき観察及び解析を開始する。しばらくしてから氷のドラゴンさんのところに戻ってくる。
「直したのね?」
「はい。でも直す必要は無いですよね?」私は氷のドラゴンさんに余り近付きすぎない位置に立って言いました。
「それはどういうことかしら」氷のドラゴンさんは腕を組んで私を見て言いました。
「そもそもあなたは、本物の氷のドラゴンではないからですよ」
「へえ?いつ気付いたのかしら」
「会った事のある私、モーラ、アンジーは、ここにきてお会いした時に違和感を感じていました。初めて会ったはずの皆さんも同様です。特にレイは、早々に気付いていましたね」私はそう言ってレイを見ました。
「はい。私も弧狼族の一員です。もっとも私は屋敷の中の納屋で暮らしていたのですが、それでも氷のドラゴンのクリスタ様が里に来られた時には、屋敷にもお見えになっていました。その匂いを間違うはずもありません」レイはどうだと言わんばかりに胸を張って言いました。鼻息が聞こえそうです。
「なるほどそこですか。匂いまで真似たつもりでしたが」ニセ者は自分の匂いを嗅ぐ真似をしてみせます。
「ええ、似せたとしても我々弧狼族の鼻までだませるものではありません」レイはドヤ顔です。鼻息が荒いです。
「クリスタ様は、エリスさんのところにいらっしゃいますよね?」
「そうね、そうするよう仕向けたからね」ニセ者は何でも無い事のように言いました。
「仕向けられるだけ近しい間柄と言うことですか?」
「相変わらずそうやって、情報を引き出そうとするのね」薄笑いをしてニセ者は言いました。
「情報を引き出すのはここまでのようですね。それでも、さきほどエリスさんを迎えに行けば逃げられたのではないですか?」
「ばれているとは思っていなかったからね。あそこで迎えに行くとはクリスタ様なら言わないでしょ?」
「そこまで研究されているのですか」
「以前付き合った事がありますからね」
「さて、そろそろモーラが戻って来ますねえ」
「それまで、戦うのはやめておきましょうか」
「ネタばらしもありますしねえ」
そして、ドタドタと走ってモーラ、クリスタ、エリスの3人が扉を開けて入ってくる。
「どういうことよこれは」入ってきた氷のドラゴンクリスタさんが叫ぶ。それはそうだ、自分と同じ姿をしている者がそこに立っているのだから。
「わしにもわからんが、氷のニセ者がいるのだよ。よう似ておる」同じ事を叫ばないでください。
「そう言うことだったのね」エリスさんがそう言った。
「しかもここは「氷の神殿ではない」という事も含めてでしょう?」私は、言いたくてうずうずしていました。
「おやわかっていましたか。失敗ですねえ」嬉しそうにニセ者は言いました。
「そうよ。ここは氷の神殿ではないのよ。どこよここは」連れてきたモーラに向かって本物の氷のドラゴンさんが言った。
「そんなのわしが知るわけないじゃろう。わしは場所を指示されてここに来た。そこのニセ者に聞けばよかろう」
「私はモーラに場所を教えていないわ。あなたなら当然していると思ったもの」ホンモノのクリスタ様はモーラに向かってそう言った。
「じゃあ連絡のあったこの場所を手紙にして送ってきたのは・・・」モーラがニセ者に向かって呟く。
「あなた。今回の犯人はあなたなのね」モーラの言葉を遮ってホンモノのクリスタ様がそう言った。
「何のことかしら?」
「私の氷の神殿の恩恵を・・・ってここは私の神殿ではないのか。でも、私の神殿の名誉を傷つけた」
「名誉って何?そもそも恩恵を与えるって何?ドラゴンがして良いことなの?」ニセ者は笑いながらそう言った。
「それは、私の先代からしていることだから」ホンモノのクリスタ様はそこで言葉に詰まる。
「なら別に、違うものに変化していても構わないじゃない」
「そんなことはないわ。そうではないもの」
「まあいいわ。やっとここまであなたを引っ張り出すことができたから」ニセ者は私を見ながら言った。
「私に関係があるのですか?」
「ええ。どうやって私のテリトリーにおびき出そうかと考えていたところだったから。来て貰えて嬉しいわ」
「おびき出す。ですか?」
「ええ。私にはあの家の結界を破ってあなたを襲うことはできなかったのでね」
「私の顔のままで話すのはやめて」クリスタ様が悲しそうな顔でそう言った。
「それは失礼しました。でもこの姿で一つだけやっておくことがあるのよ」ニセ者はそう言って氷の壁を作り、私と彼女だけを周囲の人から隔離した。氷の壁の中に私と彼女だけが残された。
○3度目の逢瀬
「やっと二人っきりになれたわ。愛してるわダーリン」そう言ってその女は姿を変え始める。見覚えのある顔が現れてくる。
「ああそうでしたか。あなたでしたか。確かエースのジョーと言いましたか。あいにく私は、あなたと二人っきりにはなりたくありませんけどねえ」
「あらあ、憶えていてくれたの~とてもうれしいわ~。あなたの周りに愛人が増えているからきっと忘れてしまったかと思ったわよ。意外に私のこと愛していてくれたのねえ」そう言いながらシナを作るジョー。
「憶えているだけで愛しているなら、エルフ族の族長も孤狼族の族長も愛していることになりますが、あいにくそうではないですね」私は、くだらないことを言いながら、その変身が終わるのを見届けている。
