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第3話 僕と人形。ついでに魔法使い
第3-6話 キスと幽霊と心理戦
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○ 食は調味料次第
「それでは夕食を食べに行きますか」
「しかしあそこの食事はのう・・・」モーラがちょっとゲンナリしている。
「そうなのよねえ。味付けがかなり濃いのよね」アンジーもゲンナリして言った。
「しようが無いでしょう?あの居酒屋は安宿のそばにあって、どちらかというと肉体労働をする方達の行くところなのですから。夕食はどうしたって酒が飲みたくなる塩辛い味付けになりますよ」私は子どもを諭すように言った。
2人ともわがまま言うんじゃありません。食べられるだけ幸せなのですから。
「そうよねえ・・・」それでも納得できないようですねアンジーさん。
「私が作りましょうか?」メアが当たり前のようにさらりと言った。
「え?いいの?」アンジーの目が光り輝いています。あなた光ですよねえ。ああ、光が光るのは当たり前でしたね。
「私は元々、前のご主人様の身の回りのことを全てしていました。料理もそこそここなせます」
アンジーさんウンウン頷いていますよ。なぜか嬉しそうですね。
「ただ、ひとつ問題がありまして。味付けが元もご主人様仕様のままなのです」
「それは、これから少しずつ直していただければ、良いのではありませんか?」私は当たり前の事を尋ねました。
「上書きするしかないのですがかまいませんか?」足を止めて私をじっと見つめてメアさんが聞きました。
「それしか方法がないのでしたらかまいませんけど」私も足を止めて答えました。何を上書きするのでしょうか。
「それでは」メアは舌なめずりをして、いきなり私にディープキスをしてきました。
「モゴモゴ。モガ」私は目を白黒させるだけです。
口腔内をなめとるように舌を舌にからめるように丁寧にキスをしています。ええ、唾液まで吸い上げますか。
「もが、」その様子に全員が硬直し、全員が呆然としている。
「ちょっと何しているんですか!」
アンジーの声を聞くもメアは続ける。私もキスしているので声を出せるわけもなく。じたばたもできず全員唖然とみていました。1分くらいでしょうか、意外に長く感じました。メアは唇を離すと。
「これで、味蕾の情報は上書きされました」満足そうな顔でメアが言いました。
「ゼェゼェ。そういうことですか」私は呼吸を整えながらがっくりと膝をついてしまいました。そして、なぜかアンジーもがっくりと膝を落としています。
「あーファーストキス。狙っていたのにー」いや、アンジーさんその発言はまずいでしょう
「いいなあ・・・」
見上げるとユーリまでも指をくわえて私を見ていました。何がいいんですか?口の中を陵辱された気分ですけど。
「おぬしら何を言っているのじゃ。そもそもこれを愛情のあるキスというのか?たんなる情報伝達じゃろうが」
いや、今のモーラの発言は、私が自分の心を整理するためにそう思い込もうとしていた言葉です。それを堂々と口に出さないでください。
「モーラ様、私は愛情を持ってキスをしました。なぜなら・・・」はて、何を言い出すのですかメアさん。
「ほう?なぜなら?」面白そうに笑いながらモーラが言葉を返します。
「なぜなら、違う方法でもできたからです。えっへん」いや、胸を張って威張って言われても困ります。
「わざとやったのね。ふふふファーストキスを奪ったのね」アンジー本性がだだ漏れしていますよ。
「はいそうです。私が奪いました。私のファーストキスは前のご主人様に奪われましたから」
「いや、それはしかたがないでしょう」私も突っ込まずにいられませんでした。
「今回は私の意志で、「私が」ご主人様のファーストキスを奪いました。えっへん」いや、だからどうしてそこで誇らしげに言いますか。ない胸を張って。
「それはよけいじゃ」モーラがあきれている。
「つまり自分は奪われて悔しかったから今度は自分が奪ったという訳ね」アンジーはため息をつく。
「はい。でも、新しくご主人様になられた方を私が好きになっていなければできません。ですから、今回実行させていただきました」
「そういうことは勘弁してください。前にも言った通り相手の気持ちを考えて行動してください」
「私のこと嫌いですか?」メアが私をウルウルした目で見て言いました。
「いや、そういうすがるような目に弱いんですよ。捨てられていた子犬のようで」
「おぬしだまされるでない。たぶんそいつは、唾液からおぬしの過去の記憶を見て、使えそうな情報で籠絡しておるぞ」
モーラにそう言われてメアさんが「ちっばれたか」みたいな顔をしています。でもそんな事できるのですか?私の記憶戻してくださいよ。お願いします。
「ま、まあ、しょせんホムンクルスよね。ひ、人じゃないし」
アンジーが地面に目線を落として震えながら言いました。
「でも物だと考えると、元の製作者と間接キスしたことになりますねえ」私は思いついて言ってしまいました。
「そういう考えは間違っています。高性能な私は、ちゃんと肌の更新がされていますから。あと、アンドロイドにも人権を」メアさんが無表情で言っていますが、アタフタしているのがわかります。ホムンクルスなのに変なところに感情が出ますね。落ち着いてください。
「おぬしの倫理観は人のものではないわ。少しは反省せい」
「てへ」首をかしげながら下をペロッと出してクスッと笑っているメアさん。有りです。それはでっかい有りです。しかし、その後ろに持った小瓶は何でしょうか?
