上 下
57 / 229
第10話 DT家族を増やす

第10-2話 DTともに魔獣を倒す

しおりを挟む
○お肉を補給
「おう、おなかが空いたぞ」モーラが私の服の裾を引っ張って言います。仕草が可愛すぎて萌え狂って死にそうです。
「干し肉で我慢してください」
「お風呂ー」アンジー、足をバタバタさせるのやめてください。可愛すぎて萌え狂って死にそうです。
「知らない人がいるんですから我慢してください」
 御者台にいる私の両隣でごねる可愛い子供達のフリですが、要求は大人ですね。
『ぬしも疑っておるのじゃろう?』
『何を疑うというんですか。』
『あのドワーフじゃよ』
『ああそうですね不自然ではあります』
『魔族方面?』
『そんなまどろっこしいことするわけ無いじゃろう。とっとと殺した方が早かろう』
『ですよねー、泳がせておく理由が無いもんねー』言葉の乱れは心の乱れですよアンジーさん。
『にしても新鮮な肉が食いたいのう』
『そうね。そしてお風呂もお願い』
『お肉は何とかしますから、お風呂は我慢してください』
『何とかするのか』
『あなたをシールドで囲えばきっとでかいのがつれますよ』
『なるほどな!ではここで狸寝入りをするのでシールドで囲え。メア、ユーリ、エルフィ頼んだぞ』
『了解しました!!』三人同時に敬礼していますよ。いきなりなのでパムさんがびっくりしていますよ。それより、どこでそんなポーズ憶えたんですか。って、私の頭か。ってセルフ突っ込みは置いておいて、指を小さくパチリと鳴らすふりをします。もちろん音はしていませんけどね。モーラの周囲に見えないシールドが作られる。
『おお!クッションがついてふわふわじゃ。なんじゃこれは、前のと違うぞ』
『前のは固くて不評でしたから内側に弾力をつけてみました。居心地はどうですか?』
『おぬし本当にこういうことだけは優秀だのう』
『お褒めいただき光栄です』
『皮肉じゃ。もっと攻撃魔法とか憶えんか!』
『だから師匠が欲しいと何度も言っているじゃないですか』
『そうだったのう』
「魔獣が襲ってきます」しばらく馬車が進んだ後にエルフィが叫んだ。
「馬車止めまーす」私はそう言って馬車を止める。すでにエルフィは、馬車の幌の上に登って弓を引き絞っている。
「かなり大きいです」エルフィの言葉を聞いてユーリは飛び出して馬の前に出る。メアは、その後ろでナイフを両手に持ち、パムさんがユーリの隣に並ぶ。
「大きいのは当然じゃ。わしの残り香にも動じぬくらいじゃからな」モーラさん変な事を叫ばないでくださいね。聞こえてますよ。
 エルフィ放った矢が魔獣を襲う。しかし、初撃が簡単にはじかれてしまう。かなり遠いのによく当てられますねえ。さすがです。
「弓矢が効きません。それでは魔法を乗せて~とりゃあ」第2撃には、白い魔法がかかっていて、矢は魔獣に刺さって消える。
「どうじゃ」
「刺さって、魔法が効いているみたいですけど平然としています。いや、むしろ元気になった気が・・・」ユーリが不思議そうに見ている。
「まさか回復魔法を乗せてはおるまいな」
「ありゃ?つい間違えました~」そこでテヘペロしますか。
「ばっかも~ん」
「接近してきます。いや突進してきます」エルフィが叫んでいる。
「ユーリ行きまーす」その言い方どこで憶えたんですか(以下略
「おうまかせた。メアサポートじゃ」指揮はモーラですか。
「がってんです」だから(以下略
 メアが、突進してくる魔獣の牛のような角を捕まえて動きを止め、ユーリがメアの脇をかいくぐり、首に剣先をねじ込もうとする。
「くっ浅い!」ユーリは顔をゆがめて叫ぶ。重量級の魔獣との戦闘は不慣れなのか、致命傷を与えられなかった。メアが角を抑えきれず体制を崩される。
「まずい!!」メアとユーリお互いがお互いを心配して動きが鈍る。その時メアの背後から大きな影がその角をつかみ捻った。魔獣の首は、ユーリの切りつけた傷口からあっけなくちぎれた。
「す、すごい。というかあなた誰ですか?」ひねり殺した魔獣の首を持ったままの上半身裸の巨大な女性がそこに立っている。
「あ、私はパムです。ごめんなさい裸で」そう言いながら切り落とした魔獣の頭をそこに投げ捨てて、腕で胸を隠す。
「えええええええええ」巨大化といっても先ほどの体を一回りほど大きくしたくらいになったパムがそこにいた。上半身は裸で、ちぎれた服が腰からぶら下がっている。
「なるほどのう」ニヤニヤしながらモーラが見ている。
 メアが馬車からフード付きのマントを持ってくる。さすがにそんなサイズの服はありません。そうしたら、今度は縮んで元の大きさに戻りました。元に戻る時にけっこう苦しそうにしています。とりあえず持ってきたフードをかぶせ、馬車の中に戻りました。
「どういうカラクリじゃ」モーラが私に言いました。
「わかりませんよ。でも聞きづらいですね。とりあえず助けてもらってありがとうございます。でしょうか」
 戻ってきたパムは、メイド服を着せられていた。そんなサイズ用意していたんですか?
「すいません服までお貸しいただいて」
「いえ、それはたぶんメアさんのよこしまな心の産物ですので、処分しておいたほうが良いと思いますので」
「ご主人様ひどいです。これは私が小さいときから大事にしていた・・」涙ながらにメアが言った。
「そうなのですか?お返しします。」真面目に脱ごうとするパムさん。
「ああ冗談です」メア、真顔で言わないでください。
「はあ」
「メアさん」ユーリが後ろからメアの袖を引っ張る。
「はい、何でしょうか」メアがそれに答えてユーリを見る。
「これどうしましょう」ユーリが指さすその先には先ほどの巨大な魔獣の死体があります。
「解体・・・ですね。はあ」さすがにメアからもため息が出ます。でかすぎます。