「そうそう、あなた魔法を見て憶えられると聞いたけど、この変身に使った魔法は憶えられないわよ。ざーんねん」本当にいたずらっ子のように笑ってそう言った。
「ええ。ずーっと見ていましたけれど、見ようとして魔法を認識しようとすると、何かに邪魔をされていますね」
「そうよ。解析しようと魔法を使うとその魔法を拡散するのよ。だからよく見えない。私が愛するあなたのためだけに特別に作ったわ。喜んでくれたかしら」目をキラキラさせながらジョーは言った。
「その拡散する魔法は見えましたから」私は冷静に答える。
「ふ~んそういうことをするんだ。いやらしいわね、私の中を覗くなんて」表情が一瞬で冷たくなる。
「魔法を見せておいて見るなと言われましても。街中を裸で出歩いているのに裸を見るなと言っているようなものじゃないですか」私は、この会話にむなしさを少し感じていた。
「あら、別に魔法をひけらかしてはいないし、見なければいいだけでしょう」冷たい目で見ながら言いました。
「私の知らない魅力的な魔法でしたからねえ」私は素直にそう言った。まあ、知識としては魅力的です。またひとつ魔法を覚えられましたから。
「あら、私って魅力的なの~?」また薄笑いを浮かべている。
「魔法はとても魅力的ですよ。魔法だけはね。見たことがない魔法は魅力的です。憶えて使ってみたくなります」私は努めて抑揚を変えずにそう言いました。この人本当に面倒です。
「私じゃないのね」またも表情が硬くなる。
「ええ、あなたではないです」
「ざ~んねん」また薄笑いを浮かべている。
「さて、これだけ小細工をして私をここに呼びつけ、これだけの舞台をしつらえたんです。何がしたいんですか?」会話が一段落したところで質問をしました。
「あなたの家族が見ている前で無残に負かして這いつくばらせ、プライドをズタズタにしたいそれだけよ」薄笑いの中で硬い目をしてそう言いました。
「前の時は、一緒に死にたいと言っていませんでしたか?」その辺の心の変化が私にはよくわかりませんでした。
「あの時はねえ、あなたの「家族を殺されてもお前を殺してやる」という私への殺意を感じてね。あなたに殺されてもいいかなあって思ったのよ。もうね、あの時のことを思い出すと濡れてくるのよ」ジョーはそう言って体をくねらせている。そういう動きはやめて欲しいんですが。気持ち悪いので。そこで急に怒り顔になってこう言った。
「でもねえ、それ以降のあなたの腰抜けっぷりに腹が立ってきたの。私の大好きな人が誰も殺せない。その程度の男だとわかってねえ。がっかりしたわ」本当にガッカリしたように肩を落としてみせる。
「まあ、何を期待されていたのかわかりませんが、私なんてそんなものですよ。それでどうしたいのですか?」早く結論を言って欲しいものですが。
「愛してしまったからね。愛しさのあまり殺してしまおうと思ったのよ」そこで表情が硬くなり、私をジッと見つめて真面目な顔になりました。
「なるほど。でもこんな大それたものを作らなくても良かったんじゃないですか?」私は周囲を見回しながらそう言った。
「そうではないわ。私が一瞬でも愛した人ですもの。華やかで晴れやかで輝いた場所で死んで欲しかったの。愛する人達に泣きながら見送られてね」真面目な顔のままジョーはそう言った。
「それで氷の神殿ですか」私はため息をつきたくなりましたが、やめておきました。無駄そうなので。
「ここはあなたのお墓よ。死んだ後、永遠に氷漬けにしてあげるわね」そこで表情が残忍な笑いに変わる。それが本音なら最初からそう言って欲しいものです。
「それは嫌なのでお断りします」私は、ジョーに背を向けて、周囲を囲んでいる氷壁の反対側の端まで歩いて行き、氷の壁に触ってから振り向き、数歩戻ってエースのジョーと向かい合う。そして、床にも触ってノックをするように軽く叩いてみる。かなり厚い氷のようだ。
「ちなみにこの氷の壁や床は、どのくらい持ちますかねえ」私は前回の戦いを思い出しながら尋ねました。
「前回くらいの力では壊れないわよ。全力で戦っても大丈夫だから」なぜか自慢げです。いや前回は、この世界が滅びそうな感じでヤバかったでしょう。
『お・・し、や・・する』雑音混じりにモーラの声が聞こえたような気がする。
「ああ。ついでに脳内通信も遮断しておいたから。そこの土のドラゴンさん無理はしないほうが良いわよ。というか声は聞こえるんだから堂々と話しかけなさいよ。無粋ねえ。それから、観覧席の皆さんには事前に手を出せばこの壁が崩れてあなたが死ぬと言ってあるから手は出してこないわよね」ジョーは振り返ってモーラ達が立っているところに向かってそう言った。
「なるほど徹底していますねえ」私はそう言って周囲の氷壁を解析する。こちら側からは何もわかりませんが、何か仕掛けているのですね。
「もちろんあなたを愛すればこそよ」ニコニコ笑いながらそう言った。
「私をずっと観察していたのですか?」
「時々ね。あの結界に近づくと見つかっちゃうし。あなた達が街から出て、壺を取り返したり、黒い霧の中で魔族と戦ったり。そういえば、魔法攻撃の重圧の中で魔法を受けきろうと持ちこたえている時のあなたのあの顔は良かったわー。ああ、何度思い出してもいい顔をしていたわ」上を向いて目を閉じて身もだえしながらジョーは言った。
「これは変態ですねえ。というかストーカーですか?」私はどうも変態にまとわりつかれる運命なのでしょうか?