「あーもう、私もキスする!!」そう言って私に抱きついてきたアンジーの目がおかしいです。
「僕も!!」ユーリも抱きついてきましたが、こちらも目が変です。
「ちょっと2人ともおかしいですよ。モーラこれは」私は2人に抱きつかれて引き剥がそうとジタバタしながらモーラに尋ねます。
「ああ、メアがなにかしておるな。メア何をした」
「ちょっとだけ催淫効果のある香水を・・・」そう言ってメアは後ろ手に持っていた小瓶を使って何かを周囲にまき散らしています。私はその霧を見て目をこらした瞬間。大気中の微細なものの分子式が見えたのです。すかさず魔法を使って分解しました。それでもすでに吸い込んでしまった2人はすぐには直らないでしょうねえ。
「いいですか。そういう方面の事は当面禁止です」私はアンジーとユーリを引き剥がそうとしながらメアに言いました。
「ますたー。そう言う方面とは何ですかー。具体的に指示してくださいー。あとー「当面」とは具体的にいつまでをさしますかー」メアはバカなフリをしてとぼけた返事をする。
「ええい!そんなこと言うとあなただけお風呂も生活も全部別にしますよ。わかりましたか」
「はいわかりました。今後しばらくの間そう言う方面の事は禁止されました」一瞬シャキッとしましたが、すぐしょぼんとしています。でも反省しているようには見えませんね。
そうこうしているうちに2人のピンクな状態も収まったようです。
「はっ!私、何をしていたの」アンジーは思わず両手をしげしげと見ている。
「僕、ぼく・・・うわあああああ。恥ずかしいーーー」ユーリは、私達を見回して赤くなっている。そして、二人揃ってジタバタ恥ずかしがっています。
「まあ、そうなりますよねえ」
「ユーリは、そういうことに憧れがあっただけじゃろうが、アンジーがなあ」
モーラが腕組みをしながら深いため息をついています。
「彼女も実体化したからなのか、女の子になってきましたねえ」
「容姿もおぬしのツボをついているのじゃろう?ならば、おぬしに好意を持つように設定されていると言ってもいいじゃないのかのう」
「あ、そういう考えもありますね。だからアンジーの本心ではないと」
「私の心をもて遊ばないで欲しいのだけれど。さっきのは、ユーリと同じでキスに憧れがあるだけなの。実体化なんて久しぶりなんですから」ああ、色々できるようになって、うかれていたんですね。
「さて、周囲の目も気になるので退散するかのう」モーラが周囲を見ると、我々の茶番が見られていた。ええ、全部。
「あ」小走りにその場から逃げ去る我々でした。ベリーベリー恥ずかしい。
ちなみに記憶を無くしてからのファーストキスですから。前の世界でキスの経験があったのかは不明です。
私達は、宿屋の裏手にある馬車を止めている横の隅っこの方で、メアの手料理を食べています。
私が最大級に嬉しかったのは、調味料に「醤油」があった事です。ちなみに魔法使いの里に頼めば味噌も手に入るらしいのです。ああ、きっとその錬金術師さんは日本人だったのですねえ。
「これは不思議な味じゃのう。なんというか味わい深い」
「ここで醤油を味わえるとは!!すてきです!!」アンジーさん光なのに味がわかるのですか?そもそも味わった事があるのですか?
「塩こしょう以外にこういうものがあるんですね」
ユーリが微妙な顔をしながらも味に慣れるとガツガツ食べている。もう少し女の子らしくしなさい。
「うーむ、満腹じゃ」だからモーラ。おなかが膨れるまで食べないでください。
「そうねーこれで星空でなくて屋根があればもっといいのだけれど」アンジーは空を見上げてそう言った。
「わがままいわないでください。本当に天使なんですか。欲深かいんですから」
「私、天使の端くれでしかないので」そうですか、端くれですか。天使にもいろいろ格付けがあるんですね。
「この後すぐにお風呂に入って、ほかほかのままベッドに入れたら最高ですねえ」思わず私も言ってしまった。
「そうじゃのう。おぬしの腕枕で寝るのもまんざらではないのう」モーラが嬉しそうに言った。あれ腕がしびれるんですよ。
「うでまくら?」メアの雰囲気が変化し。どす黒いオーラを纏いました。
「ご主人様、その方と閨をともにされているのですか」メアが私に向かってそう尋ねます。
メアの後ろにゴゴゴゴゴゴって効果音が描き込まれているようです。それにしても閨とか今時使いませんよ。いつの時代ですか。もっとも、前のご主人様が日本人だから知識としてあるのでしょうか?それは興味深いです。
「メア気にするな。たまたまじゃたまたま」おやモーラが慌てていますよ。ビビっていませんか?戦闘力ならあなたの方があるでしょう。
『いや、あのスピードでは、ドラゴンに戻る前に瞬殺されるわ』
「メアさん落ち着いて。あの時は事情が事情でしたから」私は、知らないことを良いことに勝手に「事情」を作ります。まあ、疲れていたという事情ですからまんざら嘘でもありません。
「そうよ。その時私だって一緒に寝てたし」アンジーがモーラをチラリと見ながらの余計な一言で火に油を注ぐ。
一度おさまりかけたゴゴゴゴゴゴって効果音が再び聞こえ始めました。これって幻聴ですか?