 一方、魔族の方々は、見張りからの報告を聞いていたようです。
「ほう、あの野獣を一撃か」
「はい、あのドワーフが文字どおり首をひとひねりでした」
「誰とやってもおもしろそうだな。だが、あの一行を率いている男が一番強いのだろうな。きっと」
「でしょうねえ」
「まあ楽しみだ。だがもう少し試してみたいなあ」
「ではこうしましょう」獣人がその魔族に耳打ちをする。
「そうだなそうしてくれ。それで全滅するようなら俺が出るまでもない」
 全員で静かに笑っている。

○夕ご飯
 たき火の炎が明るく感じる薄暮です。全員がよだれを垂らしながら肉の焼けるのを見ています。メアがたき火の上で肉の塊をあぶっていて、焼ける匂いは非常に香ばしいです。
 もちろんさっき倒した魔獣です。あれから解体作業に入ったのですが、とても大きすぎてほぼ半日を使ってもまだ作業が終わらずにここで野宿することになりました。
 魔族の森と言ってはいますが、近くには綺麗な水の湖が近くにあり、私が水を精製することもなく水も確保できました。ただし、入浴できるかと言えば、周囲に魔族の監視の目があり、みんなはあきらめました。ユーリはあれからパムに教えを乞い、剣技の練習にはげんでいます。
 私は馬を連れて、近くの林を抜けた池のほとりに行きました。この馬達は、どんなに恐い魔獣に遭遇しても驚かないくらい落ち着いています。まあ、いつも魔獣より恐い者を乗せているんだから当然なのかもしれません。それでも周囲にいる魔族を敏感に感じているようです。それでも動じることは無いのです。水辺で水を飲ませ、体を拭いてやる。動物は素直でいい。うちの人達はもう・・・
「もう、なんじゃ申してみい」そう言ってモーラがやってくる。
「とっても素敵です。私にはもったいないくらい」お世辞を一応言っておきます。
「うそつけ、心をのぞくぞ」いやもう覗いているじゃないですか。
「それよりひとりで歩き回って大丈夫ですか?」
「ああ?誰に言っておる」
「はいその先は言わないでね。誰が聞いているかわかりませんから」そう言ってアンジーも来ました。
「なんじゃアンジーも来たのか」
「モーラが抜け駆けしないようにね」
「ほっとけ」そう言ってモーラが座りました。アンジーもその隣に座りました。私も手近な木に馬の手綱を結び、モーラの横に座ります。
「良い景色じゃ。癒されるのう」『つけられておるな』
「本当に良い景色ね」『そうね、あのドワーフの子よ』
「魔族のエリアでこんな風景なので違和感がありますね」『どういうことですか』
「しばらく前までここは人間のエリアだったのじゃろう?」『わしらが天使様御一行か見極めようとしているな』
「魔族だからってなんでも破壊するわけでも汚染するわけでもないわよ」『どうやらそうみたいね。』
「頼みますからこういう風景を壊さないで欲しいですね」『それをする意味がよくわかりませんね。』
「そうじゃな。心が洗われるようじゃ。」『どうする直接聞いてみるか?』
「いつまでも見ていたいですがねえ」『何か事情があるのでしょう。彼女から言って来るまで待ちます』
「そう言うと思った」
『アンジー声に出していますよ』
『あ』
「皆さん食事の用意ができましたよ」メアが呼びに来ました。その時には彼女はもう戻っていたようです。