「ストーカーと言われるほど見てはいないわ。たまにしか見にいっていないわよ。だって、私も成長しないと対等になれないでしょ?ちゃんといろいろ勉強して成長もしているわよ」そこで真面目な顔で言わないでください。さっきから表情がクルクルと変化して。かなり気持ちが悪いですよ。
「そういう所は努力家なんですね」私は淡々と会話をしていますが、早くここから出たいのですが、何を仕掛けられているのかわからないので、こちらからは攻められないでいます。
「それもあなたを愛すればこそよ」その嬉しそうな顔はやめてほしいのですが。
「違う方向に頑張ればものすごい魔法使いになれるんじゃないですか?」私は周囲を覆っている氷壁を再度くまなく解析をしてみたが、残念ながら何も見つからない。
「魔法使いというのはそういうものじゃない?あなただって興味のあることしか追求していないみたいだし」ジョーは意味ありげに笑いながらそう言った。
「それは確かにそうですねえ」私は解析をあきらめて、ジョーに視線を合わせる。
「そろそろいいかしら」彼女は杖を持った右手を差し出し構えた。
「本当に殺し合わなきゃいけませんか?」
「殺し合い?いいえ。私が一方的にあなたを嬲り殺すのですけどね」ニタリと笑ってジョーは言った。
「そうはなりたくないですねえ」
「御託はいいわ」そして彼女は杖を持った手を動かした。
その言葉と共に彼女の足元に魔方陣が現れ、同時に私の足元にも魔方陣が現れる。私は指を鳴らして、彼女の作った私の足下の魔方陣をキャンセルして、自分の魔方陣を構築する。
「遅い!」彼女はそう叫んで、私に巨大な氷塊を飛ばしてくる。とっさに私はそれをよけたが、体勢を崩れて魔方陣から足を離してしまい、作ろうとしていた魔方陣がキャンセルされてしまった。たたらを踏み、体勢を立て直したところで、再度私の足元に魔方陣を作られてしまう。今度の魔方陣はすぐに炎を吹き上げ、一瞬にして私はその炎に包まれる。しばらくして炎は消えたが、羽織っていた毛皮の上着がその炎で黒焦げになった。もっとも私は大丈夫です。周囲からは安堵のため息が漏れたようだ。
「なるほど。その毛皮に耐火魔法を掛けていたのね」次のターンへのつなぎなのか、ジョーが話しかけてくる。
「そうですね。耐火ではなくて防寒ですがね」私はこの後の展開を想定して、どういう魔法がいいのかシミュレートしている。
「そういえば、以前は炎の魔法を使っていたと思いますが、氷の魔法も使うようになりましたか。勉強熱心ですねえ」
「あなたは、見ただけで金属生成までしたって聞いたけど」ジョーはそう言いながらも、何か呟いている。
「それも知っていましたか。どうやらそちらが私の得意分野らしいので」
「らしい?ああ、記憶が無いのだったわね。でもそれもすごいわ。ああ、私も元の世界の記憶がなかったら、もう少しまともな人生を歩んでいたかも知れないわね」彼女はそう言って自分の足下に魔方陣を作り始める。第2ラウンドの開始らしい。
「今からでも素直に生きれば良いじゃないですか」私は防御の魔方陣を敷設する。そう何層にも。体の周りまで持ち上がってくるくらい何周も作り、頭まで白色の魔方陣の壁ができあがる。もっとも目のあたりには魔法と魔法の間に隙間があってそこから私はジョーを見ている。どうやら防御魔法の生成は私の方が速いようです。
「それができればね」彼女も同様に周囲に壁を作っていく。その色は赤い。
「そうですか。魔法使いは長生きなので、自分を曲げたまま生きるのはこの先つらくなりませんか?」私は、今度は攻撃のための小さな魔方陣を自分の周囲に多数配置を始める。
「言うわねえ。もう間に合うわけないでしょ?今までどれだけ殺してきていると思うの」
今度は、彼女が多数の細かい魔方陣を展開し始める。能力差を見せつけるために私の真似をしているのでしょうか。
「贖罪の気持ちがあれば、恨みを受け止めるしかないでしょうけどね」こちらは相手の動き待ちになりました。黙って相手の攻撃を見ています。
「それは無理ね」彼女は、前に出した杖を振り始める。地面に発生していた細かい魔方陣から私に向かって攻撃を始める。素早く何回も攻撃してくる。私の方は、展開していたたくさんの小さな魔方陣から相手の攻撃にあわせて自動的に攻撃して、相手の攻撃を相殺している。
「これでは、らちがあかないわねえ」魔方陣を自分の周りに張りながら、私に向かってゆっくりと進んでくる。その間も魔方陣からの攻撃は続いている。私は少し飽きてきたので、防御に徹するのをやめて、細かい魔方陣から打ち出していた魔法の数と速度を増やして攻撃に転じる。相手の攻撃の手数を超えているので、相手の周囲に展開している防御壁に対して攻撃が当たり始める。そうして彼女の回りの防御魔方陣を少しずつ削っていくつもりでした。
「それくらいではびくともしないわ。残念ね?」彼女は少し立ち止まって、攻撃の様子を観察してから、また歩き出そうとする。
「そうですか。それではこれを」私はそう言って違う魔方陣を展開して、魔法をその防御壁にぶつける。展開していた防御壁を一つ砕く。
「やるわね。どんな属性の攻撃にも対応するよう魔法を練っていた魔方陣だったのに」しかし、それでもジョーは少しずつ近づいてくる。
「お褒めいただきありがとうございます」彼女の防御壁が、もう胸のあたりまで消えているのを私は見て言った。しかし、攻撃に対してその環が自動的に飛び上がり、攻撃を跳ね返して削れて消えていく。
「でもそれも想定済みなのよねえ」そう言って杖を振り、再び防御壁を構築し直す。今度は攻撃をはじき返した。