「ご主人様本当ですか?」アンジーを見ていたメアが、首だけギギギギギと動いて振り向きました。しかもなんですかその般若のような顔は。恐すぎます。
「あ、その時は僕も一緒に寝ていましたよ。久しぶりにおじいちゃんの胸で寝たようでうれしかったなー」
ああ、ここにも空気を読まない純真な子がいたなー。これはやばいか?と思ったら、般若の顔が突然菩薩に戻りました。
「そうですか。皆さん一緒に寝ていたのですね」顔は菩薩ですが、腕はかすかに震えていて、持っていた包丁の柄がミシミシときしんでいる。ああ、包丁が壊れる壊れる。せっかくメアさんのために包丁を作ってみたのに、苦労が一瞬で粉みじんになりそうです。
「お、おう。じゃから何もない。何もしてないぞ」
「そうですか」ああ、どす黒いオーラが消えて、包丁は壊れませんでした。よかった。
「でも、僕も家が欲しいです。なんか家族みたいっていいですね」ああ、何も知らない純真無垢な僕っ子に救われました。
○お部屋探しはこちら
食事の片付けを終えて宿屋に戻り、部屋の中に一同が揃った。かなりせまいので、ベッドを3つつなげてその上で話を始める。
「それで家の方はどうじゃった」
「はい。3カ所ほど見て参りましたが、帯に短したすきに長しといいますか、どうにも中途半端な物件ばかりです。しかも借りる期間も短期間ということで、値段も高くされています。どうやら足元を見られているようです」
「やはりのう。新参者では貸す方も何かあったら困るから保険が欲しいじゃろうしな」
「家を建てますか?」私はなにげに言ってみます。
「何をとぼけたことを言っておる。建てている間に出発じゃ」
「建てようと思えば数日ですよ」
「おぬし前の村では3ヶ月くらいかかっておったろう」
「あれは村の人から怪しまれないためにゆっくり作っていましたから。それでも早いと言われましたけど。今回は人手もたくさんありますから、ぱーっとできたことにすれば大丈夫かなと」
「ほほう。で、どこに建てる?」
「森の中ですかねえ。朽ち果てた廃墟を見つけて改造したように見せればいけるかなと」
「かなり無理はないか?」
「ご主人様。そう言う物件なら話が出ていました。しかも超格安で。ただし、森の中なので危険だと言われました」
「なるほど。そんな物件よく持っていますね」
「うーむ。それしかないのじゃろう」とはモーラ
「ええ。それしかないわねえ」とはアンジー
「ですが、格安な理由にはちゃんとした理由があるものです」したり顔でメアが言う。メアと一緒に探していたユーリが嫌そうな顔をしている。何があるのだろう?
「なんじゃ言うてみい」
「出るのです」
「は?何が出るのじゃ」
「幽霊」
「は?なんと申した」
「ですから。幽霊・ゴーストがでるそうです。しかも最近の事らしいです」
「この魔物や獣が跋扈し、リッチーやネクロマンサーが存在するこの世界に幽霊ですか」アンジーが侮蔑を込めて冷ややかに言った。
「はい」涼しげにその言葉を跳ね返すメアさん。
「そんなもの白魔法で除霊すれば・・」とアンジーが言いかけると
「残念ながら無理だったそうです」とメアが返す。
「ええっ?この世界では聖なる魔法で払えない幽霊なんてありえないはずですよね」私はアンジーからそう聞いていた。もちろんアンジーも頷いています。
「してその幽霊は、なんの幽霊なんじゃ。獣なのか?会話が可能な人間か?」モーラが目をキラキラさせて言った。
「いいえ。実体化はしていないただの白い光だとか、何か叫んでいたが何を言っているかわからないとか、腕だけとか要領を得ないみたいです」
「おもしろそうじゃな」
「興味深いです」私は心底そう言った。
「嫌です。恐いの嫌い。僕だめです」耳をふさいでイヤイヤをするユーリ。下を向いていて表情は見えませんが、きっと涙目なのでしょう。その顔もきっと可愛いでしょうからぜひ涙目の顔を見たいですが我慢しましょう。その代わり頭をなでて肩を抱いてあげましょう。私はユーリの肩を抱いて頭を撫でる。ユーリは私に抱きついています。おやユーリ、耳が赤いですよ?
「とりあえずその物件は保留じゃ。さらに家を建てるのは最後の手段として、もう一度他の物件の話を聞かせてくれ」モーラの言葉にユーリがほっとしている。
しかし他の3軒は、狭いとか高いとか、あまりにも目立つ立地であるとかで全員一致で却下となった。
「ならばその幽霊物件見に行こうではないか」
「そうなりますかねえ」私はユーリの顔を見ながら言います。あまり乗り気ではありません。
「退治して住めばよいことじゃろう」
「行きたくないです」ユーリがまるで首輪につけたリードを引っ張られても動こうとしない子犬のようです。もっともプイッと横を向いている顔も可愛いのですが。ああ、モフりたい。
「幽霊なんぞ存在せぬわ。わしが言うんじゃ安心せい」
「でも」意外に抵抗するユーリです。
「あーおじいちゃんから恐い話をいっぱい聞かされたクチなのかしらねえ」アンジーの言葉にユーリはうなずいている。
「一番恐いのは人間ですよ?」メアさん事実ですけど辛辣すぎますよ。最近それを知ってしまったユーリには特に。
○心理ゲームの基礎中の基礎
(※某無料百科事典によると近代ヨーロッパでもあまり知られていなかったそうです)
「よし今日は寝るぞ」モーラにそう言われて下僕癖の抜けない私は、率先してベッドを元に戻そうとする。
「ああ、そのままでよいじゃろう。ほれ、おぬしは真ん中じゃ」
「いや、私は端に行きます」魂胆はわかっていますよ。また磔にされるのは嫌です。
「まあそういうな。わしらの安眠のために」
「お願いです。寝かせてください。最近寝不足なのです」思わず嘆願書を差し出します。
「眠らせてもらえないんですか」メアがギロリとみんなを睨む。
「いやいや、確かに悪かった。ならばほれ、寝る場所の順番を決めよう。な。公平じゃろう。ほれ、おぬしがなんか用意せい」
いや、私が用意するのですか?少し考えてひらめきました。
「そうですねえ。じゃんけんぽんで決めますか」と私は提案します。