 食事の時にはパムはユーリと話していました。というかユーリがパムを離さなかったというのが正しいですね。
 ユーリが疲れたのでしょうか。居眠りを始めてメアが毛布を掛けています。
 パムさんがこちらに来て隣に座りました。
「ユーリが離れなくてすいません」
「いえ、彼女はとても筋が良いですね。まだまだ伸びしろがある。教え甲斐のある生徒という所ですね」
「ドワーフの里には学校があるのでしょうか」
「普通は親が子に教えるのですが、残念ながら機会が無くて」
「そうですか。教えることで気がつくこともありますからね」
「はい、ユーリさんからは自分でも気付かなかった点を逆に教えてもらったりしています」
「それは良いことですねえ」
「それと、こんなに楽しい夕食は初めてなのでとても感謝しています」
「そうですか。いつも一人で食事をされているのですか?」
「はいいつも一人です」
「それならなおさらここを越えてもしばらく一緒に旅しましょう」
「ありがとうございます」
 その後はパムさんの旅の話を色々聞いていましたが、話が一段落したところでパムさんが真面目な顔でこう言いました。
「DT様。 お伺いしたいことがあります」
「なんでしょうか」
「この世界のことをどうお思いですか」
「そうですね。 私からすればこの世界はいびつです。実は私には自分自身の記憶はありません。記憶がないからこそ、この世界を斜めに見ることができます。ああ、斜めにというより冷静にと言い替えてもいいです。この世界はいびつだと思いますよ」
「どこがいびつですか」
「それぞれの種族のありようがです。すべての種族に出会ったわけではありませんが、魔族と人が争っていて、それを力のある他の種族、例えば天使やドラゴンや魔法使い達が静観していて、諍いをやめさせようとしていないのです。今後何かしら動きがあれば良いのですが、魔族と人自体も戦う事ばかりで冷静さを欠いていると思います。それは巻き込まれる魔族や人々がたくさん出るという事です。それは大変悲しい事だと思います」
「それは何とかなるものなのですか」
「わかりません。少なくとも私は自分の家族を守るので精一杯なのです」
「家族を守るので精一杯なのですか」
「はいそうです」
「DT様は、大変悲しそうな事だとは思うけれども、家族を守るだけで精一杯で、世界まで正すという気持ちはないのでしょうか」
「残念ながら私にはそれだけの力はありません。日常生活を便利にする魔法しか使えないような魔法使いだと家族からは言われていますから」
「そうなのですか。ありがとうございました。すいません私の眠くなってきたのでこれで休させていただきます」パムさんはそう言って残念そうに立ち上がった。
「お疲れでしょう。今日の夜は私が夜番をしますので安心してお休みください」
 その言葉にパムさんは頷いてその場を離れた。

 翌日、翌々日と何もない日が続きます。魔獣はモーラの気配と匂いに寄ってきませんので、馬を休ませるための朝休憩、昼食と午後休憩を取り、夕食を取ります。パムさんは、それぞれの休憩の時にユーリと剣の練習をしながら、エルフィと木の実を取りに行く時に同行して色々と話をしていたようです。
 夜には、夜番をしている私やメアと話して、移動中の荷馬車の中では、モーラやアンジーと積極的に話をしていました。