「なるほど。私がこの場で解析するのも想定済みですか」
「ええ。でもすごいわあ。本当に殺すのがもったいないくらいにねえ」嬉しそうにジョーが言った。その声には悪感情は含まれていないように私は感じた。
「ならば殺さないでくださいよ」
「できないのよ。私の過去があなたを殺せと叫ぶの。愛した人を殺さないではいられないのよ」そして、少しずつ近づいてくる。まるで愛する人を慈しむように微笑みながら静かにゆっくりと。攻撃をしながらぶつかってくる記憶の断片。さきほど呟いていたのはこれでしたか。
「可愛そうな過去をお持ちの人なんですね」私は断片が防御壁に突き刺さるたびにその記憶を読まされていた。
「可愛そう?いいえ私はそうして生きてきたのよ。愛する人を殺して一緒になるために脳を食べて」
「脳を食べる?」
「そうよ。愛しているからこそ、そのすべてが欲しくなるのよ。だから殺して食べる。すべては食べきれないから。頭を。脳を食べるの。素敵でしょう?」
「今もしているのですか?」
「そうね。この世界に来てからこれまで数十年、その間に愛した人達は数人いたけど、全員食べたわ」
「私も死んだらそうするつもりですか?」
「もちろんよ。あなたの愛する人達の前でね」
「もしかして、これまでも同様に?」
「そう。残された人達が何もできず、ただただ絶望して私を見ている顔は素敵だわ」
「すいません。どうやらこれから私は、この世界に来て最初の殺人を、殺意を持って、同族殺しをすることになりそうです」
私は手をあげて、私と彼女の周囲に展開していた魔法をすべてキャンセルした。
続く
「であれば行きましょう」そう言って私達は扉に近づました。
扉もかなり大きくて、両手で押して開くのかわからないくらい大きいです。私は少し手前で立ち止まり、私を除く全員が扉の前に立ちました。
「おぬしも準備は良いか?」モーラは振り返りながら言いました。
「はい。ひとりずつお願いします。まずユーリ。扉を開けてください」
「はい」そう言ってユーリが扉を開けて中に入る。中に入ろうとした所で、黒い霧のようなものがユーリの頭から肩までを覆い、すぐ消えていった。
「なるほどな。今の見えたか?」モーラが私を見ながら言った。
「はい見えました。では、他の方達は、並んでゆっくりと順番に入って行ってください」私はそう言ってレイの顔を見た。
「時間を置かなくても良いのか?」モーラは私を見る。
「大丈夫です」そう私が言うと、まずレイが中に入り、パムが入り、メアが入って、最後にモーラとアンジーが入って行く。先ほどのユーリに起きた黒い霧は現れず、やはり何も起きませんでした。
「やっぱりそうなんですねえ」私は頷きながらそう言って、中に入ろうと歩き出しました。
「おぬし良いのか?入ったら呪われてしまうかもしれんのだぞ」モーラが扉の中から慌てて私を止めようとする。
「大丈夫です。これは呪いじゃないんです」そう言いながら私も中に入りました。黒い霧は現れましたが、先ほどとは違い、すぐ霧散してしまいました。
「あら?人間でも現れ方が違うのねえ」私の様子を見てアンジーが不思議そうに言った。
「ぬし様。呪いじゃ無いというのはどういうことですか?」パムが教えて欲しそうです。
「ちゃんと恩恵みたいですよ。色を変えられただけみたいですね」私は目を閉じて魔法を解析しながら言いました。
「なんだそう言うことですか」ユーリがホッと胸をなで下ろす。
「でも、ひとつだけ変えられている点があるみたいです」私は目をつぶったままそう言いました。
「あるじ様どこが変えられているのですか?」ホッとしていたユーリが、今度は不安げに自分の体の周囲を見回している。いや見えませんよ。
「ここでタネ明かしても良いのですが、一度外に出ましょうか。ユーリには悪いのですが検証したいので、下の町に行きませんか?」
「私がですか?」ユーリが自分を指さしてびっくりして言いました。
「噂にあったように、町に戻ると悪いことが起きるという点です。確認させてもらってもいいですかね」
「また、おぬしはユーリを実験台にするのか」いつも通りモーラがあきれている。
「今回は、私も同じように悪いことが起きるかもしれませんので」
「ああ確かに。先ほど黒い霧が少しだけ現れましたね」パムがそう言った。
「大丈夫だとは思うのですが、隠されている魔法があるかもしれませんので、それを確認したいのです」
「うむ。やむを得んな」
「ちょっと、教えていきなさいよ」そう言って氷のドラゴンクリスタ様が姿を現す。
「とりあえず答えられる事は、呪いでは無いと言うことだけです。後はまだわかりません。誰がやったのかとかどうしてそうなったのかとかは、これからですね」私は突然現れたクリスタさんを見ながら言いました。レイが何やら唸り始めました。それをパムが抑えています。
「わかったわ。戻ってくるんでしょうね」クリスタは私を見ながらそう言いました。
「ええ、戻って来てこの魔法を変化させた人の正体を明かさなければなりません」私もクリスタさんを見ながらそう言いました。
「待っているわ」安心したようにクリスタはそう言った。
そして私達は神殿を出て、モーラの手に乗って馬車のところまで降りて、馬車で一気に森を突っ切り、近くの町に急いだ。
「到着は夜になりそうですねえ。ならば、町に入る前に野宿しましょう」
「お風呂~」
「アンジーさんもう一晩だけ待ってくださいね」
「えー」
「もう一晩の我慢ですから」
そして、町の近くで野宿をして3日ぶりに火の通った肉を食べました。
○ 町の入り口