「なんじゃそりゃあ」ああ、国際的ではないんでしたか、全国的に知られているわけではないのですね。ならばと、みんなにやり方を説明する。
「なるほどおもしろそうじゃな。3すくみか。まあ、10回くらいやってみれば憶えるじゃろう。どうじゃやってみるか」モーラの一言にアンジーは大きくうなずく。そして後の2人もうなずきます。やってみたい興味の方が大きいのですね。
そして何度か練習をしていると皆さん結構面白がってくれていますが、アンジーは不満そうです。
「メアの反応速度が速いわね」アンジーが文句を言っています。確かにメアは、電光石火のように手が出てきています。
「そうですねえ。後出しじゃんけんに近いですね」
「なんじゃそれは」
「つまりみんなの出した手を見てから勝てるのを出す感じですね」
「ああ、そういうことか」
「そう言う不正はしていません。なぜなら前のご主人様からは、禁則事項として登録されていて、できないのです」
「こだわっておるのう」
「はい、私とじゃんけんをして負けるのが悔しかったそうです」
「ああ、それはわかるわ」
「ですので、私は「ぽん」という言葉に反射的にどれかを出すようになっています」
「なるほど、高性能であればあるだけ面倒なものじゃのう」
「はい、今回は勝ちたいのですが、無理です」
「むしろ、有利ともいえるんですがねえ」
「なんでじゃ」
「あいこが続くと、相手が次に出す手を考えるのですよ。例えばお互いグーを2回出してあいこが続いたとします。モーラなら相手は次に何を出して自分は何を出すと考えますか?」
「そうじゃなあ。わしならパーかのう。3度目は、相手がグーをまた出してくるだろうと想定してパーを出すかな。いやそうなれば、そう予想して相手がチョキをだすかもしれん。ああなるほど。この思考が永遠に続くことになるのか」
「でも、時間が限られます。今はじゃんけんぽん、あいこでしょと時間をおいて出していますから、考えながらできますが、早いときは、じゃんけんぽん、ぽん、とあいこをつけずにすぐ出すパターンもあります」
「単純だが奥が深いのう」
「このゲームは、付き合いの長い人達がやればやるほど、相手の癖を憶えていて、逆にそのことを相手が利用して逆手に取る場合もあるからです。まあ、心理戦ですね」
「では、練習も済んだことだしやろうかのう。おぬしもはいるのであろう」
「そうですね、一緒にやりましょうか。では、じゃんけんぽん!」
「よっしゃあ!わしが一抜けじゃ」皆がグーを出し、モーラがチョキであった。
「それって負けていますから、選択権がありませんよ」アンジーが言った。
「人と違う種類を出せば良いのではないのか」
「それは大人数での場合です。基本はじゃんけんの勝ち負けの通りです。なので、モーラは負けです」
「そうか、アンジーがなぜわしの暗示にグーを出してきたのかわかったわ」
「そうですよ。安易に誘導の思考を感じましたから。まあ、乗ってみてパーでも出してきたら反則負けにしてやろうと待っていましたが、チョキ出しましたからね。今回は負けですよ」
「そういうことですか。今度じゃんけんするときは、思考を読まれないようにシールドプラスジャマーもかけますか」
「あ、あれだけはやめてくれ。わかった。ずるはなしじゃ」
「まあ、次回からお願いしますね。今回は負けなので」
「ううっ」
「策士、策に溺れるですね」くすりとメアが笑う。
「くそーっ」ベッドの上で地団駄を踏むモーラ、可愛いだけですねえ。
「さて、一人脱落しました。次行きましょう」
「はい、では、じゃんけんぽん!」
「やったー勝ち抜け!!」アンジーが飛び跳ねる。アンジーのグーにみんなはチョキでした。
「おぬしは、勝ち負けにこだわりすぎじゃのう。負けかもしれんぞ」モーラが意地悪そうに言った。
「え?何?」きょとんとしているアンジー。
「一番最初に場所が選べると言っても、こやつがどこを選ぶか決まっておらんのじゃ。わかるか?」
「あ、そうか。そうよね」アンジーは、すぐに理解したのかしょぼんとなる。
「あるじ様が次に勝ち抜けした場合、離れた場所を選んだら終わりということですね。」ユーリが考え考え言った。
「そうじゃ。こやつは参加させずに左端に寝させて、残りの場所をじゃんけんで選べばトップが隣に寝られたのじゃが、わざとこやつに参加してもらったのじゃ」負けたくせになにをふんぞり返っているのですか。あーあ、アンジーがしょぼくれていますよ。
「まだ決まったわけではありませんよ」メアがアンジーに優しく語りかける。涙目のアンジーが顔を上げる。すがるような目です。
「仮に中央にアンジー様が枕をおいたとします。そこで私が勝てば、アンジー様の隣ではなく。両端のどちらかを選びます。ご主人様は貞操の危機を感じて私の隣は忌避するでしょう。まだわかりませんよ」
アンジーの顔に輝きが戻る。たった一晩のことなのにみんな気合い入りまくりです。
「さて、それでもご主人様を手に入れるためには、ここで踏ん張らなければなりません」メアはユーリと目を合わせて共にうなずいています。一体何をする気なのでしょうか。
「ご主人様、本当に端で良いのですか?両隣に可愛い女の子の顔を眺めたくはないですか?」メアがそう言って私を惑わします。
そうなんです。腕枕は確かに疲れますし眠れないこともありますが、今では慣れてきているのです。自分が起きた時に見る、皆さんの起きがけの寝顔も可愛いのです。こうやって文句は言ってはいるけれどがまんざらでもないのも事実です。みんな可愛いですからねえ。
さらに寝息が気になって何度も目を覚ましたり、寝返りをうつたびに毛布を掛けてあげたりしているのも、お父さんみたいで好きです。モーラに至っては寝相が悪いからいつも蹴られて目が覚めるし。そうだった安眠も大事だ。私は静かに眠りたいんだよー。
「ようくわかったわ。みんなようく聞け。こやつの本音がダダ漏れじゃ」
あれ?どういうこと。また、思考だだ漏らしでしたか。でも、それをみんなに言うのは反則でしょう。