○魔獣と獣人
 それからさらに2日ほど一緒に旅してみて、パムさんが良い子であることは、私もみんなも良く感じていました。しかし、私が一人もしくは、誰かとどこかに移動するとその後ろに着いてきていて、何を話すか監視しているようでした。例の天使様御一行とあやしんでいることは間違いありません。もしそうだったとしても、何を知りたいのでしょうか。気持ちを察することもできる良い子なのにそこだけは察してくれていないようです。やはり誰かから命令された任務なのでしょうねえ。
 モーラは、パムさんの頭の中を覗きたいと言い。アンジーもそれに賛同していますが、私はどうもふん切りがつかず時間が経過しています。そもそも覗いたところで、そのことに意識がいっていないと見られないそうですし、良い子であるパムさんと見張っているパムさんとの落差に彼女自身が戸惑っているように見えるのです。
「何か来ますよ~」エルフィが何か探知したようだ。
「ほう、わしがいるのに良い度胸じゃ」
「たぶん気が触れている感じがします~動き方がフラフラしていますよ~」
「なるほどそういうことか。魔族の奴がこっちの様子をうかがって、そういうのを向かわせたな」そういうことまでわかりますか?
「大きいです~本当にかなり大きいです。今回のはかなりまずいです!!」エルフィが叫んでいます。
「馬車止めます。アンジー森に逃げて。モーラは馬車に突っ込んできたら土壁をお願いします」私は、そう言って魔獣の侵攻状況が目視できるようにモーラと馬車から出ました。魔獣は牛に似た四つ足動物いや近いのはバッファローですね。こちらに気付いたのでしょうか猿のような走り方でこちらに向かってきます。それにしても動作が機敏です。
「はいはい邪魔はしませんよ」アンジーは、トンと馬車を降りてサーッと反対側の森の中へ移動しています。いや、いつみても早いですねえ。まるで地に足がついていないように見えますねえ。もしかして浮かんで移動していますか?
「とりあえず馬車を守る体勢になりましょう」すでにユーリは荷馬車から降りています。
 馬車の中では「パム様これを」メアがそう言ってパムさんに洋服を渡す。
「これは?」
「ご主人様の考案した伸縮自在の上着です。着てみてください」
「ありがとうございます。これを私に?」
「はい。大型化したら裸になるのは恥ずかしいだろうと、先日考案されていました」
「これは、私のためにですか」
「はい、完成したばかりですので破けない保証はありません。テストしてもらう暇が無かったので」
「そんな、そんなことをしている様子もなかったのに」
「念のために言いますが、服を縫ったのは私です」
「ありがとうございます」急いで着替えるパムさん。
「来ます!!」エルフィが叫んで弓矢を打ち込む。矢は見事に肩、腹、足に命中しているが、魔獣は動きを止めない。さらにその魔獣は、4足歩行で近づいて来たものの私たちを見て2本足で立ちあがり両手を振り上げ突っ込んでくる。エルフィは今度は弓で両目を潰す。しかし、すでに目標を決めていたのか真っ直ぐに突っ込んでくる。
 近付いて来る魔獣は、前回の数倍大きい。それでもユーリはためらわず最初に突っ込んでいく。
 メアとパムさんが両側に少し遅れてついていく。相手の右腕がユーリめがけて勢いよく振り下ろされるが、ユーリは一歩手前で停止してそれをかわし、振り下ろされた右腕の肘を足場にして喉元に剣を突き入れてこじるように切り上げる。
 パムさんとの練習の成果か、確実に喉笛を切り開く。しかし相手は狂っているのか痛みを感じないのか、かまわず体を捻ってユーリに向けて左腕を振る。懐に入り込んだメアとパムさんがユーリを襲うその腕を受け止めた。
 残念ながら勢いを殺しただけで2人は弾き飛ばされ、その腕がユーリに迫る。ユーリは切り上げた時に登った肘からさらに右肩を蹴って宙返りをして魔獣の背中に落ちながら左腕を切断する。その左腕は、切断されてその場に落ちる。魔獣は、腕を振った反動で右の方に体が回転して、ユーリが着地したところにユーリの方に向いている。ユーリは大剣で首を切り落とす。絶妙だ。寸分の狂いも無く骨と骨の間に剣が突き刺さり、あっけなく首は転がり落ちる。
『まずい。そっちは陽動だわ』全員の頭の中にアンジーの声が響く。