翌朝、全員で町まで歩いて移動します。エルフィだけは馬車を走らせています。
「あの神殿の恩恵を受けた人は、あの神殿を降りて、普通はこの町で一泊するはずなのです。もちろんそのまま別の町に行く人もいるでしょうけど。なのでユーリと私は、この町に一緒に入ります」私はそう言って、ユーリと手をつないで町に入ります。朝とはいえ人の混み合っている町の中心部に歩いて行く。
「あっ」ユーリが声を出して、何も無いところで転びそうになりました。私は、つないでいた手でユーリを支え、空いた手の方でユーリを抱きかかえる。思わず抱きついてしまったユーリの顔が真っ赤です。
「大丈夫ですか?」私はユーリの顔を覗き込みます。
「はい、大丈夫です」ユーリは恥ずかしそうに少しだけ下を向きながら私から離れました。
「それが呪いの正体か」
「そうです正体です。これでユーリには恩恵が付与されました」
「なるほどな。そういう仕掛けか」
「はい、そういう仕掛けです」
「ちょっとどういうことよ。教えなさいよ」アンジー、その言い方は氷のドラゴンさんのようですよ。
「朝食がまだでした。どこかで食べましょうか」馬車を置きに行ったエルフィと合流して、みんなで屋台に行ってラーメンのようなそばを注文して、フォークでそばをつついています。皆さん初めてなのか食べづらそうですねえ。
「話しなさいよ」そう言ったアンジーの声に合わせるように、丸いテーブルを囲むように全員が顔を近づける。もちろん食べながらですが。
「祝福の箱っておぼえていますか?」
「ああ、ビギナギルで最初に起きたトラブルね」アンジーが言いました。
「エリスさんの依頼で、あのネクロマンサーの子の箱を回収しましたよ」メアが答える。
「あの時には、エリスさんが、悪い事が起きても軽減してしまう願いの箱の話をしていました。もっともその時の箱は真っ赤な偽物で、単なる魔法検知器だったのですが」
「その箱と同じ魔法だというの?」
「似たようなものだと言うことです。つまり」
「つまり?」
「普通は、願いを持って森を抜けて、あの神殿に到着するという苦難の対価を先に払って、願いを叶えるための恩恵を受けるのですが、あの黒い霧のようなものは、願いを先に聞いて、この町に来て最初にうける災いを対価にするように書き換えられていたようなのです」
「たかだか転んだだけのことを対価にして?」
「今回のは、転んでもいませんでしたので、微々たる恩恵ですけどね」
「つまり、願いを持ってあの神殿を訪れ、その願いを持ってあの黒い霧を浴びると、恩恵の対価として、相応の悪いことが起きると言うことで良いのかしら」
「つまり、願いが大きければ大きい程ひどいことが起きる。と言うことですか?」メアさんが言いました。
「そうです」
「ということは、まさかと思いますが、その書き換えを行ったのは」
「あの恩恵の魔法を紐解いて、さらに改良を加えていますから、たぶん魔法使いだと思われます。魔族なのか人族なのかはわかりませんが」
「どうしてですか?人族のために恩恵を与えているのに、あの神殿までの苦労が対価になるはずなのにそれを魔法使いがなぜ」
「おおかた逆恨みでは無いのか?」
「そうねえ。自分はあそこまで苦労もせずに登ったために対価をほとんど支払わず恩恵を求めたけど、ほとんど何も恩恵は無くて、魔法を調べたら苦労に応じて恩恵が付与されていたのを知ったのね。そこで、知らない人たちが願いを持って神殿を訪れたら、それを逆手に意地悪をする。でも、ちゃんと恩恵は与えられている。もっとも願いの大きさによっては、大けがをしているかもしれない。というところかしらね」アンジーが目を閉じて上を見ながらそう言いました。
「じゃあ、誰がやったのですか」パムが聞きました。
「さすがにわかりませんねえ」
「解析改良の得意なおぬしならできそうじゃが」
「それはまあできますよ」
「もしかしておぬしを罠にはめる為にこんな事をしたのかもしれないとは思わぬか」
「あまり意味がありませんよね。そもそもここに来たことありませんし」
「おぬしのフリをしてここに誰か来たとすれば」
「私にはアリバイがありますよね?」
「おぬしが使える空間魔法ではどうじゃ」
「マーカーでも置いてあれば来られますけど、ありませんよ」
「ぬし様。できないことの証明はできません」パムが言いました。
「確かに。空間魔法が使えると思われていますから、当然できるだろうと思われているかもしれませんねえ」
「また誰かに先手を取られたか?」
「この件の目的は何ですか?」
「さあな、氷のドラゴンとの関係を悪化させるとか、逆に親密にさせるとか、氷のドラゴンと人間の関係を悪化させる。くらいかのう」そう言いながらも納得をしていないモーラです。
「でもなぜ魔法使いさん達がこんなことをしますか?」パムがそう言った。
「ほら今の発言。魔法使いの里がやったように思っていないかしら?」アンジーがそう言った。
「ああ、疑心暗鬼にさせるところですか。なるほど」パムが頷いています。
「ですが、氷のドラゴン様からの依頼では、誰なのか特定しなければいけないのではないですか?」メアさん相変わらずするどいです。
「そうですねえ。でも復讐とかはさせたくないですねえ。不干渉のままではダメですかね?」
「それでは氷のドラゴン様が納得しないのではありませんか?」パムが言った。
「祝福の箱などの恩恵を与える魔法の作り方について、知識がある人がいます」
「ああエリスか。確かに氷のドラゴンと知り合いで、祝福の箱のことを知っているのはエリスくらいか」