「まあ、おぬしのことをないがしろにしていたのは謝る。だから今夜はひとりにしてやる」そういって一つだけベッドを離してくれた。
くっつけたままのベッドの方では、じゃんけんをやり直して4人で寝たようです。寝るまではキャイキャイ女子トークしていたようですし。
私は、一人で寝ましたが、意外に寂しいことを理解させられました。すいませんこれまでの発言を許してください。私も仲間に入れてくださいお願いします。腕枕は・・・少しは我慢しますからー。涙しながら私は寝ました。
「次はあみだくじにしますね」アンジーがさらりと言った。まあ、それが一番良いかもしれませんね。
続く
「それでは夕食を食べに行きますか」
「しかしあそこの食事はのう・・・」モーラがちょっとゲンナリしている。
「そうなのよねえ。味付けがかなり濃いのよね」アンジーもゲンナリして言った。
「しようが無いでしょう?あの居酒屋は安宿のそばにあって、どちらかというと肉体労働をする方達の行くところなのですから。夕食はどうしたって酒が飲みたくなる塩辛い味付けになりますよ」私は子どもを諭すように言った。
2人ともわがまま言うんじゃありません。食べられるだけ幸せなのですから。
「そうよねえ・・・」それでも納得できないようですねアンジーさん。
「私が作りましょうか?」メアが当たり前のようにさらりと言った。
「え?いいの?」アンジーの目が光り輝いています。あなた光ですよねえ。ああ、光が光るのは当たり前でしたね。
「私は元々、前のご主人様の身の回りのことを全てしていました。料理もそこそここなせます」
アンジーさんウンウン頷いていますよ。なぜか嬉しそうですね。
「ただ、ひとつ問題がありまして。味付けが元もご主人様仕様のままなのです」
「それは、これから少しずつ直していただければ、良いのではありませんか?」私は当たり前の事を尋ねました。
「上書きするしかないのですがかまいませんか?」足を止めて私をじっと見つめてメアさんが聞きました。
「それしか方法がないのでしたらかまいませんけど」私も足を止めて答えました。何を上書きするのでしょうか。
「それでは」メアは舌なめずりをして、いきなり私にディープキスをしてきました。
「モゴモゴ。モガ」私は目を白黒させるだけです。
口腔内をなめとるように舌を舌にからめるように丁寧にキスをしています。ええ、唾液まで吸い上げますか。
「もが、」その様子に全員が硬直し、全員が呆然としている。
「ちょっと何しているんですか!」
アンジーの声を聞くもメアは続ける。私もキスしているので声を出せるわけもなく。じたばたもできず全員唖然とみていました。1分くらいでしょうか、意外に長く感じました。メアは唇を離すと。
「これで、味蕾の情報は上書きされました」満足そうな顔でメアが言いました。
「ゼェゼェ。そういうことですか」私は呼吸を整えながらがっくりと膝をついてしまいました。そして、なぜかアンジーもがっくりと膝を落としています。
「あーファーストキス。狙っていたのにー」いや、アンジーさんその発言はまずいでしょう
「いいなあ・・・」
見上げるとユーリまでも指をくわえて私を見ていました。何がいいんですか?口の中を陵辱された気分ですけど。
「おぬしら何を言っているのじゃ。そもそもこれを愛情のあるキスというのか?たんなる情報伝達じゃろうが」
いや、今のモーラの発言は、私が自分の心を整理するためにそう思い込もうとしていた言葉です。それを堂々と口に出さないでください。
「モーラ様、私は愛情を持ってキスをしました。なぜなら・・・」はて、何を言い出すのですかメアさん。
「ほう?なぜなら?」面白そうに笑いながらモーラが言葉を返します。
「なぜなら、違う方法でもできたからです。えっへん」いや、胸を張って威張って言われても困ります。
「わざとやったのね。ふふふファーストキスを奪ったのね」アンジー本性がだだ漏れしていますよ。
「はいそうです。私が奪いました。私のファーストキスは前のご主人様に奪われましたから」
「いや、それはしかたがないでしょう」私も突っ込まずにいられませんでした。
「今回は私の意志で、「私が」ご主人様のファーストキスを奪いました。えっへん」いや、だからどうしてそこで誇らしげに言いますか。ない胸を張って。
「それはよけいじゃ」モーラがあきれている。
「つまり自分は奪われて悔しかったから今度は自分が奪ったという訳ね」アンジーはため息をつく。
「はい。でも、新しくご主人様になられた方を私が好きになっていなければできません。ですから、今回実行させていただきました」
「そういうことは勘弁してください。前にも言った通り相手の気持ちを考えて行動してください」
「私のこと嫌いですか?」メアが私をウルウルした目で見て言いました。
「いや、そういうすがるような目に弱いんですよ。捨てられていた子犬のようで」
「おぬしだまされるでない。たぶんそいつは、唾液からおぬしの過去の記憶を見て、使えそうな情報で籠絡しておるぞ」
モーラにそう言われてメアさんが「ちっばれたか」みたいな顔をしています。でもそんな事できるのですか?私の記憶戻してくださいよ。お願いします。
「ま、まあ、しょせんホムンクルスよね。ひ、人じゃないし」
アンジーが地面に目線を落として震えながら言いました。
「でも物だと考えると、元の製作者と間接キスしたことになりますねえ」私は思いついて言ってしまいました。
「そういう考えは間違っています。高性能な私は、ちゃんと肌の更新がされていますから。あと、アンドロイドにも人権を」メアさんが無表情で言っていますが、アタフタしているのがわかります。ホムンクルスなのに変なところに感情が出ますね。落ち着いてください。
「おぬしの倫理観は人のものではないわ。少しは反省せい」
「てへ」首をかしげながら下をペロッと出してクスッと笑っているメアさん。有りです。それはでっかい有りです。しかし、その後ろに持った小瓶は何でしょうか?