「アンジー」パムを除き全員が馬車の反対側のアンジーに意識を向ける。そこには魔獣とその横に避難用緊急シールドの球があった。アンジーを森の中に避難させたのがあだになってしまった。魔獣がアンジーの入っているシールドの玉をゆっくり転がしながら少しずつ近付いてくる。
 しばらく球を鼻で押して近づき我々との距離を測った後、シールドに牙を立てシールドを霧散させた。
「獣人?」パムさんがつぶやく。
「獣人ですか」どうやら魔獣ではなかったようです。知性がありました。
「魔獣に隠密とか魔法のスキルを使えるものはいません。しかも殺さないでいることなどまずありません。たぶん獣人です」パムさんは言い切りました。
「人ならば話し合いですね」私は、膝をついているアンジーのそばにいる獣に話しかける。
「まずは、アンジーを殺さないでくれてありがとうございます。アンジーを殺されていたら私も何をするかわかりませんでしたから」しばらく待ちましたが返事がありません。
「会話になりませんね。獣人というくらいですから人にもなれるのでしょう?」私は再び叫びます。
「顔を見られることになるのと、魔法は使えるようになりますが身体能力が落ちます。攻撃力が下がることを気にしているのでは無いでしょうか」私の後ろからパムさんがアドバイスをしてくれました。助かります。
「アンジーを殺さないでいてくれたので、話し合いをしたいのです。人になって会話してもらえませんか」
「あんたと一対一で戦いたいって」アンジーが叫ぶ。
「なるほどそういうことですか」私はため息をついてからこう叫びます。
「いいでしょう。ちょっと離れましょうか。アンジーをそのまま置いて左に移動してもらえませんか?こちらも馬車から離れたいので」私は背中を向けてスタスタと移動する。
「ちょっ・・・」パムさんがあきれているのが背中からでもわかります。
「こちらが要求していますので、信用してもらわないといけませんから」私は振り向かずにそう言います。
 それを見てその獣人も静かについてくる。そして対峙する。
「改めてアンジーに手を出さないでくれてありがとうございます」私は丁寧にお辞儀をする。
「そちらの事情はわかりませんが、手を抜いてお相手したらそちらに迷惑がかかりそうですので、全力でいかせていただきます」そう言って私は、右腕を胸のあたりの高さに上げました。
「行きます」私はそう言ってから指をならしました。その瞬間、獣人は一瞬消えたように見えた後、私のすぐ前に現れました。すごい速さです。現れると同時に私の右手など気にせず喉笛にかみつこうとしました。その攻撃をかろうじてかわして体勢を入れ替えます。しかし相手との距離はかなり縮まっています。次に攻撃されたら喉笛にかみつかれるでしょう。ちょっと反応が遅れれば死ぬかと思うと冷や汗がとまりません。それでも降ろしていた震える手を前に出して指を鳴らします。今度は自分の目の前にシールドを出現させました。しかし相手の行く手を阻むように立てたシールドの向こうには誰もいません。
 その獣人は、私の真後ろに現れました。読まれていたのでしょうか?いや、相手はとっさにシールドの手前で飛び上がり私の背後に降り立ったのでしょう。すごい反応速度です。シールドの生成されるのを目視してそこからスピードを殺し飛び上がり着地する。速すぎます。その反応速度に合わせて攻撃するとか私には到底無理ですよ。しかも振り返ったせいで背中に当たるシールドが私の移動を阻みます。背中にシールド目の前に獣人。こりゃまいった。とりあえず距離を取るためシールドを前に放ち獣人の進行を止める。後ろのシールドを壊して・・・ああ、また回り込まれちゃった。しかも距離が詰まっている。次は指を鳴らそうとしたら食いちぎられそうです。
「次は手を食いちぎりますよね」そう言いながら手を前に出す。手が震えます。そりゃあ震えますよ。初めての恐怖です。食い殺されるかもしれません。
「ひとつだけ確認なんですが、獣人さんて再生能力が高いと思うんですがどうですか?」もちろん答えはないです。まあ、私も次の動作のための時間稼ぎなんですがね。
「答えないのであれば信じます。えい」私は指を鳴らします。そう、手を伸ばした右手の指の他に左の脇腹まであげていた左手の指も同時に。