「はい。祝福の箱と今回の恩恵の魔法の関連について、教えてもらわなければなりません」
私はそう言った後に皆さんに何点か話しました。レイが頷いています。やはりレイは気付いていたのですね。
「とりあえず神殿に戻りましょう。氷のドラゴンさんにエリスさんを呼んでもらいましょうか」
「そうするか」
○神殿再び
そして再び氷の神殿に戻りました。そこの広間にクリスタ様は立って待っていました。私ひとりが彼女のそばに行って、呪いでは無いことを簡単に説明しました。皆さんは扉の方に少し離れて立っています。
「なるほどね。それで犯人はわかったのかしら」クリスタ様はそう言いながらも、笑っています。
「残念ながら特定まではできていません」
「そうなの」クリスタ様はそう言って残念そうにしている。
「お願いなんですが、エリスさんを呼んでもらえませんか」
「私に連れてこいと言うのかしら?」氷のドラゴンさんの雰囲気が変わりました。相変わらずレイは唸っていて、それをパムに止められています。
「ならばわしが行ってこよう」モーラが気を利かせて迎えに行ってくれました。
「私は、ここで扉のところに仕掛けられた魔法を調べます」
「直せるのかしら」
「ええたぶん」私は扉に近づき観察及び解析を開始する。しばらくしてから氷のドラゴンさんのところに戻ってくる。
「直したのね?」
「はい。でも直す必要は無いですよね?」私は氷のドラゴンさんに余り近付きすぎない位置に立って言いました。
「それはどういうことかしら」氷のドラゴンさんは腕を組んで私を見て言いました。
「そもそもあなたは、本物の氷のドラゴンではないからですよ」
「へえ?いつ気付いたのかしら」
「会った事のある私、モーラ、アンジーは、ここにきてお会いした時に違和感を感じていました。初めて会ったはずの皆さんも同様です。特にレイは、早々に気付いていましたね」私はそう言ってレイを見ました。
「はい。私も弧狼族の一員です。もっとも私は屋敷の中の納屋で暮らしていたのですが、それでも氷のドラゴンのクリスタ様が里に来られた時には、屋敷にもお見えになっていました。その匂いを間違うはずもありません」レイはどうだと言わんばかりに胸を張って言いました。鼻息が聞こえそうです。
「なるほどそこですか。匂いまで真似たつもりでしたが」ニセ者は自分の匂いを嗅ぐ真似をしてみせます。
「ええ、似せたとしても我々弧狼族の鼻までだませるものではありません」レイはドヤ顔です。鼻息が荒いです。
「クリスタ様は、エリスさんのところにいらっしゃいますよね?」
「そうね、そうするよう仕向けたからね」ニセ者は何でも無い事のように言いました。
「仕向けられるだけ近しい間柄と言うことですか?」
「相変わらずそうやって、情報を引き出そうとするのね」薄笑いをしてニセ者は言いました。
「情報を引き出すのはここまでのようですね。それでも、さきほどエリスさんを迎えに行けば逃げられたのではないですか?」
「ばれているとは思っていなかったからね。あそこで迎えに行くとはクリスタ様なら言わないでしょ?」
「そこまで研究されているのですか」
「以前付き合った事がありますからね」
「さて、そろそろモーラが戻って来ますねえ」
「それまで、戦うのはやめておきましょうか」
「ネタばらしもありますしねえ」
そして、ドタドタと走ってモーラ、クリスタ、エリスの3人が扉を開けて入ってくる。
「どういうことよこれは」入ってきた氷のドラゴンクリスタさんが叫ぶ。それはそうだ、自分と同じ姿をしている者がそこに立っているのだから。
「わしにもわからんが、氷のニセ者がいるのだよ。よう似ておる」同じ事を叫ばないでください。
「そう言うことだったのね」エリスさんがそう言った。
「しかもここは「氷の神殿ではない」という事も含めてでしょう?」私は、言いたくてうずうずしていました。
「おやわかっていましたか。失敗ですねえ」嬉しそうにニセ者は言いました。
「そうよ。ここは氷の神殿ではないのよ。どこよここは」連れてきたモーラに向かって本物の氷のドラゴンさんが言った。
「そんなのわしが知るわけないじゃろう。わしは場所を指示されてここに来た。そこのニセ者に聞けばよかろう」
「私はモーラに場所を教えていないわ。あなたなら当然していると思ったもの」ホンモノのクリスタ様はモーラに向かってそう言った。
「じゃあ連絡のあったこの場所を手紙にして送ってきたのは・・・」モーラがニセ者に向かって呟く。
「あなた。今回の犯人はあなたなのね」モーラの言葉を遮ってホンモノのクリスタ様がそう言った。
「何のことかしら?」
「私の氷の神殿の恩恵を・・・ってここは私の神殿ではないのか。でも、私の神殿の名誉を傷つけた」
「名誉って何?そもそも恩恵を与えるって何?ドラゴンがして良いことなの?」ニセ者は笑いながらそう言った。
「それは、私の先代からしていることだから」ホンモノのクリスタ様はそこで言葉に詰まる。
「なら別に、違うものに変化していても構わないじゃない」
「そんなことはないわ。そうではないもの」
「まあいいわ。やっとここまであなたを引っ張り出すことができたから」ニセ者は私を見ながら言った。
「私に関係があるのですか?」
「ええ。どうやって私のテリトリーにおびき出そうかと考えていたところだったから。来て貰えて嬉しいわ」
「おびき出す。ですか?」
「ええ。私にはあの家の結界を破ってあなたを襲うことはできなかったのでね」
「私の顔のままで話すのはやめて」クリスタ様が悲しそうな顔でそう言った。