「あーもう、私もキスする!!」そう言って私に抱きついてきたアンジーの目がおかしいです。
「僕も!!」ユーリも抱きついてきましたが、こちらも目が変です。
「ちょっと2人ともおかしいですよ。モーラこれは」私は2人に抱きつかれて引き剥がそうとジタバタしながらモーラに尋ねます。
「ああ、メアがなにかしておるな。メア何をした」
「ちょっとだけ催淫効果のある香水を・・・」そう言ってメアは後ろ手に持っていた小瓶を使って何かを周囲にまき散らしています。私はその霧を見て目をこらした瞬間。大気中の微細なものの分子式が見えたのです。すかさず魔法を使って分解しました。それでもすでに吸い込んでしまった2人はすぐには直らないでしょうねえ。
「いいですか。そういう方面の事は当面禁止です」私はアンジーとユーリを引き剥がそうとしながらメアに言いました。
「ますたー。そう言う方面とは何ですかー。具体的に指示してくださいー。あとー「当面」とは具体的にいつまでをさしますかー」メアはバカなフリをしてとぼけた返事をする。
「ええい!そんなこと言うとあなただけお風呂も生活も全部別にしますよ。わかりましたか」
「はいわかりました。今後しばらくの間そう言う方面の事は禁止されました」一瞬シャキッとしましたが、すぐしょぼんとしています。でも反省しているようには見えませんね。
そうこうしているうちに2人のピンクな状態も収まったようです。
「はっ!私、何をしていたの」アンジーは思わず両手をしげしげと見ている。
「僕、ぼく・・・うわあああああ。恥ずかしいーーー」ユーリは、私達を見回して赤くなっている。そして、二人揃ってジタバタ恥ずかしがっています。
「まあ、そうなりますよねえ」
「ユーリは、そういうことに憧れがあっただけじゃろうが、アンジーがなあ」
モーラが腕組みをしながら深いため息をついています。
「彼女も実体化したからなのか、女の子になってきましたねえ」
「容姿もおぬしのツボをついているのじゃろう?ならば、おぬしに好意を持つように設定されていると言ってもいいじゃないのかのう」
「あ、そういう考えもありますね。だからアンジーの本心ではないと」
「私の心をもて遊ばないで欲しいのだけれど。さっきのは、ユーリと同じでキスに憧れがあるだけなの。実体化なんて久しぶりなんですから」ああ、色々できるようになって、うかれていたんですね。
「さて、周囲の目も気になるので退散するかのう」モーラが周囲を見ると、我々の茶番が見られていた。ええ、全部。
「あ」小走りにその場から逃げ去る我々でした。ベリーベリー恥ずかしい。
ちなみに記憶を無くしてからのファーストキスですから。前の世界でキスの経験があったのかは不明です。
私達は、宿屋の裏手にある馬車を止めている横の隅っこの方で、メアの手料理を食べています。
私が最大級に嬉しかったのは、調味料に「醤油」があった事です。ちなみに魔法使いの里に頼めば味噌も手に入るらしいのです。ああ、きっとその錬金術師さんは日本人だったのですねえ。
「これは不思議な味じゃのう。なんというか味わい深い」
「ここで醤油を味わえるとは!!すてきです!!」アンジーさん光なのに味がわかるのですか?そもそも味わった事があるのですか?
「塩こしょう以外にこういうものがあるんですね」
ユーリが微妙な顔をしながらも味に慣れるとガツガツ食べている。もう少し女の子らしくしなさい。
「うーむ、満腹じゃ」だからモーラ。おなかが膨れるまで食べないでください。
「そうねーこれで星空でなくて屋根があればもっといいのだけれど」アンジーは空を見上げてそう言った。
「わがままいわないでください。本当に天使なんですか。欲深かいんですから」
「私、天使の端くれでしかないので」そうですか、端くれですか。天使にもいろいろ格付けがあるんですね。
「この後すぐにお風呂に入って、ほかほかのままベッドに入れたら最高ですねえ」思わず私も言ってしまった。
「そうじゃのう。おぬしの腕枕で寝るのもまんざらではないのう」モーラが嬉しそうに言った。あれ腕がしびれるんですよ。
「うでまくら?」メアの雰囲気が変化し。どす黒いオーラを纏いました。
「ご主人様、その方と閨をともにされているのですか」メアが私に向かってそう尋ねます。
メアの後ろにゴゴゴゴゴゴって効果音が描き込まれているようです。それにしても閨とか今時使いませんよ。いつの時代ですか。もっとも、前のご主人様が日本人だから知識としてあるのでしょうか?それは興味深いです。
「メア気にするな。たまたまじゃたまたま」おやモーラが慌てていますよ。ビビっていませんか?戦闘力ならあなたの方があるでしょう。
『いや、あのスピードでは、ドラゴンに戻る前に瞬殺されるわ』
「メアさん落ち着いて。あの時は事情が事情でしたから」私は、知らないことを良いことに勝手に「事情」を作ります。まあ、疲れていたという事情ですからまんざら嘘でもありません。
「そうよ。その時私だって一緒に寝てたし」アンジーがモーラをチラリと見ながらの余計な一言で火に油を注ぐ。
一度おさまりかけたゴゴゴゴゴゴって効果音が再び聞こえ始めました。これって幻聴ですか?
