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第58話 大団円。そして……

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野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
ルーナ=リーア……白の月の女王。地球人名:月乃美琴つきのみこと 
セレスティア=リーア……黒の月の女王。ルーナの双子の姉。
エディオン=バロウズ……九百年前に亡くなっている賢者の霊。あずきの先祖。
リチャード=バロウズ……あずきの祖父。
オリヴィア=バロウズ……あずきの祖母。
野咲のざきエミリー……あずきの母。


「これ、美味しい! セレス姉さま、パティシエ引き抜いていい?」
「あんたバカなの? いいわけないでしょ」
「ホント美味しいです。パティシエさんに、あずきが喜んでいたとお伝え下さい」
「あずきちゃんはホントお上品よねぇ。ご両親の育て方が良かったのね、きっと。それに比べてルーナときたら。あんた今の人生に引っ張られ過ぎよ。転生の弊害ってやつね。あずきちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。ほらあずきちゃん、こっちのケーキも美味しいわよ。食べてみて」
「はーい」
「わしの分は無いのかのぅ」
「あなた食べられないでしょ? エディオン。魂魄こんぱくのくせになにシレっと女子会に参加してるのよ。さっさと引っ込んで!」
「冷たいのぅ……」

 あずきは二人の女王と共に、黒の女王の居城の周囲をグルリと巡らしたお堀に浮かんだゴンドラ船に乗っていた。

 あずきの乗ったのは黒の女王専用の船だ。
 漆黒のその船は、通常の船より大きく内装も豪華だ。
 ロココ調で作られたボルドー色の二人掛けアンティークチェアが、向き合う形にセットされている。

 間に挟まれた天然木てんねんぼくのアンティーク調ローテーブルには、アフタヌーンティーのセットが乗り、ティースタンドにはお菓子にサンドイッチにと、美味しそうな食べ物がびっしり載っている。
 以前、黒の女王に招待された幻影空間ファントムスペースと違い、今度は現実だ。

 ただ、その性質からか、船頭せんどう給仕きゅうじもおらず、その辺りは女王自ら魔力で行う仕様となっている。
 当然、女王はこの世界における超重要人物ではあるので、少し離れて大臣や役人たちの乗る船やら護衛船やらが、合わせて二十隻ほど浮かんでいる。

 お堀の周囲も、さすが女王の居城だけあってたくさんの木々や花々が咲き誇り、見事な景色を作り出している。
 実際、お堀の外側は広大な庭園となっており、一般人でも入場出来るようになっているらしい。
 お城を中心に様々な公官庁や企業のビルが建ち並んでいるので、お昼時など近隣のビジネスマンたちの憩いの場となっているようだ。

「さて。皆に相談があるのだけれど、聞いて貰えるかしら」  

 黒の女王・セレスティア=リーアが、手に持っていた紅茶のティーカップをテーブルに置いた。
 ゴンドラ船に同乗する白の女王・ルーナ=リーア、野咲あずき、賢者・エディオン=バロウズの三人の視線がセレスに集まる。

「あずきちゃん。ほんの一、二年ほどでいいんだけれど……。あなたの中で眠らせてくれない?」

 突然のセレスティアの申し出に、あずきとルーナが目をパチクリさせた。

 ◇◆◇◆◇ 

 ゴンドラの上を爽やかな風が吹き抜けていく。
 しばらくルーナとあずきは口をあんぐりと開けていたが、衝撃から覚めたか、二人は勢い込んでセレスを問い詰めた。

「ちょっと待って、姉さま。え? セレス姉さま、転生するんじゃないの?」
「そうだよ、だからこそこうやってお茶会まで催してるんじゃないの?」

 二人の困惑の表情を見て、黒の女王がクスっと笑う。

「今転生したらルーナと見た目の年齢が離れちゃうでしょ? それに、来世でエディオンと添い遂げる為にも、そっちともタイミングを合わせる必要もあるし。だから転生はまだしないわ。六十年か七十年か。まだまだ先よ」
「そっか。来世でセレスさまはご先祖さまとようやく結婚するんだ。うわぉ」