「それは失礼しました。でもこの姿で一つだけやっておくことがあるのよ」ニセ者はそう言って氷の壁を作り、私と彼女だけを周囲の人から隔離した。氷の壁の中に私と彼女だけが残された。
○3度目の逢瀬
「やっと二人っきりになれたわ。愛してるわダーリン」そう言ってその女は姿を変え始める。見覚えのある顔が現れてくる。
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「あらあ、憶えていてくれたの~とてもうれしいわ~。あなたの周りに愛人が増えているからきっと忘れてしまったかと思ったわよ。意外に私のこと愛していてくれたのねえ」そう言いながらシナを作るジョー。
「憶えているだけで愛しているなら、エルフ族の族長も孤狼族の族長も愛していることになりますが、あいにくそうではないですね」私は、くだらないことを言いながら、その変身が終わるのを見届けている。
「そうそう、あなた魔法を見て憶えられると聞いたけど、この変身に使った魔法は憶えられないわよ。ざーんねん」本当にいたずらっ子のように笑ってそう言った。
「ええ。ずーっと見ていましたけれど、見ようとして魔法を認識しようとすると、何かに邪魔をされていますね」
「そうよ。解析しようと魔法を使うとその魔法を拡散するのよ。だからよく見えない。私が愛するあなたのためだけに特別に作ったわ。喜んでくれたかしら」目をキラキラさせながらジョーは言った。
「その拡散する魔法は見えましたから」私は冷静に答える。
「ふ~んそういうことをするんだ。いやらしいわね、私の中を覗くなんて」表情が一瞬で冷たくなる。
「魔法を見せておいて見るなと言われましても。街中を裸で出歩いているのに裸を見るなと言っているようなものじゃないですか」私は、この会話にむなしさを少し感じていた。
「あら、別に魔法をひけらかしてはいないし、見なければいいだけでしょう」冷たい目で見ながら言いました。
「私の知らない魅力的な魔法でしたからねえ」私は素直にそう言った。まあ、知識としては魅力的です。またひとつ魔法を覚えられましたから。
「あら、私って魅力的なの~?」また薄笑いを浮かべている。
「魔法はとても魅力的ですよ。魔法だけはね。見たことがない魔法は魅力的です。憶えて使ってみたくなります」私は努めて抑揚を変えずにそう言いました。この人本当に面倒です。
「私じゃないのね」またも表情が硬くなる。
「ええ、あなたではないです」
「ざ~んねん」また薄笑いを浮かべている。
「さて、これだけ小細工をして私をここに呼びつけ、これだけの舞台をしつらえたんです。何がしたいんですか?」会話が一段落したところで質問をしました。
「あなたの家族が見ている前で無残に負かして這いつくばらせ、プライドをズタズタにしたいそれだけよ」薄笑いの中で硬い目をしてそう言いました。
「前の時は、一緒に死にたいと言っていませんでしたか?」その辺の心の変化が私にはよくわかりませんでした。
「あの時はねえ、あなたの「家族を殺されてもお前を殺してやる」という私への殺意を感じてね。あなたに殺されてもいいかなあって思ったのよ。もうね、あの時のことを思い出すと濡れてくるのよ」ジョーはそう言って体をくねらせている。そういう動きはやめて欲しいんですが。気持ち悪いので。そこで急に怒り顔になってこう言った。
「でもねえ、それ以降のあなたの腰抜けっぷりに腹が立ってきたの。私の大好きな人が誰も殺せない。その程度の男だとわかってねえ。がっかりしたわ」本当にガッカリしたように肩を落としてみせる。
「まあ、何を期待されていたのかわかりませんが、私なんてそんなものですよ。それでどうしたいのですか?」早く結論を言って欲しいものですが。
「愛してしまったからね。愛しさのあまり殺してしまおうと思ったのよ」そこで表情が硬くなり、私をジッと見つめて真面目な顔になりました。
「なるほど。でもこんな大それたものを作らなくても良かったんじゃないですか?」私は周囲を見回しながらそう言った。
「そうではないわ。私が一瞬でも愛した人ですもの。華やかで晴れやかで輝いた場所で死んで欲しかったの。愛する人達に泣きながら見送られてね」真面目な顔のままジョーはそう言った。
「それで氷の神殿ですか」私はため息をつきたくなりましたが、やめておきました。無駄そうなので。
「ここはあなたのお墓よ。死んだ後、永遠に氷漬けにしてあげるわね」そこで表情が残忍な笑いに変わる。それが本音なら最初からそう言って欲しいものです。
「それは嫌なのでお断りします」私は、ジョーに背を向けて、周囲を囲んでいる氷壁の反対側の端まで歩いて行き、氷の壁に触ってから振り向き、数歩戻ってエースのジョーと向かい合う。そして、床にも触ってノックをするように軽く叩いてみる。かなり厚い氷のようだ。
「ちなみにこの氷の壁や床は、どのくらい持ちますかねえ」私は前回の戦いを思い出しながら尋ねました。
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「私をずっと観察していたのですか?」
「時々ね。あの結界に近づくと見つかっちゃうし。あなた達が街から出て、壺を取り返したり、黒い霧の中で魔族と戦ったり。そういえば、魔法攻撃の重圧の中で魔法を受けきろうと持ちこたえている時のあなたのあの顔は良かったわー。ああ、何度思い出してもいい顔をしていたわ」上を向いて目を閉じて身もだえしながらジョーは言った。
「これは変態ですねえ。というかストーカーですか?」私はどうも変態にまとわりつかれる運命なのでしょうか?
