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辺境伯家での日常

アグルス様からの話 後

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「ああ、そもそもトーアの教育が終わっていない段階で夜会に出すつもりはないから、すぐに話し合う必要は無い。それに夜会について行く側仕えも必要だろう。そちらの用意も済んでいない以上、参加は無理だ」

 確かにランも夜会での経験は殆どありませんね。アグルス様の言い方から、ラン以外の使用人を付けることになる可能性があるようですけれど、それはランしだいなのかもしれません。

「という事は、出来るだけ早く覚えなければならないことを記憶して、夜会に出る準備を整えなければならないのでしょうか」
「そうなる。だが、トーアが夜会に参加するのは出来るだけ引き延ばす予定だ。トーアは少し前に成人したばかりだし、元の婚約者の関係で、学院で開催されていた夜会への出席は最低限だったのだろう?」
「そうですね」

 オージェは貴族ではなく商家の息子でしたから、商家へ嫁ぐ以上夜会への参加は特別な事情が無い限りまず無いでしょう。そのため、私は必要最低限しかその夜会には参加しなかったのです。
 学院主催の夜会は、基本的にそれに学院で開催されるとは言っても、参加するための準備にお金が掛かりますから、無駄な出費を抑えたつもりだったのです。結果的にそれは裏目に出てしまっているのですけれど。

「それに、参加するにしてもドレスは作っていないはずだ。一応、小物などは私が手配できるが、ドレスとなるとサイズを測る必要があるから、すぐに誂えられる物ではない」
「ああ、そうでした。学院の頃に来ていたドレスは持って来てはいますけど、これから夜会に参加するとなれば新調しなければならないですね」

 色々準備が足りていませんね。これでは知識面が問題なかったとしても夜会には参加できません。ただ、ドレスが無い、側仕えがつけられないなどの理由で参加を拒否することは外聞が宜しくないので、アグルス様は急遽婚姻が決まったことや私の歳がまだ若い事を理由に、夜会などの貴族が集まる場への出席を断ることになる、という事なのでしょう。

 元よりナルアス辺境伯家の当主が突然代わったことは周知ですし、他家でも同じ理由で当主が代わった所かありますのでおかしい理由ではありませんね。
 私の年齢については、おそらく私の実家を配慮して、と言うところでしょうか。いえ、私が色々と足りていないのは事実ですけれど。

 私が夜会に出席しない理由が、ナルアス辺境伯家の理由だけではフィラジア子爵家から何かを言われたと取られる恐れがあるのです。普通に考えればそんなことは考えませんし、そんな事実が無かったとしても、他家の評判を落とすためならば影からそのような噂を流す貴族も居るのです。

 取る必要のない不利益は避けるべきなのです。

「とりあえず、近々ドレスを誂えるために服飾関係の者を屋敷に呼ぶ予定だ。そのため、ある程度は予定を空けておいてくれ」
「わかりました。ラン」
「はい。承りました」

 後ろに居るランに声を掛けて、予定の調整をするように指示を出しておきます。

「さて、これで話は終わりだが、何か話すことはあるか?」
「そうですね。……ああ、教育はいつから本格的に始まるのでしょうか?」
「っと、すまない。言っていなかったな。明日は休息日に当てるのでその次の日からだな」
「そうですか。ありがとうございます。今聞きたいと思ったのはこれくらいですね」
「そうか。では、ここまでだな」

 アグルス様が椅子から立ち上がる。それに合わせて私も椅子から腰を浮かしました。

「では、私は夕食まで執務をしているので、何かあれば私の執務室に連絡を入れてくれ」
「いえ、執務の邪魔をする訳にもいかないので、それはちょっと……」

 さすがにそれは駄目でしょう。緊急の要件でない限りは執務を中断させるようなことはやってはならないことです。

「気にする必要はないのだが、まあいいか」

 そう言ってアグルス様は私の近くまで来ると、私の頭を撫でてきました。そして、その手が少しずつ下がって来て、最後に頬を手で優しく包むように撫でるとそのまま手を離しました。

「では、夕食まで執務をしてくる」

 そう言ってアグルス様は部屋から出て行き、私はその姿を見送りながらも、熱くなった頬を意識しながら動揺していることをランに知られないよう、必死に冷静を見繕う努力をします。

 本当にアグルス様はこう、どうしていきなりあのようなことをするのでしょう。
 頭を撫でるだけなら、子ども扱いされているとか労いとも取れるのですけれど、さすがに頬にまで触れられると、どう対応していいのかわからなくなるのですよ。

「トーア様?」
「あぁ、すいません。部屋に戻りましょうか」
「ええ」

 ランの表情が見られないので、何処まで繕えているのかが判断できませんが、このままここに居るのも不審がられますから、部屋戻ることにしましょう。
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