上 下
53 / 59

第53話 白の女王と黒の女王 2

しおりを挟む
 疲れ果てたあずきが黒曜宮の庭で放心して座り込んだそのとき。

 ドォォォォォォォォォォォオォォォォン!!

 耳が一瞬聞こえなくなるほどの轟音と共に、白と黒の光が一際激しく光った。

 びっくりしたあずきが立ち上がって空を見ると、そこにパールのように白く光る鱗を持つ龍と、漆黒のキラキラ光る鱗を持つ二匹の龍がいた。
 西洋の羽根の生えたタイプでは無く、東洋の体の長いタイプだ。 
 全長五百メートルはありそうな巨大な二匹の龍が空を舞い、口から強力な稲光を放って攻撃し合っている。

 あまりにも衝撃的な光景に、あずきは口をあんぐり開けた。 

「なんと! こいつはまずい、まずいぞ!」

 胸のペンダントから賢者の焦った声が響く。
 その声に我に返ったあずきがペンダントを見る。

「あれは女王たちじゃ。龍体に変じた姿を見たのは久方ぶりじゃな。だがさすがにアレはまずい。あの状態で長いこと暴れられると、月に施された認識阻害魔法が解けて地球側に感知されかねない。早いとこ元の姿に戻さんと!」
「どうすればいい?」
「気絶でもされられれば変身が解けるだろうが……」
「あれを? ウソでしょ? ムリムリムリムリ! 近寄ることだってできないよ!」
「だが他に方法が無いぞ? もう二人とも意識も飛んでおるじゃろうからな」

 ――箒に乗ってあの暴風雷雨の中を飛んだとして。上手いこと龍体の女王さまたちに近づけたとしてよ? わたし程度の魔法で龍を気絶させるとか、どんな無理ゲーよ。

「ボク、無理だと思うな。あっという間に吹っ飛ばされてゲームオーバーだよ、そんなの」
「あんたもそう思うよね? おはぎ」

 ものすごく嫌そうな顔をして空を見上げたあずきに、おはぎが同調する。

「よし、あずき。秘策を使おう。わしが導くからペンダントに同期せい!」
「分かった」

 あずきは胸のペンダント、ブルームーンストーンを握りしめ、意識を中にダイブさせた。

 暗闇の中、あずきの前に灰色のローブを着た賢者が立っている。

「こっちじゃ。着いてきなさい」

 杖の中の意識空間と似ている。 
 おそらくこの中でどれだけ時間を費やしても、外に出ると一瞬の時間しか経っていないのだろう。
 だが、龍に変じた女王たちの姿を見た以上、心がいて仕方が無い。

 程なく、あずきと賢者は妙な物体の前に着いた。
 差し渡し一メートルはありそうな石のタマゴだ。

「なにこれ?」
「手を当てて、魔力を注ぎ込むのじゃ」
「分かった!」
 
 あずきは丹田たんでんにある魔法核コアをゆっくり回した。
 身体の中を魔力が循環し始める。
 あずきはそっと身体の中から火、水、風、土、光の五属性の精霊を解放した。
 あずきの傍に精霊がふよふよと浮かぶ。

 あずきはタマゴに手を当てると、五属性の魔力を一種類ずつ注入した。
 一つ属性を注入する度に、一つカギが開くような感覚がある。
 まるで、差し込んだカギによって、シリンダー錠の中身のピンが一個ずつ動いて、解錠されていくようだ。

 だが、最後の光の属性の魔力を注入し終わったところで、タマゴはうんともすんとも言わなくなった。
 何が足りないのか、開くまでいかない。
 精霊も諦めたようで、タマゴから出てあずきの身体にスーっと戻っていく。
 
「ぬぅ。ダメか……」
「ねぇ、これ何なの?」
「見ての通りタマゴなのじゃが、わしも目覚めさせることは出来なかった。ずーっと隣に居ながらな。あずきならもしやと思ったが、やはりダメか」
「中に何が入っているの?」
「さぁ」
「さぁって……」
「だって、わしも開けられなかったもん。セレスティアから聞いた話では、この中にはとてつもないモノが入っているそうじゃ。それこそがホワイトファングの正体なのじゃが」
「あ、ただの中二病的ネーミングじゃなかったのね」
「怒るぞ!」
「でも、どうするのよ」
「と言われても何が足りないのか……。そうか! 足りないのは属性か! わしも持っておらんかった。だからじゃ。あずき、黒曜宮へ行くぞ。わしの読みが正しければ、そこにカギがある。出るぞ」

 あずきの精神が身体に戻る。
 上空では暗雲が立ち込め、その中で稲光が激しく光っている。
 周囲の兵隊たちも、戦闘を止め、皆、空を見上げている。

 あずきは走って、門に行った。
 使用人も全て中庭の様子を見に行っているのか、邪魔する者は誰もいない。
 と、宮殿の中に入ったあずきを妙な既視感デジャビュが襲った。

 ――そっか。調度品は違うけど、白虹宮と黒曜宮で作りが同じなんだ。

「んで? どこに行けばいい?」

 あずきは走りながらペンダントに向かって話しかけた。
 ペンダントが発光し、中から賢者の声が聞こえてくる。

「よし、あずきよ。この城のどこかにある黒の女王の像を探すんじゃ!」
「黒の女王の像? そんなこと言われたって、わたしここ、今初めて入ったのよ? 分っかんないわよ、そんなの!」

 程なくあずきは大階段のある大広間に辿り着いた。
 白虹宮同様、壁に沿って隙間なくズラリと彫像が並んでいる。
 騎士の像。魔法使いの像。何やら良く分からない老人の像。
 この中から女王の像を探し出すのは骨が折れそうだ。

「片っ端からチェックするしかあるまい!」
「そんなこと言ったって、何体彫像があると思ってんのよ! こんなところに女王さまの像が紛れて……待って!」
「どうした? あずき」

 あずきの動きが止まる。

 ――白虹宮と黒曜宮で作りが同じ。白虹宮で白の女王さまの像があったのは……。 

 あずきは走って階段の裏に行った。

「あった!」
「さすがじゃ、あずき!」

 あずきの思った通り、黒の女王の像が階段の裏にあった。
 まさに、あずきが最終試練に旅立ったあの場所だ。
 あずきは像の前にひざまずくと、その膝の辺りに手を置いた。 

 ――ダイブ!

 あずきは意識を女神の像の中に送り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...