「ストーカーと言われるほど見てはいないわ。たまにしか見にいっていないわよ。だって、私も成長しないと対等になれないでしょ?ちゃんといろいろ勉強して成長もしているわよ」そこで真面目な顔で言わないでください。さっきから表情がクルクルと変化して。かなり気持ちが悪いですよ。
「そういう所は努力家なんですね」私は淡々と会話をしていますが、早くここから出たいのですが、何を仕掛けられているのかわからないので、こちらからは攻められないでいます。
「それもあなたを愛すればこそよ」その嬉しそうな顔はやめてほしいのですが。
「違う方向に頑張ればものすごい魔法使いになれるんじゃないですか?」私は周囲を覆っている氷壁を再度くまなく解析をしてみたが、残念ながら何も見つからない。
「魔法使いというのはそういうものじゃない?あなただって興味のあることしか追求していないみたいだし」ジョーは意味ありげに笑いながらそう言った。
「それは確かにそうですねえ」私は解析をあきらめて、ジョーに視線を合わせる。
「そろそろいいかしら」彼女は杖を持った右手を差し出し構えた。
「本当に殺し合わなきゃいけませんか?」
「殺し合い?いいえ。私が一方的にあなたを嬲り殺すのですけどね」ニタリと笑ってジョーは言った。
「そうはなりたくないですねえ」
「御託はいいわ」そして彼女は杖を持った手を動かした。
その言葉と共に彼女の足元に魔方陣が現れ、同時に私の足元にも魔方陣が現れる。私は指を鳴らして、彼女の作った私の足下の魔方陣をキャンセルして、自分の魔方陣を構築する。
「遅い!」彼女はそう叫んで、私に巨大な氷塊を飛ばしてくる。とっさに私はそれをよけたが、体勢を崩れて魔方陣から足を離してしまい、作ろうとしていた魔方陣がキャンセルされてしまった。たたらを踏み、体勢を立て直したところで、再度私の足元に魔方陣を作られてしまう。今度の魔方陣はすぐに炎を吹き上げ、一瞬にして私はその炎に包まれる。しばらくして炎は消えたが、羽織っていた毛皮の上着がその炎で黒焦げになった。もっとも私は大丈夫です。周囲からは安堵のため息が漏れたようだ。
「なるほど。その毛皮に耐火魔法を掛けていたのね」次のターンへのつなぎなのか、ジョーが話しかけてくる。
「そうですね。耐火ではなくて防寒ですがね」私はこの後の展開を想定して、どういう魔法がいいのかシミュレートしている。
「そういえば、以前は炎の魔法を使っていたと思いますが、氷の魔法も使うようになりましたか。勉強熱心ですねえ」
「あなたは、見ただけで金属生成までしたって聞いたけど」ジョーはそう言いながらも、何か呟いている。
「それも知っていましたか。どうやらそちらが私の得意分野らしいので」
「らしい?ああ、記憶が無いのだったわね。でもそれもすごいわ。ああ、私も元の世界の記憶がなかったら、もう少しまともな人生を歩んでいたかも知れないわね」彼女はそう言って自分の足下に魔方陣を作り始める。第2ラウンドの開始らしい。
「今からでも素直に生きれば良いじゃないですか」私は防御の魔方陣を敷設する。そう何層にも。体の周りまで持ち上がってくるくらい何周も作り、頭まで白色の魔方陣の壁ができあがる。もっとも目のあたりには魔法と魔法の間に隙間があってそこから私はジョーを見ている。どうやら防御魔法の生成は私の方が速いようです。
「それができればね」彼女も同様に周囲に壁を作っていく。その色は赤い。
「そうですか。魔法使いは長生きなので、自分を曲げたまま生きるのはこの先つらくなりませんか?」私は、今度は攻撃のための小さな魔方陣を自分の周囲に多数配置を始める。
「言うわねえ。もう間に合うわけないでしょ?今までどれだけ殺してきていると思うの」
今度は、彼女が多数の細かい魔方陣を展開し始める。能力差を見せつけるために私の真似をしているのでしょうか。
「贖罪の気持ちがあれば、恨みを受け止めるしかないでしょうけどね」こちらは相手の動き待ちになりました。黙って相手の攻撃を見ています。
「それは無理ね」彼女は、前に出した杖を振り始める。地面に発生していた細かい魔方陣から私に向かって攻撃を始める。素早く何回も攻撃してくる。私の方は、展開していたたくさんの小さな魔方陣から相手の攻撃にあわせて自動的に攻撃して、相手の攻撃を相殺している。
「これでは、らちがあかないわねえ」魔方陣を自分の周りに張りながら、私に向かってゆっくりと進んでくる。その間も魔方陣からの攻撃は続いている。私は少し飽きてきたので、防御に徹するのをやめて、細かい魔方陣から打ち出していた魔法の数と速度を増やして攻撃に転じる。相手の攻撃の手数を超えているので、相手の周囲に展開している防御壁に対して攻撃が当たり始める。そうして彼女の回りの防御魔方陣を少しずつ削っていくつもりでした。
「それくらいではびくともしないわ。残念ね?」彼女は少し立ち止まって、攻撃の様子を観察してから、また歩き出そうとする。
「そうですか。それではこれを」私はそう言って違う魔方陣を展開して、魔法をその防御壁にぶつける。展開していた防御壁を一つ砕く。
「やるわね。どんな属性の攻撃にも対応するよう魔法を練っていた魔方陣だったのに」しかし、それでもジョーは少しずつ近づいてくる。
「お褒めいただきありがとうございます」彼女の防御壁が、もう胸のあたりまで消えているのを私は見て言った。しかし、攻撃に対してその環が自動的に飛び上がり、攻撃を跳ね返して削れて消えていく。
「でもそれも想定済みなのよねえ」そう言って杖を振り、再び防御壁を構築し直す。今度は攻撃をはじき返した。
「なるほど。私がこの場で解析するのも想定済みですか」
「ええ。でもすごいわあ。本当に殺すのがもったいないくらいにねえ」嬉しそうにジョーが言った。その声には悪感情は含まれていないように私は感じた。
「ならば殺さないでくださいよ」
「できないのよ。私の過去があなたを殺せと叫ぶの。愛した人を殺さないではいられないのよ」そして、少しずつ近づいてくる。まるで愛する人を慈しむように微笑みながら静かにゆっくりと。攻撃をしながらぶつかってくる記憶の断片。さきほど呟いていたのはこれでしたか。
「可愛そうな過去をお持ちの人なんですね」私は断片が防御壁に突き刺さるたびにその記憶を読まされていた。
「可愛そう?いいえ私はそうして生きてきたのよ。愛する人を殺して一緒になるために脳を食べて」
「脳を食べる?」
「そうよ。愛しているからこそ、そのすべてが欲しくなるのよ。だから殺して食べる。すべては食べきれないから。頭を。脳を食べるの。素敵でしょう?」
「今もしているのですか?」
「そうね。この世界に来てからこれまで数十年、その間に愛した人達は数人いたけど、全員食べたわ」
「私も死んだらそうするつもりですか?」
「もちろんよ。あなたの愛する人達の前でね」
「もしかして、これまでも同様に?」
「そう。残された人達が何もできず、ただただ絶望して私を見ている顔は素敵だわ」
「すいません。どうやらこれから私は、この世界に来て最初の殺人を、殺意を持って、同族殺しをすることになりそうです」
私は手をあげて、私と彼女の周囲に展開していた魔法をすべてキャンセルした。
続く
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