「ガッ」噛もうとしてかみ切れない物を咥えた時の擬音がする。そして肉を突き刺す音。私の腕にシールドを張り、それを噛ませて、動けなくなった体に地面から数本の土の槍を出現させて獣人の体に突き刺し、身動きを取れなくしました。私の腕を噛んだままでなお、その前足で私の顔を薙ごうとしてきました。しかし私は、さらにその前足を土から伸ばした槍で串刺しにする。
「すいません。私も必死ですので。痛かったでしょう?でも」パチリと指を鳴らしすべての槍を取り除き、槍の抜ける勢いで地面に倒れて瀕死になっているその獣人に私は薬草を塗る。血はとりあえず止まったようだ。
「どこかで見ているんでしょう?この人は、殺意も無く私を攻撃しました。どうやら脅されてというところでしょうか。私が倒しましたので、彼はお役御免という所でしょう?ここで一度引きませんか?」
 私は大声で周囲に向かって叫びます。
「ああわかった。そいつは確かにお前を試すためだ。だが俺たちが無理矢理戦わせたわけじゃねえ。それは勘違いするな」
「わかりました。傷は直しますから後はよろしく」
「わかった」
 私は大声を出しながらも、獣化が解けて獣人に戻った彼の治療を開始していました。といっても持っている薬草を傷口に当てるだけなのですが。
 触ったのが痛かったのかその獣人が目を覚ます。私がそばにいて薬草を当てているのを見て、不思議そうな顔で尋ねてきた。
「何をしている」
「傷を治しています」
「なぜそんなことをする」
「まあなりゆきですね。死なれて後味が悪いというのもありますが」
 私の周りには誰もいません。目を覚まされて、あのスピードで他の人を攻撃されたら防ぎきれないから離れて待ってもらっています。メアさんとモーラあたりはもしかしたら大丈夫でしょうけど。
「今回は、あなたが自ら戦いにきたというのは本当ですか?」
「それは本当だ。だがもうしない。強い者には手を出さない。それは理解している」
「どういう事情か知りませんが、魔族に与しますか」
「俺たちの村が人間から突然襲われた。その時に彼らに助けられた。なので恩返しがしたかった」
「そうですか。人間が、私が憎いですか?」
「ああ。だが助けられた。だからお前やお前達は憎めないだろう」
「人間にも魔族にもそれぞれ良い人と悪い人がいます。それを憶えていてください。むしろ悪い人間には容赦しなくても良いですよ。そこは見極めなければならないですが」
「おまえ変わっている。普通の人間はそんなこと言わない」
「だから人だっていろいろです。あなた達もそれぞれでしょう?」
「・・・・」
「魔族だっていろいろです。あなたのリーダーさんはいい人そうなので大丈夫ですが、少なくとも恩返しで死んではいけませんよ」
「そうなのか?」
「ええそういうものです。むしろ、せっかく助けた命に簡単に死んでもらっては助けたかいがない。助けた側からすれば、むなしいでしょう?」
「そういう考えもあるか」
「少なくとも私はそう思いますよ。それではお戻りなさい。あのリーダーならちゃんと迎えてくれるでしょう」
「あなたは不思議な人だ。傷を治してくれたこと礼を言う」
「それより回復力すごいですね。あっという間に直りましたよ」
「それがわれら一族のいや獣人の体質だ」
「魔力を持っていますよね」
「ああ、魔力は獣化したらほとんど使えない」
「ですけどその回復力は魔力を使っているのです」
「そうなのか?」
「なるほど。ただ、体の代謝を上げて細胞活性化をしているわけではないと」
「おまえは何を言っている」
「ごめんなさい独り言です。そうですか。私はあなたとはもう戦いたくありませんので、リーダーの方にそうお伝えください」
「ああ、おまえは俺を殺さなかったのだから俺もお前を殺す理由は無い。たとえ魔族に対する恩返しだとしても」
「でも、人質を取られたりして、無理矢理戦わされたりしたら、戦いの最中に相談してくださいね。全部を救うとは言いませんが、救えるように頑張ります」
「おまえは本当にお人好しだな。そんなことまで心配しているのか」
「そうですよ。一度助けた命なんですからそうそう死なれては困ります」
「このことをリーダーに言うが」
「かまいませんよ」
「おまえ、変な人間だな」
「よく言われます」
 そうして名も無い獣人との戦いは終わった。私は馬車に戻る。