「ご主人様本当ですか?」アンジーを見ていたメアが、首だけギギギギギと動いて振り向きました。しかもなんですかその般若のような顔は。恐すぎます。
「あ、その時は僕も一緒に寝ていましたよ。久しぶりにおじいちゃんの胸で寝たようでうれしかったなー」
ああ、ここにも空気を読まない純真な子がいたなー。これはやばいか?と思ったら、般若の顔が突然菩薩に戻りました。
「そうですか。皆さん一緒に寝ていたのですね」顔は菩薩ですが、腕はかすかに震えていて、持っていた包丁の柄がミシミシときしんでいる。ああ、包丁が壊れる壊れる。せっかくメアさんのために包丁を作ってみたのに、苦労が一瞬で粉みじんになりそうです。
「お、おう。じゃから何もない。何もしてないぞ」
「そうですか」ああ、どす黒いオーラが消えて、包丁は壊れませんでした。よかった。
「でも、僕も家が欲しいです。なんか家族みたいっていいですね」ああ、何も知らない純真無垢な僕っ子に救われました。
○お部屋探しはこちら
食事の片付けを終えて宿屋に戻り、部屋の中に一同が揃った。かなりせまいので、ベッドを3つつなげてその上で話を始める。
「それで家の方はどうじゃった」
「はい。3カ所ほど見て参りましたが、帯に短したすきに長しといいますか、どうにも中途半端な物件ばかりです。しかも借りる期間も短期間ということで、値段も高くされています。どうやら足元を見られているようです」
「やはりのう。新参者では貸す方も何かあったら困るから保険が欲しいじゃろうしな」
「家を建てますか?」私はなにげに言ってみます。
「何をとぼけたことを言っておる。建てている間に出発じゃ」
「建てようと思えば数日ですよ」
「おぬし前の村では3ヶ月くらいかかっておったろう」
「あれは村の人から怪しまれないためにゆっくり作っていましたから。それでも早いと言われましたけど。今回は人手もたくさんありますから、ぱーっとできたことにすれば大丈夫かなと」
「ほほう。で、どこに建てる?」
「森の中ですかねえ。朽ち果てた廃墟を見つけて改造したように見せればいけるかなと」
「かなり無理はないか?」
「ご主人様。そう言う物件なら話が出ていました。しかも超格安で。ただし、森の中なので危険だと言われました」
「なるほど。そんな物件よく持っていますね」
「うーむ。それしかないのじゃろう」とはモーラ
「ええ。それしかないわねえ」とはアンジー
「ですが、格安な理由にはちゃんとした理由があるものです」したり顔でメアが言う。メアと一緒に探していたユーリが嫌そうな顔をしている。何があるのだろう?
「なんじゃ言うてみい」
「出るのです」
「は?何が出るのじゃ」
「幽霊」
「は?なんと申した」
「ですから。幽霊・ゴーストがでるそうです。しかも最近の事らしいです」
「この魔物や獣が跋扈し、リッチーやネクロマンサーが存在するこの世界に幽霊ですか」アンジーが侮蔑を込めて冷ややかに言った。
「はい」涼しげにその言葉を跳ね返すメアさん。
「そんなもの白魔法で除霊すれば・・」とアンジーが言いかけると
「残念ながら無理だったそうです」とメアが返す。
「ええっ?この世界では聖なる魔法で払えない幽霊なんてありえないはずですよね」私はアンジーからそう聞いていた。もちろんアンジーも頷いています。
「してその幽霊は、なんの幽霊なんじゃ。獣なのか?会話が可能な人間か?」モーラが目をキラキラさせて言った。
「いいえ。実体化はしていないただの白い光だとか、何か叫んでいたが何を言っているかわからないとか、腕だけとか要領を得ないみたいです」
「おもしろそうじゃな」
「興味深いです」私は心底そう言った。
「嫌です。恐いの嫌い。僕だめです」耳をふさいでイヤイヤをするユーリ。下を向いていて表情は見えませんが、きっと涙目なのでしょう。その顔もきっと可愛いでしょうからぜひ涙目の顔を見たいですが我慢しましょう。その代わり頭をなでて肩を抱いてあげましょう。私はユーリの肩を抱いて頭を撫でる。ユーリは私に抱きついています。おやユーリ、耳が赤いですよ?
「とりあえずその物件は保留じゃ。さらに家を建てるのは最後の手段として、もう一度他の物件の話を聞かせてくれ」モーラの言葉にユーリがほっとしている。
しかし他の3軒は、狭いとか高いとか、あまりにも目立つ立地であるとかで全員一致で却下となった。
「ならばその幽霊物件見に行こうではないか」
「そうなりますかねえ」私はユーリの顔を見ながら言います。あまり乗り気ではありません。
「退治して住めばよいことじゃろう」
「行きたくないです」ユーリがまるで首輪につけたリードを引っ張られても動こうとしない子犬のようです。もっともプイッと横を向いている顔も可愛いのですが。ああ、モフりたい。
「幽霊なんぞ存在せぬわ。わしが言うんじゃ安心せい」
「でも」意外に抵抗するユーリです。
「あーおじいちゃんから恐い話をいっぱい聞かされたクチなのかしらねえ」アンジーの言葉にユーリはうなずいている。
「一番恐いのは人間ですよ?」メアさん事実ですけど辛辣すぎますよ。最近それを知ってしまったユーリには特に。
○心理ゲームの基礎中の基礎
(※某無料百科事典によると近代ヨーロッパでもあまり知られていなかったそうです)
「よし今日は寝るぞ」モーラにそう言われて下僕癖の抜けない私は、率先してベッドを元に戻そうとする。
「ああ、そのままでよいじゃろう。ほれ、おぬしは真ん中じゃ」
「いや、私は端に行きます」魂胆はわかっていますよ。また磔にされるのは嫌です。
「まあそういうな。わしらの安眠のために」
「お願いです。寝かせてください。最近寝不足なのです」思わず嘆願書を差し出します。
「眠らせてもらえないんですか」メアがギロリとみんなを睨む。
「いやいや、確かに悪かった。ならばほれ、寝る場所の順番を決めよう。な。公平じゃろう。ほれ、おぬしがなんか用意せい」
いや、私が用意するのですか?少し考えてひらめきました。
「そうですねえ。じゃんけんぽんで決めますか」と私は提案します。
「なんじゃそりゃあ」ああ、国際的ではないんでしたか、全国的に知られているわけではないのですね。ならばと、みんなにやり方を説明する。
「なるほどおもしろそうじゃな。3すくみか。まあ、10回くらいやってみれば憶えるじゃろう。どうじゃやってみるか」モーラの一言にアンジーは大きくうなずく。そして後の2人もうなずきます。やってみたい興味の方が大きいのですね。