 あずきが賢者とのくだりで顔を赤くする。
 なにせあずきはまだ十二歳だ。
 恋愛話にはまだまだうとい。
 舳先へさきに座って聞き耳を立てていた賢者・エディオン=バロウズも、さすがに照れくさいのかソッポを向いている。

「あれ? じゃ、セレスさまはどうするの?」
「そうそう、それなんだけどね? 確かにわたしの魂は今、極度に疲弊ひへいしているわ。あまりこの状態を続けるのは良くないっていうのも事実。だから……あずきちゃんさえ良かったら、あずきちゃんの中でしばらく魂の休養をさせて貰えないかしら」
「そっか、さっき眠るって言ってたのはそういうことか。それって具体的にわたしに何か変化とかあるの?」

 セレスティアが微笑む。

「別に? 何も? ただそこにあるというだけよ。あずきちゃんの身体に馴染んで、すぐその存在すら感じられなくなるわ。わたしもすぐ眠りにつくから、あずきちゃんと会話することもできないし。悪影響は全くないわね」
「そっか。うん、なら全然。どうぞ、好きにして」
「ありがとう、あずきちゃん。二年も休めば魂もすっかりリフレッシュできると思うから。迷惑掛けちゃってごめんね」

 セレスティアはあずきに礼を言うと、妹ルーナに向き直った。

「ルーナ。そんなわけでわたしはしばらく眠るけど、しっかりしなさいよ。セレスティアリア王国は優秀な重臣たちが揃っているけど、何かあったときはどうしたってあんたが対応しないといけないんだから」
「はいはい」

 ルーナが姉の突然の説教に、肩をすくめる。
 セレスティアはそんな妹の様子を見て苦笑すると、船の上で立ち上がった。

 意を心得た周りのゴンドラ船がスっと寄ってきた。
 各船に乗っている重臣たちや役人たちが皆、神妙な表情をしている。
 自分たちの主人、黒の女王がしばらく王城を留守にするからだ。
 例え数年の話とはいえ、不安になる気持ちは分かる。

「皆、見送りご苦労。昨夜は遅くまで会議に付き合わせて済まなかった。でも一晩寝て、わらわも決心がついた。お前たちの好意に甘えさせて貰おう。妾はしばらくこの黒曜宮を留守にするが、なぁに、我が忠実なる臣下たちであれば問題無く維持できるであろう。期限も昨夜の打ち合わせ通り、せいぜい一、二年といったところじゃしな」

 皆、黙って船上でセレスティアに向かって敬礼をする。
 その見事な敬礼を見て、セレスティアは満足そうに頷いた。

「皆、頼んだ! 二年後、また会えるのを楽しみにしておるぞ!!」

 そう言うと、黒の女王はモヤに変わりあずきの胸の辺りに吸い込まれていった。

 ◇◆◇◆◇ 

 あずきは白の女王・ルーナ=リーアと船を降りると、敬礼してくれている黒の女王の軍勢に見送られ、中庭で待機している白の女王の軍勢のところに歩みを進めた。
 そうしながら自分の胸の、モヤの入った辺りをそっと撫でる。

「黒の女王さま、わたしの中で眠るって言ってたけど、確かに何も感じないや。何だかんだ、存在を感じたりするのかもと思ったんだけど」
「そんなものよ。だからあずきちゃんは特に意識する必要は無いわ。普通に日常生活を送ればいい。さ、帰りましょう、地球へ。リチャードさんとオリヴィアさんがヤキモキしてる頃よ」
「美琴姉ちゃんも帰る?」
「そうね。バロウズ家に、お詫びのお寿司を持っていかなくっちゃね」
「やった! 今夜はお寿司だ!」
 
 あずきは自分の胸を見た。
 そこにブルームーンストーンのペンダントが揺れている。
 あずきの先祖でもある賢者エディオン=バロウズがそこで眠っているはずだが、こちらも反応が無い。
 完全に黒の女王とタイミングを合わせて、眠りについたのだろう。

 ――二人とも眠っちゃった。感じることは出来ないけど、確かに黒の女王さまはわたしの中で眠っている。そしてご先祖さまも……。いつかまた、みんなでティーパーティをしようね。わたし、楽しみにしてるから。 

 こうしてあずきの魔法世界での旅は、終わりを告げた。
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