「何を長々と話しておったんじゃ」
「獣人の回復力は、その身体機能の他に魔力も使っているということですね」
「ほう、そんなことを・・・話すわけ無いじゃろう」
「はいしていません。それは私の独り言です」
「さっさと言わんか」
「彼の一族は人間に襲われたそうですよ。それを魔族に助けられたと」
「おいおいどういうことだ。そもそも身体能力が高い彼らを人が襲うとか絶対的な物量でも無い限り到底無理じゃろう」
「人間が襲撃することなどあるものですかねえ」この世界の人間は悪人ばかりなのでしょうか。
 それから私たちはその場から移動して、夕暮れに適当な場所で夕食の準備を始める。魔族達の監視は相変わらずついてきている。
 その夜、パムさんが私の所に来ました。
「DT様。 お伺いしたいことがあります」
「なんでしょうか」
「あの時、獣人を殺しませんでしたね。なぜですか」火を囲みながらパムが尋ねてきた。
「どうして殺さなければならないのですか?」
「あなたは少なくとも殺されかけています。最初の攻撃は確実に喉笛を狙っていました。もしかしたら死んでいたかもしれないのですよ」
「殺意は感じませんでしたよ」
「相手は殺す気はなくても真剣に戦っていました。しかもその延長上にあなたの死も見えていたと思いますが」
「確かに真剣に戦っていましたね。でも、戦った結果、戦意をなくした者を殺してどうなります?敵側の人達に復讐という感情を植え付けるだけでしょう」
「そこまで考えていましたか」
「いいえ、そこまでは考えていませんでした。彼は何か理由があって私と戦っているということくらいしか」
「そうですか。そこまで考えているのですか」
「後付けですけれども、殺しても憎しみが増えるだけですよ。もっとも私の家族が殺されたり傷を負ったりしたら別ですけど」
「そう・・ですか。家族が殺されたら別だと」
「今ではあなたももう家族のようなものですけれどね」
「何を言いますか、旅の途中で一緒になっただけの私に」
「この人はねそういう人なの。わかりづらいけどね」アンジーが私の隣に来てそう言いました。
「そうですか。私も家族ですか」
 しばらくの沈黙の後、パムさんは私にこう言いました。
「私の素性が気になりませんか?」
「気にならないと言えば嘘になりますが、話したくないことを無理に聞き出しても良いことはありませんし、そう言う事は、話す気になったら話してくれると思いますので」
「私が暗殺者ではないかとか思わないのですか?」
「あなたが暗殺者なら、こんなに近くに居ても殺気を感じさせない凄腕の暗殺者ですね。きっと」
「そういうことですか。私には殺気がないと」
「はい。こうして一緒に旅してみれば、あなたが悪い人でないことはよくわかります」
「愚かしいですね」
「そういえば、あの襲ってきた獣人さんも事情がありましたしね。あの獣人さんだってきっとこうやって食事をしてみれば仲間になっていたかもしれません。さらにはあの魔族さんもね」
「あなたにとっては、この世界はそういうものなのですか」
「すべての人が悪意で生きているわけではないですよ。善意で生きている人も少なからずいます」
「そういう考え方いいですね」
「そういう風に生きていこうと思えばできますよ。わたしはそこまでできませんけど」
「そうですか」そうしてパムさんは考え込んだようだったので、アンジーに促されて私は、たき火の場所を離れました。パムさんはそのまま火の番をしてくれていました。
 それでもその夜は、全員寝不足だったみたいです。


Appendix
なんじゃ、結局告白しなかったのか
そうよあと一歩というところね。
もっとも自分が間者だと言ったようなものだけどね
そうじゃなあ。暗殺者とまで言っていたがどうなんじゃ
今のところしそうにないわねえ。でも心変わりをして殺したりしないかしら。
あやつはそれも見極めているのだろう?
単に何もしていないだけよ。無防備にもほどがあるわ。

続く

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい

香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」 王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。 リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。 『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』 そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。 真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。 ——私はこの二人を利用する。 ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。 ——それこそが真実の愛の証明になるから。 これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。 ※6/15 20:37に一部改稿しました。

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

短編集【BLACK】

タピオカ
ホラー
後味が悪かったり、救いの無い短編集を書いていこうかと思います。 テーマは様々です。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

処理中です...