そして何度か練習をしていると皆さん結構面白がってくれていますが、アンジーは不満そうです。
「メアの反応速度が速いわね」アンジーが文句を言っています。確かにメアは、電光石火のように手が出てきています。
「そうですねえ。後出しじゃんけんに近いですね」
「なんじゃそれは」
「つまりみんなの出した手を見てから勝てるのを出す感じですね」
「ああ、そういうことか」
「そう言う不正はしていません。なぜなら前のご主人様からは、禁則事項として登録されていて、できないのです」
「こだわっておるのう」
「はい、私とじゃんけんをして負けるのが悔しかったそうです」
「ああ、それはわかるわ」
「ですので、私は「ぽん」という言葉に反射的にどれかを出すようになっています」
「なるほど、高性能であればあるだけ面倒なものじゃのう」
「はい、今回は勝ちたいのですが、無理です」
「むしろ、有利ともいえるんですがねえ」
「なんでじゃ」
「あいこが続くと、相手が次に出す手を考えるのですよ。例えばお互いグーを2回出してあいこが続いたとします。モーラなら相手は次に何を出して自分は何を出すと考えますか?」
「そうじゃなあ。わしならパーかのう。3度目は、相手がグーをまた出してくるだろうと想定してパーを出すかな。いやそうなれば、そう予想して相手がチョキをだすかもしれん。ああなるほど。この思考が永遠に続くことになるのか」
「でも、時間が限られます。今はじゃんけんぽん、あいこでしょと時間をおいて出していますから、考えながらできますが、早いときは、じゃんけんぽん、ぽん、とあいこをつけずにすぐ出すパターンもあります」
「単純だが奥が深いのう」
「このゲームは、付き合いの長い人達がやればやるほど、相手の癖を憶えていて、逆にそのことを相手が利用して逆手に取る場合もあるからです。まあ、心理戦ですね」
「では、練習も済んだことだしやろうかのう。おぬしもはいるのであろう」
「そうですね、一緒にやりましょうか。では、じゃんけんぽん!」
「よっしゃあ!わしが一抜けじゃ」皆がグーを出し、モーラがチョキであった。
「それって負けていますから、選択権がありませんよ」アンジーが言った。
「人と違う種類を出せば良いのではないのか」
「それは大人数での場合です。基本はじゃんけんの勝ち負けの通りです。なので、モーラは負けです」
「そうか、アンジーがなぜわしの暗示にグーを出してきたのかわかったわ」
「そうですよ。安易に誘導の思考を感じましたから。まあ、乗ってみてパーでも出してきたら反則負けにしてやろうと待っていましたが、チョキ出しましたからね。今回は負けですよ」
「そういうことですか。今度じゃんけんするときは、思考を読まれないようにシールドプラスジャマーもかけますか」
「あ、あれだけはやめてくれ。わかった。ずるはなしじゃ」
「まあ、次回からお願いしますね。今回は負けなので」
「ううっ」
「策士、策に溺れるですね」くすりとメアが笑う。
「くそーっ」ベッドの上で地団駄を踏むモーラ、可愛いだけですねえ。
「さて、一人脱落しました。次行きましょう」
「はい、では、じゃんけんぽん!」
「やったー勝ち抜け!!」アンジーが飛び跳ねる。アンジーのグーにみんなはチョキでした。
「おぬしは、勝ち負けにこだわりすぎじゃのう。負けかもしれんぞ」モーラが意地悪そうに言った。
「え?何?」きょとんとしているアンジー。
「一番最初に場所が選べると言っても、こやつがどこを選ぶか決まっておらんのじゃ。わかるか?」
「あ、そうか。そうよね」アンジーは、すぐに理解したのかしょぼんとなる。
「あるじ様が次に勝ち抜けした場合、離れた場所を選んだら終わりということですね。」ユーリが考え考え言った。
「そうじゃ。こやつは参加させずに左端に寝させて、残りの場所をじゃんけんで選べばトップが隣に寝られたのじゃが、わざとこやつに参加してもらったのじゃ」負けたくせになにをふんぞり返っているのですか。あーあ、アンジーがしょぼくれていますよ。
「まだ決まったわけではありませんよ」メアがアンジーに優しく語りかける。涙目のアンジーが顔を上げる。すがるような目です。
「仮に中央にアンジー様が枕をおいたとします。そこで私が勝てば、アンジー様の隣ではなく。両端のどちらかを選びます。ご主人様は貞操の危機を感じて私の隣は忌避するでしょう。まだわかりませんよ」
アンジーの顔に輝きが戻る。たった一晩のことなのにみんな気合い入りまくりです。
「さて、それでもご主人様を手に入れるためには、ここで踏ん張らなければなりません」メアはユーリと目を合わせて共にうなずいています。一体何をする気なのでしょうか。
「ご主人様、本当に端で良いのですか?両隣に可愛い女の子の顔を眺めたくはないですか?」メアがそう言って私を惑わします。
そうなんです。腕枕は確かに疲れますし眠れないこともありますが、今では慣れてきているのです。自分が起きた時に見る、皆さんの起きがけの寝顔も可愛いのです。こうやって文句は言ってはいるけれどがまんざらでもないのも事実です。みんな可愛いですからねえ。
さらに寝息が気になって何度も目を覚ましたり、寝返りをうつたびに毛布を掛けてあげたりしているのも、お父さんみたいで好きです。モーラに至っては寝相が悪いからいつも蹴られて目が覚めるし。そうだった安眠も大事だ。私は静かに眠りたいんだよー。
「ようくわかったわ。みんなようく聞け。こやつの本音がダダ漏れじゃ」
あれ?どういうこと。また、思考だだ漏らしでしたか。でも、それをみんなに言うのは反則でしょう。
「まあ、おぬしのことをないがしろにしていたのは謝る。だから今夜はひとりにしてやる」そういって一つだけベッドを離してくれた。
くっつけたままのベッドの方では、じゃんけんをやり直して4人で寝たようです。寝るまではキャイキャイ女子トークしていたようですし。
私は、一人で寝ましたが、意外に寂しいことを理解させられました。すいませんこれまでの発言を許してください。私も仲間に入れてくださいお願いします。腕枕は・・・少しは我慢しますからー。涙しながら私は寝ました。
「次はあみだくじにしますね」アンジーがさらりと言った。まあ、それが一番良いかもしれませんね。
続く
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